気怠い猫と大人たち

『Allô…?』
(もしもし…?)

朝イチでかかってきた電話は、なぜか国際電話だった。

[ようやく電話に出たか]

『…誰かと思ったら秀一か
朝から何?もうちょっと寝てるつもりだったんだけど』

[酷い声だな、本当に寝起きだったらしい]

『だから二度寝だってば…』

[…まだ暫くパリにいるのか?]

『…え?』

実は、今日本におります。
しかも昨晩帰ってきて疲れてそのまま寝たというところです。
起きたのは午後3時ごろの今、フランスの時間では確かに朝の7時くらいです。
家主には連絡を取っていたので昨日の夜、鍵を開けてもらったのでそのままいるようです。

『…今、日本』

[何?渡航日の予定を知らせないとは珍しいじゃないか]

『まあ、色々あって
本当に昨日の夜成田着で帰って即効寝て今起こされましたよ…
なに、そんなに俺の帰り待ってたわけ?』

スピーカーに切り替えて端末を壁に立てかけ、んふふと小さく笑いながら布団でもぞもぞする。

[…大丈夫なのか?]

『何が』

[言わせるつもりか
蛍もわざわざ聞きたくないだろう]

『その話なら心配いらないよ…』

電話の奥で少し呆れたような、小さな溜め息が聞こえた。

[蛍]

『何?』

[先ほど、昨日の夜帰ったと言ったな?]

『あ、まあ、うん』

[奴にはきちんと連絡したんだろうな?
俺はともかく、奴に連絡を寄越さねば面倒なことになる
また俺が責められかねんしな]

『……家主なら電話して昨日鍵開けてもらったけど』

「雪白さん?やっと起きたの?」

部屋に入ってきたコナン君は、まだベッドで死にながら電話をしている俺を見てから苦笑しました。
おい、また馬鹿にしただろ、高校生のくせに。
大人は長距離フライト疲れちゃうんだぞ。

「雪白さん…とりあえず何か着たら…?」

コナン君に白いものをふわりと投げつけられた。

『ちょっと!
これPull Bearのお気に入りのTシャツ!そんな粗末に扱わないでよ』

「とりあえず着るか何かしなよ…」

苦笑の原因はそちらでしたか。
はあ、とため息を吐き出してとりあえずテロンとした素材の、ゆったりしたTシャツを被ってから端末のカメラをオンにした。
それからまた布団にごろりとする。

[またそんな貴族の白猫をやっているのか
俺と組んだ時よりも猫らしさが増したようだな]

『首輪が増えただけ立派に飼い猫だよ』

[…そうかもしれんな
だが、ボウヤが一緒ならば少しは安堵できるな]

『何それ、どういうこと?
ていうかさっきの連絡の話だけどさ…秀一にしたらわりと十分なんじゃないの?』

「え、雪白さん、まさか…」

[驚いたな、奴より俺の方が優先度が高いとはな]

え、何?
どういうことですか?
仕事の連絡については貴方、組織絡みなんだからちゃんとするよ?

コナン君はまだドアの所に立っているので、気にせずウトウトしていました。

『…コナン君、今日学校行かなくていいの?』

「今日は土曜日だからないんだけど…」

『あ、そうなの?』

[ボウヤ、そこにいるなら蛍の様子を写真に撮って送ってくれないか?]

「赤井さん…
それ、誰に送るのかは聞く必要もないよね…?」

[ああ、恐らく一番肝心の奴に連絡していなさそうだな
個人的には画面上で確認できても、蛍の状態を奴に伝えていないとなるとまた面倒なことになるのでな]

「(そりゃそうだろうな…
ったく…雪白さんもなんでこういう時に安室さんのこと頭から抜け落ちてんだか…)」

『秀一』

枕に顔を埋めながらため息を吐き出し、モゴモゴと反論した。

『勝手なプライベートの詮索はご遠慮願います
あと、まだバーボンならベルモットと連絡を取ってるだろうからやめておいた方がいいよ
…秀一の言う人がその人ならの話だけど

…俺だってしたくなくて連絡取ってないわけじゃない
けど今は仕事の方で会えそうにないからね』

やめてくれと懇願したのも珍しかったんだろう。
秀一は少し考えてからわかったと答えた。

「そういえば雪白さん、昨日洋服ばら撒いて寝ちゃったけど…リビングにたくさん落ちてたよ、大事なステロイド剤」

『っ…!?』

ガバッと体を起こした。
見られた。

「その反応、よっぽど大事なんだね?これ」

コナン君の手には、きちんと輪ゴムで束ねられたステロイド剤のシートがありました。
なんて子だ。

[ステロイド剤…
ほう、随分と長い間向こうにいたと思えばそういう算段で戻ってきたというわけか
彼にはそう伝えておくとしよう
近々君に会いに行く
それまでにちゃんとした食事をせねば、その声に信憑性はない]

『…心配しすぎ』

[蛍、壊れたら直らないものもある
荊の道も、弱った生身では薔薇園に辿り着く前に生き絶えよう
明日顔を出す]

…え?

ポカンとしてる間に電話は切れた。
コナン君はベッドの上に座った。

「…朝ごはん、て時間じゃねーけど?」

『あ、もうそんな時間?』

とぼけてそれだけ返してあげる。
とりあえず先にシャワーをした方がいいだろう。
立ちあがろうとして、その場に座り込む。

「雪白…さん…?」

参ったなぁ…
家主だから、一応家賃としてもそこそこ話したのがアレだったかな…

『ごめん、なんでも…ない…』

「…親を目の前で殺されて、どうしてそんな表情まで隠そうとしていられるの?」

『えっと…』

「雪白さん、本当に休んだなんて言えなくて赤井さんにあんなこと言ったんでしょ
だって、安室さんなら一週間前からポアロで働いてるし、俺が雪白さんの両親のことを聞いたのもその時だったからね」

どうして…

「安室さんに連絡を取らないのは、ただ心配をかけたくないってだけじゃなさそうだし
前も雪白さん、そんな理由で会ってなかったよね?
…ステロイド剤、こんなにどうしたの?」

『……』

君って本当に、すごいね…

「灰原だって心配してたよ
アイツにしちゃ珍しく雪白さんのことを気にかけて怖ぇくらいの顔してた
朝聞いたらステロイド剤と雪白さんのその体質からして一発で見抜いたみたいだけど?
左耳の突発性難聴」

あーあ、哀ちゃんにはやっぱりダメか…
とはいえ、これまでバレたような気もしてなかったし
まあ、薬品に携わってれば俺のカルテ見てるようなもんだしわかられて当然…

小さく頷いてから、首にぶら下げたままの2つの指輪をチャリチャリと弄る。

『…そうだね、さすが
左耳の突発性難聴、だいぶ良くなってきたよ
これまでの一時的なものもストレスや過労、色々なものの蓄積だったんだと思う
だけど、やっぱりその比にもならないくらいのストレスって言うか、ダメージは喰らったんだと思うよ

上司と話した時には仕事の後って言ったけど、正確には…軍警察に呼ばれて…
その場で音が消えた
軍警察の担当の人は、パパが俺のことを昔から職場で何か話してたらしいし聴覚に障害が残ってるのは知ってたから…手話のできる人と葬儀から何からの手続きをして…
その後すぐに子供の頃行ってたとこに駆け込んで、気付くのが早くてよかった
それでもまだ波はあるし、仕事の後遺症もないって言ったら嘘になるかな…
休みはもらうよ、でも少しずつ仕事もできるようになってきた
俺のペースでやらせてもらうよ』

…やっぱ、ダメージ喰らってたんだね
こうして口にしてみるとよくわかる
意地を張るのは簡単だけれど、長くは持たない

「…その指輪って、もしかして…」

『あ、これ?
…本当は現場で持って帰っちゃおうかと思ってたけど、流石に遺品で最後には俺のところに来ることは遺書で知ってた
昔から2人とも言ってたから、何かあった時にはこの指輪を俺に渡すって
2人の結婚指輪すごいよね、プラチナなの
溶けないわけだよ…ここにあれば忘れることはないから
指は仕事で使うし死ぬまでに切り落とされる可能性だってある
首なら、切られる時は死ぬ時くらいだろ?』

カフェ飲みたいなと思いながら、慰めのようにその場にいてくれるコナン君には感謝していた。
それから、家賃の上乗せになるかと少し聞いてみた。

『…安室さんからその話と、秀一とやり取りしてたなら聞いたのかな、俺のところにキールから連絡があったこと』

「…そうみたいだね
何か心当たりがあるのかって安室さんは考えてたみたいだけど」

『あ、やっぱり知ってたの
じゃあ家賃の上乗せにはならなかったか』

「いや、俺に言っていいならだけど…」

『…コナン君もキールのことは知ってるだろうね
だったら、キールの父親のことは?
キールってほんとお節介だよな、あんなんじゃ俺じゃなくてもNOCだってバレそうだっての
キールの父親さ、構成員だったんだよ
組織の仕事で自殺、しかもキールの目の前だ
キールは仕事の前に今回の仕事がどこで、誰をターゲットにしたかを最初に教えてくれた
俺がDGSE出身だと知っていたのは、まあ…秀一のせいかもね
俺のフランスで、こういうことがあって、元構成員の父親が目の前で殺されてさ…ある意味で同類みたいなもんで、キールはお節介だからこういう思いする人間増やしたくないんだろうなって
結果的にラムから聞かされたのは、20年以上前のウォッカの尻拭いを今回の仕事に乗じてやったってわけ
それが俺の両親
恨むものが増えたのか、なくなったのか…』

ひとしきり毒は吐き出したのでだいぶ気分はマシになった。
ゆっくりと立ち上がる。

『カフェ、冷たいのでいい?
俺はホットにするけど丁度淹れるから』

「あ、ありがとう…」

『なんて顔してんの
俺の独り言、聞いてくれてありがとうね
今日は日本に戻りたてだしゆっくり休むことにするよ
あと、哀ちゃんにはお礼と心配かけたことを謝っといてよ
後で俺もお隣に顔出す予定だけど、念のためね』

キッチンに向かってカフェの支度をする。
ゆっくりしないと少し神経が擦り切れそうだ。
手が震えていて、それでも1人で生きていかなければいけない世界なんだからと言い聞かせて、父親に認められたことだけが今の自分には唯一の救いだった。

「雪白さん、今日はゆっくり休んで」

『あ…ごめんね、気を使わせて
家賃分にちゃんとなってればいいんだけど』

「今は家賃とか言ってる場合じゃないって…
この前、雪白さん来なかったから服部にこってり怒られたぜ
絶対ぇ温泉に誘うから次は連れてこいって
ま、その時はまた誘うからそれまでには回復してくれよ?
じゃねぇと、ポアロ行っても梓姉ちゃんも心配するだろうし、灰原もソワソワしてんのは気味が悪ぃからな…」

『すごい言いようだね…』

ハハ…と苦笑してカフェを一杯いただく。
暫くリビングでのんびり2人でしていたら、コナン君に電話がかかってきて楽しそうにしていたので少し、平和だなと思って笑えた。
自分の心がどこかに飛んでいきそうで、地に足がつかなさそうで、そんなところも戻ってくればなんとかなった。
ここなら、自分の弱さも抑えられる。

「いるんでしょ!馬鹿猫!」

ビクッとしたのは俺だけじゃなかった。
呼び鈴と同時に玄関の方から声がしたのと、これこれという阿笠さんの声がした。

『…呼んだの?』

「いや、全然…朝の薬のことで電話しただけ…」

コナン君も本気でびっくりしていたので、これは本当に何事かと思って2人で玄関に向かった。
ドアを開けたのはコナン君だったけど、そこに立っていたその子は俺を見て一瞬固まってから駆け寄ってきては珍しく抱きついてきた。

「馬鹿猫…生きてて、よかった…」

その声があまりにも切なくて、姉を失った当事者の声で、何かが砕けたんだ。

『…志保、俺…』

「耳は?」

『…大丈夫、だけど…』

いまんとこ、と付け加えてその体を抱き締め返す。

「本当に貴方って…どうして…」

『ごめんね、志保…
また、お兄ちゃんにすらなれなくて
不安にさせてごめんね』

「貴方が兄なんて願い下げよ、私にはお姉ちゃんだけでいいわ
まあ、私にこれだけ心配かけさせるなんていい度胸ね」

『ごめんて』

はあ、とため息を吐き出す。

「…良かったわね、遺品の1つでも帰ってきて」

『…あ、ああ、そうだね
仕事で縁を切ったはずなのに、仕事で首輪になっちゃった』

「それ、どっちの話?」

『表仕事』

少し体がフラついて、志保の身長に合わせて屈んでいた体を、片手をついて支える。

『…ごめん、昨日の夜帰ったばっかで』

「ちゃんと休みなさい
それから…お帰りなさい」

頭をそっと撫でられて不覚にも泣きそうになった。
組織に入ってから、親同士が情報交換などで交流があったことを知った。
それから妹のように可愛がっては、明美ともよく遊んだ。
もちろん、秀一もその時いたけれど。

「ちゃんと生きて帰ってきただけ、一応嬉しいとは思ってるわよ
それからその疲労感、突発性難聴の眩暈かもしれないんだから早く休みなさい
また仕事なんてしてたら怒るから」

『…最低限の仕事はしないと野垂れ死ぬよ』

「貴方の場合、仕事でもしてないと思い出して新月の夜に呻いてそうだけれど
休むことも仕事のうちだってこと、わかってるでしょうに」

フリーランスになったんだから、とこっぴどく叱られてリビングで横になるハメになった。
うつらうつらしていたら、暫く家に上がっていた哀ちゃんには苦笑された。

「貴方ってどうしてそんなにやることなすこと猫っぽいのかしら…」

『これのどこが…』

ふあ、と欠伸をこぼしてソファーに丸まってゆっくり瞬きをする。

「雪白さん、本当に猫って言われるんだな…」

「そうよ?
この人、昔から猫みたいなことしかしないから
突然高い所に登ったり眠いって寝てみたり、気まぐれなのよ
ふらっと散歩に出かけたかと思ったらお菓子食べて帰ってくるし
…尻尾が見えそうよ」







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