#HCOWDC Day1
2022/02/21 21:12

「お、いらっしゃぁい」
 にい、っと笑う目の前の男に今更なぜこいつがここに≠ネんて、考えるだけ無駄だと理解はできても未だ慣れそうにない。あら、ダリアの。そんな風に取り巻く畠中レディ≠スちから好奇の目を向けられながら、軽く会釈しヤツを睨む。相変わらずこちらがどれほど牙をむこうがこの男は飄々と笑って尻尾をくゆらせるだけだ。そうして、自分がいかに無駄な労力を消費しているのか思い知る。
「ミケちゃん、今日のオススメは?」
 きゃあきゃあと宛らアイドルのような歓声をあびる奴――三毛縞清虎はまたニッと口角を上げ、今日はしゃぶしゃぶ用のブタが安いよ!≠ニ豪快に笑った。

 三毛縞は変な奴だ。先々週ごろには八百屋で、その前はいつになったか魚屋で、青果店でも、今日のように肉屋にも、時折顔を出している。商店街も例外なく高齢化の進む商売人に顔が利き、日ごろから仕入れの荷運びをはじめ店の手伝いをしているらしい。かくいうダリアにも、この前大掛かりな機械の搬入を手伝いに来た。同級生の烏丸などは、神社の手伝いをしょっちゅう頼んでいるという。奴はどこにでもいた。基本的に暇なのだろうが――だからと言ってこんな大男を頼るだろうか。確かに人懐っこい性格ではある。少し踏み込めば悪い相手ではないとわかるだろう。ただ、それでも。そんな俺の疑問が解決する日が来るはずもなく――三毛縞はいつも、どこかにいて誰かを助けていた。
 肉屋は晩飯の買い出しをするには少し早い時間でありながら、それでも大いに盛況していた。三毛縞はいがいと商売人の才能があるのかもしれない。寄ってくる主婦を手玉に取り、足早に過ぎ去る営業マンを引き止め食べ歩けるコロッケやらメンチカツやらを売りつけてみせる。まるで猫に化かされるように、皆ふらりと肉屋に立ち寄っては金を落として帰っていく。それは肉屋に限った話ではなく、その高い背はまず人目を引き、大柄なため声も通る。商店街の中では、という条件下での話にはなるが若い分活気もあり、言ってしまえばこの男の存在は物言わずはためくのぼりよりもずっと集客が見込めるのだ。八百屋の前に立てば野菜を、青果店の前に立てば果物を。そして今は。
「じゃあ、豚しゃぶ用のお肉、いただこうかしら」
 はいよお、とけして意気のいい返事ではないが、それでも周囲の客が、だったらうちも鍋にしようか、と心が揺れているようだった。
「お、そうだそうだ。ついでにツクネ用に鶏のミンチも買ってかねえかい?」
 子供は絶対喜ぶぜ、とたくらみ顔の三毛縞に客の何人かはまるでつられた様に鳥のミンチ肉も注文した。
「あ、ちなみにちょっと豪華な鍋がお目当てなら、魚屋に寒ブリ、入ってたぜ。もう今年は終いだろうってさ。旬のモンだし、俺はソッチもオススメかねぇ」
 そう言って軒を連ねた魚屋の店主にウインクする。それまでしょぼくれる様に立ち尽くした魚屋の爺が、ぱっと顔を上げて脂ののった寒ブリを見せつける。
「ニャハハ、うまそぉ」
 腹減ってきたあ、と不真面目なアルバイトが呟いた。

「随分人気だな」
「ニャハハ…… いやあ、これで安心して爺さんに店返せるってもんだ」
 そういってどこかほっとしたように肩を落とす。そういえばいつも店先に立つ爺さんがいない。探すような自分の目線に、三毛縞は珍しく同情を滲ませ孫ぉ抱えてそのまま腰がな……≠ニ遠い目をする。なるほど、それは確かに不幸な出来事だ。痛みを以て孫の成長を感じる羽目になった店主は暫く起き上ることもままならぬようで、三毛縞に店を任せたのだという。それどころか、今日の店主宅の買い出しや掃除洗濯まで請け負っているのだという。群れない一匹猫を気取る癖に、頼まれると断らないお人よし。いや、お猫よし、という方が正しいのだろうか。明日、明後日には復帰できそうだとよと、俺が注文したカレー用の肉やオムライス用の鶏肉を包む三毛縞はどこか安心を滲ませているようにも見えた。
「あ、そういえば崇彦サンに今度豆取りに行くって言っといてくれや」
「――自分で言えよ……」
「まあまあ、ホレ。俺のおごり」
 ずい、と差し出されたメンチカツ。注文した肉はメンチカツを握った逆の手によりまだカウンターの奥に隠されている。おそらく、受け取れば手間賃として請け負ってしまうことになるのだろう。
「――はぁ。あと二つよこせ」
「にゃ、んでだよ!」
「湊と父さんの分」
「な、な…… この欲しがりめ……」
 しゅん、と垂れた耳まで見えるようだ。がっくりと肩を落としながらメンチカツを二つ包む三毛縞に、少し胸がスカッとした。
「あ、でもおまえの分は食って帰りな」
「なんでだよ……」
 いいからいいから、と包んだ肉とまだ熱いメンチカツを別々に、さらに紙を巻いただけのメンチカツまで渡された。いがいと手元が騒がしい。ガサガサと袋を揺らしながら、勝手なことを言って尻尾を揺らす三毛猫を睨む。それでも、やはり三毛縞は飄々と肩を揺らすだけでまとめて包む素振りもない。
「たまには行儀悪いこともしな」
「……お前に言われるとなんか怖いな」
 そういってひと口、店前でかぶりついてみる。保温機のおかげか衣がサク、と軽く。少しジャンクな油の味と、溢れる肉の脂は確かに、エネルギッシュな若者にはたまらないだろう。よく冷やしたビールとも合うはずだ。それにただのミンチではないようで、時折しゃくしゃくと新しい食感が残るのは甘くなった玉ねぎとキャベツだろうか。コリコリした食感はスジ肉。シンプルな見た目に反して凝った作りの総菜に、飲食店を経営するものとしてついまじまじと味わってしまう。
「うめぇだろ」
 行儀よく皿と箸出して食うのも美味いがよ。三毛縞は自慢げに笑って言う。こうやって食うのがいっちばん美味いんだよな。そういう三毛縞の意図することを、理解できるような気がした。それがまたなんとなく気に入らなくて。お前が作ったわけじゃないだろ、と笑って返す。店前で実際に食らう人間がいれば、人目は惹くだろう。俺はどうやら三毛縞の作戦通り客寄せのパンダにさせられたらしい。ふらり、と寄ってくる客足に、三毛縞が再び愛想のいい顔を向ける。お役御免な客はとっとと退散するに限る。子供のおやつにいいよお、と増え始めた主婦の姿に声を掛ける三毛縞に背を向けた時、背中に投げられた豆のことたのんだぞ≠ニいう叫び声に、齧ったメンチカツごと手を振る。賄賂はすでに腹の中。きっと俺は家に帰って、予定にない土産の理由を説明するのだろう。



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