末期の仕事依存症患者

『…Bah…ouuuuuuui, d’accord …』
(えーと…はいぃぃぃぃぃぃ…わかりました…)

本部からの電話を切ってから不貞腐れて机に突っ伏し、今度は別の端末を掴んで記憶を頼りに電話をかけた。

『……出ないし』

長い発信音が続いたので切ろうとした瞬間だった。

[どうした]

『あ、出た…』

[悪い、お前からの電話だったから路肩に停めた所だ
お前からこんな時間に電話がくるなんて仕事か仕事か仕事か仕事か奇跡的な飲み会の誘いくらいしかないだろう?]

『ねえ、今何回仕事って言ったかな?秀一?』

デスクにばら撒かれた書類をくしゃりと握りしめていたら、鼻で笑われた。
おい、鼻で笑ったよ。
鼻で笑われたよ、イケメンに。
いくら国民的イケメンだからってそれはどうなんでしょう。
更に苛立ちが募って怒鳴ろうとした。

『あのなあ…』

[どうせ、ただでさえ忙しいのに余計な雑務を本部に押し付けられて不貞腐れていたんだろう?
そして愚痴を吐き出しがてら、FBI(こっち)への依頼だろ?]

『貴方、天才なの?それともストーカー?盗聴でもしてた?』

[お前はワンパターンだからな]

すっかり怒鳴る気も失せるほどに図星だった。
なんだ。
なんなんだ、このイケメンは。

『秀一…』

[…耳栓でもしておこうか]

『…AHHHHHHH, what the f**k!I, I can’t stand anymore…』
(あああああああ!クッソ!マジでクソ!もう、もう我慢できねえ…)

デスクの書類を薙ぎ払って椅子の上に立ち上がり、地団駄を踏みながら仕事内容と愚痴を同時に吐き出す。
ハイハイ、と聞き流しながらもちゃんと仕事内容は聞いてるところがムカつくというか、イケメンで嫌だ。

[All right, don’t worry about it. I’ll check my plan and maybe it’s us that have to been there. You do chase their spot, and tell us each time when they change the place, OK?]
(わかった、心配するな。俺はプランを確認しよう、恐らくそこにいなければいけないのは俺達FBIだろう。お前は奴らの抜け穴を追跡して逐一報告してくれ。いいな?)

『…ok, my boss says I’m under you now. That’s you who order me eeeeeeeverything.』
(…はーい、うちのボスの認識では俺は秀一達の下にいるから。俺に命令すんの、ぜーーーーーーーーーーーんぶ、お前らなんだからな。)

[蛍…それは俺がお前を思い通りにしていいってことか?]

『一歩間違えたら誤解されるような発言、そんなカッコ良く言わないでくれるかな?お兄さん?』

何故か秀一と話しているだけで昂っていた感情が段々と落ち着いていく。
やはり人生の先輩というか、仕事仲間としての付き合いの長さか。
見透かされていると思いながら、椅子に座り直してカフェを一口飲んだらもう冷え切っていた。

[それで、最近彼とはどうなんだ?]

『え?彼?
もしかして俺が潜入捜査してるっていう…』

盛大な溜め息が返ってきました。
これはどういうことでしょうか。
俺はまた何か忘れているのでしょうか。

[お前…そんな事を言ってたらまた愛想尽かされるぞ]

『あいそ…?あいそ…おあいそ…お会計のこと?え、何?』

[呆れた奴だ…]

『え、ねえ、何、何のこと?』

[蛍がそんな事を言い出すとは…
最近会ってなかった証拠だな、いい、俺から連絡しておこう]

『え、ねえ、ちょっと誰に?
勝手にされても困るだけなんだけど!え、ちょっとまって』

[蛍]

『え、あ、はい、何、そんな真剣な声して…』

[最近、仕事が忙しかったのはわかる]

『あ、はい…わかってるなら…』

[だが安定期だからって連絡を怠るのはどういうことだ?
今彼から早速返信がきたが、このところ1週間以上会ってもいないし連絡もしていないそうじゃないか]

今…彼から…?What?

『あの、それは一体…』

[お前、破局でもしたのか?]

『………』

[…蛍?]

嫌な予感がしてきました。
このイケメンはしばしばこうして仕事の話の最中に俺のプライベートについて口を挟んできます。
そしてどうやら今俺と電話している最中に、このところ忙しくて連絡すら取れていなかった自分の交際相手にメールをしていたようです。
あの犬猿の仲のお二人が。
メール、らしいです。

『…お、お、お仕事が…忙しくてですね…』

しまった…
連絡を怠るとは…俺としたことが…

[まあ、今確かに仕事が忙しいことはわかっていたみたいだが…
仕事が忙しいということはまたお前の生活が疎かになっているだろうから今日にでも会えるんじゃないのか?]

『い、いやでも…会っても…会える時間があるか、ないか…その、わからないので…』

[悪いが言い訳は彼にしてくれるか?
こっちもお前が回してきた件で動かなければいけなくなったんでな]

『俺のせいですか!?
散々こんなに俺を掻き乱しといて!?』

[仕事に休憩も必要だ、今夜くらい彼と楽しめ
じゃあな]

『いや、だからそんな時間なんて……あ、切れた』

うわああああ、なんなんだ、自分がイケメンだからって…!
人生の先輩でイケメンで仕事ができるからって…!
この野郎…俺の仕事のせいだって…?
俺だって好きでこんな雑務やってるわけじゃ…

ぱたり。

『…なんか、腹減った』

確かに生活は疎かでした。
思い返してみれば本部からのお仕事で10日程前から食事は朝食のパン・オ・ショコラとカフェ、睡眠時間は30分ずつを合計して3時間くらい。
これで1週間体を保っているのが不思議なくらいです。
だって耳だって今のところ何も異常がないんだもん。
そりゃ順調で仕事しなきゃってなるでしょう、ねえ、お兄さん。

『…ねえ、俺のことそんなにワーカホリックって言いたいの…?』

「そうですね」

ああ、幻聴だ。
1週間も会っていない交際相手の声が突然降ってきたぞ。
床と接触している俺の顔面。
なんか目の前には靴下が見える。
どういうことだ。

「どうせ蛍さんがこんな事になっているとは思っていましたよ
僕の電話にも出ませんし、こっちの名義で連絡しても相手にされませんし、寧ろ開口一番『仕事ですか?』と言われたのは流石に中毒症状だと思っていました
もっと強制的に仕事から引き離すべきでした」

がしっと脇の下から持ち上げられて体が縦になる。
床に座ったまま瞬きをしてみれば、1週間以上は会っていなかったイケメンがいらっしゃいました。
あれ、いつの間にいらしたのかな。
俺、さっきまで別のイケメンと電話してたばかりなんだけど。
ていうか、その時に今日来るかもとか言われたけど、こんな5分後みたいな感じですぐ来るような人でしたっけ。

「それで、僕のことはちゃんと覚えているんでしょうね?」

『…はい、降…』

「安室です」

『あれ…』

「今日は残念ながら貴方が盗撮されているスーツ姿ではありませんよ
朝一でポアロにいたんですが、丁度上がった直後に例の男から何故か貴方の近況を聞かされましてね」

『安室さん、今日アポロいたの…』

「ポアロですよ、仕事で日常生活の全てを忘れてしまったんですか?
それから何故貴方の近況を直接ではなくあの男から聞かなければならなかったのか…考えただけでも虫唾が走りますね」

『あー…秀一なら今仕事のことで連絡をしていたので…その、今はFBIの権限で動くようにと指示が出ておりまして…
今の俺の権限は彼が持っておりまして…』

「それは仕事の、お話ですよね?」

あ、なんか地雷踏んだ。
今なんか目がギラッてしたよ、このイケメン。

「プライベートは、自由ですよね?」

『…あ、えっと…多分、そうですかね、そうだと思います…
何せ今ちょっと仕事が中心で動いておりまして、そのプライベートもクソもないというか…』

「そんな下品な日本語はどこで覚えてきたんですか?
そして公私混同しないでください、仕事とプライベートはきちんと分けて自立した生活をしましょう」

『生活は自立しています、大丈夫です
ここのところ調子も良くて、ええ…なんだかまだまだ仕事をやっていられるうちは仕事頑張らなければっていう思いでして、いや、もう歳取ったら今みたくバリバリ仕事!なんて出来なくなるかもしれないじゃないですか
そう考えると調子が良い時にはやっぱりちゃんとできるところまでやっておきたいというか、いや、人生がいつ終わるかわからないご時世ですし、俺もいつまで働いていられるか…』

「保険会社のコマーシャルみたいなことを言わないでください
貴方、死相でも見えてるんです?」

『安室さんがいらっしゃったのもなんだか奇跡ですよね、こんな時にまさかお会いできるとは思っていなくて…』

「そろそろいい加減に此方から出向こうと思っていた矢先にあの男から連絡がきたからです
これのどこが奇跡ですか」

『安室さんにお会いできて、とっても嬉しいです
癒されたのでそろそろ仕事に戻りま……』

「禁句です、そして夕食にしましょう」

ずるずるとリビングに連れ出されたかと思うと、ソファーに座らされ、端末は取り上げられた。

「全く酷い仕事部屋でしたね、後で片付けもしないと…」

『えっ、ちょっと今の書類の置き場所には規則性がありまして…』

「あの床一面に広げた書類のどこに規則性があるんですか!」

『えっと…右端から順に各国の諜報機関と…ああ、それから優先度の高いものは上にあって、それから…』

「もう結構です
とりあえず夕食にしましょう」

『ご飯を食べながらでもいいですかね?』

「何をなさるんですか?」

『…Working』

おっと平手打ちです。

「禁句を他言語に置き換えても無駄ですよ」

『いや、ですからあの、それくらい本当に仕事が溜まって……あ』

「2回目ですよ」

2回目の禁句を口にしてしまった。
なんてことだ。
明日は仕事ができなくなるかもしれない。
それは非常にまずい。
マズいぞ。
これは平手打ち以上の何か罰がやってきそうだ。

『……?』

覚悟していたものの、何も罰がなかった。
ギュッと閉じていた目をそっと開いてみる。

「…僕がまた貴方に何度も手を出すとでも思ってるんですか?」

これだけ僕と長くいて…なんて溜め息混じりに言われてしまって此方も言い返す言葉がない。
それでもだ。

『えっと…ですが禁句を…』

「ええ、ですから勿論罰は考えています
それに2度目ですから、それなりに覚悟しておいてくださいね」

『……』

「返事は?」

『…は、い…』

な、なんだろう…
何これ、仕事より怖い…
何この無駄な罪悪感…
仕事とか口にしただけでこんな気分にならなきゃいけないの…?

それから久しぶりにまともな食事を口にして、部屋に戻ったら呆れられた。

「今日はもう禁止ですよ」

『そ、そんな…!
せめてキリのいいところまでさせてください…!』

「…魚を5秒で平らげておいてレタスをキャベツと間違え、味噌汁に入れた豆腐を氷山の一角とまで比喩するんですから日常生活でも相当な健忘というか…生活能力の衰えを感じたので僕は或る意味で絶望しました」

『ぜ、絶望…!
こ、こんなこと、安室さん絶対言わないのに…え、もしかして貴方、安室さんのそっくりさんですか?
いや、口調までこんなに似てるとは…』

「あのですね…」

『とりあえず今日の進捗だけでもちょっと……ん』

あ。
無理やり顎を掴まれて呼吸が止まって1秒です。
腰を引き寄せられ、安堵感のあるいつもの匂い。
なんか足元で書類がくしゃくしゃと音を立てているのは気のせいでしょうか、少し気がかりです。

「僕が偽物にでも見えますか」

『っ……息、止めないで…』

「憎いですね…貴方をこんなにしてしまう仕事が…
僕は今嫉妬で貴方から仕事も全て奪い取ってしまいたいくらいですよ…」

『あの、それは無職になるので…えっとビザも切れてしまうので…』

「本当にムードのない…この後に及んでよくビザの話や職の話ができたものですね
貴方、本当に末期ですよ」

末期…
なんだろう…なんかの病気ってこと?
え、何!?

「ここまでとは…貴方それでも一流の諜報員ですか?」

『んんっ…』

一際強く口付けられて腰が抜けそうになる。

咥内に侵入するその熱っぽい舌も、動きも、まるで貴方のその嫉妬とやらを具現化しているように感じられますよ…
あ、今、すごいグシャッて音したよ…

そのままベッドに2人でもつれながら倒れ込み、1週間分かそれ以上の愛撫とキスをされた。
息の上がっている俺とは違い、息ひとつ切らさずにやってのけてしまうこの男の底知れぬ愛情が時に恐ろしくも感じ、愛おしくもなる。
神様、これが恋愛というものなんですね。

「決めました」

『え?何を、ですか…?』

「今日蛍さんが禁句を2度も口にした罰です」

『えっ、それって今のじゃ…』

「…今のは普通のカップルの戯れに過ぎません」

え、何それ…

「貴方はどうしても仕事に依存し、もう日常生活に支障をきたしているので今夜は仕事をさせないようにします」

『…あの、支障をきたすっていうのは少し大袈裟かと…』

「というわけで」

『話聞いてます?』

「いえ、もう聞いていません
というわけで、僕が今夜蛍さんと寝ることで万事解決ですね
僕にとっては久しぶりの恋人との夜、蛍さんにとっては睡眠時間の確保、いい取引じゃないですか」

『ちょっと待ってください、俺だって恋人との夜に幸せくらい感じます』

「あ、そうなんです?
てっきり僕なんかより仕事の方が余程夜を共にしたい相手なのかと思っていました」

ちょっ…
あの、流石に言い方ってものが…
グッサグサ刺さってきますよ、言葉の刃ってやつが…
それにしてもすごい嫉妬心ですね、貴方、人じゃなくて仕事という目に見えないモノに対して嫉妬してるってわかってます…?

『…俺だって安室さんと一緒にいたいですよ、馬鹿』

「あ、馬鹿と言ったのでもう少しキツめのお仕置きにでもしましょうか」

『ちょっと!』

バサッと布団を掛けられて、2人で布団に久しぶりに潜り込む。
あれ、布団てこんなにあったかいものだったっけ。
至近距離での安室さんは、目を合わせると小さく笑った。

「なんて、全部僕のエゴです
貴方に相手にされない日が続くと僕も調子が狂うので」

『……』

な、な、なんて殺し文句なんだろうか…
気障!
気障!
気障なのはわかってる!
でも嫌味じゃないの!

惚れた弱みかイケメンだから許される名言か。
そのまっすぐな視線に顔が火照る。

『…好き…』

思わず小さく溢れた。
そしたら安室さんはちょっとだけ表情を変えたから、多分意外だったんだろう。
それから優しくて長いキスをしてくれた。

「…あ、そういえば家賃滞納という話を今日ポアロでされたんです」

『え?』

家賃?
ということは…

『え!家賃!?えっ、そんな…督促のメールも来てなかったし家主も来ないから…』

どうしよう…
すっかり忘れていました…これは…ホームレスになるということでしょうか…

「督促のメールの返信で『仕事の依頼でしたら来月お受けします』という定型文のようなものが送られてきたとのことです
僕にもそんな旨の返信が届いているのでと話したらかなり呆れながら納得されていましたし、一応今月分は僕が立て替えているので気にしないでください」

『えっ、家賃ですよ!?』

「ええ、それが何か…?」

『あの、な、何を話したんです…?』

「…お世話している白猫の近況です」

…なんか、ブレないね
この人たまにズレてるんじゃないかと思うんだけど、なんで家賃の情報量がペットの話になるのかなあ…
あれ?
安室さん、飼ってるの犬だよね?ほら、あの犬…

『…安室さん、犬だけじゃなくて猫でも飼ってましたっけ?
なんでペットの話で犬じゃないんですか?』

「……」

あれ、イケメン固まっちゃったよ
固まってもイケメンっていいね、まるで彫刻じゃないか、美しいよ
いいよ、そそる…って不謹慎だ

「…もういいです」

おまけにこの始末。
何それ。
白猫なんて飼ってたかな、と思いながら、呆れ顔の安室さんにわっしゃわっしゃと頭を撫でられているうちに眠くなってきたのでとってもよい睡眠導入法です。
最高です。
おやすみ、世界。
今日はここ最近で一番平和な夜です。

「…いい加減に白猫が自分のことだという自覚を持ってください…」

小さなため息と共に夜が更けていった。





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