寝起きの慶くんは、加糖コーヒーに角砂糖をふたつ


「おー起きたか寝坊助」
「おはよ…今日も早起きで、立派だねぇ」
「ルーティンになっちまってんだよなぁ」


慶くんの朝は早い。私と慶くんが出会うよりずっと前に、シノダさんって人が『早起きは三文の徳だ』って慶くんに教えてくれたんだって。シノダさんは慶くんのお師匠様らしい。師匠って響き、かっこいい。


「バターのいい匂いがする…」
「フレンチトースト?作った」
「慶くん凄い…天才…」
「だろー?早く顔洗ってこいよ」


旋毛に触れるだけのキスをひとつ。早起き、朝ごはん、私の旋毛にキスひとつ。因みに慶くんは『三文』がなんなのか知らない。これが、慶くんの朝のルーティン。

* * *


ブランチの慶くんは、加糖コーヒーに角砂糖をみっつ


「休日って最高だねぇ」
「だなぁ。ほいどーぞ」
「あ、カフェオレだ!ちょうど飲みたかったの」
「そんな気がしてたんだよなぁ」
「慶くんはエスパーだった?」
「かもなぁ。火傷すんなよ」


慶くんの味覚はちょっと変。ブラックコーヒーに磯辺餅は合わないと思うんけど、慶くんはとっても満足そうにしている。変なの。でもブラックコーヒーが飲めるなんて、かっこいい。


「慶くんのカフェオレ好きだなぁ」
「企業に感謝だなぁ」
「慶くん企業って言葉知ってるの?賢いねぇ」
「だろー?忍田さんがうるせーんだよなぁ…」


こめかみに触れるだけのキスをひとつ。シノダさんはどうやら怒ると怖いらしい。休みの日、10時のおやつ、私のこめかみにキスひとつ。私の分だけミルクを温めて作ってくれてるのを知っている。

* * *


正午の慶くんは、加糖コーヒーに角砂糖をよっつ


「ついてんぞ」
「どこに?」
「唇とほっぺ。なんでほっぺにつくの?」
「なんでだろ?明日のおやつに食べよー」
「そりゃあいい」


慶くんは好き嫌いが少ない。腹に溜まればなんでもいいし、大体なんでも美味しいらしい。でも炒飯は苦手なんだって。「私は炒飯好きだよ」って言ったら、苦手なのに作ってくれた。漢だね、慶くん。かっこいいよ、慶くん。


「慶くんの炒飯は、ちょっとしょっぱい」
「不味い?」
「いや、美味しかったです。天才シェフだね」
「だろ?てか早く拭けよ。俺が食っちゃうぞ」
「実は、そのために残してました」


頬に触れるだけのキスをひとつ。「結局料理は無難が一番美味ぇんだよな…」らしい。苦手な炒飯、醤油ベース、私の頬にキスひとつ。冷蔵庫に隠された沢山のじゃがいもは、夜ご飯に使うからね。

* * *


まどろみの慶くんは、加糖コーヒーに角砂糖をいつつ


「名前」
「…ん、」
「昼寝すんなら、布団行こうぜ」
「うーん、でも今は、ここが気持ち良い…」


慶くんはそんなにテレビを見ない。「ニュースとか見てもよく分かんねぇんだよなぁ」って言うけど、お笑い番組とかもあんまり見ない。けど慶くんは色んなことを知っている。徹夜の方法とか、あと何回大学を休めるかの計算式とか。その時の慶くんの真剣な顔はかっこいい。


「んじゃあここで昼寝すっか」
「やったぁ…」
「名前ぬくいし柔けぇし、最高だなぁ」
「慶くんもぬくいし、最高ですなぁ」
「だろ?あー俺も眠くなってきた…」


瞼に触れるだけのキスをひとつ。ニュースより私を見てる方が面白いんだって。柔らかなソファに二人、毛布一枚の中のまどろみ、私の瞼にキスひとつ。実は私も、テレビなんて全然見てない。

* * *


空腹時の慶くんは、加糖コーヒーに角砂糖をむっつ


「うわ、美味そう」
「美味そうじゃなくて美味いんですよ」
「まだ食ってねぇから分かんねぇなぁ」
「食べなくても分かるクオリティです」
「ジガジサンだな」
「漢字知ってる?」


慶くんはお行儀が悪い。つまみ食いだってしょっちゅうするし、立ったままの飲食だってお得意分野だ。でも、お箸の持ち方や作法はいつだってきちんとしていて綺麗だから、かっこよくて、ちょっと尊敬。


「シノダさんに怒られますよー」
「げぇ、なんで名前が知ってんだよ
「慶くんがしょっちゅう話してるからだよ」
「え、俺そんな忍田さんのこと話してる?」
「話してる話してる。しかも、嬉しそうに」
「うぇ…まあ俺忍田さん大好きだからなぁ」


耳たぶに触れるだけのキスをひとつ。最近はイズミとカザマさんとジンって名前もよく聞くよ。晩御飯、食べなくても分かる美味しいコロッケ、私の耳たぶにキスひとつ。楽しそうな声色が愛しいって言ったら、どんな風に笑ってくれる?

* * *


歯磨き中の慶くんは、加糖コーヒーに角砂糖をななつ


「歯ブラシ変わってる」
「昨日買った。名前はピンク」
「慶くんは何色?」
「俺もピンク」
「なぁんで一緒にしちゃったかな?」


慶くんは夜に弱い。昼寝だってしたのに、お腹がいっぱいになると、うとうとり、ソファの船で航海へ。そうなったら私の腕の見せどころ。慶くんに甘えてばかりじゃあ女がすたるってもんですよ。


「一緒に歯磨きしましょうよ」
「連れ歯磨き?なんか語呂悪ぃな」
「歯磨きナンパです」
「連れ歯磨きよりかはマシか」


耳たぶに触れるだけのキスをひとつ。落ちかけた瞼がゆっくり開いて、黒の奥がぎらりと光る。見分けも付かないお揃いの歯ブラシ、慶くんの耳たぶへキスひとつ。去り際に囁いた一言が、明日の朝を遠ざける。

* * *


ベットの中の慶くんは、加糖コーヒーに角砂糖をありったけ。
唇に触れるだけのキスをひとつ。首筋に触れるだけのキスをひとつ。手の甲に触れるだけのキスをひとつ。数え切れなくなったらそれは、夜が二人を呑み込んだ証拠。噎せ返るほどの甘い愛を、今夜もひとつ残さずなく飲み込むの


夜に溶かす


BACK

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -