ワーカホリックのプロ

『……Ptn de merde!』
(……この野郎!)

終わらない…
終わらない…!
もう14時だよ!?
降谷さん、一旦休憩しません?って言ってくれたけど今休憩入れたらそれこそハッキング中の御法度です!
ですがこの厳重すぎるセキュリティのぶち壊しと復元にこれだけ時間がかかるなんて相当だな…!
降谷さんもよくもこんな仕事を持ち込んでくれたな!

デスクにあったカフェを一口飲んでからまた手を動かし、ぶつぶつと文句を言いながら作業をしていました。

「荒れてますね…」

「クロードさんか?
ああ…まあ、非常に重たい件を任せてしまったから相当お怒りなんだろう」

「重たい件……てまさか、先日我々も手こずっていたあの件ですか?」

「ああ、彼ならやってくれると思ってね
どうせ国家機密どころかフランスだけでなく世界的にも関わるような機密情報だ
各国の諜報機関にもリークしておいた方がいいと思ったんだが…
クロードさんも手こずっているようだし、昼食も僕達の会話も眼中にない程集中しているようだから、風見は昼休みでも…」

「いえ、残ります」

「きちんと食事をしろ」

大事な機密情報というのはわかりました。
暗号化されたデータですが、これは各国が欲しがるに違いありません。
このセキュリティの復元や時間などの能力を考慮すると十分に高値で売りつけてもいいのですが、何せ元はと言えば日本警察からいただいた機密情報なので、売れる情報というよりも、諜報機関で共有してほしいという意思が感じ取れます。

…ダメだ、これは疲労がすごいぞ
走ってくるんじゃなかった、体力も削られてるし、このカフェがなければもう寝そうなくらいだし
明日はダメだな、多分ストレスで左耳の死亡確定だ…ほら、画面がブレてきた…

『っ…』

ガシャン

ずるりと右手がデスクから落ちて、一緒にマグカップが床へと落ちていった。

「…クロードさん?」

『Mince…!Ah... désolé, le café...』
(やばっ…!あー…ごめんなさい、コーヒーが…)

「Pas de soucis.」
(お気になさらず)

ため息を吐き出して床を見れば、コーヒーにマグカップの破片。
少し目を解してから片付けようとしたら、手を握られた。
あれ、ここって仕事場ですよね。

「片付けはこちらでしておきますから」

『し、しかし…』

「これ以上無理をさせるわけにはいきません
少し休憩をしましょう」

『ですが…』

「蛍さん」

突然降谷さんモードでそちらの名前を呼ばれたのでビクッとして、慌てて周りを見たら部屋には降谷さんと俺しかいませんでした。
いつの間にムッシュ風見はいなくなったんでしょうか。

「…こちらでも難航していたので相当重い案件なのは承知しています
ですから休憩を挟んでの長期戦と…」

『いえ、データの復元までは殆ど終わっています』

「はい?」

『何か引っかかるんですよ
こうも簡単にセキュリティを開けさせてリークさせていいのか…
これが各国の諜報機関の手に渡ったとして、すぐに解決するようなことでもないと思うんですよね』

「か、簡単ですか…」

『ええ、構造的な問題の話です
勿論セキュリティは複雑ですし難解でしたが、そういう問題ではなくて俺がこれを本部にリークさせたら何か起きる気がして仕方ないんですよね
あの、これ…ここです』

画面を降谷さんに向ける。

「…珍しいコードですね
ご存知です?」

『まあ、知識としては
実際に使用されているのを見るのは俺も初めてですが…
降谷さん、これは日本警察で捜査を進めることを推奨します
憶測ですが…今までウイルスやその類を見てきたのは降谷さんも同じですからお分かりかと思いますが、このファイル名にJPNというアナグラムが入っているのはどうも意味があるようにしか思えませんね
罠に引っかかるか、それともそちらの領域で捜査していただくか…
このデータ、本部にも問い合わせてみますね
俺の予想だと全く同じものが本部にも存在していると思います、ただ一点を除いて』

おかしい…
なんか変な機密情報だな…
これもうっかり触るとウイルスの被害が出かねないしサイバーテロ対策本部にも注意喚起してほしいくらいだ…

カタカタと自分のパソコンでDGSE本部に暗号化したメールを送る。
その間、降谷さんもそのデータを開いて中身を確認していた。
まあ、日本では問題ないだろう。
5分程で返信が来た。
というのも、セキュリティの解除方法は全部メールの中に書いておいたのだ。

『…ビンゴ
これは各国の諜報機関に即連絡ですね
ありましたよ、降谷さん
うちの本部にもファイル名にFRAのアナグラムが入った全く同じ機密情報がね…』

「…そうですか
ということはこの機密情報はその国名の3文字表記であるISO 3166-1のアナグラムが仕込まれた国内でしか閲覧できないファイルだったということですね
仮にこのJPNファイルをクロードさんにお渡ししてDGSEに送っていたら?」

『さあ、その後の事は分かり兼ねますが確実に起きたでしょうね、サイバーテロが』

「流石、ハッキング能力だけではない…組織も買う猫の手ですね」

『あまり馬鹿にしないでくださいね
各国の諜報機関には今連絡をしておきました
JPNファイルについては国内での捜査、よろしくお願いしますよ』

「ええ、勿論です」

ビジネストークも終わった事だし、無事にデータも取れた。
本日の大仕事はおしまい。
髪を結び直そうとゴムを外したら降谷さんに髪を撫でられた。

『……』

「貴方って、本当に美しい…」

な、な、なんて口説き文句ですか…!?
今コーヒー飲んでたら確実に吹き出してましたよ!?
え?
何、ナンパ?
あ、いや、付き合ってる仲だからナンパじゃなくて…

「お仕事、お疲れ様です」

あああ…殺し文句だ…

ゆっくりと頭を撫でられて力が抜けそうになる。
張り詰めていた緊張感や無駄な力がスッと抜けていくようで、再び視界がボヤけてハッとした。

『ラ、ランチ…!』

「…はい、約束通り参りましょう」

や、やった…!
降谷さんと初デートです!
おスーツデート!

しかし体力はわりと削られているのでいまいち本調子ではなくなってきたのが痛いところです。
髪を結い直してから2人で部屋を出て、降谷さんの真っ白なRX-7に乗せてもらってなんだかお洒落なイタリアンのレストランに連れてきてもらいました。

『Mnnn...c’est bon!』
(んんんん、おいしい!)

やはり労働の後の食事というのは良いものです。
そして目の前にはイケメン。
眼福です。

「イタリアンもお好きでしたか」

『ええ、お魚料理もありますし隣国ですし馴染みはありましたから
このアンチョビのソースはいいですね、ピッツァにもパスタにも合いそうです』

「……」

目の前の料理を眺めて、降谷さんは少し考え込んだ。

『え、と…降谷さん…?』

「ああ、すみません
確かに工夫次第では作れそうですね、アンチョビパスタもいいかもしれません」

待って、この人、レストランと張り合う気ですか?
ていうかそんな短時間でメニューの原案浮かびます?
しかもオリジナルの?

苦笑。
ふと端末が鳴ったのでメールチェックをしたらドイツとカナダから仕事の依頼が来ていました。
仕方ありません。
今日の一番のメインをちゃんと堪能したのでこれから帰ってデスクワーク続行が決定しました。
ただ早めに終わらせないと体力を消耗しているので最悪の事態を招きかねません。

『降谷さん、あの…』

「…仕事なんですね?」

『え、あ、はい…』

なんでおわかりになるんでしょうか、この方…

パンナコッタをしっかりと堪能してから、降谷さんというよりかは警察庁持ちでランチを済ませてレストランを出る。
白いRX-7に乗り込んでパソコンを開いていたら、降谷さんは溜息を吐き出した。

「酔いますよ」

『あ…じゃあやめておきます』

「昨日言った通り、夕方から僕はポアロにいますので夕食は少し遅くなるかと思います
クロードさんも仕事が入ったようですし、シフトの後でも構いませんか?」

『ええ、問題ありません
それに案件次第ですが見立てだとシフトの終わる頃丁度だと思われますから』

「貴方が大抵そう仰る時はそうなりますからね
仕事内容をメールでチェックしただけでどのくらいの仕事量でどのくらいの時間がかかるか予測がつくなんて…僕には出来ませんよ」

『癖ですね、完全に』

首都高を飛ばし、段々と見慣れた風景が戻ってくる。
考えたら朝はよくこんな所まで走ってきたものだ。
不意に眠気がやってきて前のめりになった。

「帰ったら仕事を片付ける前に昼寝でもしたください」

『…ん、考えときます』

「考える考えないの問題ではなく必須事項です」

ダッシュボードへの衝突は降谷さんの手によって回避され、そのままそっと頭を一撫でされて素直に車窓からの風景を眺めていた。
工藤邸の前に車が停まって、いつも通り降りてから運転席側に回って降谷さんに頭を下げた。

『ここまで送ってくださってありがとうございます、助かりました』

「できればベッドまで運んで差し上げたいんですがね」

『いえ、これからちょっとした仕事があるので片付けてからにします』

「とりあえず寝てから仕事をしてください
わかりましたね?」

『しかしですね…』

「いいですね?」

おっと…目の笑っていない笑顔です…
これはちょっと厄介なご立腹の前兆と思われます…

『わ、わ、わかりましたから…』

「では、また後程…行く前には一度連絡をしますから」

『はい、ありがとうございます
ではまた後で…』

失礼します、と会釈をしてから、窓を閉めた降谷さんの車を見送って工藤邸に戻れば体は既にクタクタだった。

『…うわあ、なんか疲れた
なんでこんな疲れてんの?
降谷さんとのお仕事にランチだったよ?
全然癒されてないよ?
ねえ…』

はあ、と溜息を吐き出してパソコンの前に座って先ほど届いたメールを開いて仕事をする。
ドイツからの依頼はそこまで重くなかったのですが、カナダからのお仕事はなんと電話会議にまで発展してしまい、色々と一悶着ありました。
そして電話を切ってから耳鳴りに気付き、今日の仕事の対価が発生していないことに憤慨してデスクに突っ伏す。

…何これ
癒し…癒しが欲しい…

もう体力も限界です。
お腹もすきました。
今日の夜ごはんイケメンから連絡はまだありません。
しかしなんとなく部屋の外でいい匂いがします。
何故でしょうか。

…あ、ダメだ、動けない

確認しようと椅子から立ち上がろうとしたものの、既に耳鳴りと軽い頭痛と疲労とで立ち上がれずに椅子から落ち、床にへばり付いていた。

「蛍さん…!?」

勢いよくドアが開いた。
見えたのは焦った顔をしたイケメンです。
何故彼がいるのかはわかりませんが、なんだかとても慌てています。

『…あ、安室さん?』

「蛍さん、だから言いましたよね?
昼寝はしてくださいと!」

『…昼寝?』

「どうせ貴方のことだから聞き流して早めに仕事を片付けてから休めばいいと思ったんでしょうけど…
あの、ちょっと、聞いてます?」

『…安室さん、お電話、きませんでしたよ?
それから、お腹すいてまして…』

「僕はちゃんと電話しましたからね…
電話に出られなかったのは貴方ですよ、着信履歴をきちんと確認してから物を言ってください
いいですか?
僕は貴方に電話をしてから来ましたからね?
それから夕食はもう既にできています…!
1時間も前から貴方を待っていました…!
今が何時かおわかりですか、蛍さん?」

今…?
今って…

手を伸ばして端末を拾い上げ、画面のロックを解除してギョッとした。

不在着信 267件
未読メール 580件
時刻 23:48

『えっ!?』

しかも恐ろしいことに電話は全て安室さんから。
メールの大半は安室さん、ちょこちょこと間に降谷さんのお説教メールが挟まっているのは気のせいではなさそうです。

『い、い、いつの間にこんな…』

「自業自得ですよ
食べるのか寝るのかハッキリしてください」

『お腹がすきました、でも眠いです』

「どうするんですか?」

『…寝ながら食べます』

「どこぞの漫画の主人公じゃないんですからそんな事を…」

とりあえずダイニングに連れていかれたのですが、今日も栄養満点そうなごはんがあります。
美味しそうです。

『いただきます…!』

やはりお腹がすいていては何もできないようです。
ごはんを見たら食べたくなったので食べていたのですが、途中から記憶がなくなっていました。

「蛍さん…
まさか本当に寝ながら食べるなんて、貴方、寝ながら仕事までしてませんでしたっけ…
貴方って本当にどうしたらそのワーカホリックはマシになるんですかね…」

日付が変わった頃、舟を漕ぎながら食事をする彼氏を前に安室さんは呆れて溜息しか出てこなかったらしい。






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