朝の海はとても綺麗だ。
水は澄んでいるし魚たちも泳ぐのを楽しんでいる。
紫苑たち人魚も本来なら朝の運動にと泳ぐはずなのだが、この日に限って朝の日課運動ができない。できないと言うよりも動きたくないと言った方が正しいのか。


『………』


昨日のことが頭から離れない。また会いたい。そう思っていた。昨日は何も感じてなかったのに。
見てるだけで幸せ。思い出しただけで胸がふわふわする。けど同時に今すぐ海の上に行きたいと思った。あの人に会うために。

けどそれは許されないのだ。

今日の夜。姉と海の上に行くと昨日約束した。その時にまた会えればいいと思っている。でもそんな奇跡みたいなこときっと無理な話。

どれくらい考えていただろう。
気が付けば姉が自分を呼びに来ていたのだ。ああ、また考えてた。


「紫苑ちゃん、そろそろ行ってみようよー」

『うん』


隣で泳ぐ姉を見ながら、この気持ちをぶつけてみようかとも考えた。物知りな姉ならこの気持ちの答えなんてきっと簡単に教えてくれるだろう。でもなかなか言い出せない。
もうすぐで海の上に出る。今日もあの船はあるだろうか。

上の空が見える頃。向こうに船が見えた。
見つけた瞬間胸が大きく跳ねる。心拍数は上がる一方。
まだあの人は見てないのにこれは何だろう。


「久しぶりに見たなー…」


隣でそんな声が聞こえた。
見るとどこか遠くを見つめる姉の姿があった。


『さつき姉さん?』

「…紫苑ちゃんに話しておかないといけない事があるの」


船にゆっくりと近づいていたが急に立ち止まった。姉に釣られ紫苑の動きも止まる。まだ船には遠い。


「私ね、あの船に乗っている人の一人に恋してるの」

『え…』

「でもリコさんたちにいっぱい説得されて一度は諦めたんだけど…紫苑ちゃんの話を聞いてまた見たいって、思ってしまった」


姉の話を聞いて紫苑は悪いことしたと思うと同時に、もしあの人だったらと警戒していた。想い人が一緒だったら…それはそれで…。


「ここまで来てちょっと怖くなっちゃった」


悲しそうに伏せられた目には涙。ぽろり流れた涙は次第に丸いピンクの小石に変わっていく。まだぽろぽろと零れる涙を見て紫苑はどうすればいいのか分からず、その場で固まってしまう。いつも自分が悲しい時のように頭を撫でればいいのか、それとも傍に寄り添えばいいのか。分からない。姉はめったに泣いたりしない人なのでこういう時どうすればいいのか本当にわからない。
あわあわと焦る紫苑を他所にさつきは船のある方向へと向いた。まだ涙は流しているもののしっかりと目は開いていた。


『…さつき姉さんの好きな人ってどんな人?』

「優しそうな顔をしていて、髪の色が海の色をしているの」


とっても綺麗な人だよとまるで恋人を自慢するように話す姉に紫苑は安心していた。もしあの赤い髪の人だったらどうしようかと…でも海の色、すなわち水色の髪。そういえば昨日いたなと思いだした。


『水色の…』


呟くと姉はバッとこちらに振り向いた。信じられないよう顔をして。次第に嬉しそうな顔をするのだ。
表情からして、あの人が姉の好きの人なんだと思った。そして今もまだ好きなんだと。それがとてもいいなと心から思った。
どういいのかまでは分からなかったけど。



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