日常茶飯事

「晶さん、お疲れ様でした!」

中央の国の市場やら市街地で所用を済ませて戻ってきたら、クックロビンが出迎えてくれた。

『お疲れ様です
ドラモンドさんも相変わらずお元気ですね
クックロビンさんは今日も無事か、と心配されてました
少し不器用な所もありますが、とても素敵な方ですね、憎めないというか…』

「なんと、ドラモンド様が…!
そうだったんですね
でもカナリアもいますし、魔法使いの皆さんと交流させていただいて…そんなに心配されないように頑張らないとですね
今夜はしっかり報告してきます!」

上機嫌なクックロビンを見送ってから、少し疲れたと紅茶でも淹れにキッチンへと向かった。

『…あれ?』

いつもの戸棚に入れておいた茶葉がなくなっていた。
出かける前にはあったし、そんなに残りも少なくなかったはずだ。

んー…これはネロに聞いた方が手っ取り早いのか?
だけど確か今日は東の国の市場がなんとかって嬉しそうにしてたような気がしないでもない…

「あれ、晶、なんか探し物か?」

求めていた声に振り向く。
普段から色々と世話になっているからか、兄貴肌のネロには安堵させられる。
今日はてっきり出掛けたものだと思っていたので、思わず驚いて固まってしまった。

『ネロ…』

「なんだよ、人の顔見て…」

『あ、えっと…今日市場に行くとかなんとかって…』

「あー…後日にしたっていうか、目当てのモンもなさそうだったし、その…まあ、東の国に戻るどころの話じゃなかったっていうか…」

『それはつまり何かあったと…』

「その通り
ま、今日は晶が外出してることだし若い魔法使いたちを野放しにはできねぇからよ」

『ということはまさか…』

「賢者さんの出番ってこと
中庭から始まって今じゃ魔法舎の中で…もしかしたら収めるためにアンタが帰ってくるのを見計らって双子先生が止めに入ってるんじゃねーかな
それで、晶は何でここに?」

『中央から戻ってきてすぐだったから紅茶を淹れようと思ったけど茶葉が見当たらなくて…朝はあったと思ったんだけど
まあ、これじゃあ後になりそうかな
とりあえずそっちを先にどうにかしてくるから、申し訳ないけど紅茶、後でもらってもいい?』

「そんなのは別に構わないが…
とにかく気を付けろよ、もしかしたらブラッドリーも…」

『…そう、だろうね』

はああ、と長いため息を吐き出す。
ネロには苦労人だなと毎度キッチンで慰められる。
魔法舎で問題が発生する時にスノウやホワイトが俺を頼ってくる、もしくは呼び出したりする案件は一つしかない。
オーエンとミスラのことだ。
そしてネロが付け加えたように、7割くらいの確率でブラッドリーも関わってくる。

なんでまたあの二人は…

全く、とキッチンを出て騒がしい音のする方へ足を向けた。
というのも、魔法舎に来てから色々と工夫をしてオーエンには餌付けをした結果なぜか懐かれた。
ミスラには寝られないんですけど?と言われて脅迫まがいのことまでされたが、一回寝られたのがそんなによかったのか懐かれた。
それをいいことにしているのか、スノウとホワイトも二人の牽制役にうってつけだと。

それで毎回毎回人質にされる俺の身にもなってくれ…

「なんだ、帰ってたの?」

『え?』

「アルシ…」

「ほら、続きを言って、呪文を唱えなよ
僕に向けて唱えてみたら?僕は構わないよ
かわいそうな賢者様…いつも賢者様がいないと寝られないくせに、その相手に殺されるんだ
ねぇ、賢者様…楽しい?どう?怖い?痛いのかな?一瞬で殺してくれるよ?
ミスラも馬鹿だよね…自分の枕を自分の手で壊すなんて」

「何の話ですか?
ていうか晶も邪魔です、殺されたいんですか?
オーエンと一緒に塵になりたいんです?」

「「晶!帰っておったか!」」

えええええ、何これ…
なんでいつもこうなの、え?

目の前には水晶の髑髏を片手にしたミスラ。
すぐ後ろには、クツクツ笑っているオーエン。
俺の気配を察知したらしいオーエンに後ろを取られてまた人質にされている、と言った方が正しいのか。

『いい加減にしてくれ…帰ってきたばかりでこれからお茶を飲むところだったんだ
スノウ、ホワイト、この二人はいつからやってるんですか?』

「それはのう…」

「いつじゃったかのう…」

「俺の寝起きを襲ってきたのが悪いんでしょう?」

「呑気で間抜けな顔してて面白かったよ」

『え、ちょっと待った
ミスラ、寝られたのか?』

「いえ、全く」

『え?』

「ねえ、賢者様
今お茶って言った?お菓子はあるの?」

『恐らく、労っていただけるような立場だったらあるかもね
とりあえず紅茶淹れて少し甘いものでも食べようと思ってたよ』

「僕も行く、連れてって」

『いいけど…』

「はあ…もうどうでも良くなってきました
俺は昼寝の続きでもします、晶、来てください
あなたがいないと俺も困るんで」

『え、ちょっと、話聞いてた!?』

「やれやれ…」

「やれやれじゃのう…」

「これで一件落着じゃ
魔法舎の修復作業も…」

「おい、ミスラとオーエンがやり合ってるって聞いたが本当か!?」

おおおおおおっと、ブラッド…
今日も元気そうで何よりだけどどうして今なんだ…

「丁度いい、俺様から…」

「その話は終わりました
今から俺は寝ます」

「ねえ、賢者様、早く行くよ」

『オーエン、腕をちぎろうとするな!
ミスラまで…ちょっと!』

「ミスラちゃん!」

「オーエンちゃん!」

スノウとホワイトをチラリとだけ見た二人は、それぞれ俺の片腕を掴んで離さない。
同時に二人の頼みを聞く方法が見当たらない。

「隙アリ!」

いつの間にか銃を取り出していたブラッドリーはこちらに銃口を向けていた。

『ちょっ、ブラッド!俺を巻き添えにするな…!』

「あ?今、晶の声がしたか?」

「アルシム」

『え…?』

気づいたら談話室にいた。
隣には舌打ちをしたオーエンまで一緒だ。
そしてさっきまでいた場所で発砲した音が聞こえたのは幻聴だと思いたい。

『とりあえず助かった気がする…
ミスラ、ありがとう…ところでオーエンまで連れてきちゃったけど良かったの…?』

「はい?
まあ、問題ないでしょう
ていうかそれを俺に聞かないでください
俺もくっつけたくてくっつけてきたわけではないので」

「ねえ、賢者様、早くお菓子持ってきてよ」

「俺が寝る方が先だと言ってるのがわかりませんか?」

「は?」

「貴方はここで食べればいいじゃないですか
俺がここで寝たらどうにかなるでしょう?
晶はここで何か飲み食いして、オーエンもここで食べればいい
簡単な話です」

ミスラにしては珍しく理にかなっていると思ったが、では、とソファーを陣取って横になったミスラを見て苦笑。
あの、膝枕にされますと俺が動けないのですが。

『え、ミスラ…あの…』

「なんですか、もう
あなたは俺を寝かせればいい話です、全く…
だんだん俺まで腹が減ってきましたよ、何か食べ物はあるんですか?」

『お、恐らく…ちょっとキッチンに言ってネロに聞いてこないと…』

「キッチン…!僕大好き、行ってくる!」

『あ、待って、オーエン!
キッチン出禁なんだから一人で行ったら…ってミスラも今お腹空いたんでしょ!?なんで寝ようとしてるの!?』

「…やっと邪魔者がいなくなりました」

ぎゅっと手を握られて逃げられなくなる。
おっと、その前に膝枕で既に逃げられないんだった。

「晶」

『あ、な、何…?』

「今日一日中探してたんですけど、どこにいたんですか?」

『えっと…今日は所用で中央の国の市場や市街地の視察へと、昨晩伝えたつもりだったんだけれど…』

「……」

『え?』

「道理で魔法舎にも北の国にも海の底や南の山にも東の森や西のバーにもいないと…」

『も、もしかして俺のこと探し回ってた…?』

「ええ
なんていうか、なんかこう、むらっと寝ようかなと思ったんで」

なんて人だ…あれだけ伝えたのに…
まあ、他国にまでわざわざ探しに行ったあたりちょっと可愛いんだけどな…

氷のように冷たい指が頬にそっと触れて思わずぎゅっと目を閉じた。
その指はそっと唇をなぞる。

「…あったかい」

自分でもカアッとするのがわかるほどだ。
顔が熱い。

「あ、眠くなってきました
やっぱり食べるのはやめて寝ることにします」

あああ、また無意識にこんな色気を振り撒いて…

ふふ、と笑ったミスラはそのまま安眠体勢に入ったのでおやすみなさい、と伝えるように手を握ってやった。
反対の手でそっと頭を撫でてやる。
すっと瞼が閉じられた瞬間に、スノウとホワイトが慌てた様子でやってきたので思わず静かに、と人差し指を唇の前に立てる。
それを見て二人は安堵のため息を漏らした。

「賢者よ」

「無事で何よりじゃ」

『無事は無事ですが…動けなくなりましたね…
そしたらオーエンがキッチンに行ってしまって…』

「ばあ」

『っっっ!!』

目の前に突然現れたオーエンに驚きながらも小さくこら、と怒ったらまたおかしそうに笑ってトランクを取り出した。

『オーエン!ダメダメダメ…!
キッチンは?お菓子はちゃんともらえた?』

「…賢者様は?って聞かれたよ
ミスラの相手してるって言ったらアイツ、笑ってた…
キッチンにはブラッドリーもいたしうるさいし、甘い匂いなんかしなかったんだけど」

ブラッド…俺に銃口向けといてネロに会いにキッチンでしたか…
まあ、わかってはいたけど…

苦笑。

「そしたらネロが賢者様は疲れてるからとかなんとかずっと言ってた
僕がわざわざキッチンに出向いてやったのに
あ、でもブラッドリーがフォークで脅されてた、いい気味…楽しかったよ」

『無事で良かったけど…
まあ、じゃあ仕方ないね、後でミスラを部屋に連れて行ったらお茶にしよう』

「やだ」

『え』

「僕は今食べたい」

『……』

「ミスラなんかほっとけばいいじゃない
もう寝たんだし、その間抜けな顔、広間に吊るして飾っておきたい
オズに見せびらかそうかな…あ、でもそれもなんか嫌だな」

「晶、お疲れ」

そこで談話室に入ってきたのはネロだった。

「こりゃ動けねーよな…」

ハハ…と苦笑したネロの手には、二つの皿。

「カーケンメテオルだ!」

『オーエン、静かに』

「うるさい、僕はこれを食べるんだ、これは僕のだよ
取ったら殺す」

『取らないって…
ネロ、運んできてもらって悪いな
それにお菓子まで…』

「や、なんつーか…今日も本当にお疲れ様
帰ってきたばっかで紅茶飲もうって時にこんなだし疲れてるだろうと思ってさ
まあ、疲れた時には甘いものって言うだろ?
オーエンもブラッドまで来たんじゃしょうがねえ
久しぶりにカーケンメテオル作ったよ、この紅茶とも相性がいいんだ」

なんて優しさの塊なんだろうか。
今日ほど紅茶とこの甘さが体に染み渡った日はない。

『ネロ…ありがとう
疲れた体に染み渡る…やっとお茶にありつけて一息つけた
久しぶりのカーケンメテオルなんて、今日一日の疲れも飛んでくよ』

「その今日一日、がまだどれだけ続くか考えただけでも恐ろしいが…
探してた紅茶はまだ見つからなくて、別の茶葉使ったからどうかと思ったが… 口にあったなら良かったよ
今日はまたとんでもねえ日だが、晶のおかげで無事に解決したわけだし
それにそんなに言われちゃ作った甲斐があるってもんだよ」

その心意気がたまらなくて礼を重ねようとしたら、腕をぐいっと引っ張られた。

「ねえ、見て見て、賢者様」

『オーエン、自分のを取るな取るな言いながら俺のを半分取ろうとしないでくれる?』

いつの間にか隣に座っていたオーエンはフォークを俺の皿へと向けていた。

「本当にアンタって…
なんか、猛獣使いみたいだよな…」

苦笑したネロは俺を見て小さく笑った。
確かに側から今の状態を見れば、あの北の魔法使いのなかでも恐れられる2人を同時に相手しているわけで、ミスラに至っては元の世界で言う熊とか猛獣を膝枕にしている状態だ。
ネロはティーポットを置いてからスノウとホワイトに話しかけ、それからキッチンに戻っていった。
結局ミスラは動かないし、オーエンはご機嫌だけど俺のお菓子を取ろうとするし、静かに攻防戦を繰り広げる羽目になってしまった。

「ただいま戻っ…なんだか騒がしいな」

市街地で途中別れた、任務帰りの4人の魔法使いは談話室を見て一瞬固まったらしい。

「おい、アーサー、一体何が起きてるんだ?」

「えっと…晶さんがミスラを寝かしつけています、流石賢者様ですね
それからオーエンが晶さんのカーケンメテオルを奪おうとして、それを必死でスノウとホワイトが額縁の中から止めています…
そしてネロが紅茶でしょうか、ティーポットを持ってきたまま項垂れて、そのままブラッドリーが今近寄っていきました
オズ様、これは止めた方がよろしいのでしょうか?」

「…構わん、放っておけ
ただ、賢者は野放しにできない、私が行こう」

「オ、オズ様…!」

「ここにいろ」

おかわりの紅茶を持ってきてくれたネロに気づいたのだが、すぐにブラッドに捕まって言い争っていた。
もういっそのこと、ミスラを部屋に収監してこようかと思ったその時だった。
オーエンがニヤリと笑って、俺のカーケンメテオルとともに消えた。

あ、俺のカーケンメテオル…
ええぇ…今日のご褒美お菓子…

「賢者」

『あ…オズ…』

「…困ったものだな」

俺の手を引っ張ろうとしたオズは、杖を出したかと思うと後ろで何かを弾いた。

「つまんない
もう魔法が使えなくなるんじゃないの?
そんなオズ、倒し甲斐もなさそうだけどミスラも寝てるし僕一人の手柄になるよね?」

「やめろ、オーエン!」

「…騎士様?」

「…はあ、なんですかもう、うるさいな
オズが何かしたんです?」

しまった…

のそっと起き上がったミスラはあからさまに不機嫌で、頭の上にあった俺の手をどかした。
かと思えば、首筋ギリギリのところにそっと顔が近付いて一瞬ビクリとした。

近い近い近い、近いよ?ミスラ?
あ、でもいつも通りいい匂いだね

「あれ、あなた、なんだかいい匂いがしますね…
食べてもいいですか?」

『ミスラ…!俺の手は食べ物じゃない…!』

「じゃあ切り落としていいですか?」

「二度と貴様の枕がなくなっても良いと言うのならすればいい」

「あ、それは困ります
それにしてもうるさいですね、部屋に戻ります」

あ…と引き留める間も無く、いつものようにミスラはパッと一瞬で消えてしまった。
仕方がないので後で部屋に行ってあげよう。
広間で今度はオズとオーエンが始めてしまい、止めに入ったカインと参戦したブラッドを見てもう何も言うまいと床に座り込んだ。
アーサーはリケを避難させ、俺はネロに連れられてキッチンに来た。

「…まあ、なんだ、そう落ち込むなって」

『…折角の、ネロのカーケンメテオルが…』

「災難だったな…」

ネロの言葉とともにため息を吐き出す。
それから差し出された紅茶を飲んだら落ち着いてきたし、どうしてこうなるんだと思いながらキッチンでまた項垂れていたら、ネロがこっそりと皿を差し出してきた。

「あー…実はオーエンに内緒にしてたんだ
本当はちょっと失敗した感じがして俺が後で食べる予定だったんだが…」

どこが失敗なのかわからないような、綺麗なお菓子を出してくれたので思わず泣きそうになった。

『ネロ…
あ、あ、ありがとう…なんてお礼を言ったら…』

「ったく、大袈裟だな、それくらいで…
まあ、少しでも腹が満たせるんなら食ってけよ
今日もまたすごい一日だった…」

すごい一日だけどな、ネロ…
これは今に始まったことじゃないんだ…

「本当に苦労人だな」

よしよし、と何故か頭を撫でられたのでよしとしよう。




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