唇に灯して

目当てのドレッサーを注文し、いくつかコスメを買ったところで、プロシュートがメシにするかと言った。確かに今日はいろんなことがあって、お腹もぺこぺこだ。普段パソコンの前ではナッツやフルーツをつまみながら仕事をするから、ここまでお腹が減ることもない。素直に「お腹すいた」というと、プロシュートは「ガキ」とまた憎まれ口を叩きながら腰に手を回し、車にエスコートしてくれた。

刹那、夜の雑踏から見知った声が聞こえた。

「オイ、ロコだろ!おーい!」
「ハァ?どこがロコだよ、ナランチャ待て!」

それは、きっと論理的にも確率的にも表すことのできないもので。こんな夜更けの人混みの中から私を見つけ出すのは、きっと夜空無数の星からひとつを探すことと同じだ。しかもこんなに着飾った私をわたしだと言えるのは、きっと本能。
そして、こんな雑踏から自分を探す声を聞き分けられる自分自身も、きっと獣なのだ。
カクテルパーティーはまだ始まってすらいないのに。

ナランチャが一直線に此方に向かって走ってくる。その背後をミスタが慌てて追いかける。ブチャラティチームの今与えられている仕事なら、此処に居るはずがない。どちらかがしくじってネズミに逃げ込まれでもしたんだろう。

わたしが背中を硬ばらせると、プロシュートが腰に回していた手を自分側に引き寄せて、私を胸の中に隠した。

「アァ?誰だテメー。」

プロシュートがナランチャに睨みを利かせている間に私はぐるぐると考えた。非常にマズイ。ナランチャやミスタの顔を久々に見れて嬉しいが、このタイミングでチームのメンバー同士が顔を合わせるのは時期尚早だ。
ボスにチーム同士の結託を疑われてはいけない。猫を使って徐々に勢力を強めるこの計画が早々に破綻してしまう。

「なぁ、ロコだろォ!!なんで突然居なくなっちまったンだよォ!!ブチャラティは何にも言わねェし、訳ワカンネェ!寂しいだろがよォー!」

プロシュートはブチャラティという言葉にナランチャたちがブチャラティチームの奴らだという事に勘付き片眉を上げて私をみた。私が頷くとプロシュートは更に私を胸に埋めて私の手を取ろうとしたナランチャの手を弾き飛ばした。

「オイ、テメェ…俺の女になにすんだ…。コイツはお前なんて知らねェっつってんだ。覚悟は出来てンだろォなァ…」
「アァン?俺はよォ〜〜ロコに話してんだろォ〜〜!!この桃みてェな、匂い!俺の好きな匂い!やっぱりロコだぜ〜〜!」

青筋を立てて、ぴくりと動いたプロシュートの右腕を制するようにぎゅっと握る。胸板から顔を少し覗かせ、必死なナランチャに声を掛けた。

「…わたし、アナタを知らない…わ。」

私がそう告げると、ナランチャは星屑が乗り移ったかのようなキラキラの瞳を涙で滲ませてこれまた盛大に喚き始めた。逆効果になってしまったと頭を抱えると、追いついたミスタが怪訝な顔でこっちを見ている。

「な、何言ってんだァ!!ロコ!!忘れてんじゃァねェ〜〜!!ジェラート食いに行く約束だろォ〜〜!!」

駄々を捏ねるナランチャの隣で着飾った私を本当にわたしかどうか探るミスタに近付こうとすると、プロシュートが腕をぐいと引き寄せて止めにかかる。大丈夫、と告げれば渋々と解けた手に感謝を込めてもう一度握り込んでからミスタの元に迎った。

「オマエ、マジにロコか…?」
「いいえ、人違いよ…、でもどこにいても貴方達のことを想ってるから…今日は帰って…」

わたしは、人差し指を自分の唇に当ててから、ミスタの薄い唇にちょんと当てた。
大昔、祖母から教えられた口約束をするときのおまじない。

ブチャラティチームに来てから日の浅かった頃、ミスタと馬鹿みたいな賭け事をした時にこのおまじないをしたら、気が多くて女慣れしている筈のミスタが顔を真っ赤にして、「そんなまじない聴いたことねェ、もうすんな…」と初心な反応をしたものでしばらく笑っていた。



「…ロコ。オマエ…」



こんなふうに他人のフリしなきゃ喋ることも出来なくなるんなら、酒ばかり呑まないで、もっともっとたくさん話したかった。
今になって湧き上がる後悔が下まつ毛に溢れかけて、慌てて目を擦れば、背後から近づいてきたプロシュートが私を抱きしめて唇を掠め取った。プロシュートは機転を利かして、わたしの恋人を演じてくれているのに、私が一番驚いてしまう始末に内心呆れているだろう。

「なっ…!」

「…ロコ、もういいだろう。時間が惜しい…。俺との夜はあっという間だぜ。車に戻れ。」

プロシュートはミスタを一瞥して私を車に押し込んだ。


男にされるがままの私を見て呆然としていたミスタははっとして、まだ喚き立てるナランチャを止めにかかる。


「なんで止めンだよォ〜〜ミスタァ〜!!ありゃロコだろォが〜〜!!!」
「いや、人違いだ。人違いだって…約束したからな…」
「なンなんだよォ〜〜〜!!!」









プロシュートは車を走らせながら、わたしの顔を覗き込んだ。

「オイ、とんだ災難だ。お前なんでチームの奴らに話してねェんだ。」
「ブチャラティと話さない事に決めたの。きっと皆んな、わたしがこっちのチームに行く事に納得しないだろうから。」
「納得だァ〜〜?仕事に納得もクソもねェだろうがよォ。とんだマンモーニだなァ。」
「…うん。ほんとうにね…。何もかも甘くて、本当に甘くてさ…一緒にいるのが長すぎたの、きっと…」


もう見えなくなった2人を窓の外に見ながら呟くと、プロシュートは整ったその顔を寄せてまた口付けた。今度はさっきの掠めるようなキスよりも深く、舌を絡め取られる。耳のピアスに骨ばった指が触れて、擽ったくて身をよじれば、背後の窓に手を付かれて逃げ場を失う。

「……だが、俺たちみたいなモンは本当を知らねェ…だからこそ、仮初めの仲間ごっこや家族ごっこに救われる事もある。」
「ふふ、プロシュートでもそんなふうに思うのね。でも、恋人ごっこはもう要らないでしょ。」
「…要らねェかどうかは俺が決める。」
「傲慢。」
「アァ?この減らず口め。」

そんなふうに強い言葉を使いながら、わたしの髪を耳にかけて遊ぶ指付きは柔らかい。

「オイ…このピアスが闇夜でも輝く理由が知りたくねェか?」
「素敵な理由ならね?」




プロシュートの瞳がピアスを映せば、それは燃えるように鮮やかに街道沿いの夜にうかびあがった。



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