"赤"の他人

『……』

「…わかりました、とりあえずですが」

緊張しております。
非常に緊迫感です。
ここは戦場なのかと思うほど、一瞬の判断ミスも許されません。

「とりあえず話はわかりましたし立場上そういったことも必要なのかとも思います…わからないわけではありませんがあまり理解したくありませんしね
ですが、なぜあの男の代わりに知らない男が住み着く羽目になったんです?」

先日、帰国したてで傷心中…いや、仕事の立場上大人しくしていたところに爆弾発言をしてきた猛者がいました。
俺の昔の、といってもだいぶ前の話ですがバディです。
そして目の前にいる彼氏の因縁の仲でもあります。
そんな彼は今、実は我が宿に突然住み着いております。

あの日の記憶が霞んでるくらいにはかなりショッキングで確かまた左耳が死にかけた気がしてるんだけど…
後日といって突然目をつけていたカフェに連れて行かれたかと思ってたら…拷問、いや、取り調べでしたか…

『…で、ですから…その、秀一の知り合いらしいのでそれならと…』

「あの男だけでも気に食わないのですが、その代替案がその知り合い?
赤の他人もいいところですね」

赤井だけにね…うん、これが日本人のジョーク的な、ダジャレというものですか?

先日居座ることになった人生の先輩であり元バディの国民的イケメンですが、なんと俺の不手際でした。
あの時に悪い顔をしたと言われましたが、どうやらフランスにいた時にそんなような悪いことをしてしまっていたようです。
自業自得といえばそうなのですが。

…まさか俺が自分で組織にライの情報売っちゃったなんてなぁ…
いやー…秀一には悪いことしたな
しかしまあ、貴方のママンも本当にすごいよね、工藤くん…

どうやら俺が日本に戻る連絡を待っていたのは、そのことが原因だったようです。
秀一はそれで俺と連絡を取りたがっていたようで、会いたかった?なんて冗談でも言っていた自分を殴ってやりたいです。
あの国民的イケメンに疑いをかけたのですから。

まあ、上手く立ち回ってくれて感謝してるけど本当になんでこう…

組織の方ではなんとかしました。
しかし暫く問題の彼の居場所として、俺の監視や情報の提供スピード、そしてオプションで俺の体調管理という謎のメリットらしきものを並べてきました。
少し謎でしたが、原因を作ったのは俺なので下手に反論できません。
そして彼氏には問い詰められ、表面上向こうから宿を変える代案を提示されて、東都大学の大学院生になりすました彼がやってきたのです。
イケメンは何をしてもイケメンでした。
あれはインテリという部類のイケメンです、恐らく。

「…あの、聞いてます?」

『え、あ、はい…
ですが、確かに設計図をコナン君から見せていただいた時もかなり広く部屋の数もあったので完全にエリアは分けていますし…
家賃も折半、それに彼なら…知人というだけで、安室さんがいらしても怒られる回数が減るんじゃないかと…
あ、その、秀一がいた時に安室さんいつも怒っ…イライラしてらしたので…』

「論点はそこではありません、わかっていますか?
なぜ同じ屋根の下で交際相手が赤の他人と住んでいるのかと聞いているんです」

『赤の他人ではなく友人の知人です』

「一般的にそれを他人と言うのでは?」

そしてつい先日、俺がポアロでカフェをいただいている間に一度すれ違いになったらしく、丁度荷解きをしていた彼と会ったようです。
それが原因で今日呼び出されていました。
ここまでの経緯が複雑すぎて俺も訳がわかっていません。

『…秀一と違ってあの人ちゃんとカレー作れるので大丈夫ですって…』

「また論点をすり替えましたね?
貴方、僕と付き合っている自覚はあるんですか?」

『え?ありますよ?
なんでそうなるんですか、俺は安室さんのこと世界で一番好きですよ?』

「…こ、こういう時だけストレートになぜ言えるんだかわかりかねます…」

最近彼氏も完璧主義者ながらちゃんと人間らしいなと思うことが増えてきました。
好きと言ったらちゃんと照れるんです。
こっちが嬉しくなります。
伝えないわけないじゃないですか。

『なんなら俺、安室さんのところに引越しましょうか?
もしそれが可能ならばの話ですが』

「難しいと初めからわかっているなら…」

『別に難しくありませんよー…
パソコンとモニター、それらを全部置ける部屋があって、キッチンとベッドと、それからいざという時のクローゼットがあればいいんですからー
あ、あとはお互い身分だって知ってますし家賃も折半で、俺の目の届かないところで向こうのお仕事はしてもらって、俺が仕事の時は匂い取らないといけないので消臭剤と俺のお仕事に手を出さなければぜーんぜん問題ないんですから
簡単ですよね?』

「それは難しいと言っているんです
なのであの家に蛍さんがいらっしゃる方が数倍リスクがないのはわかっています
仕事の顔で言わないでくださいね?
これはプライベートの話なんですから」

『…すぐそうやって顔を使い分ける…』

はあっとため息を吐き出してオランジュソースの牛肉をフォークで刺した。

『…俺が今裏仕事できないんです
疲れました、とても
だから貴方に会いたくなかった…連絡だってしなかった、したくなかった、でも仕方なかったんです
こんなに今神経すり減らしているような時に、少しでも頼りたかったけど頼れない貴方に、こうして会うことな方がどれだけ…』

どれだけ酷なことなんて、貴方は知らないかもしれないよね…
だから秀一がいてくれれば、安心だった…
もう組織にはいないから
安室さんはダメだよ、まだいるんだもん
俺との接触はもう少し時間を置かないと、ベルモット辺りが嗅ぎつけてきそうだもんね
まいったなぁ…

『っ…』

カラン、とフォークが手から落ちて皿にぶつかった。
この息苦しさと聞こえにくさとか、咳き込み方や呼吸の速さ、聞こえにくそうな素ぶり、そんなのをどれくらいの加減でやれば周囲に発作だと自然に思わせられるかはもうわかっていた。
体は覚えている。

「蛍さん」

そうやって優しくしないで
優しくするから、俺がこんなに弱くなる…
全部安室さんのせいにしちゃう俺ってずるい?
ずるいよね、知ってる…

鞄からステロイド剤とビタミン剤だけ取り出して流し込み、深呼吸しながら水を摂取しては暫く肉を眺めていた。

「送りますよ」

恋人の声はよく聞こえるものだ。

『…送られると、貴方が嫌な思いをするのでは?』

「緊急事態ですからそんな事を…」

『間のいい彼氏ですね…』

そんなとこ、好きだったんだけどなぁ…
なんでかな
今の俺には、そんなところまで愛せる余裕なんかないよ
何かを失うと、感情か心の欠片の一部すら失った気分になるのはなんでだろうね

慣れたといえど多少はまだ引っ張られるところもあり、少し呼吸は落ち着いてきたので、ようやく新しいフォークを取り直して一口だけ咥えた。
何故だか酷く不味かった。

『お代はいいです、自分で払うので
なので、先に帰ってください
俺とデセールについてくるカフェまで堪能するなら別に構いません
ただ、俺は貴方とは帰れませんので』

「そうでしょうね…
やっと貴方の魂胆が見えてきました
どうやら僕も、少し仕事に追われすぎて休みが必要なのかと考え直しましたよ
そして貴方にも休暇が必要そうですし、プライベートで会うにしてはフォローする人間が少なすぎます」

ほんと、物分かりのいい彼氏で助かるなあ…
そういうとこはやっぱり大好きなんだよね、わかってるじゃんていうか…

あったかいカフェをいただきながら、ぼーっとして熱に浮かされたような気分になる。
それは貴方があまりに頭が切れるから。
俺が距離を取ったって、平気な顔をして平気なように振る舞ってくれるオトナだから。
そして俺が本当になぜ距離を取っているか、リスクヘッジということも、完全に体調を戻すための誰にも会わない仕事だけの時間を確保することも、全部わかってくれているから。

『…oui, je t’aime. Comme tu sais.』
(…ん、好きだよ、知ってるでしょ)

ボソッと溢したその気怠い一言に込めた愛も、わかってくれる。
だからそうやってくれる。

「もう少しだけ、ちゃんと言ってもらわないと次はいつになるかわかりませんよ」

机の下で脚が絡む。
ほら、わかってる。
さっきのが俺のフェイクで、演技で、発作なんて起こしてないこと。
ただ、少し脈拍が速くなっていたのは勘付かれたかもしれない。

秀一にも散々呆れられたもんね…
俺がフランスで1人であんなショック状態だと、飼い主に擦り寄るためになんでもしちゃうのはヤバいってこと
しっかしあんな、壁に閉じ込めてまで近づかなくなっていいよね、心臓壊す気かっての…
俺の凡ミスだし、自分で自分のミスを回収するってのも変な話だけど、確かにキュラソーのことで俺の家族に手を出されたことで気が動転していた…
それを飼い主の名前を出してまで、その部下の不祥事的なこととして、情報屋の俺が知らないわけないような、そんな煽られ方したんだもん
そりゃ…挑発だってわかってたって乗っかっちゃうって…

「折角のコーヒーが、塩辛くなりますよ」

『…bah, je sais…
Mais je veux juste rester encore…』
(ん…知ってます
でも、ただ、まだここに残ってたいだけなんで…)

そっと目尻から落ちていった涙を指でなぞってから、カフェを一口飲んで複雑な気持ちを整理できずにいた。
行きたかったカフェを覚えていてくれたのは流石である。
そして、もう暫くは俺の休暇を汲んで会わないから今のうちに会っておきたい俺の時間に付き合ってもらっているのも事実。

「…悔しいものですね
貴方を守るのに、貴方を傷つける肩書きばかりで近づけず…
猫を得体の知れない人物にやむを得ず預けるのはとても気が引けます」

『…彼はいい人です
それに、所詮利害関係ですから…お仕事というものです
俺が安室さんに見せる顔と、違うと思います』

「そうでしょうね
でも、そうではないかもしれませんよ」

…鋭いな、ほんと
この前会っただけなのに、なんか俺が部屋に篭ってる時に一回拷問じみた取り調べしてなかった?
好きだねぇ、取調べ…

『まあ、今の俺には1人になる時間と多少の誰かと話す機会、できれば何も知らない人の方が助かるので…
なので、彼はちょうどいいんです』

「蛍さん、夜ご飯はいつでも呼んでください
外でも構いません
それから貴方が大丈夫だと思えるようになった時に、連絡してください
暫くはポアロのシフトも変えませんので好きな時にいらしてください
きっと同じような理由で、梓さんとはお話されてもいいと思いますから」

『あ…そうですね』

そうします、と答えてから先に席を立って紙幣を置く。

「いえ、今日は僕が連れ出したので構いません
送ることもできませんし、暫く距離を置くのであれば僕に今日くらいデートをしたと思わせてください」

『…では、お言葉に甘えて今日はデートということで素直に奢られることにします
ご馳走様でした』

失礼します、と一礼してから店を出る。
ふらりとしながらメトロを探しつつ、駅の近くで電話をかけた。

『…あ、もしもし、s……昴さん
今えっと…かどまえ…なかまち…?の方にいるんですが車、手配できます?
ちょっと途中で変な演技しちゃって左耳半分気持ち悪いんですよね、メトロ乗りたくないんです

え?1時間ですか?
まあ…近くに何か面白そうなお店があるのでテキトーに時間潰します

あ、もんぜん…なかちょー…ですか
すいませんね、どうも日本の駅名って難しくて…流石東都大の院生さんですね
では近くまで来たら…はい、ご連絡お待ちしてます』

あっっっぶなかったぁぁぁぁぁ…
お外で名前、つい癖で呼ぶところでした…!
それにまだ視線を感じるくらい、尾行されてるみたいだし…
はあぁ、彼氏、好きなんだけどたまに嫉妬深いのがなぁ…
特に、彼が絡むとね…



「ああ、ベルモットですか
丁度アンジュに接触できたのですが…どうやら先日の件、本当に尻拭いはしたようですよ

僕が嘘をついているとでも?
あそこから見ていたのなら気付いたでしょう、彼が僕との会話ですら発作を起こす程に消耗していることも
賞味期限の近い猫の対応を迫られて、鮮度が落ちるのは飼い主もさぞ困ることでしょう

ええ、わかっていますよ
ではまた」

盗聴していた電話の内容を確認してから、近くにあった商業施設の休憩所でタブレット端末を弄って情報を改竄。
それを飼い主へ報告。
ベルモットとバーボンがまだ俺を追っているのは、恐らくまだ疑われているから。
それを晴らすにはもう少しだけ時間がかかりそうだ。

「お待たせしてしまいましたか?」

『あ、遅いです、昴さん』

「すみません、途中首都高が混んでいたもので
これでも早めに着いた方なんですが」

『…派手な車と違って、可愛いヴィンテージ車に乗ってくるからですよ』

ふぁ、と欠伸をこぼしてからサッと荷物を纏め、駐車場に向かって一緒にスバルの車に乗り込む。
それから商業施設で買っていた袋を押し付けた。

「これは…?」

『なんか石川県のお土産のお店?があったんです
金箔が入ってるそうです、日本酒』

「美味しそうですね
早速何かの料理に…」

『料理を一個覚えたからと言ってすぐ使おうとしないでください
これは飲むための、金箔を楽しむためのものです
あの、なんで昴さんってすぐそうなるんですか…』

「金箔を楽しむ…ですか
いかにも雪白さんらしいですね、見栄えなど食べ物を視覚的に楽しむのも一興か…」

『…俺、帰ったら寝て仕事するんで昴さんは自分の分だけ料理作ってください
俺は自分で軽食作るんで』

じゃ、とシートにぱたんと頭を埋もらせて目を閉じた。

「…そろそろ仕事と言って1人で引きこもってくれるなよ、蛍
モニターの前で寝落ちせずにベッドで質の高い睡眠を取ってくれ
俺に何の罪悪感など、感じてくれるな」







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