寝付けない夜の匂い

今日は月が大きい。
ぽけーっと窓の外を眺めながら、小さく溜息を吐き出す。

眠れない夜ってどうしてもあるよなぁ…
こっちに来てすぐの時も、やっぱり慣れなさとか、そういうので変に感傷的になったりしたし…
たまに寝付けないからって食堂に集まる魔法使いたちも夜食だったり晩酌をしてるし、行ってもいいけどあんまり…うん、今日はやめとこう

とりあえず中庭にでもと部屋を出て1階へと降りていく。
すると、廊下でルチルと鉢合わせた。
少し体の力が抜けそうなのは、ハーブの匂いだろうか。

「あ、晶さん…!
こんな夜更けにどうされたんです?」

『あ…ルチルの匂い、なんだか眠れそう
やっぱりハーブってこういうのに効くのかな…』

元の世界でもアロマオイルやハーブティーや、そういったものはあったので別段珍しくはないし、むしろ親しみがある。
ルチルの優しい香りはルチルそのもので、会ったらなんだかホッとしてしまった。

「ふふっ…晶さんも、ミスラさんみたいなこと仰るんですね」

『え?』

「あ、すみません
なんだかやりとりが少しミスラさんと話してる時と似てるなと思って…
あの、晶さんも眠れないんですか?
ハーブの匂いって仰ってましたけど…」

なんてことだ…
ルチルに寝不足状態がミスラ認定されるとは…
複雑というか…な、なんだか腑に落ちないのはなんでだろうか…

『なんというか…今夜は目が冴えてしまって考え事でもしていたんだけれど、もっと目が冴えてしまってとりあえず散歩でもしようかなと…』

「そうだったんですね…
実は私もあまり寝付けなくて…食堂に向かうところだったんです」

『夜食か晩酌…?』

「ええ、そんなところです
晶さんも一緒にどうですか?」

『…うーん、さっきその線を考えていたけれど…
一回散歩してからもう一度寄るよ
誘ってくれてありがとう』

「いえ…こちらこそ、晶さんも考え事をされていたのに軽率に誘ってしまって…
あ、もし気が向いたらいらしてください
ハーブティーを淹れますよ」

『それは楽しみだな
ルチルのハーブティーはやっぱり優しい匂いがして落ち着くんだ
少し歩いて頭を冷やして…そしたら一杯いただきに行くよ
眠れないことがあるだけでも翌日辛いのに、そう考えると何日も眠れないって、本当に辛いんだろうな…』

うーん…今日は妙に感傷的だからなのか、眠れないことがこんなに苦痛だとは思わなかったよ…

小さく溜息を落とす。

「晶さん…」

『あ、ごめん、ルチル…
なんだか今日は俺が寝たら罪悪感を感じそう
ハーブティーはまた今度もらうよ』

「…いえ、晶さんは本当にいつも私たちに寄り添ってくださって…
ありがとうございます
でも本当にミスラさんも眠れないのは辛そうですし…なんとなく晶さんが仰りたいこともわかる気がします
見ている方も…」

「俺がなんですか」

びっくりした。
この程度のことはオーエンのせいというかおかげというか、慣れてきたので声を上げずに済んだのだが、俺とルチルの真横に急に現れたミスラは相変わらず不貞腐れたような、眠れなくてイライラしていそうだった。

「ミスラさん…!」

「なんで2人ともこんなところて呑気に話してるんです?
夜なんですから部屋に戻ったらどうですか?
あなたも俺の枕なんですから夜勝手にどこかで使い物にならなくなったら俺が困るんでやめてもらえます?」

『……』

「はあ…全く、部屋の外で話し声がすると思ったら…」

あ…寝たかったんだね、ごめん…
ルチルに関しては確かに監視レベルで気にかけてるから多分、色んな意味で本気で心配してるんだろうし…

「ミスラさん、ちょうど寝つきが良くなるハーブティーを淹れに行くところだったんです
晶さんも今日は少し眠れないみたいでお誘いしたところだったんです
ミスラさんも飲んでいかれませんか?」

「…飲み物ですか?特に喉は渇いていないのでいりません
それより部屋に戻ったら…」

『ルチル、食堂まで一緒に行こう』

「え?あ、あの…」

これでは埒があかない気がして、俺の同伴でルチルをとりあえず食堂に連れて行ったらやはり少人数ながら魔法使いたちがいたのでルチルを引き渡した。
また後で、とルチルには断ってから中庭に出て、ようやく少し1人の時間を紛らわすように空を見上げる。

…本当に、今日は眩しいくらいの月だな
星の光さえ覆ってしまうほど…

これを見たらムルは大はしゃぎするだろうと思いながら、今のこと、これからのこと、賢者の書に書かれていたこと、色々と思考を巡らせながら歩いていた。

『…ん?』

考え事に夢中になっていたからか、ふと我に返って気付いた。

…ずっと歩いてたはずなのに、なんで同じ場所にいるんだ?

辺りを見渡して、それから項垂れた。

「部屋に戻ってください」

『…ねえ、何してくれてるの…』

「枕に死なれると困るんです」

『そうじゃなくて…』

なんと少し先にあったのはミスラお得意の空間移動魔法で出してくる扉。
開いている扉の先は、俺の後ろにある魔法舎の入り口付近。
つまり、俺は考え事をしながら前進して知らずにこの扉を何度もくぐり続けて同じ場所を何回も歩いていたのた。
なんて魔法の無駄遣いだろうか。

「ずっと同じ場所を歩いているので面白かったです」

『部屋に戻したかったなら部屋と繋げればよかったでしょ…!』

「……たしかに」

えー…?

「とりあえず魔法舎にと思ったんですが、あなた、ずっと同じ方向に向かって歩き続けるので、何度も同じ場所をうろうろしてだんだんイライラしてきました
最初は…まあ、何をしてるんだろうと馬鹿にしてましたが」

『…馬鹿にしてたんだね?』

「ええ、とても馬鹿らしかったので
ただ、あまりにも同じことを繰り返すので飽きました」

『とりあえず散歩してくるだけだから』

「何故です?
うろうろするくらい部屋でもできるでしょう
わざわざ夜に外出したらあなたには危ないと言っているんです」

『ミスラだって寝付けない時はよく散歩してくるだろ…
それと同じ』

「あなた、眠れないんですか?」

え、い、今更…?
ルチルとその話をしていたのに…?
あ、タイミング的にそこは聞いてなかったのか…
いや、それにしても起きてこんな目が冴えてるの見たら眠れない状態って…まあ、本人が毎日不眠なら…まあ、そうか…

色々と言葉を飲み込んでから、もう何度目かの溜息を吐き出してその場に腰を下ろした。

『…ミスラは、今は〈大いなる厄災〉の傷痕で眠れないかもしれないけど、人間だって眠れない時はある
たまたまそれが今日で、今夜で、少し…感傷的だったってだけ
今日はあんまり気が乗らないんだ』

「…かんしょうてきというのはよくわかりませんが、少し今日の晶は変ですね」

言われてみれば、と繋いだミスラは立ったままだったけれど扉を閉じた。

「…では、失礼します」

その言葉を聞いて、部屋に戻ったんだと思って膝に顔を埋める。
今日はたまたまそういう気分で、疲れが溜まっていたのかもしれない。
それでも考えることはたくさんあって、眠れなくてイライラしてしまうのもなんとなくわかる。
わかるから、先日ファウストにもお灸を据えられたけれどつい助けになれるんじゃないかと、枕役でもなんでも買って出てしまうんだ。

もっと、力になれるなら…
力になれるための術があるのなら…

それがわかっていたらどれだけ楽だっただろうか。
抑えきれなかったものがぱたぱたと、服に落ちていく。
静かに、月の光が差し込む中庭で1人しゃくりあげて、それでも声だけは漏らさないようにと唇を噛み締めていた。

「…人間はなんですぐ泣くんですか」

ハッとした。
そっと頭に手が触れて、いつもなら気付くはずの落ち着く匂いに今やっと気付いた。

『…ミスラ?
へ、部屋に戻ったんじゃ…』

「はい?
おかしなことを言いますね、あなたも
ずっとここにいたじゃないですか」

『…で、でも失礼しますって…』

「…あなただって、俺の隣に来る時にはよく言うじゃないですか
さっきも言ったように、今日のあなたは少し変な感じがします、いつもと違う…なにかを探しているようで
少し、湖のことを思い出したのはなぜかわかりませんがきっとあなたをここに置いていくのは…嫌な気がしました
ずっと黙っていたのに、突然泣き始めたので…これだから人間は面倒くさいんですけど
どうしてか、いつもなら魔獣並みに鋭いあなたの嗅覚すら働いていないようでしたし、俺にも気付いていないようでした、変ですよ」

…湖のことを?
きっとそれは…感傷的って言葉を知らないミスラなりに…何か、俺が寂しそうに見えてたってことなのかな…

いつもとは立場が逆転していて、黙って頭を撫でられている。
撫で付け慣れていないのがわかるくらい不器用で少し乱暴だったけれど、それでも魔獣や骨を相手に遊んできたミスラらしい手付きが不思議と安堵を与えてくれる。

『……ん、いい匂い』

隣に座っていたミスラの服にそっと顔を近づけただけで、いつもの匂いが満たしてくれる。

「あ、いつも通りになってきましたね」

『…この匂いに勝るものはない…』

「…少し良くなりました?」

『…うん、さっきよりは』

「どれくらい?」

『え?ど、どれくらいって…』

「そんなに効果がないのなら、ちゃんと嗅がせてやりますよ」

『ぐえっ』

ちょっ…待って…

いきなり後頭部ごと引き込まれて、何かに押し付けられた。
いい匂いまみれのこの状態は些か効き目がありすぎるかもしれない。
力加減を知らないとはよく言ったもので、さっきの答えが不満だったのか押し付けるように抱き込まれている。

あ…こ、これは…すごい安心する…
効き目がすごいけど、ちょっと近すぎるというか目の前にこんな…ってあれ、もしかして俺が抱き枕にされてる…?

そうは思ったものの、知らぬ間に俺も俺でシャツを掴んでいたらしい。
うとうととしてきて布団にしがみつくような、そんな感覚でこの色気垂れ流し男に張り付いていたらしく、瞼がストンと落ちてしまった。



なんだかいい匂いがする。
優しい匂いと、少し目が覚めるような、でも体が温まる感じのどこか懐かしい匂い。

『ん…』

ゆっくりと瞼を開いたら、世界は明るくなっていた。

「あ、おはようございます!」

「やっと起きましたか…
だから言ってるでしょう、あなたが先に寝ると俺が寝られないんですよ」

「ミスラさん、晶さんが起きないからって起こそうとしていたので…
あ、昨晩いらっしゃらなかったので少し心配で…渡そうと思って中庭を探しに来たら、ふふ…
晶さん、よく寝ていらしたので安心しました」

柔らかく笑ったルチルは、ハーブの匂い袋だろうか、小さなポプリのようなものを手にしていた。

あ…この匂いだったか
うん、安眠系の匂いだ…

スススッとハーブの匂いに顔を近づけようとしたら、グイッと襟を後ろから掴まれてぽすんとまた体の中に収まってしまった。

『ちょっ…』

「あなた、あの匂いがそんなにいいんですか?」

『え?
あー…なんとなく気分が落ち着くというか、流石ルチルの匂いだなと思って少し興味を…ぐぇっ
だからいちいち首を締めないで、苦しい…』

なんとなくまた不機嫌オーラがすぐ後ろから漏れてくるのを感じる。
ルチルは俺の隣に座ってポプリを手に乗せてくれた。

「元々昨晩渡す予定だったので、もしまた昨日のような夜があったら使ってください」

『ルチル…』

「いえ、必要ありません」

『だからこれは今俺がルチルからもらったもので…』

「俺の匂いが散々落ち着くとか言っていたくせに、今更なんですか
実際、あれだけ昨日泣いておきながら俺がいたらあなた、寝てたじゃないですか」

「えっ、晶さん、何かあったんですか?
もし何か傷ついたことがあったのでしたら…」

『え、あ、いや…泣いたなんてそんな…』

いやいや、と誤魔化そうとしたらもっと不機嫌な手が襟元を後ろから掴んできた。

『んぐっ…ちょ、ミスラ…息、死ぬ、待って…』

「泣いてましたよね?
なんで嘘つくんですか?全く、これだから人間は面倒くさいですよね」

「あ、あの、力になれるのでしたらいつでもお話聞きますから…!」

ルチルに心配をかけてしまって申し訳ないなと思いながらも、その言葉には甘えてありがとうとお礼は伝えた。

「それにしても見つけた時は驚きました
晶さん、ミスラさんと星でも見てるのかと思ったので…」

『え?』

「俺の服を掴んで離さないので一度横にさせてみました
俺も横になったら寝られるんじゃないかと思ってやってみたんですが、星がチカチカして、逆に目が冴えました」

『…そんなに体勢変えてたのか』

「それから退屈だったので、柔軟をしようかなと思ったんですが、あまりにも手が離れないのでそのまま地面を引きずってやりました」

『ちょっと…!』

「はあ?勝手に俺より先に寝るあなたが悪いんですよ?」

『あれだけ寝ましょうって空気を出しておいて!?』

「なんか寝顔が子供みたいでイライラしてきたので殺そうかとも思ったんですが、やっぱりやめました
なのでせめて食べてやったら起きるかなと思ったんですが、全然起きないし、俺を布団にしてきて…
全く身の程をわきまえていただきたいものですね」

『た、食べ…』

嫌な予感がして首筋に手を当てる。
痛みはない。
ただ、後で鏡を見ておかないと魔法舎の皆にはまた何にやられたんだとか魔獣なのかとか、色々と心配されてしまう。

「ミスラさん、きっとお腹が空いて眠りにくかったんじゃないですか?」

「違います
この人が食べて欲しそうな顔で寝てるのがいけないんです」

「すごい言い掛かりですよ…
それに晶さんを殺そうだなんて」

「事実です
眠いのに寝られなくて困ってる人の前でよくも呑気に寝てくれましたね」

溜息を吐き出して、ルチルとの会話をぶった斬るように静かに声を出した。

『……ミスラさん』

なんか、ストレスなのか日頃のものなのか、どちらにせよイライラメーターがレッドゾーンまで達したのでミスラの胸倉を掴んで物理的に下から睨み上げた。

『昨日はどうもお世話になりました、すみませんね、熟睡してしまったようで
確かに俺は貴方の匂いが好きですし落ち着きます
それを知っていて、足りないのならと俺に嗅がせたのは誰ですか?
ルチルのハーブもいい匂いがするんです
貴方も持ってますよねぇ?
寝たからといって、俺を食べていい理由にはなりませんよねぇ?
確かにこの匂いも好きですが、なんで貴方の服から手が離れなかったかわからないんですか?』

「知りませんよ
それに何をそんなに怒ってるんですか、あなたらしくもない
確かに嗅覚だけは猛獣並みに鋭くて厄介ですが
あんまり怖くないのでやめてもらっていいですか?」

もう、何を言ってもダメだ…
あー!この、もう…

『わからずや!馬鹿!』

「突然罵倒しないでください」

『…あんだけミスラの匂いが好きって言ってるのに、なんでわかんないの…!
昨日はありがとうって、ミスラがいなかったら寝られなかったし一緒にいてくれたのも、それも、多分今日を無事に迎えられるとは思ってなかった
だから、その、あー…もう、面倒くさいな!
とりあえずルチルと朝ごはん食べてくる!ハーブティー淹れてもらうの忘れてないからな!』

「はい、喜んで」

「監視対象が一緒に行動するのは楽なんで俺も行きます」

『来ないで』

「はあ?」

『ルチルと2人でミスラの愚痴を言い続ける
うん、そしたらスッキリする』

以前ルチルと2人で話した時に、ミスラの話題が上がってストレス発散になったことがあるのだ。

「愚痴というか…
あ、でもミスラさんの話をすると少し、気持ちの整理がつきます
母様から聞いていた話とか子供の頃の話を、晶さんはたくさん聞いてくださるので嬉しくなるんです
久しぶりにぜひ」

『よし、いいね、行こう』

立ち上がってルチルとキッチンに向かう。
ミスラへの仕返しは何か考えておこう。
それもルチルに相談だ。

…齧られっぱなしなのも気に食わないし齧り返すのもアリかもしれない

「だから保護者のいないところでわけのわからないことをするのはやめてください」

『んぎっ』

リーチの長い彼の腕がまた俺の襟を後ろから引っ張ってきた。

「晶さん…!」

「…これは俺が預かります」

俺がポケットに入れていたルチルからのポプリをスッと取られた。
思わず振り返って手が出そうになった。

『え…』

「ミスラさん!もしかして気に入ってくださったんですか!?
少しいつもとハーブの調合を変えてみたんです」

「いえ
これ以上俺の匂いよりいい匂いがするものは散らします」

「えっと…」

「俺の匂いに勝るものはないと昨日言いましたよね?
俺の匂いがいいと言ったんですから、俺が1番という事でしょう?
無駄です、1番なら俺の匂いが効く筈なので」

それって最早…もう、いいよ…うん…
また俺が1番論なのね…?
魔法使いとかが相手じゃないのに…
とにかく1番がいいのね…

「あ、それからどうもあなたにあんな口調でこう、くどくど言われるの、あれ、なんとなく嫌なんですよね
変な感じがして、調子が狂います」

『わざとそうしたんだけどな…』

「嫌だなあと思いました
そんなあなた、変ですし…こう、俺が何かしたのかなって思ったりさせられたんで」

何かしたでしょうに!
まあ…なんとなく、俺が怒ってたことは伝わってたみたいだし、怒らせたことが嫌だってこと…なのかな…
喧嘩した後の後味の悪さみたいな、そういう胸の痛さみたいな、そういう言葉、知ってるのかな…

『……』

…憎めないなあ

ほよほよと漂ってきたいつものミスラの匂いに、なんだか負けた気がする。
小さく溜息を吐き出してから、そっと手を伸ばして服を掴んで匂いを嗅ぎにいく。

『ん…好きな匂い』

「当たり前です
ようやくわかりましたか」

いや、今の文脈でその返答はおかしい。

「……腹が減りました、キッチンに行ってきます」

『え?』

では、と言われて目の前で消えた人の残り香を吸い込みながら呆然とする。

「…行っちゃいましたね」

『…な、なんだったんだ、今の…』

「…ミスラさん、晶さんのことを大事に思っていらっしゃるんですね」

『え、今のどこで…?
むしろ大事にされた覚えがないというか…』

「ふふ
当事者に自覚がないのは、お互い様ですね
ミスラさん、なんだかんだ言っても晶さんのことを探してます
それに…」

ルチルはちょっといたずらっ子のように無邪気に笑った。

「この前2人でミスラさんの話をした時、晶さん、愚痴と仰りながら、いつもいい匂いって
ミスラさんの好きな所ばかり話してましたよ
顔は…確かに嫌そうにしていましたけど」

え…なにそれ…

『ルチル、あの、いや…』

「信頼し合ってるんだな、と思いました
さっきもあれだけ言っていながら、結局お互い様でしたしね」

『え、いや、別にそういうのじゃなくて…』

「さあ、朝ごはんを食べましょう!
ミスラさんもきっと先に食堂にいますよ」

『寝不足だとすぐ食器壊してネロから止めてくれって言われるからなあ…』

「ほら、そういうとこですよ」

『え?』

「晶さんも、たまに素直じゃないなって思います」

エッグベネディクトだといいなあ、と言うルチルに引っ張られるようにして食堂に行ったら、案の定困惑したネロが待ち構えていた。

「晶…」

『……お疲れ様です」

「いや、それはこっちのセリフだ…」

ネロに首筋を指差されてハッとした。

「またやられたのか」

『鏡…見てくるの忘れてた…』

「アンタも本当苦労人だな…」

ねえ、これもお互い様だよね…
ネロだっていつも本当にお疲れ様って感じだよ…

はあっと小さく溜息を吐き出したら、またネロによしよしと頭を撫でられてしまった。
ネロのこれには本当に助けられている。

ネロ…本当にありがとう…

手掴みで肉に手をかけたミスラを見て、体が勝手に反応した。
ネロの手は名残惜しいが、大惨事になる前に。

『ナフキン!フォーク!ナイフ!』

とりあえず近くにあったナフキンをミスラの口にバンッと押し当て、手を拭いてから食器を持たせる。

「なんですか、いきなり…」

『なんですかじゃない!』

結局、フォークとナイフは意味をなさず手で食べてしまったのでその後の口の周りを拭いてやって、皿だけは死守した。

「…やっぱり晶さんて、ミスラさんにこういうことを出来てしまうのが凄いですね」

「…それは俺も思ってる
いつも苦労してんなって思ったりするけど、案外自分から振り回されにいってるんじゃないかって思ったりしちまうんだよな…」

「あ、なんだかその感じとてもわかります
本当はとっても面倒見が良くて…
いつも苦労されてるなと思うんですけど、愚痴と言いつつミスラさんの話は楽しそうにされるんですよね」

「オーエンやブラッドとも違うし、だけど北の連中以外でここまで相手できるのもな…」

「ある意味尊敬しちゃいますね
今日は晶さんのおかげでお皿、無事みたいですし」

「ああ、助かったよ…」

ドタバタ劇の外でこんな会話がされていたことも知らず、結局また寝ますと部屋に戻って行ったミスラを見送って、死守した皿をそっとテーブルに戻した。

…ん?
肉の匂いと…ミスラの匂い、ちょっとするな…

思わず皿を持ち上げて試しにスンッとしてみたけれど、やっぱり肉の匂いが強かった。
とりあえず皿は無事なので、それをキッチンに持っていって洗っておく。
そしたらネロがやって来て、朝ごはんを用意してくれるとのことだったので待っていた。

「…アンタってすごい人だな、色んな意味で」

『え?』

「まあ、とりあえず朝からすごかったな
本当になんか、苦労人だな…」

ぽん、とネロの手が頭に乗っかって、思わず空気の抜けた風船のように力が抜けていく。

『…どうせ苦労人だよ、俺は』

「あ、悪い、そんな落ち込むなよ」

『ネロはいつもいい匂いがするね
ルチルは優しい匂いがする
だけど昨日の夜は…今までで1番安心できる匂いだったなあ…』

少し思い出すように、目を閉じる。
もう一眠りできてしまいそうだった。

「キッチンで寝ないでくれよ?
目が覚めるようなとびっきりの朝飯作ってやるからさ」

仕方ないな、というような何でもないような彼の口調が、なんだか嬉しそうな気がした。

『ん、楽しみ』

待ってます、と伝えて食堂でルチルとハーブティーを堪能して、とても美味しい朝ごはんをいただいた。

今日もネロ様様だな…
うーん、美味しい…本当に目が覚めたよ







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