海の底にはそれはそれは美しい人魚たちが住むという言い伝えがあった。
けれども所詮は言い伝えにすぎない。
そんな話誰も信じなかった。
大昔の人は海の底まで探したらしいけれど、そこには何もなく、ただ魚が泳ぐばかり。これを目の当たりにした昔の人たちはそんなものもういないんだと。あるいは最初からいないんだと、そう信じた。
―――――……
そこは海のど真ん中。奥深く。
太陽の光を吸い込み、きらきらと光る海の中で、ひとつの命が生まれようとしていた。
たくさんの魚たちに見守れながら、ひそひそと話し声が聞こえる。
ゆっくりと開く貝。
ぶくぶくと上る空気の泡。
その空気が地上へと帰ったとき、海は騒いだ。
人魚“姫”が生まれた、と…―――。
月日はあっという間に流れ、賑やかになった海の底。
人魚たちは今日も元気に海を泳ぐ。
ある日まだ幼い人魚が言った。“上に行ってみたい”と。上とは人間の住む地上を表していた。ダメと言われようと何度も言う幼い人魚に苦笑する姉たち。
そんなに上に行きたいの?なら…――
『本当に!?』
「本当よ」
『さつきお姉ちゃん!16になったら上に行ってもいいの?』
「本当だよ。私もうすぐ16だからとっても楽しみなの!」
『いいなー!』
私も早く16になりたい。それまであと6年。いっぱい勉強しなくちゃ。
紫苑は人魚姫を先祖に持つというちょっと特殊な人魚だった。
それを知ったのはつい先日。
どうやら尾が他の人魚と違うらしく、調べたところ過去の人魚姫と同じだったらしい。
故に人魚姫の先祖、または末裔などと言われている。
『地上…か…』
かつて人魚姫は人間の男に恋をし、声を失ってまで人間の足をもらい、偶然拾ってもらった好きな男の人の傍に置いてもらった。が幸せは最初だけで現実を知れば辛くなった。
そんな時、姉たちからナイフをもらい、一つの提案をもらうが、彼女はそれを拒み、自分は泡になって消えてしまったとか。
『そこまでしても人間の傍にいたかったのかな…』
私も、そうなる運命なのかな…。
そんなことを密かに考えていた。
でもそんなこと、出会わなければいいだけの話。
数年後、運命ともいえる出会いをすることを彼女はまだ知らない。
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