先日の姉の告白から早1週間。最近船の様子がおかしい。ほぼ毎日来ていたのだがここ3日、違う船がよくこの海に来ている。これでは迂闊に上になど行けない。紫苑は退屈だった。


「仕方ないよ紫苑ちゃん。きっとそのうちにいなくなるよ」

『…うん』


姉も退屈なはずだ。紫苑程ではないと思うが。せめてもの退屈しのぎに散歩してくると姉に一言告げ広い海を泳いで行った。

気付けばあの人の船がよく来ていた周辺に紫苑は来ていた。何も考えてはいなかった。体は正直だ。嘲笑気味に息を吐き、姉のとこに戻ろうと方向転換をした時、少し遠いが魚の群れを見つけた。興味本位で群れに向かう。
群れは何かを包むかのように集まっており、そこに何かいるのかと予想はできた。


『どうしたの?』


紫苑の声に反応した魚たちはそっと道を開けた。紫苑は目を大きく開いた。
なぜならそこにはずっと考えていた赤い髪の人が魚の群れから現れたからだ。しかし瞳が閉じられており、体はゆっくりと沈んでいる。瞬時にヤバいと感じた紫苑は赤い髪の人を抱きかかえた。


『お願い、海岸の方まで案内して!』


この人を海岸まで送る!

その声に魚たちは比較的安全なルートで紫苑を海岸へと案内した。
海岸に着き、人の目が良さそうな所に彼を置き一先ず息を吐いた。息は何とかしているようで、目を覚ますもの時間の問題だろう。人が来るか、この人が目を覚ますまで傍に居たいと思った。それは安否確認のために。

暗い夜の船にいる時よりはっきりわかる赤い髪。整った綺麗な顔。きっと瞳も綺麗なのだろう。早く目を覚まさないかな、出来れば…、

出来れば?

海岸へ向けて足音が聞こえ、咄嗟に近くの岩場に隠れ様子を窺った。女の人が赤い髪の彼に近づき、呼び慣れた様に赤い髪の人の名前を呼んだ。時差はあったが目を覚ましたらしい赤い髪の彼はゆっくりと起き上がり辺りを見回す。チラリと見えた横顔、先程見えなかった赤い瞳が見えた。
あの様子だと大丈夫そうだと海へ引き返していく。

あの人に近づいた女の人は一体誰なんだろう…。
あの人と親しい様子だった。もしかして恋人?
あの人も普通に接していた。

チクリ、と胸に何かが刺さった。
はて?何か刺さったのかと胸のあたりを見るが何も刺さっていないし怪我もしていない。
不思議に思いながらも冷たく気持ちのいい海を泳いだ。



◇ ◇ ◇



後日、あの時見た瞳が忘れられなくてずっと思い出していた。いや自然と頭に浮かんでいた。あのままあの人の傍にいたらどうなっていただろう…。傍にたい。そう思った。


「紫苑ちゃん最近溜め息ばっかりね。どうしたの?」

「何かあったの?」


心配した姉たちは紫苑の隣に来ていた。何でもないよと首を振ると姉たちは何か察したが敢て何も言わなかった。さつきは、気分転換に一緒に泳ごうと言って紫苑の手を引き、いつもとは違うところを泳いだ。この海域は流れがいつもと違って楽しい。


「紫苑ちゃんの考えてること、私分かるよ」

『え?』


ふふ、とまるで全て見透かしているように笑う姉。


「私もそう思うことは何度もあったから」


そうだ、姉は私よりも先に人間に恋をしていたんだ。だからもし私が同じようになっても分かってしまう。姉は読みがすごくうまいから。

ゆっくり紫苑に近づき、耳元で小さく言った。


「ここから東に行くとね、魔法使いがいるって噂だよ。何でも叶えてくれる。でもそれには対価を払わなければいけない」


“何でも叶えてくれる魔法使い”

それは昔の人魚姫が人間に恋をし、人間になりたいと願った場所。代わりにその人魚は声を失ったと聞くが…今考えると自分も同じようなのではないかと思ってしまった。恋?
この想いが恋でなければ…。確かめに行くために人間になり、あの人のところに行くのも悪くはない。
そう決意し伏せていた顔を上げると、姉が優しく微笑んでいた。


「行っておいで」


姉の指さす、その方向へ紫苑は向かった。



◇ ◇ ◇


既に行ってしまった妹を見つめたままじっとじていると後ろからリコがやってきた。


「さつき、どうして行かせたの」


その口振りからすると全て知っているの様で、下手な言い訳はよした方がよさそうだと素直な気持ちをリコにぶつける。、


「私の二の舞になって欲しくなかったの。せめて…、」

「……はあ」


リコは呆れたように息を吐くだけでそれ以上は何も言わなかった。


(それでも仕方ないと思ってるんだよなぁ)


thanks:花畑心中

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「瞳」の読みは「目」と読んでいただければ。

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