姉から教えてもらった方へ進んでいくと家のような建物がぽつりとあった。周りに魚がいないことからあまりよくない場所なのかとも思ったが、それでも行かねばと一度決めた決心を胸にその家に向かった。


「あんたが人魚姫の生まれ変わりっていう紫苑?」


入ってすぐ目の前に黒髪の女性が煙を回りに纏わせながら言ってきた。まさか人がいるとは思わず一瞬怯えた紫苑だったが、すぐこの人が魔女かなと結論付け、彼女の言葉を一応肯定しておいた。自分が人魚姫の生まれ変わりとか、それは昔の話で今は私で姫じゃないのだから。

というか出会い頭にその聞き方はないだろう、と思ったが口には出さず。


『あのっ、ここは願いを叶えてくれると聞いたのですが…』

「ん?ああ、叶えてやる。但し対価はいる」

『存じ上げております』

「それで何が願いだ?」

『…私を人間にしてくれませんか。対価もちゃんと払います』


魔女は考える素振りを見せ、すいーっと紫苑の近くに来た。回りにある煙が紫苑の鼻を擽る。ここは同じ海のはずなのに、どうしてか別の場所にいるみたいだ。


「前の人魚姫とやらも同じことを言ったそうだがお前もそうか?」

『わた、しは確かめたいだけです』

「…そうか」


少し待てと言って魔女は奥に行ってしまった。狭いが一人残されるとどうも心細い。周りに魚がいないからか、それともこの家の雰囲気か。…どちらにせよここで一人住むと言うのは無理ではないか。人魚は、魚を始めとする海の生き物と共に生活するのだから。


「お前の願い、叶えよう。但し対価だが」


いつの間にやら戻ってきた魔女が小さな小瓶を持ってまた私の前で止まる。ごくり、と唾を飲む。


「もし、また人魚として戻ることがあれば、今のような尾鰭がないと思え」

『…え?』


言われ自分の尾鰭を見る。少し虹のように角度によっては色を変えるこの尾。時々手入れをする時に見るが、綺麗だとは自分でも思う。
もし、人間になってまた人魚に戻ることがあれば、この尾は見れない、と…?
対価は、声じゃない。もしかするとあの人と話せる…?
くすりと笑う声がする。


「声だとでも思ったか?」

『…!』

「私は歴代と違ってそんな得のないことはしない」


歴代ってことは昔の魔女さんかな。得のないって声…だよね?確か昔の人魚姫は歌うのが好きだったとか。

紫苑がそんな思考に浸りながらも話は進んでいく。


「さあどうする?人間になるか?このまま人魚でいるか?」


紫苑目の前に小さな小瓶を出しゆらゆらと揺らす。きっとチャンスはこれしかない。この時しかない。


『それをください』

「…いいだろう」


差し出される小瓶を受け取り、その場で蓋を開け一気に飲んだ。ごぼり、目の前に空気の泡が見える。するとだんだん、息苦しくなる。まるで海の上にいるみたい。
足も痛い、目も痛い、喉も痛い、水が冷たく感じる。またごぼりと空気の泡が上る。


「期限は持って1ヵ月。それまでに人間か人魚か選べ。…悔いの残らないようにな」


息苦しくて目を閉じた時うっすらと聞こえた魔女の声を最後に紫苑の意識は途切れた。



◇ ◇ ◇



「この辺りだったか…」


さくりさくりと砂を踏む音が鳴る。男は砂浜に来ていた。特に理由なんてない。ただ来たかったからだ。

少しだけ前の話、最近海で行われているパーティがあった。もちろん、彼は内心嫌々だったが国の為仕方なく参加していた。時々熱を冷ますと言って甲板に行っては静かな海を見つめていた。要は抜け出したかっただけだ、他意はない。

その日も行われていていつもの如く抜け出した。その日があまりにも海が綺麗に見えて身を乗り出したのが悪かったか、足を滑らせてそのまま海に落ちてしまった。
後々騒ぎになったと聞くが、大袈裟な奴らだ。

海に落ちた彼は死を覚悟し、国の住民、自分の世話をしてくれる友人、色んなことを思い出した。
意識を手放しかけた、そんな時だ。急に腕を引かれ、何かに抱きしめられるような感触。次に水をかく音。残り僅かな気力で何とか目を開けると女性が、俺を抱えて海を泳いでいるではないか。覚えているのはとても綺麗な薄い紫の髪をしていたこと。
そこで次に目を覚ました時はこの砂浜の上だったこと。いつ気を失ったか知らないが生きていたことに驚いた。あれは、幻覚だったのだろうか…。

ちょうど目を覚ます時傍にいた女性に誰かいたかと聞いたが誰もいない、自分だけだけと言っていた。運よくここまで流されたらしい、そう考えていたらしいが。彼はどうしてもあの時見たそれが忘れられなくて、ついにここに来てしまった。

城をこっそり抜け出し、ここ、流された砂浜へ。

あの時見た幻覚を思い出す。
人間、にしては早かったと思う。なら答えは一つしかないんじゃないか。
伝説に聞く人魚では、ないのかと。
確かに昔の人は探したが見つからず、所詮言い伝えに過ぎない。誰も目撃はしてない。
しかし歴代の王は人魚のような女性を見たという伝えがある。それも真がどうかも分からない。


「…結局、あれはなんだったか…」


ここに来たって何も意味はないと分かっていたのに。
彼は踵を返そうとした。


「ん?」


引き返す手前、岩陰に何か見えた。
そっと警戒しながら近づく。近づくにつれ、見えていたものが人の足だと分かりゆっくりと覗いた。全て見えた時彼は驚くことになる。


「…!」


そこにはあの時助けてくれた女性にそっくりな女性が横たわっていたのだ。
このままにしておくのは、と彼女を抱きかかえ城に戻った。

意識を失ったままの彼女に、何かを感じながら。



prev / next

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -