住む世界に亀裂でも入らない限り、君と僕は。


気付けばこのセカイにいて、気付けば目の前にあなたがいた。

記憶もないし、名前も分からないし、第一ここはどこなんだろう。隣の子は誰だろう。どうしてそんなに青いの?


「ご主人ご主人!見てください!拾いました!」


四角い何かに向かって“ご主人”という方を呼んでいる。何度か呼んでいると誰かがやって来た。黒い半袖を来た男性。その人は呆れた様子でこちらを見ていた。


「はあ?何してんだよエネ、って…は?」


エネと呼ばれたこの子はニコニコと上機嫌に事の経緯を勝手に話し出した。私は半分聞いておらず、辺りを見回したりご主人をじっと見てみたりしてた。
ご主人も私をじっと見つめてやがて深い溜息を吐いた。


「で…名前は?」


視線からするに私に聞いている様な気もするけど生憎私は何も覚えてないので名前なんて覚えてるわけない。何も言えず自然と首を傾げた。
それだけで意味が分かったらしいご主人は頭に手を当てまた溜息を吐いた。
“溜め息を吐くと幸せが逃げるよ”…誰かが呟いていた。いや違う、言っていた?誰だったっけな。思い出せないや。


「じゃあポチにしましょう!ね!」

「おまそれ犬」

「いいじゃないですか。素敵な名前だと思いますよ、ね、ポチ」


聞かれても困る。何も言えずまた首を傾げた。


「…後で名前考えとく」


後日私は彼から「早妃」と名前をもらった。



◇ ◇ ◇



「エネ!またデータ消しただろ!?」

「え〜?何のことですか?私は何も知りませんよー?」

「嘘吐け!ニヤついてるぞ!」


毎日恒例となっている些細な言い合い。確かにエネはデータを消していたが「秘密ですよっ」と言われてしまったので口出しはしないでおこう。もしもの時はこっそり復元しておこう…。エネはよくこんなことして彼を困らせてる。何とかできないものかと復元の練習を密かにしてたらなんだかできてしまった。まだ見せたことはないけれど近いうちに披露できそうだ。


「…っと、そろそろ行くか」


スマホを取り出し、私たち二人はスマホに移った。スマホにイヤホンを挿し、片耳ははめてもう片方は着けずにぶらり。
今日も“メカクシ団”とやらに行くらしい。引きこもりが最近よく外に出るようなったのはいいが、もう少しのんびりしたいというか。
もっとゆっくりたくさんお話ししたいというか。


「早妃、どうしたのですか?浮かない顔してますよ?」

『…そう、ですか?』

「ここ最近上の空状態が多いです。は!まさかウイルスに!?」

「え!?そうのか早妃!?」

『!ち、ちち違います!!』


聞いてたのか、慌てた様子で画面を覗いて来たご主人、に急いで訂正を入れる。なんだかんだあって、大事にしてくれるこの二人は好きだ。だからこの二人を困らせるようなことはしたくないし、何よりご主人にそんな表情させたくない。


『ちょっと、考え事してただけです。気にしないでください』

「…そうか」


エネはすぐに納得してくれたけど、ご主人は何処か浮かない顔して納得した様子は見られない。それどころか、太陽の光でご主人の顔が見えなくなってしまった。とても、眩しい。
一瞬だけ見えた彼の表情。私を見てるはずなのに、私を見てくれていないような気がした。そんなわけないのに、そう思えてしまった。それに少し寂しく思う事も、悲しく思う事も。そんなわけ…ないでしょう。

この透明な壁がなくなって彼の隣に立つことが出来たら、もっともっと分かるのに、なあ。






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