触れた奇跡
no.(019 / 22)  

※上の赤司視点。




なんとなく。本当になんとなく屋上に行ってみたくなった。普段は昼食などでバスケ部の奴らと屋上を使ったりするが、特にこれと理由もなく屋上に行くと言うのは初めてだ。

今日は久しぶりに朝練が無かった。普段よりは遅いが、通常の登校時間よりは早く学校に行った。まだほとんど誰も居ない静かな教室では読書も捗り、すぐに読み終えてしまった。
ここからどうしてか屋上に行ってみたくなった、というわけだ。気まぐれとはいえ恐ろしいものだ。

屋上に着くと俺が出た時より少し高い位置に太陽があった。それでもまだそんなに高くないと思える。
たまに青峰がサボる上のタンクがある場所。よく見つけたもんだと思う。
まだ少し冷たい風が吹くと、上で何かが見えた。見覚えのあるような、ないような。
確かめてみようと梯子を上り、様子見がてら顔を覗かせてみるとそこには俺の片割れがいた。

見た瞬間、心臓は大きく跳ね上がる。鼓動が早い、走った後なんて比じゃないくらい。
その片割れは本に夢中らしく俺が来ていることに気付いてはいないようだった。仮に気付いたところで即座に逃げるだろう。例え梯子を使わずとも飛び降りてでも。それくらいはできるはずだ。なんたって俺の片割れだからな。
それにしても本に夢中だな…このまま近づいてもバレないだろうか、触れても、いいのか。

正直な話、どうして彼女が俺を避けるのかは分からない。この前も偶然会えたと言うのにすぐに逃げられた…。
もしかして俺の気持ちに気付いたのか?いやそれはない、むしろ避けられてから好きになっていったもんだ。だとしたらなぜだ?
もしも…なんて都合のいいようには、解釈しない。

ゆっくり、ゆっくり音を立てないよう慎重に近づく。気付かないでほしい。
――逃げないでくれ。

隣に座っても俺に気付くことはなかった。あと10センチ程度で触れることが出来る距離にいる。少し近づきすぎただろうか?
だがここにいて未だ気付かないということは暫くは大丈夫だろう、多分。少なくともこの本を読み終えるまでは。座り直しじっと征夜の横顔を見ている。暫く見ないうちに綺麗になった、と思う。その横顔にさえ胸が高鳴るのだ。

それにしてもよく集中している。一体どんな本を…。

「…!?」

「あ」

本を閉じ顔を上げると目が合った。思わず声が漏れたが仕方ないだろう、まさか目が合うなんて思わなかったんだ。
とりあえず何か言った方がいいかと口を開くと征夜は動いた。間一髪のところでそれを阻止した。必死に逃げようと腕を引いているがピクリとも動かず、この日ほど筋力トレーニングをしていてよかったと思う。

久しぶりに征夜に触れた。気を抜けばうっかり抜けてしまいだが、男の意地。本当に陸上部なのかと思えるほどに、この細い腕の力は強い。
そうこうしているうちにチャイムが鳴ってしまい、今から急いで戻ったとしても間に合わないだろう。サボるのはあまり本意ではないが、まあ仕方ない。

征夜も同じいようなことを考えていたのか、諦めたかのように腕の力が抜けていき、俺も力を抜くとその瞬間を狙ったように征夜が腕を引いた。それから下に降り、フェンスに凭れた。手に感じていた温もりが消えたことに少し寂しさを感じる。…腕は大丈夫だろうか。
自分もこの場から降り、征夜から少し離れたところに座った。そっと征夜を盗み見たが、すでに本の世界に旅立っていた。結局声を掛けれていない。



◇ ◇ ◇



数十分で読み終えたらしい彼女は空を眺め、何か考え込んでいる様子だった。
その横顔を盗み見ては胸が高鳴るのを感じる。一つ一つのしぐさや行動にも。妹以上の愛情を抱えてしまった、俺のこの気持ちは決して許されるようなものではない。消そうとしても逆に征夜のことで頭がいっぱいになって結局は諦める。
もし今彼女に想いを告げたらどんな反応する?聞き流すか、別の意味と捉えるか、…どん引きするか。そこから親に告げ口でもされたら一生彼女に会えなくなってしまうだろう。…それは嫌だ。

それでも告げたくなる。好きだ、と。一つ唱えると思いは溢れて止まらない。征夜、

「「好きです/だよ」」

……ん?
…今何が起こったんだ?

知らずの内に声に出てしまったようだが、今はそんなことどうだっていい。今、何か重なった気がする。征夜の方を見ると征夜も驚いた顔をしてこちらを見ていた。きっと自分もあんな顔をしているんだろうと、頭の隅で思った。

「征夜…今なんて?」

「…兄さん、こそ」

思わず聞くと彼女も訳が分からないといった様子で返してくれた。久しぶりに言葉を交わした気がする。もし俺の聞き間違いでなければ…確認を取りたくてゆっくりと近づく。一瞬彼女の肩が跳ねたが逃げようと動かないので急ぐ必要もない。
少しの間を空けて近づくのをやめた。体が熱くなっていくのを感じる。

「気持ち、悪くない?異性としてだよ?」

ぽつりと征夜が漏らした言葉に驚きつつも、俺はそんなことはないと否定した。むしろこんな奇跡……嬉しいに決まっている。
今度は俺が気持ち悪くないかと問う。すると征夜はゆるく首を振り同じように否定した。そんなことはない、と。見るとその頬はほんのりと赤い。

「…すごく嬉しい」

はにかみながら言い、俯いた彼女の顔を持ち上げ正面を向かせる。隠さないで、今どんな表情してる?俺に見せて。
これが夢なら覚めないでほしい。これが奇跡なら、俺は神に感謝しよう。同時に少し恨もう。ああでもやはり感謝しよう。

最後の確認とばかりにゆっくりと顔を近づけていく。
閉じられていく瞼に胸が締め付けられる思いだった。

どうかこの幸せがずっと続くように、そんな願いを込めて俺は妹にキスをした。
ああでも今俺はすごく幸せだよ。

(好きだよ、征夜)


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