触れる奇跡
no.(018 / 22)  

先日初夏に入り、暑いような涼しいような季節になった。日差しは熱く、風はまだ冷たい。体調を崩しやすい季節、とも言えるだろう。
今日は朝練はないが、怠けてしまわぬようにと思い、いつも通りに学校に来た私は、予想以上に時間を持て余していた。
怠けないよう、というのは建前でもある。もしゆっくり学校に行けば兄と鉢合わせするかもしれない。と思ったのだ。
そんな理由で時間を持て余していた私は、屋上で本でも読もうと今読んでる本を持って屋上へ向かった。

まだ人の少ない廊下を一人歩く。
時折外の声が聞こえなくなる時、一人になってしまったような…。自分だけの世界…そんな感覚になってしまう。

屋上に着くとまだ明るい太陽がここから見える。上のタンク近くに座りしおり部分を開いた。時間まで戻るようにしておかないと。それまでには読み終わるだろうと踏んで。



◇ ◇ ◇



漸く本を読み終え本を閉じた。あれからどれくらい経っただろうか。少なくともまだ登校時間らしいことは確かだ。外が賑やかになっている。時計はどこだったかなと顔を上げた。

「…!?」

「あ」

ちょっと横に向いたら自分と全く顔の同じ彼がそこに。てか近。

…え?なんでここにいるの。ここはあまり人目に付かない場所ではあるけどどうして兄さんがここにいるの!というか「あ」って言った?言ったよね?てことは結構前からここにいたって事?え、どうして気付かなかったの。どうしてすぐに気付けなかったの?どうしてさっきからこの視線に気付くことが出来なかったの?
(※この間、わずが0.5秒のことである)

混乱した頭では何も言えずただ固まっていると、兄さんが何か言おうと口を開きかけた。
それを見た瞬間、電撃でも走ったかのように急いで立ち上がり、この前のように逃げようとした、のだが――。

「…っ」

兄さんに腕を掴まれ逃げれなくなってしまった。さすがに二度目はダメか。試しに力を入れてみたもののピクリとも動かず。ここで男の女の差を思い知らされる。…それもそうなのだが。

……今兄さんが腕を掴んでいるとはいえ、兄さんが触れていると馬鹿みたいに頭がおかしくなる。下手すると顔が熱くなりそうで。こんな顔、見られたくなくて考えた結果俯いた。

動けずにお互い固まっていると予鈴のチャイムが鳴ってしまった。今から教室に行こうにも微妙に遠いからギリギリ間に合わないだろう。
さて、この際どうして兄さんはここにいるのかという謎は置いといて。いい加減に腕を離してもらいたい。本人はそのつもりはないだろうが掴まれているこちらは何気に痛いのだ。

逃げはしないと示すように腕の力を抜くと、向こうの力も僅かに抜けた。その一瞬の隙に腕を引き、兄の手から逃れた。もう教室には戻れないのでここにいるが、このまま兄さんの隣は避けたい。ここは降りておこう。

そういえば…初めて授業サボったかも。元はと言えば兄さんが悪いんだけど…!

下に降りてフェンスを背に座り込んだ。こんなことになるなら屋上に来ない方がよかったかもしれない。
すぐに離れたところから足音がし、横目にそちらを見ると数メートル離れたところに兄が座っている。なんでこっちに来たの?兄さんはあそこにいればいいじゃない…!なんで私が離れたのか分からなくなる。

それからはどちらも喋らないまま過ごした。この沈黙がとても気まずい。

時間潰しに持ってきた本を、もう一度読むことにした。次のチャイムが鳴ったらすぐここを去ろう。そして大会並みに本気で走ってやる。



◇ ◇ ◇



あっという間に読み終えてしまい、ただただ沈黙に耐えること早数十分。
私が一方的に気まずくなっているだけだが、こうなりゃ一か八か。私はついに一世一代の賭けに出ようと思う。…この空気で、私も少し滅入ってしまったこのかもしれない。
胸に秘めたこの想いを…て、少しベタだけど、兄に私は兄さんを異性として好きなんだよ、と知ってもらって、兄さんの方から避けてもらおうと考えた。きっと気持ち悪い、って。言ってしまえば私がなぜ兄を避けるのかも理解してくれるだろう。それはそれで悲しいけど、でもその方がずっといい。必要以上に近くには来てくれなくなるだろうが、私にはその方がずっとよかった。
少し辛いが勝手に好きになった私への罰だ。そう考えると辛さも幾らか軽減された気がした。

…これからへの心の準備は出来た。今しかない、言っちゃえ。直球に。私は、兄さんが、

「「好きです/だよ」」

……あれ?
…え?

私の気のせいでなければ、今、私以外の声がしなかった?しかも被ってなかったか?落ち着け今一度整理しよう。
ここは屋上。生徒は皆授業。ここにいるのは私と私の片割れの兄。…つまり、…どういうこと…?
考えれば考えるほど頭は混乱して混ざって黒くなってリセットして真っ白になって、不安で怖くて――少し期待して――兄を見る。すると向こうも私を見ていて、兄の目は信じられないという顔をしていた。…そんな顔初めて見たかも。思わず場違いにもきゅんとしてしまった。

「征夜…今なんて?」

「…兄さん、こそ」

自然と私たちは互いに言葉を交わしていた。どうしよう今久し振りに兄さんと喋ってる。嬉しいのと怖いのとでちょっと泣きそうだ。
やっとパズルの枠が出来たというのに、一瞬にして何かによって崩れたかのような、真っ白になった時より立て直したって言うのにまた感情がぐちゃぐちゃに混ざって、今自分が話しているのかすら分からない。ちゃんと話せてるだろうか。
兄さんが今喋ったことを理解し、返せていただろうか?その前のことだって…なぜあのタイミングで…気になることはたくさんある。例えば、今言った言葉の意味…とか。
けれど聞き出す勇気も、それを理解する脳も今はまだ出来ていない。早く、早く切り替えなくては。

数分…けれど私には数十分にも感じられる沈黙を挟んだあと、兄さんが恐る恐ると言った感じでゆっくりとこちらに近づいてきた。逃げられないと分かっていても体は反応してしまう。落ち着け、私。
少しだけ間を開けて近くなった兄。改めて見ると顔も背も、あの頃と違うんだな…声変わりはすでに終わってしまっているけど。
どうしてこの人を好きになってしまったんだろうか。なんて常々思ってしまう。

「気持ち、悪くない?異性としてだよ?」

漸くと言っていいほど言葉が出たと思えば、聞き返すことよりも確かめるかのような言葉だった。
その言葉に兄さんは少しだけ目を見開き、次に優しい目をして「そんなことはない」と私に聞こえる程度で小さくはっきりと聞こえた。

「征夜こそ…気持ち悪くないか?」

「そんなことない。…その、すごく嬉しい」

同じことを聞かれて同じように返す、がやはり気持ちも伝えるともなると恥ずかしくなってしまい、堪らず下を向くと「こら、」と優しい声で顔を戻されてしまい、また兄と顔を合わすことになった。

――何を、とも言わずお互いがお互いの気持ちを確認して。同じだと分かって。奇跡とも言えるほどイケナイモノだけど。
今、この時は。

顔に添えられた手を優しく包むと兄の顔がゆっくり近づき、私は何も言わずそっと目を閉じた。

(ああもうどうしよう)

きっともう戻れないはしない。けれどそれ以上に、今この時が言葉で表せれないほど幸せすぎてどうだっていいよ。

(兄さん、好きだよ)


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