猫に説教

ふむ。
確かに大人の味です。

「最近グルメ雑誌ばかり読んでどうしたの?」

今日は依頼でもないのですが、蘭さんとの女子会なる交流会と引き換えに毛利さんのお仕事に同行です。
察しのいい家主に電子書籍の雑誌を覗かれました。

『ん?ああ…
この前グリーンティーの味のバームクーヘンをいただいてね
その時に緑茶も初めていただいたんだけど、フランスで売っていたグリーンティーとは少し違うと言うか…馴染みのない味でさ
どうも日本のお茶は抹茶というのがとてもランクが上のような、そんな話を聞いたけれど難易度が高いらしい
デセールから入ることを勧められたよ』

「雪白さん、それで抹茶スイーツ特集を?」

『そんなとこかな
確かにグリーンティーは苦味があって…うーん、でも和菓子との相性はよかったよ
デセールの味としてアレンジするのはさすがだね、甘いから食べやすいし抹茶フレーバーのデセールは最近食べられることがわかった
調べてわかったんだけど、抹茶はどうやらものすごい手順を踏まなければ飲めないし茶室という限られた場所らしいし…
それで、コナン君はどうして急に?』

「雪白さんが最近ポアロでもグルメ雑誌ばかり読んでるって梓姉ちゃんが言ってた
ファッション誌ばっかりだった雪白さんが、急に最近はグルメ雑誌ばかりだから不思議がってたよ
…んで?
その抹茶の魅力をそんなにも教えてくれたのはどこの誰なわけ?」

さてはこの子…
毎回鋭くていけません、何か国民的イケメンと同じ匂いがしてきたぞ、秀一に何か吹き込まれたのか?

『…それを言って俺に何のメリットが?
まさかとは思うけど、秀一になんか言われた?』

「あ、正解」

『本当に!?』

なんてこった、あのイケメン…
こんな子供を利用してまで俺のプライベートを探って面白がろうとしています…なんて奴だ…!

『小学生までダシにしやがって…なんて奴だ…
人の私生活を面白がって、あんな…あんな奴…!』

「雪白さんが最近ご機嫌で何よりじゃないかって嬉しそうにしてたから、何か心配してたんじゃない?」

『心配?秀一が?
まさか…自分のお仕事で手一杯のイケメンが俺の心配なんざしますかね…』

やれやれと思いながら、今しがた捉えた最新の漏洩情報をキャッチ。

『Ça y est…! Huh, quel connard!』
(よっし、かかった…!ハッ、馬鹿なヤツ!)

俺の罠です。
しかけておいたトラップにハマって自滅してくださったので、そこからガッポリ機密情報をもらっています。
ニヤニヤです。

「そーゆーとこだっての」

『え?』

ボソッと呟いたコナン君は、電車で俺の右側に座りながら苦笑している。

『んー、リアルタイム情報だからこれは高く売れますね…
そんな秀一にくれてやるか!
プライベートな情報じゃなくて悪かったな!せいぜい仕事してろ!
っと…こっちは仕方ない、向こうに譲ってあげるかな
早期解決のお手伝い、取引上手な彼とそれから…』

「なんで移動中にもこんな仕事してるんだか…」

売り捌いてから降谷さんともきちんと交渉成立。
歩合制なのですぐにでも稼げます。
カタカタとタブレット端末を操作していたら、急に左耳がキンッと悲鳴をあげた。

『っ…!』

思わず耳を押さえてしまった。

クソ…せっかく元のペースに戻ってきたってのに…

「クロードさん!?」

「コナン君、どうしたの!?」

「クロードさんが…」

ちょっと、これはトラウマ的な電車の再来かもしれません…

タブレット端末の画面を咄嗟に消していたのは癖で良かったのかもしれない。
久しぶりの発作に少し手間取り、なんとかピルケースから頓服を取り出して摂取。
呼吸が整う頃には蘭さんまでいらしたので、なんだか心配をかけてしまったようです。

「クロードさん、もし体調が優れなければ…」

『いえ…大丈夫です、すみません
少し座っていれば治る一過性のものなので…』

発作に関してはだいぶ対処も慣れたもので、頓服で暫くボーッとしていれば大抵はケロッと治る。
これがわかっただけでもだいぶ進歩なのだ。
ただ、左耳がいつもより少し遠いのが気になる。

「…やっぱり心配ですし、次の駅で一旦降りませんか?」

『い、いえ、そんな…!
毛利さんにもご迷惑が…』

「ああ、父ならあそこで寝てますので」

え…?起こすってこと?
いやいやいや、ますます申し訳ないって!
そんなことならちゃんと乗り切って目的地まで参りますから!

コナン君は俺の脈を測っています。
どうやら何か勘付かれているようです。

「クロードさん、いつもより脈が早いしさっきの過呼吸みたいなの…発作って言ってたけど…」

コナン君は何やら言っている様子です。
俺の左側であからさまに何かを言いました。
思わず眉を顰めてそちら側へ顔ごと向けた。

『何事?
そんな大袈裟なことじゃないんだから…』

「左耳、今聞こえてない?」

ぼんやりと聞こえた音は、ようやく脳内で声として再生された。

『…あ、まあ…少し、うん』

「蘭姉ちゃん、僕、トイレ行きたくなっちゃった
クロードさんも少し疲れちゃったみたいだし、次で降りようよ」

「そうね、お父さん起こしてくる
どうせさっき買い込んだお酒飲んで寝てるだけだから」

蘭さんはニコニコしながら毛利さんの方へ行ってしまいました。
スッとスマホの画面を差し出されました。

[次の駅で降りることにしたから、仕事も休憩してね
赤井さんが心配してたのはそういうこと]

そういう…え?
それってどういう…

『"次の駅でって…そんな、依頼はどうするの…?"』

慌てて手で反論してしまったのですが、あっと気付いて自分のスマホに文字を打ち込んで返答した。
コナン君はすぐに対応してくださるので助かります。

[問題ないと思うよ
あと、このことは赤井さんに伝えておくね]

『……え?』

衝撃的だったのか、だんだんと左耳も回復してきました。
都合の悪い時にばかり回復するのも考えものです。

『いやいやいや、待って、なんでそうなるのかな』

「赤井さん、雪白さんが嬉しそうにしてるのは仕事か奇跡的にプライベートが上手くいってるかのどっちかって言ってたし、前よりも情報が回ってくるスピードが上がったから仕事でハイになってるかもしれないって
案の定、電車の中でパニック発作起こすほど仕事にまた追われてたみたいだけど?」

『お、追われていたのではなくこれは…』

「とにかく赤井さんも雪白さんの体調心配してたってこと」

『いや、それをされると面倒なことに…
絶対電話が…』

「赤井さん、雪白さんのことよくわかってるじゃない」

『……』

よく、わかっている…?

そうだろうか。
それでも人生の先輩として色々助言をいただいたのは確かだ。
それになんだかんだ愚痴を聞いてくれたり、男運のなさからさりげなく遠ざけようとしてくれていたり、出来る大人像としてたくさん学んだのは事実です。

『…FBIとの合同捜査でバディ組ませてもらったからね
それ以来なんだかんだで腐れ縁みたいにさ
まあ、当時秀一もまだ組織には潜入してたし、俺のことをダブルだとは見抜いた頭のキレる大人だったもん
俺よりも、きっと俺の仕事に対しての言動は頭が回るんじゃないかな

もう一回…できるならしたかった
あの時からこんなに成長したんだって、一緒に組んでもう一度仕事はしたかったよ』

あの時に甘さを捨てた。
秀一がバディじゃなかったら俺は今頃こんなにストイックになっていなかったかもしれない。
それでもストイックであること、少なくとも当時の自分にとっての大人の階段を昇ったのはあの時。

『…今でも思い出すよ
秀一と初めて顔を合わせた時の言葉ったらないよね
お前はフランス貴族の白猫の子供か何かか?ってさ』

「…それ、安室さんは知ってるの?」

『え?
あ、ああ…まあ、以前表仕事でバディを組んだって話はしたからねぇ
そこでなんで安室さん…?』

「そんな風に言ってるとこ見られたら、また家壊されかねねぇからな」

『うっ…本当に痛いところを…』

はあ、と溜め息を吐き出したら電話が震えました。
しかし電車です。
もうすぐ着くとわかっていたので、とりあえず出てから画面を2回タップ。
そしたらすぐに切れた。

『コナン君』

「何?」

『今の話の間に連絡してくれたね?
何してくれてんの』

「な、なんのことかな…」

『とぼけたって…』

丁度その時、車内アナウンスも流れて蘭さんが毛利さんを連れてやってきたので口を閉じました。
ニヤリとした彼は後で覚悟しましょう。
電車がホームに滑り込んだ瞬間、嫌な予感がして窓を全開にした。

「クロードさん!?」

「お、おい!フランス野郎!?」

『蘭さんはコナン君を
毛利さん、お二人を衝撃から守ってください』

あの人の目があるところで無闇やたらと犯人など出したくないのでね…

窓のサッシに足をかけてから減速しつつある電車の窓の外に出て車体を走り、その勢いを利用してホーム上の男の胸倉を引っ掴んで壁に押し付けた。
カラン、とその場に響いたのは刃渡り30cm程の包丁の落下音。
そして揉めていたと見られるもう1人の男は呆気に取られたように座り込んでいた。

「なっ、なんだ、テメェは…」

『何事…?こんなところで
それにしても物騒なものを持ってるね、アンタも』

「くっ…テメェ、どっから現れた!?
邪魔すんじゃねぇ!」

『それはこっちのセリフだよ
彼の国で殺人未遂なんてことをする方が余程俺の邪魔なんだよね
消えてくれない?』

「なんのことだかさっぱり…」

『これを見てもそう言えるの?』

端末を取り出したら、男は一瞬表情をヒクつかせて動揺した。

ビンゴ…

『俺が試してあげるよ
ペネトレーションテスト……ほら、簡単でしょ?』

それはそれで面白そうだ…
ねえ、あんな罠に引っかかるくらいのお粗末なサイバーテロなんかしようとするからだよ

「テメェ、まさか…お前が例のchat…」

『おっと、やっぱりハッカーは英語読みしかしないんだねぇ
チャットだなんて笑わせる
君たちのプログラムは俺が3分前にクラックした
機密情報も残念ながら新鮮なまま出荷、その後ろに隠してるブツの輸送ルートももれなくオマケでつけといたよ
各国はもう動いてるけど、どうする?』

電車は緊急停止しているし、騒がしくなってきたのでそろそろタイムリミットだ。
一気にカタを付けてやろうと思ったけど、案外粘るのでだんだんもどかしくもなってきた。

『…答えないならその口…』

「へっ…まさか俺が1人で動いてるとでも思ってんなら、めでてえ頭だな!」

男がそう噛み付いてきた時に悲鳴が聞こえ、なんとなくコナン君の声を聞いた気がした。
それと、銃声。

『何、驚いた顔して
お前こそ随分とめでたい頭してんじゃん、こんなんで俺が仕留められると思って』

さっき殺されそうになっていた男がグルなのはわかっていた。
俺の真横に刺さった弾丸は、対峙している彼の服を壁に縫い留めた。

『さて、もう1人もお縄にしますかね』

男から手を離した瞬間に銃口を向けられ、後ろから首を絞められた。

『っ…』

クソッ…右側で言われると…

このまま警察が来てくれるのを待つのが一番だが、駅員も下手に近づけない状況だ。
あまり目立つこともしたくない。
被害者面して時間稼ぎが一番だ。

「なんとか言ったらどうなんだ?」

『…74381609. Accède, certificate mon code…oui, c’est ça. Ouvert la reconnaissance vocale, commence le Forensic, suivie-là.』
(…アクセス、コード認証…そう、それ。
音声認証解除…追跡モードでフォレンジック開始…)

端末は俺の声紋認証でオートモード。
音声入力なら手足が使えなくても問題なし。

「あん!?」

『…Ah, ça y est, me voilà.
OK, détruit la cible…très bien.』
(……お、見つけた
OK、対象を破壊…よくやった)

「なっ…」

『はい、これでバックドアの閉鎖完了、最後はとっておきの俺からのプレゼント
ウイルス受け取ってもろともお縄だな
program launched…』

画面に映し出された “succédé “の文字を見てから、端末の画面をオフにする。
その瞬間、男2人の携帯電話からサイレンのような音が鳴り響き、無数の足跡が近付いてきた。

「警察だ!無駄な抵抗はやめろ!」

思ったより遅かったですね…
まあ、警視庁なので目暮さんたちには間接情報だったしこれでも早い方か…

「このサイレン音、貴方たち、国際的ハッカー集団の一員ね!?
仲間の押収品からも同じ音は何度も聞いたわ
さて、こちらへ来てもらおうじゃないの」

「おっと、これ以上近付くとコイツの命はないぜ、女刑事さんよぉ」

「ル、ルイさん…!」

『あ、マダム佐藤、こんにちは
俺はただの人質もどきですので構わず…』

あ、れ…?
マダム佐藤、いつもの温厚な感じがないですね…
こんなに荒々しい雰囲気は初めてで…

『…おお、magnifique です、マダム佐藤』

一瞬のうちに男がいなくなっていました。
もう1人はムッシュ高木が取り押さえています。
そして目暮さんはなかなか穏やかではなさそうですが、俺が提供した国内の残党2人という情報とわかって安堵されていそうです。

早期解決へのご協力が、まさかこんなにも早く終わるとは…!
いい仕事したね、うん

「ルイさん」

『あ、マダム佐藤、お疲れ様です
すみません、情報提供からこんなに早く解決できるとは思わず…』

「なんて無茶を…!」

ビクッとしました。
あの佐藤さんが、少し揺らいでいます。

「本当に無事でよかった、ルイさん…」

『え、あ、ご、ご心配をおかけしてすみません
ですがこれでも…』

「貴方に何かあったら…」

え、えぇぇ…まって!ムッシュ高木いらっしゃるんですが!
ムッシュ高木!頼みますよ、ムッシュ高木ー!

とりあえず宥めながらムッシュ高木を探し、慌てて差し出した。
そして電車から解放されたと見られるコナン君や蘭さん、毛利さんがこちらにやってきました。

「毛利くん!
まさか電車に乗っていたとは…」

「目暮警部殿!
いやぁ、いきなりコイツが窓から飛び出すもんで…」

うっ…

「クロードさん、怪我はありませんか!?
本当にびっくりしたんですからね!」

『すみません、蘭さん
少し嫌な予感がしたもので』

「急停止したので人身事故かと思いましたよ!」

『いやいや、そんな…』

「あれー?クロードさん、首に何かついてるよ?」

『え?』

手を当てたら、少し赤いのがついていました。

『…ん?』

「クロードさん、怪我してるじゃないですか!」

蘭さんにバッと髪を持ち上げられたら、どうやら後ろ向きにされている間に当てられていたのは銃ではなくナイフだったようです。
何も聞こえてなかったので、こんな些細な傷には気づきませんでした。

「クロードさん、手当をします
それから少々事情聴取もかねて署までご同行を…」

『え…』

け、警視庁まで行ったら…また捜査二課の連中に何か言われるのでは…

『に、に、任意ですよね…?』

「いや、これは…
もし今日ご都合が悪いようでしたら明日にでも…」

『あ、え…オ、オンラインのやり取りでは…』

「ルイさん…」

おっと、マダム佐藤です。

「貴方ねえ!
さっきから聞いていれば相当な無茶したみたいじゃないの!
現に怪我までして!」

「お、落ち着いてください!佐藤さん!」

『ムッシュ高木の言う通りですよ…!
俺はそんな…』

「いえ、クロードさんに関しての事情聴取は僕も賛成です」

『え』

多数決。
はあ、と溜め息を吐き出して呆けていたらクイッと袖を引っ張られてしゃがんだ。

「…雪白さん、このこと…」

『連絡済み
秀一には追加情報みたくなっちゃったけど、これで国内からは一掃だし公安の出る幕でもない
こんな事件に時間を割くほど彼らも暇じゃないからね』

「そっちもそうなんだけど…」

『え?』

「怪我のこと
それ聞いたら、怒る人がいるんじゃないの?」

『え、誰!?』

「おいおい…」

『死者が出たならともかく、事件も未遂
事件も早期解決できたし、何か問題ある!?』

「(問題ありまくりじゃねーかよ…)」

『あ、皆は依頼の方に向かうのかな
俺が事情聴取受けてくるから行って来なよ、せっかくの平次君たちとの再会が温泉だなんて最高じゃないか
平次君と和葉さんにもよろしくね』

じゃ、とコナン君の頭を一撫でしてから立ち上がり、マダム佐藤からのお説教をくらいながら目暮さんたちと警視庁に向かった。

「…服部、そういや雪白さんにも協力してほしいっつってたのは何だったんだ?
ま、いっか」







事情聴取を受けて警視庁から解放されたのはすっかり夜でした。
出てすぐに電話が来るあたり、タイミングを見計らっていたようで流石です。

『さっきはごめんて
もう話がいってるのかな、タイミング良すぎるって』

[ああ、お前のおかげでこちらも所在地の特定に至った
協力に感謝する]

『で?
電車にいるとわかってても電話してきたほどの話は何?
彼を使ってまで俺のプライベート聞き出そうなんて、タチが悪いね』

[最近送られてくる情報量が多くてな
お前の住まいの表向きの後継者もいるのだから、あまり彼の仕事を奪ってやるな]

『俺の後輩の仕事が遅いだのなんだの言ってたのは誰?』

[違いない
たが、今は立場が違う
蛍、お前はもう表向きにはそこへは帰れもしないしそこにお前は…]

『わかってるって
だからこうしてきちんと別ルートでお仕事してるじゃないの』

[…蛍]

少し間を置いた国民的イケメンの声はいつになく真剣なので、ある程度俺のことを心配していたのは本当なんだと思います。
そして忠告をしにきたのか。
桜田門の駅の近くで足を止める。

[わかってるならきちんとプライベートを楽しめ]

『……はい?』

ちょっと待った。
そんな真剣に言うことがそれか。
構えて損した。

『あのさぁ、秀一って毎度毎度俺のプライベートを…』

[仕事に充てている時間が長くなったようだな
体の調子も万全ではないとボウヤから聞いている
それをヤツは知っているのか?]

『っ…それは…一応、左耳の検査結果だって教えてあるし…』

[電車で発作を起こしたのは何ヶ月ぶりだ?]

『…ここ最近電車自体乗ってなかったし…』

[薬の残数は]

『…え、あ……な、なんでそんな事を言われなきゃいけないの』

[呆れた奴だ
そんな状態で今日は肉体労働か]

『そんなに支障出てないって…』

はあっと溜め息しか出てきません。
言われると思い出すのです。
じわじわと疲労感が漂ってきます。
薬も実はもうそろそろ処方箋を出してもらわないと、いくら頓服といえどなくなるとまだ対処はしきれません。

…ま、なんとかなると思って病院行く時間取ってなかったのは事実だな、認めよう
左耳も調子が良くないサインだし、それが秀一に筒抜けってことはそりゃ言われるか…

ガードレールに腰掛けて、電柱に肩をもたれながら夜空を見上げる。

[最近組織の仕事が多かったことは把握している
彼とそれで会ったつもりにでもなっているのか?
仕事の割り切り方は徹底している分…]

イケメンがお説教を始めています。
俺は今日何度お説教を喰らえばいいのだろうか。
しかも仕事というかもはや、プライベートの説教をされています。

『Arrêt ça…oui, je sais. C’est moi qui le sais…』
(わかった、やめてくれ…わかってる。俺が一番わかってるって…)

なんだか惨めになってきました。
自分で言っておいてなんですが、本来なら今頃温泉が待っていました。
それを考えるとやはり寂しさを埋めるのは仕事のようです。

『…Um, sorry. I didn’t keep a cool.
How stupid I am, you know what it meant to be and also I knew it…』
(…あ、ごめん。冷静じゃなかったね
馬鹿だなぁ…そういうことなんだって秀一はいつもわかってる…俺もわかってたのに…)

独り言としてダラダラと垂れ流し、そのうちに耳が遠くなっていく。

『……Sorry, time is over.』
(ごめん、そろそろ時間だ…)

[…e……ka…]

うん、今日はダメだ…

『もう、わかんない…ごめんね』

電話を切ってから少し左耳を押さえる。
寂しい。
こうして国民的イケメンの声が薄れていく。
世界から音が消えていく。
ここで独り、世界に置いて行かれたような気分にさえなる。

今更何を…
自業自得だ、こんなの
さっさと帰って休めばいいだけの話、感傷に浸るなんてらしくもない…
こんな自分…

ガードレールから降りてメトロの方へと向かう。
途中、グンッと肩を思い切り後ろに引っ張られた瞬間に、目の前をトラックが横切った。

『……』

「 」

恐る恐る振り返って見えたのは、イケメンの真剣な眼差しと少し怒った感じの表情。
それから、ゆっくりと手が動いた。

「"蛍さん、赤信号でしたよ"」

え…

信号を見て、それからまた目の前に突如現れたイケメンを見る。
それからなんだか涙が止まらなくなって、情けないけれど暫くイケメンに宥められて、車に誘導されました。

「"今日は温泉だと聞いておりましたが"」

小さく頷く。

「"貴方の仕事によってこちらも手を打てたのですが、聞いてませんよ
どういうことですか、情報屋が表の世界で自ら手を出すなんて危険をどうして貴方って人は…!"」

『"事件の早期解決のためです
実際公安の方々が出るような大きなものではありません、忙しい貴方のお時間を手間を取らせるような…"』

言葉を遮るように手を掴まれた。
その力は強く、目には見えない言葉。
それからそっと手を解放したかと思うと、怒涛の反論が待っていました。

「"守ることが僕の仕事です、僕の仕事まで奪わないでください
僕よりも仕事をして忙しくしているのは誰ですか?
貴方が何を考えたのか、わからないわけではありません
ですが現に怪我人がいる
僕は貴方を…一番大切な人さえ守らせてもらえなかった
この意味がわかりますか?"」

…俺を?
どうして…俺はこんな、組織の人間だしなんなら諜報員だし一般人ではないのに…

『"…わかりません"』

「"この日本で貴方を怪我させる人を、僕は何人憎めばいいと思ってるんですか
それから、貴方の耳が不調で病院に強制連行をしろと命令してきたあの男にも…"」

一度俺から視線を外した安室さんは一旦髪を掻き上げて、長めに溜め息を吐き出した。
キーを回してエンジンを入れたようです。
そしてサイドブレーキを引きながら、まだ状況の読み込めていない俺に唇を落とすという大人の技。
それからゆっくり唇が動きました。

「"詳しい話は明日にでも伺いますので覚悟しておいてください
今日は何がなんでも休んでいただきます"」

どうやら警視庁の事情聴取の後は公安の彼氏からの事情聴取があるようです。
何度お説教されたのか、何度こんな聞き取りをされなければいけないのか。
正直疲れました。

あ…疲れたって思ったくらい、俺、疲れてたんだ…
全然気付かなかった…

そのまま寝てしまったらしく、目が覚めたら工藤邸の寝室だった。
太陽光も差し込んだ昼前です。
耳も良好。
やはり少し休むだけでこんなに快適となると休憩時間は必要かもしれません。
部屋を出たら、イケメンが待機していました。

「おはようございます、蛍さん
早速ですが、その忌々しい白い首輪の件についてお聞かせ願えませんか?」

『…あの、寝起きなんですが』

「朝ごはんの用意は万全ですのでそちらを一緒にどうぞ」

だからさ、取り調べ室じゃないんだってここは…

はあっと項垂れてシャワーを要請して包帯も首から引きちぎってゴミ箱にやった後、ドライヤーをされながらサンドイッチを食しました。
首の傷はほんの擦り傷です。
そんなことでこんなにも怒られました。

「今度から僕の許可を取ってから現場に出る、というのはどうです?」

『その間に人が殺されたらどうするんですか!』

この人、普段スマートなのにたまに、ちょっとというかかなり過保護です。
でもときめかなかったわけではありません。
ちょっと、不覚にもドキドキはしてました。
この人は音のない世界にも平気で入ってきて、俺が1人じゃないって、嫌というほどにわからせてくれる。

…そんなの、嫌う方が無理だって

台所のクッキーを1枚つまみ食いしてたら、野菜増やしますよと脅された。
まあ、彼氏のご飯は美味しいのでそれもいいか。
こんななので大概俺も彼氏馬鹿というやつなのかもしれません。

『あ、クッキーなくなりました!
安室さん、あの抹茶フレーバーのクッキー買ってきてくださいよ!
丁度ポアロからすぐじゃないですか!』

「蛍さん、僕を家政婦か何かだと思ってません?」

『まさか
あそこ、前も自分でちゃんと行きましたけど開店すぐじゃないと売り切れちゃうじゃないですか
なら、ポアロで開店前からもういる安室さんに頼んだ方が確実です
俺、これから仕事なんでよろしくお願いしますね』

「もうすぐ正午なので今日は手に入りません
それから貴方、また仕事なんて単語を口にしましたね?」

『ええ、治安維持のためですから』

では、とドアを閉める。

「全く、仕方のない猫だ…
本当に抹茶のお菓子ばかり食べていたのは驚いたが、気に入ったのなら結果オーライといったところか」








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