黒花葬

日にちだけは経ち、その間の計画や流れは聞きながらも同時にDGSEへ逐次報告。
アドレスは使い捨て。
夜のパリも久しぶりでした。

…ほんとに、来ちゃった

ネズミ取りのお仕事なので今日は俺も参加です。
それにしてもこんな参加の仕方、したくありませんでした。
キャンティとコルンはそれぞれ持ち場へ向かい、俺はポルシェに連れ込まれて後部座席でぼーっとしていた。

フル装備でパリを歩くことになる日が来るなんて…
本当に何年ぶりだろう…

基本的に昼間は車の中で過ごし、飼い主とウォッカのいない時には留守番をしながら身を潜めている。
俺たちが動くのは夜。
久しぶりのセーヌ川のほとりには、さまざまなアベックがイチャイチャしています。

…っと、こっちはプライベートか
こんな時に珍しい

震えた端末を取り出して、日本語で書かれたショートメッセージを確認した。
状況は一応共有しておいたが下手に動くと俺も彼も上手く立ち回れなくなる。
少ししたらまた移動して、結局マレ地区の辺りをぐるりと一周してきたようなものだった。

…嫌な予感がする

『…』

「兄貴、準備は整いやした
いつでもいけやすぜ」

「キャンティ、コルン」

[あいよ
呑気に酒なんか飲んで…もどかしいったらありゃしないよ]

[ターゲット、見つけた
いつでもいける]

『…ジン様、熱反応5種類です』

「計画通りだ」

『行ってきます』

車を降りて、見覚えのあるテナントビルへと足を踏み入れた。

…ザッと30人くらいか
なんだ、ただのカモフラージュだったなんて

中華系マフィアのネズミたちを一斉検挙です。
USPを構え、まずは天井に向けて発砲した。
さて、仕事のお時間です。

おお、ゾロゾロ出てきたな!
しっかしこんなに呑気にされるたら俺、退屈しちゃうよ?

久しぶりの肉体労働も楽しいです。
こんなに身軽に動けると、やはり組織の身体能力を鍛えておいてよかったと思います。
ほどほどにしたところで上の階を確認する。

「うおぉぉ!」

『暑苦しい』

厳重そうに仕込んでくださったSPさん方を仕込みナイフで華麗に仕留める。
そして問題はこの奥のターゲット。
上手くベランダに誘導しないとキャンティやコルンに怒られるのでちゃんとします。

「な、なんだ、お前は…!」

『こんにちは、お掃除の時間です』

ターゲットにUSPを向けたままジリジリとにじり寄っていく。
部屋の窓側、ベランダへ出るように促す。

『ジン様、捕獲です』

[キャンティ、コルン、やれ]

無線越しの飼い主の声は楽しそうだった。
目の前で人に穴が開くのは、まあ、そこそこ慣れてしまったのかもしれない。

『Adieu, salop』
(サヨナラ)

それだけ声をかけて背を向け、キャンティの楽しそうな声を無線で確認した。
その時だっだ。

[クソッ、なんだアイツ…!
コルン!アイツは任せたよ!]

え…?

振り返って、後悔した。
フランスのポリス。
その見慣れた制服と背格好。

『……』

「あ…い、生きている…!?」

「っ…ここは、危険だ」

…パパ?なんで…?

「軍警察の…ムッシュ・クロード…!?
け、怪我を…」

「擦り傷だ
それにそんなのは後で話しましょう
今は貴方の護衛が任務ですから」

っ…パパ…!

血だらけの腕に背中を押されたターゲットは、ヨロヨロと部屋に逃げながらへたり込んでは自分が助かったことにヘラヘラしていた。
キャンティの笑い声を鼓膜にぶつけながら、ベランダに立っているその体に穴が開くのを見ていた。
否、目が離せなくて見つめるしかできなかったんだ。

『……』

どうして…
だって、そんな、ターゲットは…
どうしてパパがこんな所に…

「ふ、ふふ…
国家機密を流してくれたおかげでこちらも対処が早くてな…」

息も絶え絶えに、ベランダの柵にかろうじて寄りかかったパパはそう呟いた。
足を一歩だけ、動かそうとしたら目で威圧された。

『っ…』

「…そこの男は撃て
俺も直に持たなくなる」

『パ…』

「…家に爆弾が仕掛けてあった」

『…そんな…』

「勘付かれてはいたんだ…
長い時を経て、お前は上手く立ち回った
本部からこちらへの要請は、お前の情報提供の速さだった
だから俺はこうして間に合った

…いいから撃て
ターゲットだけは始末しないとどうなるかわかっているだろう
俺とて組織にいた人間だ」

『…で、も…パパ…』

「…ろくな話もできなかったな、お前とは
これで十分わかった
お前はもう、1人でやっていける」

『っ…』

ベランダで死にかけている自分の父親と、その間にいるターゲット。
国内でも生け捕りにするはずの指名手配犯だった。
だけど、それを殺せと。
組織は殺すことをミッションとした。
国は生け捕りにすることを選んだ。
裁くために。

「蛍」

『…パパ、こんな…』

「今のお前は、誰だ?」

『あ…』

「違えるな、己の立場を
今、誰に対峙し、どういう身分かを
その場その場で黒く、白く、染まれ

…お前は本当に俺よりも賢い
耳のことは、気にかけるように
これ以上の長話も、もう、無用だろう」

唇を噛み締めた。

[アンジュ、仕留めたのかい?
あたいが手助けしてやってもいいよ]

それは、あまりに無粋だった。
だから引き金に手をかけた。

『…大丈夫、すぐに消す』

零距離。
ターゲットの男の脳天を撃ち抜いて返り血を浴びた。

『パパ、ママは…』

無事かと聞きかけて、それはもう何も意味しないことを悟った。
ベランダに寄りかかったままの肢体は、項垂れて動かず、言葉もなく、その左手には2人分の指輪があった。

『…キャンティ、確認だけさせて』

[俺がやった、確実に仕留めた]

わかってるよ、コルン
だからせめて最期を俺に、見届けさせて…

確認するふりをして近付く。
その手にあった指輪をそっと握り締めてマイクを切る。

『パパ…
本当に、なんでこんな…愛してるよ
いつだってあんなに厳しかったのに、なんで今日に限ってこんなにお喋りなの…?』

ポケットから覗いていたものを取り出したら、家族写真の入った警察手帳だった。

…こんなの、持ってたの…?
俺と、2人で撮ったの…これ、何年前の…

思ってた以上だった。
寡黙で厳しいこの人が、わからなかった。
この前会いに行ったのが最後になった母の言葉が、父はあれでも気にかけてると言ってたあの言葉が、ようやくこの体でわかったんだ。

っ…あの時の、参列者はこれで全員始末したってわけか…

[アンジュ、なにモタモタしてんだい
そろそろ警察が来る、撤収だよ]

知らぬ間に流れ落ちていた涙を拭う。

[アンジュ、撤収だ]

『…わかりました』

じゃあね、パパ…
全然こんな形で会いたくなかったけど、最期に会えて良かったよ
俺をたくさん恨んでね、パパの言いつけや忠告にわかったような口をして組織に居続ける俺を
ママと、沢山向こうでゆっくりしてね
仕事も忙しかっただろうし…俺のことで気を使わせてばかりで…

『おやすみ、パパ』

愛してた…

そっと口付けて、それから建物の中に戻って来た道を戻る。
指輪も警察手帳も遺品としてその場に置いてきた。
だんだんと人の声がしてきてパトカーの音も近づいている。
黒いカットソーにこびりついた返り血が気持ち悪い。
窓から飛び降りて合流地点へと急ぎ、ポルシェを見つけて飛び乗った。

「遅かったな」

『帰りに、少し追っ手がいまして撒いてきました』

後部座席で横になって、車窓から見える黒い空が段々と耳を圧迫していく。
何も聞こえない。

音が、消えてく…
ウォッカを追って、この人に縋り付いて来たのに…
今度は誰を憎んでここにいたらいいの…

「…ウォッカ、倉庫で一旦停めろ」

「え?
ベルモット達と合流するのはもう少し先ですぜ」

「多少遅れようが構わねえ」

暫くして車が停まったかと思ったら、後部座席のドアが開いた。
飼い主です。
これはいつもの詰めろという顔です。

…なんだか、すごいお厳しいお顔ですね

乗り込んできたかと思ったら、バッと胸倉を掴まれた。
それから何も言わずに右耳に触れられたのでビクリとしてしまい、左耳までチェックされてしまった。

…バレたか
ちょっと、俺もなんで急にこんななっちゃったかわかんないんだけど
まあ、現場で父親見殺しにして、俺も精神がブレるくらいにはちゃんと人間やってたみたいで何よりだよ

ゆっくり唇に噛みつかれ、何か張り詰めていたものが解けた気がする。
その鴉みたいなコートにしがみついて俺は、結局行き場を失っていく。
"今の"俺には貴方しかいない。
縋れるのは、ご主人様である貴方だけ。

…ああ、合流地点まだ先だったの?
なに、俺の聴力チェックのために一回停めてくれるなんて…
ほんっとに優しくて泣いちゃうね?

今度はこちらから唇をゆっくりと舐める。
そしたら首筋まで噛みつかれて頭を撫でられ、何も言わずに飼い主は後部座席を去った。
暫くしてウォッカも戻ってきてタバコをジンに渡していたので、恐らくお使いにでも行かせて俺のチェックでもしたのでしょう。

「出せ、ウォッカ」

「へ、へい
それで…よかったんですかい?」

「…アンジュもそろそろだな
消耗品にしちゃ長持ちしている方だ
フン…全く、青目の白猫は金がかかるってのもわりかし嘘じゃねえ」

発進した車の揺れを感じて目を閉じる。
ここ数日の仕事はもう、これで終わる。
移動中に感じた気配は少しだけ増えてそのまま目的の合流ポイントに出た。
飼い主からついてこいとの命令だったので車から出たら、キャンティとコルン、そしてベルモットがいた。

…キールとバーボンはいないのか

「あたいらだけでも十分やれたさ」

「久しぶりに外の仕事をさせるいい機会だったからな」

「あら、画面の前に座らせておくだけで十分働き者の猫だと思ってたわ」

「使えなくなるまで使うまでだ」

「動物愛護団体に訴えられるわよ?」

「知ったことか」

会議のようです。
俺は聞く必要がないので素知らぬふり。
今日は郊外のホテルに一泊するとしよう。

…明日、いや、明後日…?
早かったら夜明けだろうね
遺族、か…

小さく溜め息を吐き出す。
暫く飼い主のコートを盾に隠れていたのですが、飽きたと思った頃には解散していた。
飼い主からはスモークサーモンをいただきました。

親殺しで、サーモンか…

次はあるかもわからない。
それで良かった。
ありがとうございます、とわかってもらえれば良かった。
嬉しそうに縋って媚を売って、ポルシェとお別れしてから1人で朝焼けを見に、モンマルトルの丘まで行った。

…綺麗
こんなに綺麗な空をパリで見たのは初めてかもしれない

次第に耳に音が戻ってきた。
電話が震えた。

『…もしもし
どうしたんですか、国際電話なんて』

[クロードさん、ちょっといいですか?
貴方、フランス警察からご連絡は?]

『…な、何の話ですか?
ちょっと待ってください、降谷さん
貴方、日本にいらっしゃるのにどうして俺がフランスに戻っていることをご存知なんですか?』

[…いえ、貴方の古巣から少し変な情報を小耳に挟んだもので
まずはそちらで警察から連絡があると思います
今の貴方はクロードさんのようですし、何かあったらすぐに連絡をしてくださいとしか言いようがないので
どうぞ気をつけてください]

それだけで電話が切れた。

え…?
どういうこと?

『…降谷さん、だったよね?
なんで?安室さんでもなく…お仕事ってこと…?』

暫く考えてからカフェでサンドイッチを買って、ベンチに座りながら端末でニュースをチェックする。

…パリ3区で爆発事故…?
実家に近いな
後で寄ってみるか…でも、事故の時間は夜中だからもうこんな風に報道されてるなら規制線も張られて入れないか…

『…あ、もしもし』

突然の電話でした。

[パリ軍警察の者です
ルイ=クロード・蛍さんでお間違いないですか?]

『軍、警察…?
え、ええ…私がルイ=クロード・蛍ですが…』

[…貴方のご両親が、亡くなりました
ご遺族は貴方1人ですので、お渡ししたいことやお伝えしたいこと、手続きなどがあります
そしてご確認をお願いします]

『…はい?』

えっと…待っ…

[すぐに来ていただけますか?]

どういう、こと…
パパ…いや、両親って言った…?

[もしもし…?]

なんで?

ふと我に返った時、ここ数日の記憶がないことに気が付いて、どうして今自分がパリにいるのかすらわからなかった。






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