屋敷の主人がいない中、一人であの広い場所で食事をし、時間になったら迎えに来ると黒子さんに言われて、時間になるまでの間与えられた部屋で電気も付けず考えていた。
姉の事、海の事、自分の事、…赤司さんのこと。
1ヵ月、なんて数えればとても長いように思えた。けれどここ数日はとても短く感じてしまう。1ヵ月なんてあっという間だろう。それまでに自分がどうしたいか決めれるだろうか。
それとも人魚姫と同じ末路を歩むか…。
ただ一つ違うとすれば、王子に婚約者がいないことだろうか。
『……』
例えば、赤司さんに好きな人が出来て、その人と結婚して幸せな家庭を築いたとして……。想像してそっと目を伏せた。なんか考えたくないな…そういうの。
私はまだこの気持ちもわからない。赤司さんのことは好き、なんだろうけど。これはなんだろう。
ぼうっと考えていた紫苑はなんとなく後ろに倒れてみた。下はふかふかのベッドなのでどこも痛くはない。ただ胸が少しチクチクする。
ベッドでごろごろしているとガチャ、と静かに扉が開いた。思考を打ち切り、慌ててそちらを見ると少し驚いた様子の黒子がいた。
ああ、電機消したままだったなあ…。
黒子が迎えに来るまでには付けておこうと思ったのに失敗してしまった。彼女を呼ぶ心配そうな声が暗い部屋に響く。
『ご、ごめんなさいっ』
「いえ、大丈夫です。行きましょうか」
はい、と一つ頷き部屋を後にする。
赤司の部屋までの途中、そういえば赤司の部屋なんて初めてじゃないかと思った。いつもは紫苑の部屋でちょくちょく話す程度だ。けれど今日は赤司の部屋で…なんだか今更になって緊張が走る。
それから少ししてある扉の前で黒子が止まる。釣られてぶつからない様紫苑も止まった。慣れたような手つきで扉を小さく叩くとよく聞き慣れた声が中からする。声を聴いただけだというのに緊張も増す。でも嫌じゃない。
中に入っていった黒子が入るよう催促しているのに気付き扱けない様、慌てて中に入った。が、躓いてしまいバランスを崩してしまう。
『ぁ、』
即座に体制を直す、なんてまだ出来ない彼女は、来るであろう痛みを覚悟していたがそれは一向に来ず…むしろ温かいものに包まれていた。無意識に閉じていた目を開け上を見上げると、赤い。
「大丈夫かい?」
『〜っ!?』
間近にある赤司の顔に思わず声が出そうになったが一瞬のところで抑えた。今のは姉たちに褒められるレベルだ。と、いうかデジャヴを感じるのは気のせいか。
けれどあの時と違うのは距離と、自分の行動。
『…大、丈夫です。ありがとうございます』
なんとか声を振り絞り、赤司の腕から出ようと体を引いた。が、前から強い力に引っ張られまた同じ状況になってしまった。先と同じように見上げるとやはり同じ赤が見える。
何故この人の腕から出てはいけないのか、不思議に思い見つめていると、彼は元々貼り付けていた笑みをほんの少し崩して、その綺麗な唇を動かした。
「また転んでしまうかもしれないから、ね?テツヤ、紅茶を」
「畏まりました」
それは、このまま移動するということだろうか。
紫苑の頭は若干混乱しつつも言葉を理解しようと必死だった。その間にも赤司は紫苑の手を取り少し離れるとすぐ傍にある椅子までエスコート。漸く理解したと思えば椅子に座らされている。そろそろ熱を出してしまいそうだ。
「最近会えなくてすまなかった」
小さな丸い机一つ挟んだ向こう側、赤司もそこに座っていた。顔を上げればすぐに目が合う。そんな距離と近さ。
少し眉を下げてそう言う赤司さんは本当に申し訳ないと言っているようにも見えて、反論、したくなった。
『全然構いません。赤司さんも、忙しいですから』
確かに会えなかった日は寂しかったけど、今こうして会えているから寂しくないよ。
そんな意味を含めて笑って見せた。そんなこと伝わるはずはないが、赤司さんはそれきり何も言わなくなってしまった。
今は、こうして会えてる。それがどんなに幸せな事か。
改めて、赤司さんの部屋だと思うと落ち着かない。そわそわしてるだろう私を見て少し笑う赤司さんを見てしまい、なんだか恥ずかしい気持ちになった。ちょうどその時扉がノックされ、赤司さんが答えると黒子さんが入ってきた。
「失礼します。紅茶をお持ちしました」
赤司さんと私の目の前に静かにカップとソーサーを置いた。カップの中で揺ら揺らと揺れるオレンジ色。はて、この色の紅茶は初めてだな。それに香りもいい。じ、っとそれを見てると黒子さんが「ダージリンと言う紅茶です。初めてですか?」と若干不安そうな目をしている。初めてなのは本当なのでここは素直に頷いておく。
にしてもよく初めて見るものだと分かったんだろ…黒子さんは赤司さんとまた違う不思議さを放ってる。気がする。
初めての物を目の前にするとドキドキする。落とさないよう細心の注意を払ってカップを持ち上げそのまま口にする。…これは。
『…おいしいです…!』
「お口に合ってよかったです」
「紫苑は何でもいけるみたいだな」
赤司さんの言っていることは褒めているんでしょうか?ちょっとよく分からないけど一応お礼を言っておいた。
気付けば最初のような緊張はなく、ぽつぽつだけど赤司さんが話してくれる。それに応えながら時間はあっという間に過ぎて行った。楽しい事って時間はあっという間に過ぎていくものよ、って前に姉たちが言っていた。
「ところで紫苑は海は好きか?」
『海ですか?好きですよ』
「そうか。今度一緒に砂浜まで行ってみないか?」
『え…でも赤司さん忙しいでしょう?無理は…』
「そう忙しいわけでもない。それに仕事ならすぐ終わるから少し暇になるんだ。どうかな」
『……そういうわけでしたら、ぜひ』
「予定が決まり次第伝えるよ。それまで待ってて」
『はい』
キリの良い所でお開きとなり、その夜は案外すぐに寝ることが出来た。
後になって思うのだが、赤司さん約束を取り付けるのうまくないですか。
ただ心配なのは、その約束を早く叶えてほしいだけ。あとはなにも怖くない。
thanks:反転コンタクト
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