いざ、お外へ

良いお天気です。
部屋に閉じこもってから既に3日が経ちました。
お仕事ですか?
もちろんやっております。
あとは備蓄用にと思って持ち込んでいた2リットルのコントレックスのペットボトルがあります。
カフェも飲んでいないのですが、これは同居人の勧めでもあります。
カフェイン摂取と薬の関係と言われましたが既に限界を迎えそうです。

カフェが、飲みたい…
いくら水飲んでるって言ったって…

『おなかすいた…』

どうやらやさぐれても段々と空腹感を感じるくらいにはわりと感覚を取り戻してきています。
いつまでも親の死を引き摺るわけにはいかないので。
しかし空腹感と食欲の問題は別でした。

『なんも食べたくない…』

この繰り返しを3日やっていたわけです。
部屋を出ると同居人がわりと口を挟んでくるのも事実です。
家の中でも国境のようにきちんとボーダーを設定しているというのに。
もうパスポートやビザといった制度を設けようかと思います、不法入国です。

「蛍」

来ました、同居人の本当の姿です。
ドアをノックされ、答えずにそのままやり過ごす。

「仕事だ」

『…何の』

「こちらの」

『…今忙しい』

「と言うと思ってな、ジョディにアフタヌーンティーとやらをセッティングさせた
そこに顔を出してはもらえんか?」

アフタヌーン…ティー…

『ど、ど、どどどどどどこの!?』

「確か米花ホテルの…」

思わずドアの所まで飛んで行ってドアを開けてしまった。

『あ…』

「やはり釣れたか」

格好は変装中のままで、変声機のスイッチだけオフにしていたようです。
完全にやられました。

『…行く気が失せた』

「仕事だと言っただろう」

『…本当に?純粋な?』

「ああ
それから俺は同行しない、それにそういった場所は女子が喜ぶと聞いてな
あまり男が群がって行くような場所でもないだろう、仕事だとしてもジョディを挟んでもらえればこちらには情報は回ってくる」

『…わざわざそんなことしなくても今言ってくれたらここでやります』

「蛍が前に行きたがっていたホテルのアフタヌーンティーでもか?」

『…ア、ア、アフタヌーンティーはイギリスの文化ですので…遠慮しておきます…』

「信憑性のない言い方だな」

ドアを閉めようとしたら阻まれたので目を向ける。

『ちょっと』

「餌の時間だ」

『…I don’t need it. 』
(いらない)

「なら野垂れ死ぬといい」

そのまま人生の先輩は戻っていきました。
米花ホテルのアフタヌーンティーはとても目をつけていたのでものすごく行きたいです。
しかし同時にそれを利用されて外に連れ出そうとされたような気がしてなんとなく気に障りました。

…行きたかった所も、行きたくない
暫く休んでも今まで通りにいかない
これが、秀一の言ってた直らないものなの…?
元に戻らないのは、こういうこと…?

壁にそっと頭をコツンとぶつける。
そのままズルズルと座り込んで体の力が抜けていく。
最近空虚感を感じるようになった。
虚無感というよりは、空っぽなのだ。

『null…』

涙さえ出てこないね、水分は摂っているのに…
枯れたのか、それともそんなことを感じる心すら壊れたのか
自分でも呆れちゃうよ…

ふと甘い香りがした。
嗅いだことのある匂い。
とても懐かしくて、どこか自分を引き戻してくれるような、そんな匂い。
控えめなノックがする。

「えっと、本当にこちらでよかったんでしょうか?」

「はい、ずっと働き詰めなようなので…」

「あ、あの、蛍さん?」

え…?

ドアを少しだけ開けてみる。
そこには大好きなふかふかと、お店のお皿。

『……パンケーキ』

「蛍さん!
もう、またお仕事ばっかりなんですから!」

『…で、なんで梓さんがいらっしゃるんです?』

「全然お店に来てくださらないからです!
また仕事と安室さんに聞いてましたし、そしたら同居人だという彼からお電話をいただいて…また仕事で何も食べていないようだからデリバリーはできるかと…
できなくはありませんけど…
安室さんには珍しく私の方が適任だと言われて…安室さんの方が蛍さんも安心かと思ったんですがなぜか…」

なぜ…
なぜ、これが…俺の、食欲を…

『…た、食べたい』

そう思えた。
涙が出ていた。
皿の上に乗ったふかふかのパンケーキ。
甘い匂いとバターの匂い。

「蛍さん…?」

「ここ最近は仕事のことなのか、食欲もなかったみたいで…
何度かこの喫茶店に通っているのは知っていましたから
少しでも食べたいと思えたようで安心しました」

「そうだったんですね…
そんなになるまで仕事してたら私も心配しますよ?」

どうぞ、とフォークを差し出された。
パンケーキはその間に昴さんによって切り分けられていた。
なんて準備のいい。

『…お、お仕事は、程々です』

「そうなんですか?
でも…」

「ああ、彼の"程々"は膨大ですから」

「そういえば安室さんも度々言ってましたね…
蛍さんは末期の仕事中毒だって」

苦笑した梓さんはその場にいる。
切り分けられたパンケーキに手を伸ばしたら目の前にフォークに刺さった一切れを突き出された。
それを遠慮なく口で受け取る。

「…蛍さん、安室さんにもよく食べさせられていたような…」

「猫に餌付けをしてるような気分ですよ」

「で、でしょうね…」

『ん…美味しい』

これなら食べられる。
久しぶりの食事がこんなに美味しいものだと少しずつ元気が出てきます。
やはり食べることは大事なのかもしれません。

「なんだか大尉みたいですね、蛍さん」

『…あ、あの猫ちゃんお元気です?』

「はい、元気ですよ」

『それは良かったです
とても安心しました…猫ちゃんも、やっぱり飼い主がいるといいのか、それとも安全な場所が一個でもあると…安心できるんだろうな…』

フォークに刺さったパンケーキを受け取って、少しメープルシロップが少なかったことに顔を顰めた。

「ああ、雪白さんは甘党でしたね」

『いけませんか』

「いいえ」

今度はたっぷりと、シロップをひたひたにしてもらってそれを受け取る。
それから水に手を伸ばしかけてやめた。

『…梓さん』

「はい?」

『あの、大変厚かましいことは承知なのですが、カフェのお代は払いますので…もしよろしければカフェを…』

「と仰るかもしれませんとのことで、安室さんもよく蛍さんのことをご存知ですね!
実はお店で淹れてきたホットコーヒー、この魔法瓶のタンブラーに入れて持ってきてますよ」

『え…』

な、な、なんたるサービス精神の塊…!
梓さん…!

『なんたる…』

「あ、あの…」

『す、素晴らしすぎます、梓さん…!』

「あ、いえ、あの、これは安室さんからのご提案というか…」

『早速いただきましょう!
久々のポアロのカフェです!こんなに最高のシチュエーションでのカフェはありません!』

嬉しいです。
なんてことでしょう。
キッチンへと急いでいつものマグカップを持って走って戻ってきました。
トクトクと注がれたそのカフェはいつものダークブラウン、ほかほかの湯気に混ざる芳しい香り。

『…いつもの匂いです』

ほっこりしました。

「蛍さん、最近お仕事本当に忙しかったんじゃ…」

『…いえ、繁忙期ほどではありません』

「それにしても、久しぶりにお会いしましたし…
なんとなく痩せました?
あれ、前もこんなことありませんでしたっけ…」

『あれは本当の繁忙期ですね…
最近はちょっと、まあ…食欲が落ちていただけなのでお仕事は関係ないです
いや、まあ、ちょっとはあるかもですが…そんなにご指摘を受けるほどのことは…
なんとなく…お腹空いてるのと食欲がないのは違う話なんだなと、そんなことを痛感していたところです』

知らない間に不法入国者はいなくなっていたので、ドアを挟んで床に座りながら梓さんとお喋りタイムになっていました。
2人分のマグカップを持ってきていたので、ちゃっかり梓さんとカフェタイムです。

「あ、なんとなくわかる気がします
疲れている時はそうなんですが、お腹が空いていても食べるまでが面倒だったり、あんまり食欲に結びつかないことってありますよね」

『…それは、疲れている時だけですか?』

「だけとは限らないかもしれないですが…
私の場合は、食欲がない時はやっぱり疲れてるのかなと思いますね」

『梓さんはそんな能力をお持ちなんですね』

「え、あ、いや、ただのバロメータのような…」

『バロメータか…
うーん…俺の場合は耳が聞こえにくくなることくらいですね
なので、それ以外は不調だと認識していません』

「そ、それはある意味ですごいですよ、蛍さん」

『では食欲がないのは、どこか疲れてるのかもしれないと疑った方がいいのかもしれませんね…
これまで全くそんなことを考えたこともありませんでした…』

勉強になります、とカフェを啜った。

「それはそれで仕事中毒と言われるのも納得です…」

しかし美味しい。
美味しいのだが、急に物を食べて胃が重い。

『あ…体が久しぶりの食べ物を受け付けていません…』

「ええっ!?どうしたらそんなことになるんですか!」

『ここ3日ほどは水ばかりで…固形物は久しぶりでして…』

「蛍さんて本当に仕事中毒だったんですね…」

『ちょっと、あの、同居人呼んできます、すみません
あ、このカフェは久しぶりで嬉しいのでいただきます
後でタンブラー返しがてら、お店にお代を持っていきますので…』

よっこらせと立ち上がってから今度はゆっくりとこちらが家の中の国境を越える。

『…あの、昴さーん』

「はい、何か?」

『…こ、固形物が久しぶりで胃が受け付けていません…』

「それはトイレに行ってくるからそれとなく彼女を先に店に帰すように車で行ってきてくれ、ということで合っていますか?」

『全くその通りです』

お願いします、と一言断ってからトイレに向かった。
流石人生の先輩かつ元バディなだけあってわりと最低限のことで伝わってくれる。
なので不要な会話はいらない。
それが今のところ一番楽である。
やけに心配されるのは、なんとなく心配性の親のようでちょっと過干渉かと思ってしまうけれど。

はー…
それにしても調教室みたいな生活しててやだな…
自分が一番やばいって、だめだって、わかってるんだけどな…

小さなため息が落ちていく。
暫くおひとり様時間をトイレで過ごしていた。

「少しは食べたから安心したのも束の間か」

ふと、トイレの外で大人の声がしました。

『食欲はだいぶ戻ったよ…
あと水だけじゃやっぱ無理、カフェは定期的に飲んでないと死ぬ』

「水だけ飲むからだろう」

色々とスッキリした後でトイレから出て口を濯ぎ、やっと部屋から出てソファーで横になる。

『…秀一、あのさ、心配してくれるのはありがたいんだけどちょっと…』

「心配?」

『あれ、違ったの?』

「いや、ボウヤから安室くんの監視レベルはすごいと聞いていたのでな
どの程度気にかけておかないといけないのか検証を…」

『はい?』

「あまり放っておいても今の蛍は引きこもるし声をかけすぎても過干渉と拗ねられる
加減がまだ掴めないところすら、ますます猫らしくて難しいな」

『そうやって…』

「そうやって、猫だと言われるのも煩わしそうだ
全く蛍は昔から掴みどころがない」

隣に座ってきた仮の姿の国民的イケメンに頭をわしっと撫でつけられました。

「…少しは気分転換になったのか?」

『だいぶね
なんか、俺もちゃんと人間だったって思えて安心した気がする
少し…少しだけ、元気もらった』

それに関しては感謝している。
そっぽを向きながらありがとうと伝えたら無視された。

「ともかく彼に少し聞き出してみる必要がありそうだな
それから彼に会えていないとなると夜の付き合いも心配なのでな」

…ん?

『…あの、なんかまた人のプライベートを詮索しようとしてない?』

「しているさ、蛍のプライベートは何年見守ってきたと思っている?」

『いや、そこを保護者面するのがおかしいんだって』

「組織での仕事の前から何もしていないんじゃないか?」

『そ、それは…!だってお仕事ですから…』

「自分でも何もしていないだろう?」

『…するって何を?』

うわ、なんかイケメンが顔面崩壊しそうなほどの呆れ顔してる!
なにこれ!
俺そんな変なこと言ったの!?
なんか地味にショックなんだけど!

「…やはり一度彼を呼ぶ方が…」

『じゃあその日は出かけてよね』

「なぜそうなる」

『へ?
あ、当たり前じゃん!
なーんで俺が彼氏と家にいる時に秀一がいるの、父親がいる時に彼氏連れてくる彼女とかいる?』

「健全でいいじゃないか」

『中学生とかの話じゃないのはわかってるよね?』

「さりげなく今俺のことを保護者の立場であることを認めたな?」

『…え』

言葉のあやです。
もうヤケクソです。

『もういい、ポアロにタンブラー返してくる』

「車は出さんぞ」

『わかってます!
ついてこないでいい!』

「…さては降谷くんに会ってくるつもりだな?」

『今日はそろそろあがりの時間なので俺が着く頃にはいません!
それを見計らってのポアロです!』

牙を剥いてからタンブラーを片手に家を出ました。
さっきトイレで色々あったのでお着替えはしました。
久しぶりのお外です。
黒いVネックのTシャツは一枚でわりと決まるのでお気に入りです。
今日はあえてのレディースもののパンツで、タックがセンタープレスの役割をしてくれる素敵な青いストレートパンツです。
ミュールという少しジェンダーレスなアイテムとお気に入りのベレー帽ですが、ご機嫌になれるのが一番です。
ちょっとこういう日はウキウキなくらいが丁度いい。

『…やっぱ寄り道が一番いいよね』

公園で少し時間を潰してから、残りのカフェを飲み干した。
もっとゆっくりできるなら、本でも持ってくれば良かったところです。

「あれ、雪白さん?」

『あれ、コナン君
どうしたの、何、放課後?』

「ああ、まあな」

なんと家主です。
その視線の先を見たら、子供達がいらしたので理解しました。

『なるほど…
君も楽しめるものは楽しめる時に楽しむものだよー?
今の時間も大切にね』

「え?
あ…え、どこ行くの?」

『ポアロ
なんか同居人の彼が世話焼いて、梓さんに出張サービスさせちゃって
パンケーキだけじゃなくてカフェも頂いてさ、お代とタンブラー返しに行くの
この時間ならもう安室さんもいないし』

「…あ、そ」

『何それ、久しぶりのお食事がパンケーキという至高の日なのに…!』

「ちゃんと食べてんなら安心したぜ…
まあ、そんな格好してたらマトにされんぞ」

じゃ、と皆のところに戻っていった家主の発言の意図がよくわかりませんでした。
とりあえず髪を一つに纏めてからポアロに立ち寄る。

「蛍さん、わざわざすみません」

『いえ、久しぶりのお散歩ですし
梓さんにはちゃんとお礼を伝えたかったので』

梓さんにタンブラーをお返しして少し服の話もして、お会計はなんと同居人持ちでした。

「あ、携帯鳴ってますよ」

『あ、ほんとだ…
めっずらしい、こっち最近何も連絡なかったのに…』

お仕事用で3台目の端末を導入したのです。

『Âllo?』
(もしもし)

[お久しぶりです、クロードさん
実は情報提供のご依頼で連絡させていただきました]

『……』

あれ。
なんでこの番号知られているんだ。
急に背筋が凍ったのと同時に、なんだかその声でドキドキしている自分がいます。
恐ろしいです。

[あの、聞いてます?]

『…あ、は、はあ、えっと…ご依頼でしたら…メールで…』

[いえ、できればデータに残したくないんですよ
今から来ていただけます?]

『い、家じゃないですよね…?』

[はい?仕事ですよ?
あの、警察庁にお願いします]

『…出先なので端末はお借ります、向かいます、では』

ええええ!?
なんで!?
なんで知ってるんですか!?
しかもお、お、お、おスーツ!?

『……』

余りの衝撃に、暫く放心しかけておりました。
脳内で色々とどうなっているんだと声がすごいです。

「蛍さん、大丈夫ですか…?
あの、またお仕事ですか?」

『お、お仕事です…
しかし不可解な現象すぎて頭が追いついていません…
あ、えっと、では…ちょっと正気に戻るためテイクアウトでカフェを1つお願いします』

「まだ本調子じゃないんですからお断りすればいいのに…」

『でででできません!』

「え?ど、どうしたんですか?」

『こ、断れるわけないじゃないですか!
じ、自分の好きな人からお仕事…さ、誘われちゃいました…あの、こんな、こんなの断れます!?』

「…そ、それは…」

『え、あ、梓さん、あの、これ大丈夫ですかね?
今日私服で…あ、うわ…こんなことならもっと考えてくれば…
あ、でもお気に入りのお洋服なんです!
これ大丈夫ですか?俺、ちゃんと身だしなみ整ってます!?』

「え!あ、は、はい、大丈夫かと…
さっき今日のコーディネートのこだわりはたくさん伺ったので大丈夫かと…
それにこういうパンツでしたら、オフィスカジュアルですよ
蛍さん、今日可愛いです!
部屋に引きこもっていた時よりもちゃんとしてます、大丈夫です!」

『ほ、ほんとですか!
引きこもりってバレませんかね!?』

ど、どうしよう、うわぁぁぁあ!
こんなことになるならカジュアルすぎない方が良かったのか…

『あ』

「蛍さん?」

『あ、あの、梓さん…
あのですね、別に好きな人というのは、その…あの、憧れとかそういうのを全部ひっくるめております…』

慌てて付け加える。
そしたらちょうどメールが届いた。

[電話、切り忘れてますよ
会話は全部聞こえてます
なんでもいいですから早く来てください、貴方のお力が必要です]

『…Quoi…』
(何…)

ハッとして見たら電話は通話中。

『うわぁぁあ!切り忘れてました!
梓さん、どうしましょう、今の全部筒抜けでした!』

「え!蛍さんて、たまに抜けていらっしゃいますね…
なんだか少しそそっかしい一面が…」

『ちょ、ちょっと急かされたので行ってきます!』

「あ、コーヒーは…」

『あ、そうでした』

「蛍さん、とっても素直ですよね
お相手の方もこんなに想われてたら幸せ者です
大丈夫です、今日こんなに素敵なんですから!」

『…す、素敵ですか?
ほんとですか?
で、でも、あの、だんだん自信なくなってきました…
いつももう少しオフィスカジュアルのような感じでしたので…しかも最近引きこもりしていたので…』

「…若干、あの、お店にいらした時どこの外国のモデルさんかと思ったほどです
先ほど伺った時の蛍さんだと最初わからなかったくらいにはとても、引きこもりには見えないので大丈夫です」

マドモアゼルがここまで言うならば大丈夫かもしれない。

『…わかりました!
梓さんのお墨付きもいただいたので頑張れそうです!』

「あの、くれぐれも気合いを入れすぎてお仕事を忙しくしすぎないでくださいね」

お待たせしました、とカフェを差し出してくださった梓さんは素敵な笑顔でした。

「今日は蛍さんの可愛らしい所を見てしまいました
その方、きっとお待ちしてますから自信を持ってください」

『…は、はい!
自信を…持って…頑張ります…』

行ってきます、とポアロを出たところで再度メールが届いた。

[いい加減電話を切ってください
何分ロスしているんですか
貴方は元々素敵なのでそんな御託はいりません、速やかにいらしてください]

…あれ

切ったと思っていた電話をようやく切りました。
というか、向こうも切れるだろうと思ったのですが。
とりあえずタクシーを捕まえて警察庁に急いでもらいました。
警察庁に入ったら久しぶりの部下さんから誰も話しかけてもらえず、とりあえずメールで指示された部屋に向かいます。
ご挨拶もないのは珍しいです。
それどころか好奇の視線を感じます。
だんだん自信がなくなってきました。

『…um, bon après-midi, M. Furuya…?
Ça fait longtemps, c’est moi, Claude.
Est-ce que je peux entrer…?』
(…あ、あの、こんにちは、降谷さん…?
お久しぶりです、クロードです
えっと…入ってもよろしいでしょうか…?)

部屋をノックしたものの、返事がない。
これはどういうことだ。
恐ろしい。
やはりやらかしたのかもしれない。

「…僕がいつそんな格好で来てもいいと言いました?」

すぐ後ろで凛とした声がして思わず肩がビクッと跳ねた。
振り返って硬直。
おスーツの彼氏です。
久しぶりの、おスーツです。
宴です!
今日は宴を開きます、彼氏のスーツ!

「全く…私服なのはある程度想定していましたが、そんなモデルのような格好で警察に来る人がいますか」

後ろからドアをグイッと開けると俺の背中を押して部屋に押し込んできました。
カチャリと音がしたのは気のせいかもしれません。
物凄い早業でデスクに座らされて顎をグッと持ち上げられています。

「…こっちの身が持たない会話はしないでください」

『…電話、切らなかったのはそちらのミスですよね?』

「…いけませんか?」

『…盗聴、お好きですね』

「…好きも嫌いもありません
それよりこんな格好でコーヒーまで持って、警察で僕に何かされたくて来たんですか?」

『…お仕事しに来ました
呼んだのそちらですよね?
俺、折角の引きこもりライフだったのに…』

「貴方が引きこもっているからどうしても会う理由を作りたかったんですよ
得体の知れない男と同居というだけでも不愉快なのに、その人から貴方の体調のことで注文を受けるだなんて…
僕がどれだけ貴方に会うのを我慢してると思ってるんですか?」

…あ、今わかりました
この人また公私混同しています
お仕事という名義を使って俺と会う理由にしました
しかも同居人を誰彼構わず嫉妬する癖があるようです

『フランスではルームメイトなんて当たり前でしたよ…
そんなことでカリカリしないでください
仕事がないなら帰…』

「帰すわけないじゃないですか、折角捕まえた猫を
今晩は帰さないので覚悟してください」

『…えっと、睡眠時間はあるんですかね』

「ありません」

え…

スッと腰に手が触れてゾワゾワしました。

『あ、の…』

「先ほど持ち上げた時にも思いましたがかなり痩せましたね
ザッと3.6kgくらいでしょうか
筋肉量も落ちていそうでしたので少し気がかりです
運動も必要ですよ、引きこもってないで」

ていうか思ったけど近くないですか。
なんでこんな至近距離でイケメン眺めてるんだ。
しかもなんかキス待ちみたいな、こんなんで俺にどうさせたいんですか。
お仕事はないんですか。

『…何を求めてるんですか』

「少し焦らしておきます
僕はちょっと出てくるので…」

『はい!?』

「なんですか」

『いえ、あの、仕事って呼んだの貴方ですよね?』

「さっき言いましたよね?会うための理由だと
ですので夜までに僕は仕事を終わらせてきますよ
待っていてください」

『…はい?』

「放置プレイ、ということで」

では、と颯爽と部屋を出ていった彼氏はご丁寧に部屋に鍵を掛けていきました。
デスクに座ったまま、置いて行かれたようです。
キスの1つもありませんでした。
あんなに会いたいと言われたのになんて仕打ちでしょうか。

『え…え?』

…何これ、放置プレイってなんですか?
放置…遊び…?
え、遊び?
俺、遊ばれてるんです!?

『…帰っちゃいますよ、そんなことしたら』

はあ、とため息を吐き出して机から降りようとしたら右手首をグッと引き戻されて混乱した。

『え!え!?なんで!?』

手錠です。
いつの間にか手錠をかけられていました。
なんという早業でしょうか。
それにしても気に食わない。
なんということをしてくれたものだ。

『…降谷さんなんてもう知りません』

戻ってきたら覚悟してもらいますからね…
今日のこのミュールちゃん、これもお仕事の靴なんですから…
チョッキン、しちゃいますよ?








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