失したくないものを失した。


部員に指示を出す、メニューに練習を書き加える、緑間と相談する。いつもと何ら変わらないことをいつも通りにやる。
本当は“いつも通りを装ってる”だけ。内面はとても穏やかではなかった。
それは数十分前に起こった事が原因と思われる。

みょうじと喧嘩をしてしまった。
今までにも何度かしたことはあったが、どれもその場限りのほんの小さな喧嘩だった。だから今回も…今は部活の時間だから、後で話をすると決めた。のに。
時間が過ぎれば過ぎるほど、本当に仲直りが出来るのか不安な気持ちになってくる。どうしようもなく不安で、この先話すら出来なくなるのではないかという程怖い。今まではこんなことなかったのに。

「…赤司、どうした」

「なにがだ」

「手が震えているのだよ」

言われて手元を見ると確かに、微かに指先が震えていた。まさか緑間に指摘されるとは、情けない。彼女が見ていたら笑うだろうか。まあ、恐らく鼻で笑うだろうが。

なんでもないと緑間には言うがなんでもなくはなかった。どうやら俺は手が震えるほど怖いらしい。
だが何に対して?それは分からない。
気が付けばみょうじばかりを見ていて目の前の事に集中できない。似たような事は昔あったな、と思い返していれば紫原に指摘された。みょうじちんばっか見てるね、と。とても反論は出来なかった。
だから逆に肯定した。言い分けようのない事実なのだから。

「やっぱさっきの事が気になっちゃう?」

「紫原」

少々きつめに言えばめんどくさそうな顔して何も言わなくなった。誰も何も言わないからと油断していた。気にしないでずけずけと聞いてくる。コイツはそういう奴だ。

「…オレは別にいいんだけどさ〜」

休憩時間は終わったはずなのに、気にせずお気に入りの菓子を齧る紫原から菓子を引っ手繰ると不満そうな顔して。かと思えば本当にめんどくさそうに顔を顰めて、一瞬余所に目を逸らし溜め息を吐いた。

「早くみょうじちんと仲直りした方がいいよー」

「…分かってるさ」

何故紫原にまで言われなければいけないのか、不満はあったものの、きっとみょうじのあの怒り具合を見て気にはなっているんだろう。甘い物同盟、とやらを組んでいるらしい二人だからな。
ちなみに他メンバーは黒子と桃井と緑間だとか。

最後にみょうじを見てから一呼吸を入れ、部活に集中することにした。
この後メールをしてみよう。返信が来る気はしないが、何もしないよりはいいだろう。今すぐみょうじと話せることが出来ればいいのだが。休日ではないからな…。



部活が終わって早速みょうじにメールをした。今日一緒に帰れないかと。けれど返信は帰って来ず、先に帰ってしまったと桃井が知らせてくれた。ある程度予想はしていたが少し…いやかなり来る。

「どうしたものか…」

殆どお手上げ状態だが、今日の事を振り返ろうと思う。
そもそもの事の発端はなんだったのか。突然みょうじが…言い方は悪いが突っかかってきて、それから収まらない言い合いが始まったのだ。怒っているのは雰囲気で分かっていた。だからまず怒りを鎮めようと静かに言ったのに逆効果だった。
どんどん、彼女の怒りは大きくなっていって、俺も、訳が分からず頭に血が上っていってしまって、結局ああなってしまった。
振り返って見たところで、原因が分からない。

予習片手に、何度も携帯を盗み見る。さっき送ったメールにも返信は来ない。
まだ彼女は怒っているのだろうか。

カーテンの隙間から見えた夜空は星一つ見えやしない。



(気付いたときにはこの手になかった)


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