猫とバンビ

暗殺チームを率いるリゾットは頭を悩ませていた。
ボスからの信頼も厚いブチャラティチームからパーレイの申し出があったのだ。
働きに対して冷遇されている己らからすれば、思ってもいない良い話なのだが…奴らと和平を結ぶことが吉と出るか凶と出るか、読み切れない。
普通、2つのチームの状況や力関係を考えれば、ブチャラティには己らをコントロールし、抑制し、ボスに反旗を翻さぬように監視する目的があると考えられる。
しかし、真の目的はそうではない。

ブチャラティは
「俺たちも、貴方達が成そうとしていることと目指すところは同じだと考えている。」と、話をした。今の俺たちが成そうとしていること、それは組織に仇なすこと。しかし、多言すればボスからの制裁は避けられない。ソルベとジェラートが消されてから各々心の内に秘めつつも、チーム内ですら話題に上ることが少なくなったその機運を幹部であるブチャラティが知っているとは思えない。
しかし、冷遇されている己らが盲目的に組織の為に動くとも想定し難い。

ならば、磔になり痩せていくばかりの俺たちを見物に来た訳ではあるまい。
そう、この男には確信がある。
俺たちの中で波打つ反旗が燃え尽きていない確信が。その旗を燃やし切るのではなく、縫い合わせ、利用しようというのだ。
此方の葛藤がちんけなものに思えるくらい、覚悟ばかりで出来ているような男だ。

俺は腹を括ってブチャラティの申し出に応じ、その手と固い握手を交わした。



そんな事があって3日が経った頃、
暗殺チームのアジトに新しい『仲間』が加わった。まだ年端もいかない少女にも見えるその女が「猫」だなんて、全員が目を丸くしてある者は上から下へ、ある者は下から上へ舐めるように全身を見た。(実際に舌なめずりをしていた者も一名いた。)


「オイオイオイ…リゾットこりゃどういう事だァ?」

「まさか、このバンビーノがブチャラティのとこの『猫』だって? 」

呆気にとられて言葉が出ない面々の中で、ホルマジオが苦笑いで声を発した。ホルマジオの声に続き、プロシュートはその可憐な顔を覗き込み、鼻で笑いながら煙草の煙を吹きかけた。

初心なアプリコット色のルージュがぷるりと震え、不機嫌そうに結ばれる。ホルマジオは昨夜絡みついてきた女どもの欲にまみれた真っ赤なルージュを思い出し、同じ性には思えないその異様さに身震いした。
このアジトでなくても妙に現実離れした容姿の女はプロシュートの鋭い眼光に動じず、「お行儀が悪いのね」と睨みを効かせた。

メローネは4周目の舌なめずりを終えて、うっと胸を押さえた。

「なんだよリーダー…どこからこんなベリッッッシモ可愛い子連れてきたんだ。最高じゃないか!!名前は?なんていうんだい?」
「ロコ…」
「ロコ…アァ…可愛い…最高…綺麗な肌だな…イイッ…!」
「…や…あまりベタベタしないで。」

名前を聞いた途端腰に絡みつき、髪の毛に擦り寄るメローネは、自分の胸板を押し返し睨みつけるロコの態度と、「や」という小さな反発の声に益々興奮して目をギラつかせた。

「ベタベタしないでってお願いを叶えるのは難しいな…ま、とにかく、俺はメローネ、これからよろしく、ロコ。」

「あまりちょっかいを出すな、メローネ。今日から彼女は我々の情報源だ。ターゲットの場所や仕事で扱いたい情報は彼女に聞いてくれ。彼女はこのアジトに常駐する予定だ。」

ギアッチョが大きく舌打ちをしながら「こんなアマの面倒を見る金がどこにあんだよォ!?アァン!?」と息巻けば、メローネが至極煩そうに眉間に皺を寄せてロコの両耳を背後からそっと塞いだ。

「君は聴かなくて良いよ、ロコ。君の鼓膜とは相性の良くない音さ。」
「メローネ…テメェ喧嘩売ってんのか!?アァン!?」

一触即発の2人の様子を交互に見上げながらロコはそれまでの張り詰めた表情を和らげて、声を漏らして笑った。

「ふふ…」
「オイ…テメェ…なに笑ってやがる…馬鹿にしてんじゃァねぇぞ!!!」
「だって…なんだか兄弟みたいね、ふたり。」
「……兄弟って…ロコ…それはちょっと…」
「気色わりぃ…」

ナランチャとフーゴを思い出す2人のやりとりに胸を温かいもので満たしたロコだったが、「兄弟みたい」という表現があまりにも気味が悪く、一度キレると止まらないギアッチョでさえ、想像して押し黙ってしまった。
ホルマジオはその様子をひとしきり眺め、くつくつと笑い出した。

「オメェよ、ロコって言ったか?こいつらを黙らせるなんて、かなり肝が座ってんなあ。申し分ねぇ…時によ、オメェ殺しはすんのか?」

「直接は殆どない。私の仕事は殺す為の情報を提供すること。情報源の私が直接出向いたり、私に危害が及ぶなんて事があれば、飼い主がよっぽど無能ってことになるけど?」

「はっ、言うじゃねぇか。バンビーノ。」

「私がバンビーノのままでいられるようにするのがアンタたちの仕事よ。ブチャラティチームにいたこの数年間は少なくとも私は安全だった。ブチャラティはアンタたちの実力を認めて私をここに寄越したの。期待に応えなさい。」


「実力を認めた」その言葉に目の前の切れ者たちは目の色を変えた。溢れんばかりの承認欲求を感じ、ロコは思わず喉を鳴らす。
ブチャラティやジョルノは間違っていなかった。そんな確信が深まったところで、リゾットの解散の声に柄の悪い一行は散り散りになった。





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