花宮にチョコを


今日の学校はあちこちから甘ったるい匂いがぷんぷんする。今日は何かあったのだろうかと考える暇もなく、目の前に出された手のひらサイズの箱で全てを悟った。
今日は女子が男子が家族、世話になってる人間に感謝や告白等を伝える、日本独自のスタイルを持つバレンタインデー。
また、男子が女子に贈り物をする場合もある。

目の前で恥ずかしげにチョコが入ってるであろう箱を渡してくる女子に、礼を言いながら受け取った。今日でもう10個目。去年と同じなら、まだ増えるんだろうなと溜息と、処理に悩んでいた。…まぁ、いつものパターンでいいだろう。
こういう日に渡してくるチョコレートはとてもじゃないが食えたものではない。

『あ、いたいた!花宮くん!』

廊下に出て暫く、後ろから自分の名を呼ばれ、反射的に振り向いたが、愛想笑いはしておくべきだったか。
ぱらぱらといる人の中から出てきた一人の生徒は、大人しめの、飾り気のない女子生徒。肩まで伸びた髪を揺らしながらこちらに走り寄ってきた。
…彼女には見覚えがある。一年頃同じクラスで――今年は違ったが――程々に話す中でもあった。何より媚びてこない。誰にでも平等。普通の女子生徒。
そんな彼女に、俺は密かに惹かれていた。

「みょうじさん。そんなに慌ててどうしたの?」

訪ねてきた理由はなんとなく分かってしまったが、ごく自然に、普通に、そんなことを聞く。
みょうじさんはほんのりと頬を染めながらあのね、と要件を話し出した。

『今日バレンタインでしょ?だから仲良くさせてもらってる人に、感謝のチョコを渡してるの。…はい、花宮くん。いつもありがとう』

「…こちらこそ、ありがとう」

なんとも言えない気持ちになりながら、差し出された箱を受け取る。引き留めてごめんねと言うと彼女は踵を返した。去り際に口に合うといいんだけど…。という言葉が少々気になる。



◇ ◇ ◇



帰宅した俺は彼女から受け散った箱をじっと見つめ溜息を吐いた。
やはりと言うかあの後もチョコはいくつかもらった。それらは今まで通りどこかに捨てて来たわけだが、どうにもこの箱だけ捨てられないでいる。

それは恋心故か、それとも単なる興味か、気まぐれか。ならばその気まぐれのまま、蓋を開けてみることにした
中には生チョコが敷き詰められており、見た目のきれいなせいあってか少し、おいしそうだと思った。
一つ手に取り口に運ぶ。

「…!」

口に入れた途端ジワリと溶けていくチョコ。周りに付いて。いるチョコはほのかに甘いただ中身が、甘さがなかった。それは俺が食えるチョコの味に似ていて、思わずもう一つ手に取った。

(なんで甘くない…?)

人に渡すのにこんな甘くないのを渡すとは思えないし、むしろこの味は一般的に言えば嫌がらせになるだろう。もしそうだとしたら軽くショックを受けるが、もしこの味が故意的な物だとしたら…。

(…まさか)

もちろんそのチョコは全ていただいた。今まででもらったチョコで一番嬉しいチョコだったと記しておく。


答えはイエスか、ノー

 ×

戻る