本庁の犬と猫

おはようございます。
今日は待ちに待った降谷さんとのお仕事です!
しかも最近は俺の日本語が上達したからか、色々と専門用語を覚え始め、それを使って安室さんと会話しています。
いい傾向です。

…時間通りだし、タクシー拾って行けば5分前くらいには着くな

よし、とお仕事用の靴を履いて玄関で服装チェック。
襟の開いたシャツはダメと散々言われているので今日は非の付け所のないシャツとセミカジュアルのスキニー。
これなら文句はないだろう。
香水だってやめてやったんだからな。

『…なんか、髪伸びてきた?』

ふとそう思ったのだが、ジン様には到底及ばないので良しとしよう。
でも少し首回りが暑いな、と思ってゴムで緩く一つに纏めてから家を出た。

いい天気…!
そして降谷さんとのお仕事…!
そしてランチ…!
なんていい日だ、幸先がいいぞ…

『…タ、タクシーが来ない…』

なんてことだ…
誰だ、幸先がいいなんて言ったのは
いや、俺だ
確かに幸先はいい
そして計画通りだし、大通りまでくればいつも流しのタクシーが数台捕まるからいつも通りに出勤したわけだ…何も落ち度はない、はず…

『…待って、メトロ止まってるんですか…』

端末で経路を検索したら人身事故か何かで、東京に張り巡らされているメトロのうちのどれかが機能停止しているようです。
それで車ですか。
いや、それなら国鉄で迂回してくれよ。
車の通り具合はいつもと変わらないのにどうしてタクシーが一台もいないのでしょうか。

「あれ、雪白さん?」

『…あれ、コナン君、どうしたの
今日は学校……じゃなくて土曜日か』

大通りで頭を抱えていた所で出会ってしまいましたよ、家主に。
そしてその後ろには。

『あああああ!あーいちゃーん!
久しぶりだね!元気?元気にしてた?
なんか最近どうも会ってない気がして…』

「…うるさいわね、全く
久しぶりでもなんでもないじゃない、一昨日だってその前だって会ってるじゃない!」

『…そうだっけ
まあ、それはどうでもいいんだけどね…』

「結局どうでもいいのね…
それで、土曜日にそんな格好でもして仕事のつもりかしら」

なんて察しのいい…!
大助かりですよ、哀ちゃん!その通りです!

『そうなんです!しかも今日は大事な…
あ、ねえねえ、大事なお仕事なんだけどタクシーが捕まらなくて遅刻しかけてるんだよね…
今調べたらメトロも止まってるみたいだし…』

「電車なら今動いてないわよ」

「ああ、それで俺らも駅まで行ってきたところで折り返してきたんだけど…
雪白さん、今電車はやめといた方がいいと思うよ」

『え?なんで?国鉄は?』

「地下鉄が動いてないし土曜日で人が多いし、入場制限かかってるよ」

『にゅ、にゅーじょーせーげん…ですか…』

なにやらよくわかりませんが、コナン君も哀ちゃんも電車を諦めて帰ってきたくらいです。
凄いことが起こっているのでしょう。

「それで帰れなくなった人達が駅でタクシーやバスを待って長い行列を作ってたわ
どうせ駅に出ても時間の無駄よ」

『で、ですがね、こちらはお仕事で…』

「あら、自慢のその足で行ったら?」

『はい?』

哀ちゃんはツンデレなのでこんなことを言って俺の身体能力を遠回しに褒めてくださってるんだと前向きに捉えることにします。
とりあえずマップのアプリの経路探索を徒歩にしてみた。

『な、75分…』

「あら、貴方程の足ならその半分で行けるでしょう?」

『それにしたって遅刻は遅刻だよ!
電車は使えないしタクシーもだダメ…バスも死んでるなんて…』

「じゃあ歩いて行くことね」

「雪白さん、仕事って…」

『本庁です!』

「それって…」

コナン君は苦笑しました。
哀ちゃんまで呆れ顔です。
一体どういうことでしょうか。

「…それはどこの庁舎のことを言ってるのかしら」

『はい?』

「本庁って言っても…省庁のことだから日本には警視庁だけじゃなくて色んな所があって…」

はい?
なんですって?もう一回言ってくれたりする?

『いや、本庁って…』

「だからー…本庁っていうのはその支庁に対して中心になる官庁のことで、例えば気象庁とか中央省庁も含めて役所のことも意味していて…」

ちょっと待ってくれ…

『…じゃ、じゃあ俺がタクシーで本庁までって言っても、通じないってこと!?』

「どの本庁なのかわかんねーからな
で、警視庁じゃないの?」

え…

非常に困りました。
最近安室さんは電話で部下さんと話している時に本庁という言葉を使っていた。
後日解析したら警視庁に行っていたようでした。
しかし今日の仕事自体は降谷さんとなので警察庁の可能性が高いです。

ど、どっちだ…
本庁ってどっちなんだ…
こ、これは確認の電話を入れたほうが良いのでしょうか…

『ど、どっちかな!?』

「え?何が?」

『え、あ、仕事の場所は言えないんだけど…』

「じゃあわかんねーよ…」

ですよねえ…

じゃあ頑張って、とか哀ちゃん先に一人で行っちゃってコナン君も追いかけて行っちゃったけれどちょっとこの仕打ちは酷くないですか。
日本語って本当に難しいですね。
頭を抱えていても仕方ない。
どうせ警視庁でも警察庁でも隣なんだから桜田門に行けばなんとかなるだろう。

『って言っても…移動手段…やっぱり、足ですかねえ…』

苦笑してからとりあえずマップの通りに足を動かしてみる。
本当に75分も歩かなきゃいけないなんて俺はお断りってことで。

『久しぶりにやりますか』

準備運動がてらに、と少し屈伸や足を伸ばしてから大通りを走ってみた。
最短ルートというものは常に障害物を突っ切るルートであって、ジュニアの大会の時のように派手な事は出来ないけれど、壁や塀を片手で登れるのはメリットしかありません。
カバンを持っていても移動ルートに支障はありません。
今日ほどパルクールをやっていて良かったと思ったことはありません。

『っと…』

良いです、気持ちいいです。
風を切って走るのは好きだしパルクールは普通のランニング以上にスピードも出せるし障害物を避けてこその楽しみがあるので高いところまで出てしまえばこちらの物だし気分がいい。

おお、東京タワーが見えます…!
となるとこの辺りは芝…新橋辺りか、もう一踏ん張りでしょうかね、ここまでは15分
タイムもこれなら間に合うでしょう…!

銀座の大通りは流石に目立つので地上に降りてそこから早足で歩くことにしました。

「おい!」

いやあ、良い運動したな
これで今日の運動ノルマは達成、後は降谷さんとお仕事して…

「ク、クロードさん…!」

それからそれから…何と言っても降谷さんとランチ!
こんなに嬉しいことはありませんね!
最高です!

「クロードさん!」

肩をガシッといきなり掴まれたので驚き、反射的に腕をすり抜けて2歩程距離を取りました。
眼鏡の細身の男だった。

…あれ、どこかで見たことがあるぞ
しかも今俺のこと、クロードさんって呼んだ?

怪しい、と思って警戒していたら、真面目そうな眼鏡の男はこちらに近づいて来た。
え、何でしょう。
しかも思ったより背が大きいし近付かれるとなんか、変なオーラを感じるんだけどこれは一体なんでしょうかね。

「クロードさん、お迎えにあがりました」

『…は、はい?』

えっと…

『あの、どちら様です?』

すると眼鏡の男はあからさまに落ち込んだ。

「そうですよね…いつも庁内ですれ違うくらいですよね…
憶えていらっしゃらないのも無理はないですよね…」

何だか面倒な匂いがしてきた…
それにすれ違うってことは会ってるってことだし確かに俺も見覚えはある…
それにお迎えってことはこれは…まさか…

『け、け、ケーサツの方ですか!?』

え、どういうことだ…
警視庁か?

思わず一歩下がるとその男も一歩近付いてきた。
そのまま後ろ向きに進んでから、何が何だかわからないので逃げることにした。
そして何故か男は車で追いかけてきた。
酷い話だ。
車相手に奮闘すること10分。

「クロードさん!
とにかく乗ってくださらないと…」

『…さ、桜田門に来てしまった…』

問題の桜田門です。
さて、昨日指定された本庁がわからないまま辿り着いてしまいました。
しかし警視庁にはあまり近寄りたくないのが本音です。
ママンの関係でまだ捜査二課とは顔を合わせたくないし、だからと言ってもし本当に警視庁でのお仕事だとしたらどうしようもありません。

「クロードさん、ま、待ってくださ…」

「捕まえましたよ、クロードさん」

『え?』

今度は腕を掴まれたので、振り返ってみればまた目の笑っていない笑顔の降谷さんがいらっしゃいました。
どういうことでしょうか。

『あのー…』

「公共交通機関がパニック状態になっていますので、免許も持たない貴方が今引っ張りだこのタクシーを捕まえられるとは思っていませんでした
折角風見を迎えに出したというのに貴方って人は本当にすばしっこい猫ですね…!」

若干お怒りです。
時計を見てみたら、車と追いかけっこをしていたからか15分程遅刻していました。

『あ!遅刻してすみませんでした!
どうにもタクシーが捕まりませんし、今は国鉄もメトロも止まっていると聞いて走ってきたんですが間に合いませんでしたね…
途中までは良かったんですが、飛んだ邪魔が入りまして…』

「邪魔…?」

『アレですよ、アレ!あの車です!
いきなり肩を掴んで追いかけてきて、それから今度は車で追いかけられたのでちょっと撒いてくるのに時間を要してしまいまして…ストーカーですよ!
俺の名前まで知っていて追いかけて…ま、まさか下宿先まで知られていたら…』

車を降りてやって来た男を見て降谷さんは溜息を吐き出した。

「風見」

「ふ、降谷さん!
すみません、あの、声は掛けたのですが…」

「ちゃんと名乗ったのか?」

「え、とですね…
声を掛けても聞こえていなかったのかと思い、車から降りてから、とにかく車に乗せようと必死で…」

「クロードさんにきちんと名乗ってから声を掛けたのかと聞いてるんだ
それから前に言ったと思うが、クロードさんには車から声をかけていないよな?」

「あ…」

少しピリッとした状況になっていますが、そんな降谷さんも素敵です…
おスーツですよ…
な、なんて眼福…!

「もういい
とにかく車から自分の名前を叫ばれて追い回されたらストーカー扱いされるのも当然だろう…
クロードさん、すみませんね
公安部の風見です、覚えておいてください」

『…公安部…ケーサツ…!』

「まあ、僕の部下と思っていただければ一番ご理解いただけるかと」

『あ、はい…』

あー…なるほど
それで庁内で会ったというわけか
すれ違ったのも警察庁!
そういうことですね!

男性の身元がわかったので一安心したのですが、何故このムッシュ風見が派遣されたのかはわかりません。

『あのー…降谷さん』

「何でしょう」

『ムッシュ風見は何故俺を追い回していたのでしょう?』

「クロードさん、また話を聞いていませんでしたね?
今日は公共交通機関がストップしているのでタクシーが捕まらないと思ってこちらから迎えを出しました
本来ならば僕が向かえば良かったのですが、生憎貴方との仕事の前準備をしていたので手が離せず風見に渋々お願いしたというところですかね」

何気に渋々を強調されましたよ。
貴方、以前部下さんには優しくするとか何とか仰っていませんでしたっけ。

『あ、それはお手数をおかけしました
いやー…もう大変でした、流しのタクシーは通っていませんし、アプリで検索してもメトロが止まっていましたし、もう徒歩しかないと思ってましたので
検索したら徒歩で75分ですよ?信じられます?』

「75分ですか?
あの、差し支えなければ何時頃の話ですか?」

『えっと…いつものタクシーなら間に合うと踏んでいたので10時40分くらいですかね』

「貴方、風見との追い回しは良しとして、20分程あれば徒歩で此方にいらっしゃるんですか…」

『徒歩というより、今日は久しぶりに準備運動も兼ねてパルクールを…』

「…やはり僕が車を出すべきでした」

ため息を吐き出した降谷さんは俺の靴を見てお気づきになったのでしょう。
少し靴底を消耗しました。
ムッシュ風見は状況が読み込めないと言った顔をされています。
それから大事なことを思い出した。

『あ!降谷さん!それで…あの、今日はどちらでお仕事を?』

「ちょっと待ってください
貴方、今まで僕としていた仕事も忘れたんですか?」

『いえ、そうではありませんが…
知り合いに本庁に行くと言ったら本庁という場所は色々あると聞きまして、日本語も厄介なものです…
降谷さんが電話で本庁と仰った日の端末をハッキングしたらその日は警視庁にいらっしゃいましたし、でも降谷さんとのお仕事は基本的に警察庁ですし、本庁って一体どっちなんですか!?
今日、お仕事はどっちなんですか!?』

更にうなだれた降谷さんは俺の両肩に手を置いた。

「クロードさん」

『はい』

「貴方、また僕の端末をハッキングしたんですか、好きですね…」

『あっ…』

「…それから僕との仕事は全てこっちだと思ってください」

『あ…はい』

「だから風見を行かせたというのに…貴方って人は勝手に…」

『…ムッシュ風見となんの関係が?』

「…恐らく貴方の移動中だったと思いますが、車を向かわせたと連絡を入れました」

『え…?』

鞄から端末を取り出したら確かにプライベートの方にメールが一件。

『お、お仕事なら向こうの端末にしてください…!
降谷さんとのお仕事の時はこっちの電源を切ってるんです…!』

「とにかく…」

『あっ、もうこんな時間…
降谷さん、お仕事しましょう!
ランチが待ってるんですからちゃちゃっとやってしまいましょう!』

今度は俺が降谷さんの肩を掴む。

「…クロードさん、貴方、今日仕事をしに来たんですか?
それともランチをしに来たんですか?」

『…降谷さんとのランチをメインとして、その前に準備運動程度に仕事を…』

「…今日は仕事がメインです!
重たい仕事ですよ、ランチは貴方の手腕に掛かっていると言っても過言ではありませんからね
ランチがメインと仰るのであればそれ相応に仕事していただきますからね」

『はい!』

早速行きましょう、と降谷さんの腕を掴み直して警視庁へ向かう。

「クロードさん、警察庁はあっちです」

『あっ…そうでした
ちょっと流石にこの距離を走ってきたので疲れました
お茶でもしながらお仕事しましょう』

「そんなに呑気にしていたらランチはお預けですね」

『ええっ、嫌です!』

2人で警察庁に向かったのだが、何か忘れている気がする。
まあ、いいか。

『あの、降谷さん』

「何でしょう」

『何か忘れ物をした気がします…』

「仕事道具ですか?」

『いえ…それは絶対に忘れませんが…』

「じゃあいいじゃないですか」

庁内のエレベーターでドアが閉まった瞬間、壁に押し付けられて体が密着する。
おっと、緊急至近距離速報です。

「…襟、開いてますよ」

『え…?』

あ…
そういえば走って暑かったから降谷さんと下で話してる時に開けたんだっけ…

ボタンを閉めるのかと思いきや、首筋に顔が潜り込んできて不意に唇が触れた。

『っ…ふ、るや…さ…』

「髪を結ぶなんて、今日もまたナンパされに来たんです?」

『す、少し髪が伸びてきたから…髪を切るまでの応急処置です…』

「…少々部下には刺激が強すぎるので、それも僕だけの前にしていただきたい」

…降谷さん、公私混同ですよ

反論しようとしたらまた口を塞がれました。
まあ、満更でもなかったので仕方ありません。
小さく頷くだけにしておきます。
エレベーターキスはどうも慣れません。
というよりいつもよりもドキドキします。
いつもの階に到着する1秒前まで降谷さんは離れませんでした。

う、なんか今日恥ずかしい…
おスーツの降谷さんにこんな事されるなんて…
今日のお仕事のご褒美前払いってことですかね…

少し赤くなっているだろう顔をちょっと隠しながら、降谷さんに続いてエレベーターを降り、2人で足を止めた。

「…ハア、ハア…降谷、さん…」

『「……」』

あ。

「クロードさん…忘れ物って、もしかして…」

『俺もそう思います…
ムッシュ風見を忘れてきてしまいましたね…』

「ま、間に合いました…!」

なんという追っかけ能力。
最早執念なのではないかと思ってしまった、ごめんなさい。

『…降谷さん、ムッシュ風見にはどんな追跡能力があるんですか…
なんだかストーカー気質を感じます…』

「…まあ、貴方とは正反対の性格でしょうね
どちらかといえば彼は犬派ですから」

『道理で苦手意識を感じると思いました…』






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