ああいうものよ、男子って


※ヒロインの育ての母、幼馴染が一般人として登場します。





「マナ、チャオ!わぁ、なあにこれ、素敵!」
「チャオ、ロコ!今日は早いのねぇ。」

ネアポリスで育ったロコは古くからの行きつけである花屋を訪れていた。花屋は自分の母親代わりでもあったマナ、その息子のアメデオが切り盛りしており、仕事のない日はしばしば寄って元気な顔を見せていた。

「うん!ねぇマナ、この薔薇先っぽがグリーンだよ!」
「そうよ、アメデオが朝市で仕入れてきたの。珍しい、ケニアからきた薔薇なのよ。」
「ケニア!ケニアってあの織物が素敵な国でしょ?すごいねえ。随分遠くから来たんだ〜!」

ロコは薔薇近くへ寄って、鼻をくんと近づけて香りを吸い込んだ。ふわりと香るローズの香り、瑞々しく、少しだけまだ土の香りがした。その新鮮さは、アメデオが買い付けに走った朝焼けの陽の光や、マナが朝ごはんに使った水牛のバターの香りを漂わせながら、花の水切りをしている姿を想像させて、愛おしさにうんと胸が詰まる。
遠い国から心細い旅路をきた花々を、優しく素朴なマナたちの生活が包むのだ。
ネアポリス の街角は、いつもロコを幸せにした。たった一瞬香ったそれでさえ。

「ロコ、持ってくかい?」
「うーん、どうしよう。これからブチャラティが迎えに来て、出かけるの。ブチャラティも花買ってくるかもしれないし…」
「あーら、お熱いこと! でも、花なら家のどこにあっても、何本あってもいいじゃない!」
「たしかにそうだけど…」

思い悩んでいるうちに、マナがにっこりと笑って二階へ続く階段に向かって声を掛けた。

「アメデオ〜!ロコに薔薇を一輪包んで頂戴!」

「マナぁ〜、もー!商売上手〜!!」
「光栄よ、可愛いシニョリーナ。リボンは赤にしてあげる!」

マナは眉を下げた私の頬にチュッとキスをして新しい花の水揚げに取り掛かり始めた。階段からは微睡みからまだ覚醒しきらない、トンという一段ずつ降る足音が聞こえる。
朝の仕入れが終わりひと眠りしていたアメデオはロコの姿を見ると眠そうなその目をぐっと開いた。

「ロコ、チャオ。今日は一段とベッラだね…!メイクもかわいい!」

「えへへ、ありがとう!うれしいな!」

アメデオは薔薇をグラスベースから一本取り出して、手なれたように包んだ。マナが後ろから赤よ〜!と言ったので、今度は背後のリボンホルダーから振り返らず器用にリボンホルダーをクルクルと回してはさみで切る。癖っ毛の前髪を弄り照れてる時とはちがい、花を扱うアメデオはやはり職人のようで、しっかりとした大きな手がスマートに動くのにどきりとする。

「手仕事をしてるときのアメデオ…なんかかっこいい、ね?」

素直に伝えれば、アメデオの人懐っこいヘーゼルグリーンの瞳がキラリと光を帯びた。まるで眠るライオンが目覚めたように雄を滲ませた瞳に喉がうっと詰まり、「口は災い」を感じたところで、後方から伸びてきた腕に腰をぎゅっと引き寄せられる。

「…待たせたな。薔薇を買ったんだって?」
「ブローノ!」

見上げるより前に柑橘系の爽やかな香りが私を包んで、直ぐにこの腕が誰のものかわかった。ブローノはアメデオが差し出した薔薇を手に取ると綺麗だなと私に微笑みかけた。私の喜びを自分の喜びのように表現する様子に胸がじんと温まる。

「マナに聞いたんだ。一輪だけじゃあ寂しいだろう。アメデオ、あるだけ貰えるか。」
「だめっ…!あ…こんなに綺麗だし、この薔薇珍しいんだって…!だから…その…街の人に買って欲しいの。お願い…。」
「…ロコは優しいな、わかった。では、いつものグリーンとピンクのローズ、できればロゼット咲きのものを貰おう。それで良いか?」
「うん、ブローノありがとう。」

ブローノは私の髪を優しく撫ぜて、頬にキスしてから少し待てとアメデオと二人で部屋に飾る花を選び始めた。
私はその後ろ姿をじっと眺める。アメデオは女の子と話す時とは違って手取り足取りって感じではないけど、ブローノと話す時はとても誠実。ブローノは、あまり見つめると良くない。心臓に良くない。だって、とんでもなくかっこいいんだもん。

「あらまぁ、そんなに見つめちゃって!」
「マナ!」
「真っ赤なりんごちゃん、冷やしてあげる。」

外のワゴンに花を設置して戻ってきたマナが隣に立って、私の赤い頬をひんやりとした水仕事の手で挟んだ。気持ち良い心地に目を細めると、マナがいたずらっ子の顔で私に耳打ちした。

「実はね、ブチャラティずっと前から店の前に居たのよ。」
「えっ!声をかけてくれれば良かったのに!」
「花を選ぶロコを見てたいって、ずっとあなたの姿を見てたのよ。…ふふ、なのに…アメデオとロコがすこーし良い雰囲気になっただけで飛び出して行っちゃうんだから…!」
「…それは偶然だよ。ブローノはいつも余裕だもん。私みたいにヤキモチ妬かないなから…」

言ってて悲しくなってくる。いつもそうだ。余裕でスマートなブチャラティが好きなのに、そんな素振りに少しだけ心が痛む。まるで彼のいる世界は、見てる景色は私と全然違うものなんじゃないのかと。私と話すときだけ、ブローノはわたしの側に降りてきて同じものを見て、微笑んでくれる。その確かな特別が嬉しいのに、でもそれが永遠にブチャラティとは同じものを見れないことの証明にも感じて、時々こうして虚しくなる。

彼のようにスマートな振る舞いの華々しいシニョリーナは他にも沢山いる。同じものを見てブチャラティに微笑むことの出来る子は沢山いるよ。どうして私なんだろう。

「ロコ、デートの前にそんな顔しちゃ台無しよ。わたしの可愛いバンビーナ、愛してるわ。わたしだけじゃなく、ブチャラティも、アメデオも、ネアポリスのみんな、あなたの笑顔が大好きよ?独り占めしちゃいたいくらい。」

マナがぎゅっとハグしてくれると、鼻がツンとして涙がほろりと溢れてきた。甘えるようにマナの胸に頬を寄せれば、背中をトントンと叩いてくれてその懐かしいリズムにまた涙が溢れた。元気だよ!と言うために顔を出したのにこんなに情緒不安定で逆に心配させてしまう。

「ロコ?」

目尻と鼻を真っ赤にさせてマナの胸から顔を覗かせたわたしを見てブローノはぎょっとした。

マナはわたしを引き離すとブローノに預けた。ブローノは私の肩を抱き寄せて、眉を下げた。…完全に困らせている。

「ブチャラティ、幾らアンタでもウチのバンビーナを泣かせたらタダじゃおかないわよ〜! さ、あとは二人でよくよくお話しよ。ロコ…大切なことは言わないと伝わらないのよ。素直にお話しなさいな。」

マナは笑いながら私たちに買い上げた花を手渡し、さっさと店から追い出した。
ブローノは困惑しながらも、私を近くのベンチに座らせる。汐風の匂いの風が前髪を通り抜けた。

「ロコ、いったい…いや、俺が何か無神経な事をしたのか…すまない。」
「ちがう!ちがうの…でも…今日はもう帰るね。ごめんなさい…せっかく時間作ってくれたのに…。」
溢れる涙にメイクもダメになってしまったし、こんな顔でもうここにいたくない。
私が立ち上がるとブローノが素早く手を引き寄せた。

「それはダメだ。泣いた理由も聞いてないうえに、まだ泣いているじゃあないか。このまま帰しちまうなんて、出来るわけないだろう。」
「ごめん、なさい。」
「ロコ、謝るな。こっちを見ろ。」

ブローノの真剣な眼差しに貫かれれば、こんな誠実な人をたかが小娘の劣等感で困らせているのがまた情けなく、涙がポロポロと溢れ出す。

「ブローノは…わ、私で良いの?」
「…どういう意味だ?」
「…わたし、いつもブローノを見上げてばかり…いつも…。時々今日みたいに、ブローノがわたしと同じ目線に下がってくれるとうれしくて…それで…」
「…あぁ、」
ブチャラティがわたしの手を優しく握って、言葉の続きをじっと待っている。
「一緒に、お花選ぶのも嬉しくて…でも、ヒールを高くしても、メイク、がんばっても…ブローノの見てるものは、見えなくて…、すきだなぁって、思うと、苦しい…幸せなのに、悲しくなっちゃうの、」

変だね、と紡ぐ前にブローノは俯くわたしの前に跪いて大きな親指で私の涙を拭って、気の抜けたようなブローノに似つかわしくない笑い方をした。赤ちゃんみたいに、ふにゃりと笑ったのだ。私がびっくりして目を見開くと、バツが悪そうに目をそらした。

「悪い、笑うとこじゃあないよな。でも、俺が見ているものをロコに見られると都合が悪いな…」
「わたしにはまだ早いって、いうんでしょ。」
「まさか! 俺の見てるもの…ロコに見られちまったら、俺がロコのことばっかり見てるのがバレちまうだろう?」
「…うそつき。」
「嘘じゃない。俺が幼馴染みと楽しそうに話すのすら気に入らない男だっていうことも、恥ずかしがり屋から久々に聴けた好きって言葉に心踊ってることもバレちまうと、不味いからな…。」
「ブローノも、ヤキモチ妬くの?」
「俺は聖人じゃあない。執着も人一倍だ。」
「私と同じ?」
「あぁ…ロコの涙が俺のせいだなんて、そんなことで満たされる。酷いだろう。欲まみれだ。そんな俺の世界で良ければ、いくらでも見ればいい。」
私が安心して笑うとブチャラティが立ち上がり、私を抱きすくめた。座っていた身体を急に抱き上げられて少しだけバランスを崩す。
顔を上げるとブチャラティは目を隠すように手で覆っている。
さっきまで自分を熱っぽく射抜いていた瞳がが見えない代わりに腰に回った片手の指先から熱が伝わる。

「あまり可愛いことをしてくれるんじゃあない。たまのデートだって、俺の為にめかし込んだロコを見られるのは嫌なんだぜ。益々外に出したくなくなる。」
「…外に出られないのは、困っちゃう…。ブローノと行きたいところ、まだいっぱいあるの。」

そう告げると、彼が顔を覆っていた手を退けてこちらを見据えた。綺麗な瞳の上の日除けがふるりと震えた。
あ、キス、しようとしてる。

瞬きをしてる間にちゅ、と触れた唇。
天使が降りてきたような、束の間の時間。

「…だから、あんまり可愛いことを言うんじゃあない。」

耳の上が少しだけ赤いのは、この強すぎる日差しのせいね。ブローノも私と同じなんだって考えただけで、嬉しくて、幸せで、少し意地悪をしたくなる。照れるブローノがもっとみたい。

私が胸元でくすくすと笑うと、
ブローノは額にもう一度キスをくれた。
波の音に乗ってどこから懐かしいレコードの音楽が聴こえて、二人揃って猫のように音を探す様が面白くてまた笑い合った。



【ああいうものよ、男の子って】
(マナの言った通りなのね!)












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