迷って巡る軌跡を辿れば

Step.33 恋らしい始まり 26/28

同期のくせに私より少し上の位にいる元同期に急ぎの使いを頼まれ、上司に書類を届けに普段じゃ通らない道を通っていた。まだ片手で数えれるほどしか通ったことのない道、道を間違えないか少しドキドキする。
それになんたって私の仕事部屋からかなり遠い。今誰も居ないし走っちゃえ。


『あ、ここだ』


ちょっと走ってすぐに着いた目的地である上司の部屋。一度確認してドアの前で一呼吸。…よし。ドアを二回叩き相手の返答を待つ。いないと言うことはないと思うのだが…。待つこと数秒。やっと返答が帰って来て入ってこいとのこと。一言言ってドアを開けた。

上司は窓辺で書類を見ている様子だった。普段着ている真っ黒のロングコートは椅子に掛けられていて、書類とは反対の手で煙草を吸うものだからとても絵になる。煙草くさいのが少し癪だが。上司、ギルバート様は私だと気付くと煙草を消してしまった。あー残念…。


「なまえか。どうした?」

『失礼します、ギルバート様。こちらの書類に目を通していただきたく、届けに参りました』

「ああ、ご苦労。…少し待っててくれ」

『畏まりました』


うーん、部屋に戻ろうとしていたんだけど。待てと言われたら待っていなきゃ。ドアよりも手前、部屋に入って数歩の位置で待機する。するとギルバート様はこっちにいろとのご命令なされた。ってそこ私の様なものが座れるソファじゃないですギルバート様!
やんわり断りを入れるがそれでも満足しないギルバート様は、来客用のソファはと言い出した。いえですから少しでしょうから立ってます。そういう決まりなんです!そういうもんなんです!特に私のような身分の者は。若干の苛立ちを見せ始めたギルバート様に私が折れたのは間もなくの事。

ただ黙って座って待つのもなんだから、紅茶でも入れてこようと急いで席を立つ。


『すみません、紅茶入れてきますっ』


何か言われる前に素早く動いて紅茶の支度に向かった。だって立った時すでに口を開きかけていたから。…というか書類見ながらこちらも気付くって視野広くないですかギルバート様。






「はあ…」


ヘタレではないと自分に言い聞かせて、さも当然の様に彼女をここに留まらせたことには成功した。この書類を渡すまで彼女はここにいる。それは嬉しい限りだ。しかしここからどうすればいいのか分からず、書類を見るフリしてずっとなまえを見ていた。


(それにしても…)


自分で言うのもなんだが、これだけ見てると言うのにこちらには全く気付かないなまえに少し不安が過る。もしかしたら信用されているから気付かないのかもしれない。


(だとしても、)


少し、意識はしてほしいのは俺の我が儘か。


いいだろう?少しくらい、我が儘を言ったって。
きっとこんな可愛い我が儘、なまえなら許してくれる…と信じてる。









『ギルバート様?』


やはり人様にあげるものとなれば、ましてや公爵家の人間にお茶をお出しするとなるとそれ相当の準備が必要だった。元々は私が勝手にやったことなんだけど。5分…いや10分くらいで戻った私は、なにやら考え込むギルバート様を目にする。一度声を掛けた方がいいものか、しかし大切なことを考えていたならその行為は邪魔になるし…はてさてどうしたものかと悩む。
それにしてもギルバート様は何をしていても絵になるなあ。世の貴族様が黙っているはずがない。たまに護衛として社交界の場にお邪魔させていただいたことはあるが、なんというかナイトレイ兄弟すごかった。あと、遠く離れた場所にいる私を見つけたギルバート様が少し可愛かったのを覚えている。普段キリッとしていらっしゃる方が主人を見つけたときの犬のような表情をしていらっしゃった(言い方悪いけどこれしか浮かばない)。これを可愛いと言えず、なんというものか。
なんて場違いなことを考えていると書類から顔をあげていたギルバート様に呼ばれていて慌てて返事をした。


『ど、どうされました?』

「…いや、なんでもない」


はあ、と曖昧な返事をして紅茶を机に置いた。カチャリと音をたててふわりと香る私の好きな味の香り。ギルバート様のお口に合えばいいんですけどねえ…!今の一瞬、何故私がここにいるのかさえ忘れてしまってた。危ない危ない。
置かれた紅茶のカップを手にしたギルバート様。…絵になる…。その様子をぼう…っと眺めていたらカップを口をつけ、喉が上下する。カップを口から離しこちらを見た。…わわ。


『お、お口に合いました?』

「…ああ。うまい」


ふわりと微笑むギルバート様に一瞬息が止まる。ギルバート様のあんな顔…初めて見ました!良かったと思うと同時に褒められたと漸く気付き、お盆を胸に顔を俯かせる。今きっとすごくだらしない顔してると思うから。誰にも見られたく、ない。
滅多にないお褒めの言葉。喜ばない訳ない。


「なまえ?」


どうしたと頭上で足音が聞こえる。もしかして近づいてきてます?ダメです!今来たら…!視界にギルバート様と思われる靴が入る。ああもう目の前にいるの…!?ああやばい…!そう思い、目をきつく瞑った時。

ぽん、と暖かい何かが頭を上に乗った。それは短く往復し、離れる気配はない。
驚いた私はそっと顔を上げる。
自分の目線よりまだ上、そこに優しい表情をしたギルバート様がいた。なんですか、その顔は…まるで愛しい人を見る眼差しみたいじゃないですか。
きつい筈の目元は緩く微笑んでいて言葉も出なかった。
暫くするとその手は離れて大丈夫かと、先程と同じように優しく接してくれるものだから。


『…〜〜っ!!』


ものすごくこの場から去ってしまいたくなり、書類の事も忘れて部屋を飛び出してしまった。どうしてこの場から去りたくなったのかは分からない。けれど何ともいえない気持ちがふつふつ沸いて爆発した末の行動だと…思う。
後のギルバート様の顔は分からなかったが、誰かに呼ばれたような声はした。
自室のベッドに蹲っては先ほどの光景がずっと頭を過るのだ。
…これは少し、重傷かもしれない。




恋、だと思います


色々と言いたいことはあるけど、とりあえず…明日からどうしたらいいの…!


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修正 14.2/12


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