パーフェクト・ドライブ

身体の大きなリゾットが睨む迫力というのは想像を絶するものがある。わたしとプロシュートは昨晩買い物に出たまま行方をくらませた罪で今まさに裁かれようとしていた。

「お前たち…連絡1つできないとはどういう事だ。」
「だから悪かったって言ってんだろうが。何度も言わすんじゃあねェ。」
「リゾットごめんなさい…。」

横柄なプロシュートを肘で殴ってから弱々しく謝罪すると、リゾットは頭をポンポンと撫でて「心配したぞ、」とだけ小さく呟いた。
怒ってる癖にあまり追及しないところはなんだかブチャラティにも似ている。
まぁお互いに怒り始めたらキリがないメンバーを抱えているということなのだろうか。

「俺はこれから仕事だ。もう行く。」

プロシュートは苛つきながら私たちに背を向けて部屋を出ていこうとしたので、咄嗟にその右手を掴んだ。

「アァ?なんだ。」
「あ、その…買い物!つ、付き合ってくれてありがとう…!」

プロシュートは掴まれた腕と私の素直な礼に少し驚いたように眉を上げた。それから形の良い唇がうっすら微笑んで耳元に寄る。

「あんまり運動に夢中で何買ったかなんて忘れちまったなァ。」

私がびくりと肩を揺らせばクツクツと笑いながらピアスの光る耳朶にキスをして部屋を後にした。あまりの伊達男っぷりに惚けていると、リゾットがふうとため息をついて椅子に腰かけた。

「悪かった。彼奴なら安心かと思ってお前を任せたんだが。」
「…安心だったよ。途中で何も知らないブチャラティチームのメンバーに遭遇したんだけど、何も言わなくてもプロシュート、ちゃんと守ってくれた。嬉しかったよ。」
「…プロシュートがお前を気にいるわけだ。」
「えっ…?」
「…懐いた猫は可愛いという話だ。」

机に肘をついてリラックスしたように笑うリゾットがあまりに優しい表情をするので顔が熱くなるのがわかり、恥ずかしさに目を背ける。

「ロコ、先ほどの話だが…ブチャラティとそれぞれの活動範囲について調整する必要があるな。頼めるか?」
「…う、うん、そのつもり。」
「どうした?」
「…ううん、なんでもないよ。行ってくる。」
「ロコ、だれか着けよう。」
「ブチャラティに迎えに来てもらうよ。」
「それじゃあ、待ち合わせ場所まで送らせる。」
「…リゾット、ありがとう。」


リゾットの部屋から出るとギアッチョが壁に寄りかかりながら本に目を通していた。
部屋から出てきた私をギロリと睨みつけるもんだんだから負けじと睨み返すと、唐突に私に向かってくしゃくしゃの布?を投げつけた。

「うわ!なに!」

布だと思っていたそれを広げると白いパーカーのような上着だということがわかった。不思議に思って顔を上げると、白い肌にうっすら赤い耳。

「着ろ。」
「えっ、なんで…」
「いいから着ろ!」
「理由を教えてくれないなら着ないわ。」
「…ッ!このアマァ…」
「教えて、ギアッチョ!」
「…な、な、名前、覚えてんじゃねェー!!」
「もー、なんで怒るのよ!」

怒鳴り散らすギアッチョを尻目にだぼだぼのパーカーを渋々着ると舌打ちをしながら背を向けて歩き出した。ついて来いということだろうか、不機嫌な猫背がゆらゆら動いて、一台の小さなPCの前で止まった。

「コイツがうるせェ。変な音がしやがる。」

変な音?耳を澄ませると、ファンの回転音が少しうるさく聴こえるかもしれない。

「なんかダウンロードした?」
「音楽、」
「うーん、頑張り過ぎちゃったのかもね。電源落として少し休ませれば?ていうかギアッチョ、音楽聴くんだ。」
「テメェにゃ関係ねェ。」
「はいはい、ごめんね質問して。」
「お前のPCについてるケーブル、なんで青いんだよ。」
「は?」
「…アァ!?聴こえてんだろォが!!ボケッ!ケーブルだよ!」
「…別に。オシャレ?かっこいいでしょ?」
「…おう。」

急に連れてこられたと思ったら、質問攻めで最終的には『お前のPCケーブルカッコいいな』って、我慢していたけど耐えられない…!

「ふ、ふふ…ははは!」
「なッ…!テメェなに笑ってやがる…!馬鹿にしてんじゃあねェーー!!!」
「ははは、はぁ、はぁ…馬鹿にしてない…!なんか、嬉しくて…ひさびさに、アレが好きとか、コレがかっこいいとか、なんかまともな話ししたかも…!」
「馬鹿にしてんじゃねェか!」

苛つきながら悪態をつくギアッチョがきっと私がいない間も私のパソコンの周りを興味津々にウロウロと歩き回っていたのだろうと思うと可愛らしくて胸が擽られる。殺伐とした世界に一滴の安堵が垂れたようだった。


「ねぇ、車で送ってよ」
「ァ なんでテメーをおくんなけりゃなんねェんだよ!?!!」
「これから仕事なの、いいでしょ?30分で支度するから。」
「30分!?長すぎる!!10分で支度しやがれ!!」
「…無理。女と寝たことないわけ?女って色々時間がかかるの。」
「知るかボケッ!!」
「はいはい、着替えるから出てって!」

ぎゃーぎゃー五月蝿いギアッアチョを部屋から追い出して、黒のシックなドレスを出した。髪はすこし纏めて、ピンクのルージュを引いた。黒に赤もいいけど、今日は別に戦いに行くわけじゃない。少しブチャラティを驚かせてやるのだ。

「ギアッチョ…?」

恐る恐る扉を開けると、ギアッチョが30分前と同じ姿で壁に寄りかかっていた。手には美味しそうなジェラートのカップ。ギアッチョが脱走していたらリゾットに送ってもらわなければと憂鬱だったが、予想と反して案外律儀なところがあるらしい。

「遅ぇんだよテメェ。」
「待っててくれたの?」
「待ってねェ。」

ギアッチョの前でくるりと回ってみせる。黒プリーツがゆらりとはためいて、ギアッチョは大きな目を見開いた。

「可愛いでしょ、これ。」
「分かんねー、」
「あら? ギアッチョのお気には召さない?」
「女の…似合う似合わないなんて分かんねェっつーンだよ!!」
「ギアッチョは何色が好き?」
「ねェよ、好きな色なんて。」
「きっとあるよ、好きで白着てるんじゃないの?赤や青じゃなくて。」
「ハァ?たまたまだっつーンだよ。」
「そのたまたまこっち!ってのが、好きってことじゃない?」
「ハァ〜〜〜〜〜〜???」

ギアッチョが言葉の応酬に疲弊し始めたところで、無防備に宙に浮いてる溶けかけのジェラートに食いついた。

「ア"ッ!!テメッ!!」
「ンーッ、美味しい!これすきだなあ。」
「もう疲れた、車乗れよ…」

ギアッチョがため息をついて渋々車に向かうとふと振り返って、顔を反らしながら私の頭を指差した。

「テメェの、その髪は…嫌いじゃねェ、色だぜ。」

また耳を赤くして、戸惑いながらも一生懸命に私の好意に応えようとするその様子はとても暗殺者に見えない。

「ふふ、ありがとう。気に入って貰えて嬉しい。」
「…チッ…能天気が。着くまで上着着てろ、女が薄着しやがって。」


ギアッチョが上着上着とうるさかったのは、私が肌を出しすぎているからだったのだと気付いたときにはもう彼の中の「癇癪持ちのスタンド使い」は身を潜めていた。

私がちゃんとパーカーを着て助手席でギアッチョの好きなダンスミュージックに肩を揺らせば、彼は運転しながら子供みたいに笑っていた。

「変なヤツ、俺のこと嫌じゃねーのかよ。」
「どうして?ギアッチョ優しいのに。」
「…優しくねェ。普通の人間はスタンド使いにビビりやがるだろ。」
「…私はこの世界に好き好んでいるの。スタンド能力も無いのに。イカれてるのはこっちよ。スタンドはギアッチョたちに与えられた才能だし…羨ましいわ。」
「…ホント変わってんだな。」
「レディに失礼ね、個性的って言いなさい。」

そうこう無駄話をしているうちにブチャラティ行きつけのリストランテ、Libeccioに到着した。私が車のドアを開ける前に、ギアッチョがドアを開けて手を差し出してくれた。ギアッチョの癇癪持ちな性格に似合わぬ紳士さは、どこかの伊達男たちに仕込まれたようにも思えて、輪をかけて愛らしく思える。

「ありがとう。ギアッチョは帰っていいよ。」
「…俺はお前を安全に送って、安全に返す。だから、店の中の奴が本当にブチャラティなのかお前が確認するまでは、お前から離れねェ。」
「…優秀だね、ギアッチョは。…分かったわ。ただし、今はまだチームのメンバー同士の接触は避けたいの。わたしがブチャラティ を確認したらギアッチョに合図するから、そしたら店を出て。」

わたしの提案に不満なのか眉間にしわを寄せたままのギアッチョを連れて店のドアを開けた。ドアを開けた拍子にミュールが突っかかり、バランスを崩しかけた身体を背後からギアッチョが支える。

「どんくせェ…」
「ごめん…」

いらっしゃいませと此方を見たカメリエーレがわたしの顔を見てぎょっとした。そりゃそうだ。私はいつもブチャラティに寝起きの髪に櫛を通したままここに連れてこられていたのだから。めかし込んだ私の姿はきっと真夏の雪のように稀有だろう。

「…あ、失礼いたしました…。ロコ様、ご案内いたします。」

ホールの奥に見慣れたシルエットを確認して、私は側をぴったり離れないギアッチョを屈ませて頬にキスした。

「ァア!?」
「合図よ、ギアッチョ。チャオ!」

ギアッチョが耳からみるみる赤くなって、口をパクパクさせながら、私をギロリと睨んだ。そんな真っ赤で凄まれてもこわくない。
羞恥に潤んだ瞳でそれでも健気に「ボケッ!!1時間きっかりで迎えに来る!!!」とお迎え宣言までして去っていく姿に「なら、送らせよう」と心配そうに笑ったリゾットが重なる。ギアッチョの癇癪持ちの性格と元々の優しさに、一滴の紳士さを落としたのは間違いなく彼だろう。

じゃあ私は、
ブチャラティからなにを学んだというのだろうか?




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