お菓子と食べ物への執念は怖いもの

「晶、ありがとな
おかげでアーサーに手間をかけずに済んだし、俺も久しぶりに騎士団の皆に会えて元気そうだったのが嬉しかったよ」

『久しぶりのグランヴェル城はやっぱり緊張しちゃうから、カインがいてくれて俺が助かったよ
こちらこそありがとう』

アーサーへの届け物と、ここ最近の任務の報告書をカインと一緒にグランヴェル城に届けに来たのだ。
来るたびにごきげんようと言われたり、色々もてなされたりするのは嬉しい反面未だに慣れないのだ。
逆に少し緊張するというか、喉が詰まるというか。

「そうだ、帰りにどこか寄っていかないか?
なんなら栄光の街にでも…」

『カインの故郷か、それもたまにはいいな
皆陽気で、踊りも上手だから見ていてとても楽しくて心が洗われるよ』

「よし、決まりだな!」

そうしてカインと栄光の街に向かって、遅めの昼ごはんを食べながら街の人の踊りを見て、たまに手を引かれて踊るカインを見ては日頃の疲れも吹き飛んだ。
ここのところスノウとホワイトを先導に北の任務もあったのだが、たまにオズが同行したらしく、ミスラとオーエン、そしてブラッドリーの御三方の機嫌は最高に悪いのだ。

…ダメだ、思い出したらなんだか気が遠くなってきた

「晶…!
こっちに来て一緒に踊らないか?」

ハッと我に返り、カインを見てみればその人柄に惹かれた街の人たちに囲まれていた。

おっと…流石陽キャ…
これは少し近寄りがたいくらいには人気者だな…

暫くして戻ってきたカインに、近くの店で買った水を手渡した。

「お、ありがとな」

『カインがいると街の人たちも元気になるね
なんだか太陽みたい』

勇ましさのなかにも、まだミスラやオーエンたちよりも若い匂いが混ざるカインは眩しいくらいの笑顔だった。

「そうか?
まあ、それで皆が元気になってくれるからつい、俺も楽しくなるんだろうな
それより晶、この前のことは聞いてる
もしも俺たちに出来ることがあるなら遠慮せずに言ってくれ
賢者だからって、全部背負いこむなよ
リケがあんな晶は見たことがないって、もしかしたらこの世界が嫌になってしまったんじゃないかってやたら心配してたし…
まあ、晶がリケやミチルと話をしていたってアーサーから聞いたからもうリケも大丈夫だと思ってるが…
晶ももっと、遠慮なく俺たちに甘えてくれよ」

この前、とは恐らくフィガロのせいで狼狽した時のことだろう。
俺自身あまり覚えがないので少し、皆に心配をかけたことしかわからず決まりが悪いというか、少し苦い過去のことなのだが。

あれからなんだかネロもよそよそしいし…
まあ、あれだけ甘えちゃったから、あんまり良くないのはわかってるんだけど…

相変わらずなのは北の魔法使いたちだったので、ある意味彼らのドタバタを諌めることでなんとなくいつも通りの生活を誤魔化しているような気分なのだ。

「…何かあったのか?
力になれるかはわからないが、話を聞くくらいはできるからさ」

そう言ってくれたカインは少し、察していたんだろう。
リケやミチルなどには心配をかけないようにしていたことや、なんとなく俺の違和感を。
コーヒーを買ってきてくれたカインと河原に座って、水面に映る空やひっくり返った街の風景をそっと見つめる。

「無理して聞き出そうとは思ってないからさ、話したくなったらでいいんだ」

『…ありがとう
本当に大したことじゃないんだ
ただ…俺はあの日、皆の前で寂しいだなんて…自分でも信じられないけど、そんなことを言ってしまったみたいで…
当の本人に記憶がないのもタチが悪いなって気もしてる
それに、あんなに警戒心の強い東の魔法使いたちにも気を遣わせたり…特にネロにはいつも世話になりっぱなしで…
それなのに…介抱してくれて、そのうえ新作のデザートがあるって誘ってもらったし休んでいってくれって、そこまで気にかけてくれたのに…ミスラの寝かしつけでちょっと…
それで結局ネロにちゃんとしたお礼はできないままっていうか…だからなのかな…
ネロ、少しよそよそしいんだ…気のせいだといいんだけど』

キッチンに食器を運んだり、カナリアさんと話していたりしても、どこか居心地が悪そうなのが気にかかった。

『怒ってるんじゃないかな…
もしくは、あれだけ迷惑かけたし呆れられたか、ネロの嫌なことをしてしまったとか…
例えば…すごく踏み込んだことをしてしまったとか、東の魔法使いの皆はやっぱり独特の雰囲気があるし…人間を嫌う魔法使いも多いし
そんな俺が一番距離感を大切にしているネロに無礼なことをしてしまったんじゃないかな…』

コーヒーの入ったカップは温かい。
だけど、そう感じるくらいには自分の手は冷たかった。

「ネロか…
そうだな…俺にはいつも通りに見えたけどな」

うーん、とここ数日の記憶を手繰り寄せるようにカインは唸り、それからコーヒーを飲んだ。

「だけどすぐ後にミスラに呼ばれたなんて…
晶も大変だな、本当にちゃんと休んでるか?」

『え?
う、うん…有難いことにちゃんと北の皆の仲介役で呼び出されるくらいにはいつも通りの生活してるよ…
全然苦痛でもないし、寧ろ今までなかった生活だから…きっとそれは俺自身楽しんでるのかもしれないな…
普通に生きて、賢者として召喚されなかったら皆にも会えなかっただろうし、こんなに長い時間を生きる魔法使いになんて出会えるとも思ってなかったし
だからある意味ですごく貴重な時間を過ごしてるのかもしれないなって…』

「……」

『もちろん、人間の俺が皆のことを完全に理解なんかできるわけじゃない
それはわかってるんだ
だけど…少しでも皆の世界は知っていたいし、違う世界には人間と魔法使いがいることを知って…一番魔法使いの皆に近い俺がこの世界でもある偏見みたいなのを少しでも…減らせたらなんて…
うーん、やっぱりそれは傲慢で我儘かな
スノウやホワイト、フィガロに言わせてみればきっと…』

無理もない。
こんなこと、願っているけれど叶うことが難しいことくらいわかっているんだ。
コーヒーを一口飲んでから、そっと目を閉じる。

「…俺は、晶のそういう所が好きだし、尊敬するよ
難しいとわかってても諦めたりしないし、俺たちのことを誰よりも信じてくれてる
それは魔法舎の皆はわかってるんじゃないか?」

ゆっくりと目を開けカインを見ると、穏やかな笑顔は夕日に照らされていた。

『…カイン、ありがとう』

「それにこの前オズが晶のことを何か誘おうとしてたみたいなんだ」

『え…?オズが?』

「ああ、今度の任務の時に連れて行きたいとかって…
確かにアーサーの話を聞いて、俺たち魔法使いには普通かもしれないが人間の晶には物珍しいのかもしれないとか、そんなような事だった気がする」

なんだか意外だった。
魔法舎内の不器用さトップ5には入ろう彼が、俺みたいな人間を何かに誘う事自体珍しいと思ったからだ。

『え、そんな珍しいこともあるんだなぁ…』

「だろ?
…晶は、晶のままでいてくれ
皆が皆強い魔法使いみたいなわけじゃないんだ
南の皆だって人間と話すのは上手いし、北の皆もクセはあるが強い魔力を持っているし、西の皆も東の皆、そして俺たち中央の魔法使いも、それぞれ得意なことや苦手なこと、難しいことも違う
思うことも違うに決まってるさ
だから晶だってたまには寂しいって思うのも当たり前だと思うんだ
それは無理して隠そうとすることじゃない
俺たちのことが嫌じゃないって、俺がわかってるからさ
だからそういう時は素直に寂しいって言っていいんじゃないか?
そしたら俺たちが、晶をちゃんと支えてやれる」

カイン…

騎士団長として人間と一緒に共同生活もできた彼だからこその発言なのかもしれない。
それでも今の俺を慰めるには十分すぎる温かさだった。

「そうだ、今日は夜市が出てるんだ
いつもの昼にやってる市場では手に入らないようなものや特別な食材もある
良かったら、それをネロに持って行ってみるってのはどうだ?」

『うわ、カイン、それってすごく天才!
中央の国の、しかも夜市でしか手に入らない食材ってあるんだ…!
そしたら…そし、たら……うーん…でも作ってくれるのかな…
俺、使い方のわからない食材だけど…』

「問題ないさ
珍しい食材を見つけたけど調理方法を知らないかって、聞いてみるんだ
そしたら何かネロの話も聞けるかもしれない」

『う、うん…』

アイディアとしてはものすごく最高だ。
ただ、最近のあのよそよそしさで俺を相手にしてもらえるかの方が不安だった。

『これは…本当に食べられるのか…?』

「ああ、見た目はまあまあかもしれないが、カリカリに炒めると旨味が出てきてすごく美味いんだ!」

『んー…これは?
なんだか俺にとっては全部初めて見る食材ばかりでどれが美味しいのか…』

色々とカインに手助けをしてもらって、一通り買い物は終えた。
今から魔法舎に戻ったら丁度夕食くらいだろう。

「大丈夫さ
ほら、顔を上げて、いつもの笑顔で」

魔法舎の前まで戻ってきたが、そんなに不安そうな顔をしていたのか、カインに背中をバシンと叩かれてしまった。
そこへやってきたのは、任務を終えて帰ってきた東の魔法使いたちだった。

あ…なんでこんなところで鉢合わせしちゃうかな…

折角カインに入れてもらった気合いがなくなっていくのを感じる。

「晶さんにカイン…!
今帰ってきたんですか?」

丁寧な物腰のヒースにお疲れ様、と声をかける。

『うん、今日はグランヴェル城に報告書を提出に
カインが付き添ってくれて…まあ、あとは少し散歩をしてきたくらいで…
今日は任務もお疲れ様でした』

「散歩?こんな時間まで?」

驚いたような口調というよりかは、少し心配を滲ませたファウストがカインと俺を見る。

『あ、そうなんです
まあ、その…えっと…』

なかなか言い出さずにいた俺を見かねたのか、カインが助け舟を出してくれた。

「そうなんだ、見てくれよ、これ!
今日は俺の故郷の栄光の街に、特別な夜市が出る日だったんだ
普段の中央の国の市場では見かけない屋台も並ぶし、その日だけの店も並ぶんだ
晶にも色んなものを食べてほしくてちょっと奮発したんだが、俺ですら初めて見るものばかりで物珍しくてつい…

それに買ってみたはいいが、俺は料理なんてからっきしだからな
うーん…折角食べさせようと思ったんだが…」

聞かされていなかったというか、買う時にあれだけこれは…と商品の解説をしていただけに、驚いてカインを見てしまった。
そしたら小さくウインクをされて、これも作戦の一つなのかと思って話を合わせることにした。

「そんな無計画でよく奮発したな…」

ファウストのお小言がちょいちょい挟まれる。

「なあ、折角だし食堂で見てみないか?
それにネロなら調理方法もわかるかもしれないしな」

「…俺が?
勘弁してくれ、そんな買ってきた張本人がわからないような食材なんて…」

「まあまあ、とりあえず中央の国でも珍しい食材だから、料理人なら気に入ると思うけどな」

「…まあ、見るのはいいが…調理できるかなんてわかんねえしあまり期待されてもな…」

「よし!
じゃあ食堂で待ってるからな!
行こうぜ、晶」

『え、あ、うん』

どんな話の展開だろうか。
とりあえずカインに連れられて廊下に来たものの、さっきのネロの態度からするとあんまり乗り気ではなさそうだ。
それに東の魔法使いたちも皆任務の後で疲れていそうだったし、あまりにもノープランだったような気もしてきて再び不安になった。

「よし、これでいいだろう」

『カイン…本当に大丈夫なのかな…』

「ああ
俺はヒース達をダイニングに誘導するから、晶はキッチンにこの食材を運んでくれ
カナリアさんがいたら、多分面白がってネロを呼ぶだろうし、2人が気まずくても3人でも話のきっかけにはなるさ」

『う…ん』

「きっとヒース達もわかってくれるさ
大丈夫だ、そんなに不安そうな顔だと逆に怪しまれる
いつも通りだ」

『う、うん…』

こんなにもカインが力を尽くしてくれたんだ。
それを無駄にするわけにもいかない。
覚悟を決めて、紙袋を持ち直した。

『が、頑張ってくる…!
カイン、本当にありがとう』

「これくらいさせてくれ
じゃあ、頃合いを見計らってネロをキッチンに行かせるよ」

『あ…うん』

本当、カインは前向きで…俺もたくさん見習わなきゃ…
俺がしっかりしないでどうする…

よし、とキッチンに向かったら誰もいなかったので、テーブルの上に紙袋を置く。
それから買ってきた食材をテーブルに並べて眺めて、キラキラした見たことのないものや本当に食べられるかわかない色合いをした野菜など、一体どんな風に調理をしていいのかわからないものばかりで首を傾げた。

『……』

しかし、何度気合いを入れ直したところで完全に不安が消えたわけじゃなかった。
それでもカインの厚意は無駄にしたくなかったし、なんとなく心が離れたように感じたネロの態度も少し、俺以外が要因だったとしても少し気になるのだ。

「全く、食堂とキッチンをどうやったら間違えるんだ…」

ハッとして振り返る。
そこには、着替えてきたのかいつもの服装で少し呆れ顔のネロがいた。

『えっと…?』

「…食堂で見せてくれるんじゃなかったのか?
たまたま通りかかったから気付いたけど、アイツら待たせたら…」

…ん?
ネロ、もしかしてカインが仕向けたわけではなく単純に通りかかっただけ…?

だんだん此方も混乱してきた。

『…あ、えっと…』

「まあ、今更袋に戻すのも面倒だし……ん?」

はあっと溜め息を吐き出したくせに、ネロはパッとテーブルのとある一点に目を奪われているようだった。

「なんで、それが…」

『え…?』

キッチンに入ってきたネロは、俺が並べていた食材を興味津々で観察するように見ていたので俺が今度は驚いた。

「これも…まさか中央の国の夜市で手に入ったとは…
そうそう、コイツだ…ずっと昔、希少なものだってのにやたら好物だった奴がいたんだ
滅多に作れないって言ったんだが、作れ作れってしつこいくらいせがんできやがって…懐かしいな
このスパイス、噂には聞いていたが本当に存在したのか…東の国の市場じゃどこを回っても見つからなかったってのに…
流石中央の国は人の往来が多いだけあるな
こんな野菜は滅多に食えるもんじゃ……っと、あ…悪かった…」

驚いた。
こんなに嬉しそうに、物珍しそうに、楽しそうに食材に向き合っているネロを見て自分が嬉しくなっていたから。

「あー…その、確かに珍しいものばっかで少し興奮しちまって…
悪い、忘れてくれ」

『…本当に、それでいいの?』

「え?」

『俺は…今のネロを忘れないし、忘れたくない…かな
こんなに楽しそうなネロ、久しぶりに見れて…本当に料理が好きで、好きなことにはとっても熱心で…
すごく活き活きしてた…』

少し照れくさかったのか、バツが悪そうに髪をいじってネロは目線を外して小さく溜息をついた。

「…いや、まあ…一方的に知ってるものを見て目の前ではしゃがれたら困るだろうし…」

『そんなことない…!』

思ったよりも大きな声だったので自分でも驚いて、手のひらで口元を覆ってから目を伏せた。

『あ、その…そんなこと、全然ない…
なんだか、嬉しかった…久しぶりにネロの笑顔が見れた気がして…
この前は、ごめんなさい…
まだきちんとネロにお礼もしてなかったし、それにあんなにお世話になっておいて…もしかしたら気を悪くしたんじゃないかって…
俺が覚えてないなんて、都合のいい人間みたいでやっぱり嫌なんじゃないか…それに俺がすごく甘えてしまったって聞いてるし…それはきっとネロにとっては嫌なことだったんじゃないかなとか…
無意識に自分の知らないところで自分が皆に嫌な思いをさせるのは…とても嫌なんだ

だから、きっとネロがよそよそしいのも俺が何かしてしまったんじゃないか…とても、不安で…』

一度紡いでしまえば言葉は簡単に口から出ていった。
泣きそうにすらなった。
だけどこれ以上弱いところは見せたくなかった。

「よそよそしいって…」

『あ…ご、ごめん、今のも言い方が良くなかった…』

「…どっちかってえと、俺としては晶がよそよそしくて、俺が何かしたのかと…」

『…え?』

「…だから、俺が何かしたかずっと考えたりして…」

『ネロが…?俺に…?』

何ということだ。
お互いよそよそしいと感じていたのか。
しかしお互いそう感じるようなことはなんだったのだろうか。

『…えっと、俺…ネロに何か嫌なことしたら教えて!
次はもうしないし、俺もネロもよそよそしく感じてたなんて…なんでだろう…』

「…いや、多分晶のせいじゃないんだろうな
俺も、晶だってのに少し考えすぎてたのかもしれないし…まあ、ちょっと流石に褒められ慣れてねえもんで、あれだけ好きとか色々褒められ過ぎると本気にしちまうから…
その…」

…褒める…?
好き…?

「あ、ああ…晶が夜中何度か起きて泣いた時に…少し…」

『……なっ、俺…そんな夜泣きみたいなことを…
しかも、そんな…絶対言わないって決めてたこと…なんで知ってるの…』

「…自分で言ってた
頼むから流石に…あんなに言われると、小っ恥ずかしいし…」

『…わ、忘れて!
絶対忘れて!そんな、ダメ…知られたらネロ、俺のこと…迷惑がるだろうから…』

「本当にいいのか?」

『え…?』

「さっきあんたが俺に言ったことだろ
…まあ、普段そういう機会がなかった分、そんな風に思ってくれてるヤツがいるって、悪い気はしなかったから…
そりゃあんまり自分の好きでもない所を色々それは長所だとか俺は好きだとか、立て続けに言われたら俺も戸惑うさ…
けど、宥めるのに頭を撫でてやったら子犬みてえに甘えてきたり、俺の飯が美味いって喜んでくれたりした晶のことも、俺は忘れていいってことなんだな?」

改めてそう言われるとなんだか恥ずかしくなるけれど、それはさっきカインに話した、俺が魔法使いの皆と過ごす大切な時間である。

『…えっと、恥ずかしいけど…それは、皆と過ごした大切な時間でもあるから、嫌だな…』

「…晶が甘えてくるのも珍しかったからな」

『うっ…』

「それに俺は別に怒っちゃいねえし、なんならあの後ミスラにまた連れて行かれてちゃんと休めたのかって方が気になってたかな
ほら、北の連中がまたあの後すぐ騒ぎを起こしただろ
あれからまた休めなかったんじゃないかって妙に気になっちまってさ…」

『それは…いつも通りの、うん…お察しの通りって感じかな…』

思わず思い出して苦笑してしまったのでわかられたんだろう。

「相変わらず苦労人だな」

その言葉と言い方と声と。
なんだか酷く久しぶりな気がした。

「この前晶が食べ損ねた新作だが、ヒースとシノが色々感想をくれたんだ
先生からもお墨付きをもらったし、丁度今ここには俺が欲しかった理想のスパイスも材料もある

今日は城まで行って来たんだろ?
折角の中央の食材での新しいデザート、食べてみないかい?」

あの時の、デザート…
作ってくれるの…?

『あ、でも感想が…』

「いや、あれは味見っつうか試作品への感想が欲しかったからいいんだ
今日は完成品の感想をもらおうか、お客さん第一号として」

『本当に…?
すごい、楽しみ!』

「(…この笑顔に弱いんだよな…つい構っちまいたくなる…)」

『あ、じゃあ何か手伝いでも…お茶とか淹れようか?』

「ああ、いいからそこに座ってな
今日はこんなにたくさん買ってきてもらったんだ
ここ何日か分の仕事の分も含めて、おもてなしさせてくれよ」

なんてことだ。
過ぎ去っていく雨は必ず過ぎ去るし降り続いた雨は必ず止むのだ。

「…こんなに買い込んで、カインもどさくさに紛れて俺に色々作らせようってか」

『え…?』

「前にカインと中央の市場の話をした時、俺が気になっていた食材がもしかしたら中央の国で見つかるかもしれないって言ってたんだ
その中には自分も食べたことはないものもあったけど、俺が調理するもんなら安心して食えるから今度何か作ってくれって頼まれちまってさ」

全くお子様は…と続けて調理道具を取り出したネロを見て、それからカインのさっきの言葉を思い出す。

…あれ?
確かにカイン、自分も知らない食材とか色々言ってたけど結局知ってたし…ネロなら、料理人なら興味があるから大丈夫って…

もしかしてカインに気を遣わせてしまったのだろうか。
だけどそれは厚意でもあり、それを知ったところで無下にしたくはなかった。

「…悪かったな、なんだか気を遣わせて…」

『…ううん、俺の方こそ、なんだか勝手に気まずいだなんて思って…
それに苦手なこととか、前にちゃんと聞いていたのにネロが優しいからそうやって色んなことを心配して自分を責めてしまうかもしれないことも…わかってたのに…』

「その話はもうやめにしようぜ
結局お互いそんな風になっちまって…俺はそうやって臆病って思わされるんだ
それに晶がファウストやお子様たちに色々言ったらしいが、俺がとる態度も見越して内緒にしてろだなんて…そりゃないだろ
ずるいぜ?」

『えっ…』

「俺が素直に喜ぶっていうか、人からの意見とか言葉を受け入れることのできないヤツって、思われるかもしれないだろ?」

『そんなつもりは…
それにネロはそんな人じゃないことわかってるって』

「はは…だからあんたは優しくてずるい
参ったな…」

だけど、その口調が仕方なさそうなのに満更でもないと、そう言ってくれているようでもあった。

「今日は特別だ
カナリアさんの前じゃ危ないからやらないこと、見せてやるよ」

頭にぽん、と手が乗って顔を上げる。
ネロは優しく笑って、俺がテーブルに並べていた食材達を魔法で宙に浮かべた。

『わ…』

下拵えの終わった具材が入ったフライパンや鍋、オーブンが一斉に動き出す。
そんななか、一際キラキラと輝く宝石のようなものがまるでキッチンを照らすように躍り出た。

「アドノディス・オムニス」

パッと花火のように弾け、フライパンや鍋に飛び込んでいき目の前を妖精のように光が舞う。
調理器具を飛び出しながら、色々な色の野菜やら調味料が合わさって、ネロの指先1つでそれは炒められ、煮込まれ、焼かれていく。

『綺麗…』

サッと取り出した皿に華麗に乗せると、ネロはそっと前に置いてくれた。

「お待ちどうさま
さ、あったかいうちに召し上がれ」

『とっても綺麗…
すごい、素敵な…なんて言ったらいいのか…
本当にありがとう
じゃあ、いただきます』

これがこの前試作していたものの完成形なのだろうか。
それにしてもこんな幻想的な調理風景を見せられて、オーロラの降るケーキのようなお菓子は初めてだ。

『オーロラみたい…こんなに色を変えて…』

うっとりするような美しさだった。
食べるのがもったいないと眺め回していたら半分呆れられてしまった。

「温かいうちにっつったろ?」

そう言ってネロはフォークでそっとケーキを割った。

『あ……え?』

「…よし、上手くいったみたいだな」

良かった、と続けたネロの持つフォークからは淡い光を放つトロトロとしたソースが滴る。
ケーキの中から出てきたそれは、どうやらフォンダンショコラのチョコレートのようにとろけ出てきた。

『…すごい』

「コイツは温めるとこうやって光るんだ、ソースにすれば皿を彩るにはもってこいだ
冷めるとだんだん固くなるし、光も消えていく
味も色もまた変わってくるんだ」

比べてみてくれ、とそっと一口大に切り分けられてソースをたっぷり絡められたケーキを差し出された。

『い、いただきます…』

それを口で受け取り、ソースのなんとも言えない美味しさに思わず舌でフォークを舐めてから口を離す。

『ん、美味しい…』

「……そのまま食べなさんな」

『え、ごめん、てっきり食べさせようと思ったのかと…』

「…なんだか小動物に餌付けをしてるみたいな気分だ」

小動物…!
なんてことだ…

『ネロ…あの、俺はちゃんと人間で…』

「わかってるさ、悪い悪い」

ははっと笑ったネロはまた俺の頭を撫でたので、なんとなく子供扱いされたようで少しふてくされてみる。

「本当にあんた、美味そうに食ってくれるから…」

『美味しいものは美味しい』

「…そういう所だって」

『え?何が?』

「(…こういう、突然褒めてくるのはもう無意識なのか…?)」

『あ!』

「ど、どうした?」

『しまった…
カイン達のご飯…どうしよう、すっかり忘れてた…
ダイニングに置いてきぼり…』

するとネロはハアッとため息を吐き出してから、ちょっと面倒そうな顔をした。

「心配いらないさ
折角だから作っておいた、そこでコソコソ覗き見してないで入って来たらどうなんだ…」

『え…?』

慌てて振り返ると、誰もいなかった。

「おいおい、今更隠れんぼか?
ファウストは部屋に帰ったんだろうが…」

そう言いながらキッチンの戸口に向かったネロが覗き込めば、シノにヒース、カインまでもがそこにいた。

「あー…腹減ったし、ちょっと晶のことが気になってさ…」

言い訳をしているのに、嬉しそうなカインを見て立ち上がる。

『あ…カイン、あの…』

思わず駆け寄ってから少し戸惑って足を止め、ネロの隣に落ち着いてしまった。

「良かったな、晶」

『…うん!
本当にありがとう』

「気にすんなよ
やっと晶も元気になったみたいだし、俺は安心したよ」

『…そ、そんな顔に出てた…?』

「んー…少し
そうだな、ネロとすれ違う度にチラッと見ながら逃げるようにして唇噛み締めてたってリケから何度も聞かされてたしな」

リ、リケ…
なんて洞察力なんだ…

「でも良かった、さっきカインから晶さんのことを聞いて…
もしかしたらこの前俺たちがネロの部屋で話してしまったのが原因だったんじゃないかって…」

「あー…その話は別に関係ねえかな
それにコイツは元々そういうヤツだったって、思い出したかな…
心配かけたなら悪かったよ、ヒース」

ヒースに笑いかけたネロの手が頭に乗ってぐりんぐりん撫で回される。

ちょっ…
またお子様扱いしてない…?
それにそういうヤツって、何…?俺、どういうヤツなの…?

「賢者、自分だけ美味そうなものを食べようったってそうはいかないぜ」

『あ、いや…別にそんなんじゃなくて…』

「シノは腹が減ったら本当にわかりやすいな
ほら、すぐ夕飯にするから向こうで待ってろ
晶とカインが買ってきてくれた食材で作ったんだ、滅多に食べられないぜ」

「そんなに珍しいものなのか?
楽しみだな」

やれやれとシノ、それを追いかけていったヒースを見送ってから、ネロはカインに目をやった。

「悪いな、なんか…
巻き込んじまったっつうか気を遣わせて…」

「気にすんなって
リケから聞いたのは本当だが、さっき河原で話をしてた時の晶が印象的でさ」

『……』

「晶は俺たちのこと、本当に大切に思ってくれてるんだなって思ったよ
だからこそ魔法舎の魔法使い1人とも気まずくなるのが嫌だったんじゃないのか?
晶にそんなに慕われるなんて、ネロは色々思うことがあるのかもしれないが、俺には正直羨ましいよ
俺ももっと強くなってちゃんと晶を守れるようにならないとな…
俺もお腹空いてるんだ、今夜はあの食材達がどんな料理になったのか楽しみだ」

それだけ笑顔で言って食堂に戻っていったカインを見送ったら、隣にいたネロはまた少しバツの悪そうな顔で前髪をいじっていた。

「…ったく、晶といるとむず痒くなるな…」

『なっ…』

「悪い気はしてないってことだよ…
ほら、あんなに手伝いたがってたんだ
ケーキを食べたら一緒に食堂に運ぶのを手伝ってくれよ?」

『…うん』

俺の頭を一度だけぽん、としてからネロは先に作業場に向かおうとして固まったので、つられて振り返る。

『ネロ?一体どうし……あぁっ!』

白い服。
白い帽子。
サラサラした銀色の髪。
さっきまで俺が座っていた場所にいたのだ。

まさか…待って、ちょっと…

慌ててテーブルの元へと駆け寄る。
フォークを片手に最後の一口とばかりに丁寧にソースまで舐めとった彼の異なる2色の目がこちらを捉えた。

「美味しかった、もっと食べる
これなんていうお菓子?
ドロドロして夢の森の中に迷い込んだ人間達の思念みたいで少しどす黒いし…中身も薬草をぐちゃぐちゃにすり潰したみたいな色だけど、味はなんだか甘くて美味しい」

『っ…』

ない…
なんで、いつのまに…
俺の、ケーキ…

「…オーエン、生憎だがそいつはそれで…」

おしまいとネロが言い終わる前にはフォークを持つオーエンの手を掴んでいた。

『オーエン!か、返して…!』

「そんなに怖い顔してどうしたの?賢者様」

クツクツ笑ったオーエンからフォークを取ったら、空になった皿を見せつけるように差し出された。

「もう食べちゃった
ねえ、晶は僕に指を突っ込んで吐けって言ってる?
酷いなあ、そんな苦しいことさせようとするなんて
どうしても返してほしいなら…僕が晶を食べてお腹の中で一緒になってもらうとか…」

『…そんな事を言ってるんじゃない!
あれは…珍しいケーキで、滅多に食べられなくてっ…!
トレスチェスみたいに頼んだらすぐ作ってもらえるようなものじゃないんだよ!?
トレスチェスだってすぐ作ってもらえるものじゃないんだよ!?わかってる!?』

「…いつから僕にそんな生意気な口利けるようになったの?
僕はこのまま晶の今にも泣きそうな顔を見つめてたって構わない、こんなに楽しいの久しぶり
それとも、僕に殺されたいの?」

スッと一瞬で引き出される殺気に体が固まって震えたけれど、唇を噛み締めてぐっとオーエンの手首を握り締める。

『っ…』

「お、おいおい、2人とも落ち着けって…
そんなに殺気立つなよ、お子様達が騒ぎ立てるだろ」

「ふーん、ネロもわかってるじゃない
このまま穏便に事を済ませたかったら甘いものちょうだい
そしたら晶のこと許してあげてもいいよ」

「許すも何も…はあ…
ほら、今日だけの特別なマカロンだ
ソイツをやる代わりに、晶から離れてやってくれ」

「…フン、つまんないの」

パンッと手を払われる。
ふよふよとオーエンはマカロンを持ってキッチンを出て行こうとした寸前でこちらを振り返った。

「…珍しいこともあるんだね
晶、そんなに甘いもの好きだった?
たまにはそのくらいの悲しみに歪んだ顔、僕にもたくさん見せてよ」

オーエンがいなくなった途端に体の力が抜けてその場に座り込んだ。
悔しかった。
そして、本当に怖かった。
まだ震えている体をさするようにしながら、床を睨んでどうしようもない気持ちのやり場に困った。

「…晶、大丈夫か…?
その…まあ、オーエンのことだからそんな気にしなさんな
トレスチェスも食べるだけ食べていくのはいつものことだろ?」

隣に人の気配を感じ、そっと頭を撫でられる。

「晶…」

『っ…』

「まあ…その、いつものことじゃねえか」

そういう問題ではない。
折角のケーキだ。
俺のために作ってくれたケーキだ。
そんなにやすやすとオーエンの手に渡ってたまるか。

『あー…もう…!』

「え…?」

『ネロ…ごめんね、またケーキ取られた…
折角の、折角の…オーロラの…まだ冷めた方を味わってないのに…』

「あ、ああ…いや、まあ…また材料があれば作れるから…
それにほら、どこで手に入るかも今日はわかった事だし、飯でも食って今日はゆっくり…」

『うん…ご飯食べる、食べよう
そしたらもう一回夜市に行ってくる
材料、あったら作れるんだね…?男に二言はないな?』

「え?あ、え…?
いや…今から夜市に行くのはやめといた方が…」

『ネロ…材料があれば作れるって言ったじゃないか…!
あれはネロが俺に作ってくれたんだ、オーエンのケーキじゃない!
しかも普通の、そんじょそこらのケーキなんかとは全然違う!
特別なもので、特別な材料で、たくさんネロの気持ちのこもったケーキだったのに!
オーエン…俺から奪った気でいるならとんだ思い違いだからな…
今に見てろよ、夜市に行って…』

「おい、飯はまだか?」

「シノ、そんな問い詰めなくても…えっ、晶さん…?」

「今度はどうしたんだ?
さっきご機嫌なオーエンを見かけたが…」

『ご機嫌…?オーエンが?』

「あ、あぁ…」

『へぇ…ご機嫌ねぇ…
よくもご機嫌でいられるもんだねぇ…』

「お、おい、…晶は一体どうしたんだ…?」

「…あんたからも言ってやってくれよ
オーエンにケーキを食われて…まあ、正直俺もこんなに怒った晶が初めてでどうしていいやら…
夜市にもう一回行って材料を買ってくるってきかなくてさ…」

「えっ、これから?」

『もちろん
俺が完全に怯むと思ったか、オーエンめ…』

ゆらりと立ち上がって全員の視線を振り切りキッチンを出ようとしたら、カインの声が飛んできた。

「あ、晶
あの夜市は1日に1回しか買い物ができない特別な夜市だから、もう1回今から栄光の街に行っても夜市どころか何も出てないと思うんだ…」

『…え?』

思わず足が止まって振り返る。

「まあ、そういうこった
黙って飯食って今日はゆっくりするんだな
ほら、また夜市が出たら今度は買い出しから一緒に行こう
それじゃダメか?」

『……』

優しい口調のネロに、また甘やかされたんだとわかって自分の幼稚さに項垂れた。

「賢者、残念だったな」

「晶さん…あの、きっと次はまた違う美味しいものもあると思いますよ」

「ヒースの言う通りだ
あそこは毎回店が変わるから、また違ったものが食べられるさ」

え…待って…じゃあ今日のオーロラみたいなケーキって…

『…もう、二度と食べられないんだ…あのケーキ…』

「あ…賢者が拗ねた
俺より背はデカいのに子供みたいだな」

「た、確かに今日とは違うってことは今日のケーキは食べられなくなるってことかも…」

「んー、まあ、それも何かの縁なんじゃないか?」

思い思いの事を口にするネロ以外の3人に適当に宥められ、食堂に連れて行かれてすっかり魂が抜けかかっていた。
夜ご飯は言わずもがな美味しかった。
それに特別メニューとだけあって本当に貴重な経験をしたし、そこそこ機嫌は直った。
ケーキはオーエンに食べられたし完食し損ねたけれども。

「今日は皆お疲れさん
お子様達はもう寝る時間だ」

帰った帰ったと、後片付けを残したままネロは3人を食堂から追い出した。

「晶」

呼び止められたので足を止める。

「ほら、これ、キッチンに材料のカケラが残ってたんで掻き集めてみたんだ
さっきのとまではいかねえが、小さいので我慢してくんねえか?」

指をパチンと鳴らしたネロは、その手に皿を乗せていた。
そこにあったのは、2粒のチョコレート。

「皿洗いが終わったら、あの晩酌でもしに行こう
ああ、先生に夕飯を持って行ったらな」

その後、夜風に当たりながら2人で食べたチョコレートの中からは、トロトロとした光るソースが溢れてきて体にオーロラが纏わりついた。
これはこれで、なかなか素敵な夜だったのだ。
後日、オーエンとお菓子の争奪戦を繰り広げた挙句、ブラッドリーの賭けのネタにされたのは言うまでもない。

「それにしても、そんなケーキ1つで怒るヤツだったかな、晶は…」







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