塞いだ耳で聞いたのは「みょうじ」 そう言って近づいてきた彼は、気が付けばもう目の前で。いつの間にかその腕の中に私がいた。慌てて離れようとその広い胸板を押しても彼はびくともせず、むしろ逆に腕の力を強めてくる。彼なりの配慮か、あまり強すぎないのは私が息苦しくしないためか。 勝手な推測なのに考えただけでも胸がきゅんとするのはどうしてだろう。今私たち喧嘩中なんだよね?関係ないってか。 そりゃいい加減仲直りはしたい。したいけどさ、こんな素直じゃない可愛くない私から理由を話してごめんねなんて言えるわけがない。 引き剥がす抵抗はやめた。し続けたって私が疲れるだけだ。せめてもの抵抗に腕が入りそうなくらいの隙間を作った。密着なんて、私が、持たない。今も心臓の音が聞こえそうで、色々とバレちゃいそう。 「このまま、聞いてくれ」 『……』 「みょうじが何に対して怒って、何を直してほしいのか、それは分からないままだ。だけどちゃんと言ってほしい。多分俺がどれだけ悩んだところで答えは出ないだろうから」 確かに、そうかもしれない。思えば彼は何もしてない時に、私が突然怒って突っ掛って、彼も訳が分からず言い合いをして結局喧嘩になった、と思うだろう。 私からすれば、今までに溜まりに溜まってものが爆発して、休憩時間を利用してやめてほしいと言いたかっただけなのに。何を、とは言えない。本当にくだらなくて恥ずかしいから。墓まで持っていきたい…。 「正直俺たちの仲は自然消滅されていたんだと思ってた」 『え…』 「よく周りが言うんだ。俺たちが別れた、とね」 その噂なら何度か耳に入れたことある。部員全員に確認されたけどそんなはずはないと答えた。でもそうか、誰も話してるところを見なかったら別れたんじゃないかと噂されるよね。私も一時期考えてたことがある。考えない様にはしてたけど…そっか、彼も同じこと考えてたんだなあ…。胸がちょっと暖かくなった。 「だから俺もすぐには近づけなかった」 まだ噂を聞く前、一度だけ彼と話をしようかとしたことがある。結局私が怖くなってやめちゃったけど。その後すぐに噂を聞いちゃって、何も出来ないままだ。さつきちゃんに愚痴言って慰めてもらっちゃったけど。ーー彼の仲間は優しい。向こうからすればとても迷惑だと思うのに。…何がって、まあ、色々と。 そもためにも早く早くとか焦っちゃって。 「もし話が出来ないようなら別れようとも考えてた。…そんな心配入らないみたいだったけどね」 私は何も言えないまま話を聞いていた。近いため彼の呼吸音が聞こえる。辺りは静かで、日も大分傾いたみたい。最初ここに来たときよりも人の声は少ない。 『……ごめんなさい』 やっとの事で言えたのは前々から言おうとしていたもの。あまりにも小さな声だったのに彼の耳には届いたらしい。彼が小さく笑った気がした。 『私我が儘だから、小さな事に我慢できなかったの。あまりにも突然だったから、吃驚したよね。本当にごめんなさい』 「その理由は?」 『…言えない』 「言えないのか」 落胆の色を見せる声に少々戸惑いながらも、絶対に言わないと決めたのだ。何があろうと言わない。言えるわけが、ない。 これ以上追求して欲しくなくて目をきつく閉じた。 な…にあともあれちゃんと謝れた。これじゃあ駄目なの? 「俺はね、みょうじ。最初話せないことがすごく寂しかったんだ。今までずっとしてきただろ?それが突然ぴったり止んで…。最初の方はぽっかり穴が開いたような感覚だったけど、時期にそれが寂しいと分かってすっきりした。けどまた寂しくなったよ」 まるでそれを懐かしむように話す彼の意図が分からなくて、閉じていたはずの目すら開けて、初めて彼を見上げた。ちょうど目がばっちり合って少し恥ずかしくなった。…けど、目が合うのが久しぶりすぎて外せなかった。 彼はふわりと笑う。 「何度もみょうじに会いに行ったよ。でもその度に君はいなかった。避けられてるのかとも思ったが、どちらかと言えば顔を合わせたくない…みたいだったね」 何度か彼が教室に来たと言うのは知ってる。お馴染みあの友人が教えてくれたからだ。確かに最初は暫く避けて、頭を冷やそうと思っていたんだけど…。どんどん顔を合わせずらくなっていった。部活の時も。自然と見なかった。まあ教室にいなかったのは、全てではないが本当に偶然なんだけどね。聞いてたらある意味運命なんじゃないとさえ思えてくる。 「あの時は結構きたんだよ」 今はもう大丈夫だけど。聞こえた声に胸が苦しくなる。 逆の立場だったら、そう考えたら辛い。きてると言いながら平然と見せてる彼がすごい。いつもの調子なら「またまたー」なんて言えるんだけど、どうも言えるような雰囲気じゃない。言ったらいつもの感じに戻るかな。戻…れるの?今までみたいに? 俯いた私の頭に重みが乗った。彼の手だ。そのまま手は後頭部へと回り、自身へと引き寄せられる。何の体制もしていなかった私は大人しく彼の方へと抱き寄せられた。隙間もなく、ぴったりと。 「嫌われてたら、どうしようかと思った」 『…っ』 「ねえみょうじ、」 …咄嗟に耳を塞いだ私は悪くない。 いつもよりちょっと低い声で言う彼が悪い! 耳を塞がれてむっと来たのか、彼は今よりも腕の力を強める。 「好きだよ」 『…え、』 「やっぱり隣にはみょうじがいてほしい。まだ俺の隣にいてくれる?」 上を覗くと優しく笑う彼と二度目が合う。その顔はどこか切なげで、こんな時にまで胸が高鳴る私って馬鹿なんじゃないかと思う。でもきっと惚れたが負け、なんだろう。もうなんだっていいよ。 中途半端に浮く両手を彼の首に回して足に力を入れた。 触れたのはほんの一瞬。 『もちろん!これからもよろしくね』 一瞬呆気にとられた彼はすぐに嬉しそうな顔に変わる。釣られて私も笑顔になり、どちらからともなくまた合わさる。 あんなに酷い態度とっちゃったのに、許してくれるなんて、また隣にいてもいいことを許してくれるなんて。本当に嬉しかった。 やっとの事仲直りできたこの日は二人で手を繋いで帰った。 隣に並ぶ赤司くんの手の温もりを久しぶりに感じることが出来てこの時間はすごく幸せでした。 次の日。 朝練の時に無事仲直りしたことを告げると体育館が歓声に包まれたのはある意味事件だった。 (あなたが滅多に出さない弱音と本音) *終わり* |