年長者のごもっともな反応

『……』

ふぁ、と小さく欠伸を落とした。
結局夜ミスラの部屋に行ってみたら、待ってましたとばかりに歓迎されてしまったのだが。

「…なんか変な時間に寝たからですかね
あまり眠くない気がしてきました、むしろ目がどんどん…こう、開いていくような…
散歩でもしてきます」

『…い、今から?』

「はい」

来たばかりの俺をよそに、バッと立ち上がったミスラは部屋を出ようとしたけれど、ふと俺の方に戻ってきた。

「あ、部屋まで送ります」

『え、いいよ
どうせまた眠くなって戻ってくるならここで待ってるから
何か触ったりしないよ、俺も少し今日は疲れたからここでしばらく休みたいかな』

「…俺の部屋が好きだなんて、本当にあなたって物好きですよね
あと、俺が眠くなってもここで寝るとは限りませんし、帰ってくる保証もありませんが」

『ん、それでもいいよ
ミスラが良ければちょっとここで休ませてほしいかな』

「…まあ、いいでしょう
あなたが俺の部屋で、何か手を出すようなことはしたことありませんし、そういうことをしないのは知っていますから」

椅子に座ったまま、個性的なこの部屋に取り残されてもう一度欠伸を落とす。
ここに残ったのはなんとなくここが好きだから。
ミスラの部屋は独特だし、色々呪術に使う骨やら動物やらで慣れない若い魔法使いや人間は怖がりそうなものが置いてある。
あまりにも独特すぎて最初こそ驚いたけれど、そのクセの強い部屋はどうやら俺を迎え入れてくれたようだった。
あまり夜も人が来なくて静かで過ごしやすいし、何より独特のこのミスラの部屋の匂いが好きだった。

…寝不足の人の前で仮眠取るのも悪いしな
いない時に部屋に入れてくれるのも、まあだいぶ時間は掛かったけど落ち着くんだよな…

座ったまま時々舟を漕ぎ、今日一日の疲れがどっとのしかかってきたような気分だった。
明日は明日で東の国の任務があった筈だ。
いや、南だったかもしれない。
色々と考えているうちに本格的に眠ってしまったのか、ハッと気付いたら深夜の3時くらいだった。

…寝ちゃった
ダメだ、落ち着くからって本人が寝不足で戦ってるのに俺が寝るなんて…

小さく溜息を吐き出したら、パサッと何かが落ちた。
肩にかかっていたらしい、北の国のよく見慣れたパーカーのような上着。

…ミスラ、一回戻ってきたの?

『…ちょ、ちょっとだけ…いいよね?』

すみません、堪能しますよ…!

ミスラの上着を拾い上げてから、抱き締めるように思いっきり匂いを吸い込んで癒された。

あ、いい匂い…ミスラ本人か部屋かわからないけどとりあえずこの落ち着く匂い…!
なんかわからないけど、このよくわからない匂いがいいんだ…!
たまらん!
もう一眠りしちゃいそうだよ、いい…これは…

『…いい匂いすぎる』

「そうですか?」

ビクッとした。

『…ミ、ミ、ミスラ…?』

「はい、なんです?」

『い、いつから、いたんですか!』

おっと、思わず敬語になっちゃったよ…
びっくりした…

「だいぶ前ですね
部屋の主が帰ってきたというのに、晶がなかなか起きないので飽きました」

『……』

「それにしてもあなたって本当に物好きですね
それ、そんなに匂いますか?」

『…というかこの空間というか、ミスラの部屋の匂いからして好きというか落ち着くというか…』

しどろもどろになりながら答えたら、ミスラは無邪気に笑った。

「あははっ
面白い人ですね」

ベッドに座ったミスラは俺から上着を取り上げた。
スッと獲物を捕らえるような視線に、思わず息が止まる。

「でも…俺は晶の匂いも好きですけど」

伸ばされた手は夕方のように俺の後頭部を引き寄せると、また首筋の辺りに赤い髪の猛獣が顔を埋めてきた。
頸動脈の辺りに鼻先が触れ、それから柔らかく皮膚を押し込む痛みを感じた。

『…ミスラ?あの、なんとなく痛いけど何してるの』

こら、と半分呆れながら頭を撫でてやると、少し眠くなったのか、とろんとした表情でこちらに顔を向けた。

「むらっと…なんか晶を食べたくなりました
腹が減ってるんですかね
あ、でも今のそれ、丁度いいので眠れそうです」

寝たいのか食べたいのかわからないのだが、そんな顔をして甘えてくるのがずるい。

『…ちゃんとミスラが寝られればいいよ、それで…』

懐かれた、と言えど、俺が懐いたのも一つあるだろう。

『今日は結界張ったの?
またオーエンに魔法陣描かれるよ』

「あのくらいの魔法は問題ありません
あ、今俺のこと馬鹿にしました?」

『してないしてない
ほら、もう眠いなら寝ちゃって』

「そういう晶も眠いでしょう、俺が戻ってきても起きなかったくらいですし
ということで、手っ取り早く寝ましょう」

『え!?』

グイッと引っ張られたかと思うと、ベッドに引き込まれてそのまま抱き枕にされた。
本当にミスラには色んな形で枕にされるのだ。
ある時は腕枕状態になり片手は痺れてオーエンの玩具となり、さっきみたく膝枕状態で動けなくなることもあれば今みたいに抱き枕状態になることもある。

…見れば見るほど綺麗な顔なのに、オーエンの言うドロッとした感じなのは…寝不足なんだろうね
いや、でもスッキリ!って感じのミスラって想像が…できなくはないけど…うーん…
とりあえず…いい、匂いが…

「あなたが眠くなってどうするんですか
晶が寝たらまた俺は寝られないんですよ?わかってます?」

『…そうだった』

「全く…しっかりしてください
オズの時みたいにさっさとやってください」

『そ、そう簡単に言うけどね…ミスラ…』

それが人に物を頼む態度かい?

そう言いたくもなったのたが、言っても意味がないことはわかっているのでぐっと堪えた。
そっと手を握ってやったら、嬉しそうに寝る体勢に入ったのでミスラの頭をそっと撫でてやる。

…んー、なんだろう
部屋の匂いなんだろうけどいい匂い…

暫くしてようやく寝息が聞こえたのでホッとして、それから自分の部屋に戻ろうとして固まった。
というか動けなかった。

あ…抱き枕にされてるんだった…
下手に抜け出したらまた起きるよね…?

小さく溜息を吐き出して、もう腹を括った。
自分もいい匂いの環境で寝られるのだからいいやと割り切って今日はそこで寝ることにした。
しかしそれもまた油断大敵、玩具にされたらしい。

『……ん、やめ…』

ガクガクと肩を揺さぶられて目が覚めた。

「あ、起きましたね」

『…ミスラ?おはよう、ちゃんと寝たの?』

「寝ましたよ
全く…久しぶりの睡眠は最悪でした」

『え?』

「あなたもうるさかったじゃないですか
やられたんですよ、また」

『え、ごめん、俺が起こしたの?』

「違います、馬鹿ですか
あなた、魘されてうるさかったんですよ、俺も魘されました」

溜息を吐き出したミスラが苦々しそうに靴でなぞったのは今までに何回か見たことのある魔法陣。

こ、これは…

『…た、確かになんかすごい変な、嫌な夢を見たと思った気が…』

オーエンの魔法陣に、ミスラだけではなく抱き枕にされていた俺ごと引っかかったのだ。
確かに寝たにしては疲れた朝である。

『……』

「どうかしました?」

『いや、なんか、その…寝たのに全然疲れが取れなかったなと…
今日は東だったか南の任務に行かなきゃいけないのに…』

「今日もいないんです?」

『いないと言うか…まあ、うん、任務に同行だね』

あからさまに不機嫌モードに入ったのを見逃さなかったぞ、俺は。

「枕に死なれたら困るのでさっさと終わらせて帰ってきてください」

『は、はい…』

ぽすんとミスラの頭がまた俺の首元に落ちる。
なんだかまた地味に痛みを感じるのはなぜだろうか。

「食べたくなるような匂いですね、腹が減りました
ちょっと朝ごはんでも探してきます」

『…はい?』

「アルシム」

『ちょっ…またお皿食っても何も言わないからな…』

はあ、と小さく溜息を吐き出してヨロヨロとミスラの部屋を出る。
それから少し、なんだかオーエンのいたずら魔法陣の悪夢を思い出したような気がして中庭を少し散歩することにした。

…なんで俺までまた巻き添えになるんだ

溜息に寄ってきたのは2匹の猫。
そっと手を伸ばして、頭を撫でてやった。

『なんでこうなるんだろうね…
俺もちゃんと寝たいよ…思い出したけど今日の任務、東の国だった…
こんなんじゃシノに怒られるよ…』

ね、と猫に愚痴を落としても仕方ないのだが、ふとこれまた独特の格式高い優しい、それでいてピリッとした匂いがして横を向いた。

「いないと思ったらこんな所にいたのか
ネロが探していた」

『ファウスト…』

「何があったのかは知らないが、まあ、どうせ君のことだ
面倒事に巻き込まれたんだろう」

そう言うファウストは猫をあやしながら、真顔で続けた。

「賢者
人が良すぎるのも考えものだ
少しくらい…」

警戒心を、と続けようとしたであろうファウストにぐでっと倒れ込んでしまった。

「おい!」

『…あ、すみません、つい…
寝不足…いや、ちゃんと寝たは寝たんですけどちょっと…』

「いや、君…何かの怨念のようなものが纏わりついている」

『え…
ど、道理で体が重いと…』

「何か心当たりは?」

『大いにあります』

すみません、と体を起こそうとしたら無理するなとそのままにしてくれた。
優しい匂いがしてきた。

「おおよその検討はつくが、何があったのか話してくれ」

『…オーエンに、また悪夢の魔法陣という罠を仕掛けられました
ミスラと一緒に…寧ろ巻き添えです』

「…どんなシチュエーションだ」

はあっと溜息を吐き出したファウストは、そっと俺の頭を一度だけ撫でた。

「だから言ったんだ
お節介も人が良すぎるのも程々にと…」

なんとなく黒いものが渦巻いているような気がする。
それからいつもの嗅ぎ慣れた、キッチンの匂いもする。

「先生…っと、晶まで…
なんなんだ、この禍々しい怨念は…」

「お人好しが過ぎてまた魔法陣で遊ばれたらしい
悪夢で寝不足らしいが、怨念が強くて悪夢になったと言った方が正しいだろう…
さて、今日は同行すると言っていたのだからシノが痺れを切らす前に朝ごはんを食べるといい

…サティルクナート・ムルクリード」

瞬間、黒いものが視界から消えて、体がスッと軽くなった気がして力が抜ける。
ハッと我に返ったら、ファウストは猫を相手にしながらこちらへ目を向けた。

「体は?」

『あ…軽くなってる…
ファウスト、ありがとうございます』

「礼を言われる程のことはしていない」

「…アンタ、本当に苦労人だな」

『あ…ネロ…』

「朝飯は食べれそうか?
食堂でミスラがもの凄い勢いで殺気を振り撒いて来て食器までダメにするもんだから、どうしようかと思って探しにきたんだが…
そういうことだったか、納得したぜ…」

やはりそうだったか…
またやったか、ミスラよ…
物に当たるなと散々スノウとホワイトも言ってるじゃないか…!
毎度宥め役に呼ばれる俺の身にもなってくれ…

そしたら横から、はい、と元の世界のおにぎりのような物を渡された。

「今日は東の国まで一緒に来てもらうんだ
シノが張り切るだろうから少しくらい食べとけよ
即席のものだが、すぐ力が湧いてくるってよく評判だったんだ」

盗賊団の頃のことだろうか。
一瞬だけ懐かしむような顔をしたネロを見て、受け取ったおにぎりもどきを眺める。

『美味しそう…いい匂いがする』

「食欲があるなら十分だ
食べたら行こう、シノとヒースクリフを待たせるわけにはいかない」

『…はい!』

いただきます、とおにぎりもどきをいただく。
隣に座ったネロに美味いか?と聞かれたので食べながら頷いていたら頭を撫でられた。

ネロ…
またそうやって俺を…

「朝からお疲れさん」

『すごい…元気になった』

「そりゃ良かった」

『ネロ…これ、美味しい…』

「お、おいおい…泣くなよ…」

『なんか色々頑張れる気がしてきた
行こう、東の国へ…!』

なるほど活力みなぎる不思議なおにぎりもどきは、これまた絶妙な味付けで元気になれるスーパーフードだった。
猫に別れを告げたファウストも立ち上がり、気をつけなさいとまた注意されながらも3人で待ち合わせ場所に向かう。

『そういえばファウスト、さっき怨念って言ってましたがそれは何か…呪いのようなものなんですか?』

「まあ、それに近いものだと思ってもいい
いかにもオーエンのやりそうなことだ」

『なんとなくそれはわかりましたが…
それって、ファウストに会ってなかったら俺って今日…』

「その続き、聞きたいのか?」

『い、いや…遠慮しておきます…』

全く毎度毎度玩具にされる身にもなってもらいたいものだ。

「…晶」

『何?』

「…アンタって本当苦労人だよな」

『ネロ、それ毎日俺に何回言ってるか知ってる?』

「や、わかんねぇけど…
なんかアンタ見てるとつい…」

…毎日5回は言われてるんだよな

苦笑してやり過ごしたら、悪い悪いと歩きながらまた頭を撫でられたのでもう許してやろう。
これから任務で、今は朝だということが信じられないくらいだ。
俺の気分はもう夕方くらいの疲労感だ。

『ネロ、夜ごはん楽しみにしてる…』

「え、今朝飯食ったばっかだろ…昼すっ飛ばして気が早いな…
まあ、市場にも寄って今日は腕によりをかけて作るとするか!」

「気が早すぎるだろ…」

もう気分は夕方なんだ、許してくださいよファウスト…

ネロはご機嫌だったし、ファウストはいつも通り。
さて、今日は朝から夜ご飯が楽しみだ。
かと思えば、ネロは一瞬ドキッとして動きを止めた。

「おいおい、何か怨念にでもやられたのか?
首筋、何かに噛まれたみたいな痕が…」

『え!?』

まさか…

ネロに覗き込まれた首筋を咄嗟にパシッと隠すように手で抑え、唇を軽く噛み締めた。
少し考えてから柔らかな痛みを思い出して、ああ、もう…と長い溜息を吐き出す。
心当たりは一つしかない。

「何か魔法動物にやられたのか?
赤くなってたが手当てが必要なら…」

「いや、先ほどの怨念のような悪い気は感じられない
血も出ていなかったようだし痕になっているだけだろう
けだものか…」

『……大きな括りでは、そうなります』

ミスラ…
今日は帰ったら覚えとけよ…!
腹が減ったって確かに言ってたけど、俺を、食い物に、するな…!

「…その反応、と先生の話からすると北の奴ら関係か
本当にアンタって苦労人だよな…」

『ネロ…もう何も言わないでくれ…』

折角ごはんでテンションが上がったのに台無しである。
これがまた日常的になっているのだから最早慣れてきている自分がいることに驚きたい。
小さく溜息を吐きながらも、またネロによしよしと宥められて今日は東の国へ向かうのだった。





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