桜とシンデレラ・エージェント

今日は休日です。
誰がなんと言おうと休日です。

『……』

「……」

先日、イケメンの年上彼氏からデートに誘われてディナーに行ったのですが、そこでなんと潜入捜査をしていたという国民的イケメンと遭遇。
あ、国民的イケメンですがやたら俺のプライベートを面白がり、彼氏の因縁の相手のような人でもあるのでそれはもう、ご想像にお任せ致しますが恐ろしいことになりました。

「蛍さん」

『はい?』

「意外でした、もう少し緊張されているかと思っていました」

『…じゅ、十分緊張はしていますよ?』

たまには違う所へと言いつつまた国民的イケメンには出会いたくないそうで、安全な場所ということでなんと信じられないことに実質初めての彼氏のおうち訪問です。
以前は玄関までしか入ることができなかったので、こんなところでと思うと非常に緊張します。

ギ、ギターあるよ…ねぇ…
お料理できてギターできて、仕事も実質ここでやってるんでしょう?
俺と違っては本当にスマートな、最低限の物しか持たないという時点で俺よりも諜報員らしいお部屋すぎてもう、あの、こんなお住まいというのが非常に好感度高すぎて…

『……死んじゃう』

「とりあえずお茶でも飲んでください」

『し、心臓が過活動を始めてしまって…あの、AEDなどは…』

「あるわけないじゃないですか」

さすが諜報員のお部屋です。
あ、あのお犬様でしたら今日はあの、同じワンコ属性の彼が面倒を見ているようです。
俺が嫉妬…いや、失神するのを見越してのスマートかつそれを感じさせない先回り対応。
お犬様と俺が歪み合うことや、ワンコ…いや、部下さんとも俺が鉢合わせずにはからっていただいているという。

な、な、なんという…紳士的、スマート…
こ、これを日本人の皆さんは神対応と呼ぶのですね…!
これが…サービス精神天国日本の"神対応"ですか…!

「あの、お茶入ったのでどうぞ」

『あ、い、いただきますね
あれ?なんだか見たことない形の…マグカップ?いや、茶器ですか?』

なんだ、この持ち手のない円柱のような工芸品は…
そしてお茶もブラックティーではなさそうだし、そもそもこの薄い緑色は草なのか…?

恐る恐る覗き込んで色を見てはカップを眺めて首を捻る。
困ったことに、持ち手がないのだ。

『…あの、これはどこを持てばいいんですか?
それからこの緑色は何かの薬草とかなんですかね…ま、不味そう…というか…』

不気味。

「……」

あ、なんか視線を感じる…
やばい、イケメンの目がギラギラしている…
え、なに、不味そうって言ったのがあれだったのかな、でもこんな得体の知れないもの、飲めと言われても…

イケメンは暫く何も発さずに考えたあと、急にもう一個同じものを持ってきた。
それからさりげなく隣に腰を下ろすとおもむろに茶器を掴んだ。

『えっ!あ、熱くないんですか!』

「これは湯呑みです
日本の緑茶にはよく使われますし、一般的な家庭にはありますよ
蛍さんがまた何を言い出したかと思いましたが、考えたらこれまでコーヒーばかりでしたし緑茶というものはお出ししたことはありませんでしたし当然の反応ですね」

『…りょく、ちゃ』

あれ、なんか聞いたことあるようなないような…

『ブラックティーではありませんね?
やはりアジア圏のカンポーでしたっけ、それみたいな薬草茶ですか、不味いけど体にいいんですね?』

「不味いかどうかは人それぞれですが、中国や台湾、韓国などで見られる漢方茶とは異なります
日本の緑茶は京都の宇治、静岡も有名ですね…玉露や煎茶、番茶、抹茶、ほうじ茶などが存在します
これは日本茶としてはオーソドックスな玉露です」

『ぎょくろ…ほーじちゃ…ばん…え?
何かの呪文ですか?あ、でもマッチャは聞いたことがあります
ありますね、マッチャ…うーん、どこかのカフェでフレーバーが確かにあった気がします
マッチャフレーバーのラテや、最近はマッチャのガトーもあったような…それはお茶の味ということですか?
ブラックティーのシフォンケーキのような感じですかね…』

「味は異なりますが原理はそうなるかと…
しかし、向こうの抹茶の使われ方はフレーバーとしてですから、本当の抹茶を体験するのは僕もお勧めしますよ」

『本物の…マッチャ…?』

な、なんという…
寿司は日本で食えという感じですか?
マッチャフレーバーのマッチャを、ホンモノのマッチャ…!

『ホンモノのマッチャ!試してみたいです!』

「でしたらそちらの玉露は日本茶でも飲みやすいものですのでぜひ」

『はい、いただきま……飲みやすい?
今、飲みやすいと言いました?
それってなんだかホンモノのマッチャは不味いとでも…』

「不味くはありません
不味いと連呼されるとこちらもそろそろ…」

『あ、すみません
えっと…では飲みやすさの話がどうして出てくるんでしょうか?』

「そうですね、苦味の問題でしょうか」

『え?』

意外なところだった。
綺麗な薄い緑色の液体は、やはり苦いらしい。
だが苦いものなら別にコーヒーだってある種そうだ。
そんなものをガバガバ飲んでいる俺に苦さが問題になるのか。
挙手。

『安室さん』

「はい、なんでしょうか」

『あの、苦さが特徴的なカフェをガバガバ飲んでいる俺にそういった苦味に関するご助言はいらなかったのでは…』

「同じ苦味でも種類が異なるからです!」

え…苦味って一個じゃないの…

面食らってそのままでいたら、安室さんゆっくりと緑茶を飲みました。

「確かに、緑茶や日本茶と言えば真新しいかもしれません
ですが、紅茶がブラックティーと呼ばれるように言い換えたらどうです?
グリーンティーですよ、貴方の国で言うならばle thé vert とも」

途端に思考が繋がった。
そして思い出したのはスーパーマーケットである。
カルフールの棚で見たエメラルドグリーンにオリエンタルな柄のボトル。

『あー!アリゾナティーのグリーンティーですね!?
グリーンティーなら飲んだことありますよ、甘くて美味しいじゃないですか
なんだ、それならそうと…よかった、安心していただけますね』

いただきます、と初めての湯呑みを掴んで一口啜って固まった。

『…ハイ?』

「どうされました?」

『……甘く、ない』

「ええ、ですから苦味がありますと申し上げましたよね」

『え、でもグリーンティーは甘くて…』

「フランス人の口には合わなかったようですので今後はコーヒーをお出しします
そういった類のものは現地のものが一番オーセンティックかと思いますよ
そのまま輸入したところで、食文化の違いによって味を少々変えるのはよくあることですから」

湯呑みを取られそうになったので死守。

『甘くないと言っただけで不味いなんて言ってません!』

それにこれは…初めて彼氏に淹れていただいたとっても貴重なお茶…!
こんなの頂かない方が勿体無い!
たとえ、たとえ少しだけ苦いとか味違うとか知ってるグリーンティーじゃなかったとか思っても…!

グイッと一気に飲み干した。

『…これが、日本の、お茶…ですか…
俄然興味が湧いてきましたね…そのホンモノのマッチャとやらを探す旅に出たいと思います…』

「そんなに息絶え絶えですと抹茶はまだ難易度が高いと思いますよ
それにそんなに一気飲みをするような飲み物でもありません」

『あのですね…
こうして身をもって体験しないとわからないじゃないですか!』

「その姿勢はとても嬉しいですよ
ただ抹茶は日本人にとっても難易度が高いものがあるので、そういった意味も含めています
本物までいってしまえば茶道という作法も身につけられていい経験にはなるでしょうけど
貴方のことですから緊張して器を割りかねませんね」

うわ、うわー…
すごい、なんだか日本文化を見せつけられています…
このイケメン、すごい日本の格式高い伝統のお茶文化を語っています…
まるでフランスのお紅茶を…

『さてはフランスに喧嘩を売ってますね…?
マリアージュ・フレールやフォションのブラックティーを飲んだらわかりますよ
まあ、カフェとデセール、ショコラ、キャラメルやガレットの文化にグリーンティーが受容されたのはすごいことですね
こちらも親日者が多いですから受け入れられたのでしょうが』

「喧嘩なんて売ってはいませんよ
何を早とちりしているのかわかりませんが、抹茶はフレーバーから入るのをお勧めしますよ
貴方はすぐに段階を踏まずして目的地まで最短距離で行こうとしますから」

この人、また何か俺のことを知ったように言ってきます。
非常に悔しいのですが、たまに的を得ているので唇を噛み締めそうです。
現に前情報がない今、ホンモノのマッチャがどのくらいこのグリーンティーよりも手強いのかわかりません。
しかし文化を現地で体験することの重要性はこの身をもって知っているのも事実です。
これまで日本のありとあらゆるサービス精神と親切さに救われてきたことか。

「それから蛍さん」

『あ、はい?』

「まさかとは思いますが、僕がお茶を淹れている間に何か触れました?」

はい、勿論です!
諜報員の彼氏の部屋に来て、ゾクゾクしない情報屋がいるとでも思ってるんですか?
いやいや、お見通しなら話が早いですねぇ…

『いえ、まさか
互いに諜報員と知っていながら…今更詮索するようなことはありませんし』

「そうですか
ではそこに置いておいた書類がお茶を淹れる前と少し場所がずれているのは僕の勘違いだと思っていいんですね?」

『書類?なんのことです?』

「とぼけるつもりですか」

『…いえ、全くそんなつもりはありません』

目の前にある書類には一切触れておりません。
なぜならそのお仕事に関する書類は既に知っているからです。
恐らく今夜にでも情報提供のお仕事が来るかと思っている案件です。

『…この空間にいることに緊張しすぎて体が動けませんでしたので』

「どんな緊張状態かは敢えて伺いませんが、本当に触っていませんね?」

『はい』

すみませんね、たくさん色々見ちゃいましたよ
その楽器についた指紋からシーツの匂い、ジャージや実に一般人になりすましやすいお洋服からスーツまで堪能しちゃいました…
いい匂いすぎてマタタビもらった気分だよね…

「…先ほどから貴方のポケットから覗いている紙切れはなんですか」

『……あ』

手を出されたので、素直に認めました。
ポケットから写真を一枚取り出して返しました。
安室さんはそれを見ると伏せたままテーブルに置き、小さく溜息を吐き出した。

「よりによってなんでこんなものを…」

その小さく呟かれた言葉は、この静かな部屋では独り言になるにはあまりに切なかった。

…知り合い、というよりも深い関係だろうね
安室さん、若かったもん

「この世にいない者の情報まで集める必要はありませんよ」

『……!』

「その顔だと察しがついたのかとは思います
ですが、あまり僕のプライベートに入ってこられると貴方もかなり厄介な身分ですから
仕事の合間に構成員リストを眺めて頭を抱えていたのを知らないとでも?
…彼のようなことになりかねませんよ
貴方も知っていたから、気になって引っ張り出したんでしょうけど」

『…スコッチは、貴方の古いご友人だったと
そう捉えてもいいんですか?』

「ご想像にお任せします」

なら、そうしておきます…
いけませんね、最近組織の仕事も多くて

「こんな風にしているのが飼い主に知られたら貴方の立場もありませんよね、アンジュ」

『そんな権限、バーボンにはありませんよ』

「ええ、ですがラムへ密告することくらいわけありませんよ
ジンではなく、ね」

静寂に包まれた部屋が一層鼓膜を突き刺す。
次の言葉に、心臓を掴まれた気分になったのも事実だった。
ようやく音がまともに戻ってきた時には、テーブルの下に置いていた右手が震えていた。

「やはり猫の貴方が1番怖い
家の物まで引っ掻き回して…どうやったらあの短時間でこれを見つけ出せたのやら
戻ってきてくださいね、蛍さん」

頭に何か触れています。
わしゃっとされています。
これは、とても極上の手つきです。

『い、癒し…』

「あ、戻ってきましたね」

すごい、いい匂い…
やっぱり安心するね、うわぁぁ、いい匂い
この撫で方、なんか動物扱いされてるような気がするけど1番安心するし癒されるし疲れも何もかも忘れさせてくれる…

『安室さん』

「はい」

『…何か甘いものありますか?』

「はい、勿論です
緑茶に合わせて道明寺があります」

『…はい?どーみょー…お寺ですか?』

「いえ、和菓子です」

『ちょっとよくわかりせん
ジャポネの冗談か何かですか?』

「"la confiserie japonaise"です
桜餅とも言われる桜にちなんだ和菓子の一種ですが、関西風のものです
ちなみに関東風の桜餅は餡を桜色の皮で包んだもので、長命寺と言います
蛍さんは見た目の華やかさもよく吟味してお菓子を買ってらっしゃるので、以前浅草で貴方が物珍しそうに眺めていた道明寺にしてみました」

『…何か眺めてましたっけ』

「はい、僕が貴方を都内に連れ回した日ですね
僕の仕事だったので、恐らく意識的に話も聞かないようにしてくださっていたんでしょうが…和菓子店への眼差しが本気でした」

『食い意地が張ったのかもしれません
日本のお菓子の奥深さは底なし沼ですからね…
それで、そのお寺は一体どんなお菓子なんです?』

「もう一度言いますが寺ではありません
桜の葉を塩漬けにしたものが巻かれているので、餡の甘さも塩気で相殺されてあまじょっぱさが緑茶ととても合うんですよ」

『あま…じょっぱ…
とりあえずおいしそうなので持ってきてください、口直しがしたいので……あ』

「…お口に合わないのでしたら最初からそう言ってください」

『ち、ちが、違うんです!
慣れないものでした、それだけです!甘いものが好きなだけです!』

「道明寺も慣れないものなのでお口に合うか分かりかねます」

『えぇぇ!まだ見てもないのに!
日本のお菓子は見た目がすごいですよね!?
それすらも見せていただけないんです!?
食べられる芸術品…日本の、伝統のお菓子…』

ママンからお話だけは聞いていました。
日本の伝統のWagashiなるla confiserie japonaise の存在を。
たまにママンが見せてくれた写真は恐ろしく繊細で食べられると聞いた時には驚いたほどです。
実際に日本に来て、風流なお店でガラスケースに入っていたのを見た時には本当だったのかと思ったほど感動したのです。
ダメです。
一気に生気が失われました。
俺は甘党です、多分。
クッキーは買いだめしてますし、ショコラは小さい頃から食べてきたので相当うるさいです。
しかしこのまだ口にしたことのない食られべる芸術品は喉から手が出るほど味わってみたいのです。
それがダメと、湯呑みまで取り上げてしまいました。
意気消沈、テーブルに突っ伏しました。

『そんな殺生な…
たまには欲しくなるけどパリじゃ全然見つからないしあっても全然ダメとママンが言っていたあの日本のお菓子たち…
本当に存在してジャポネが当たり前のように食べていて腰を抜かしたあの芸術品を…せっかく買っておいて取り上げるなど…
おもち…もちもち、琥珀糖のキラキラ…華やかなお花たち…Adieu…』

さようなら、俺の初対面となったであろうお寺…
お寺のお菓子だなんて日本人のネーミングセンスはいまいち不明だけれど、取り上げられるとそれはそれで余計に後ろ髪を引かれる…

『美しき日本の芸術品…
キラキラの琥珀糖…季節のお花…そして何よりあのピンクのつぶつぶした石のような、それでいて柔らかそうな、葉っぱのついた大福のようなものが…シンプルそうで食べてみたかった…』

魂が抜けかけています。

「蛍さん、道明寺のことご存知じゃないですか」

現実へと引き戻したイケメンの声。
それからコトリとテーブルに置かれたのは、葉っぱに鎮座したつぶつぶの柔らかな鉱石のような淡いピンクのお餅。
そして湯気の立つ湯呑み。

『…え?』

生き返りました。
バッと顔を上げたらイケメンは隣に座って俺を見て、それから少し安心したように笑ってから竹でできた櫛のようなものを置きました。
セッティングが完璧すぎます。
これは漫画や日本文化紹介ホームページで見た茶屋…いや、春の和菓子屋さんの風景そのままです。

『Quoi…c’est quoi…c’est tellement le printemps du Japon…』
(なんと…これは…これはまさに日本の春…)

「N’oublie pas ça aussi.」
(これも忘れずに)

どうぞ、とお皿の横に置かれたのは5枚の花弁がついた日本の桜でした。
確か先日調べた時に得た知識では、ソメイヨシノというものです。
確か日本の警察のマークはこの桜がモチーフだと言うことも伺いました。

『ど、どうしたんですか、こんな…』

「春ですから、家に入る前に丁度見つけました
それにしても驚きましたよ
蛍さん、ずいぶんと和菓子にお詳しいんですね
琥珀糖までご存知だったとはお見それしました、どうやら僕も貴方を少し侮っていたようです
そして美を求めるところは流石です
お茶も温かい方が美味しいので淹れ直してきました」

『え、え…だって、怒っ…』

「恋人にこんなにも自分の文化への興味を示されたら、僕だって嬉しくなりますよ
自分の愛する国の文化ですから」

…あれ、サラッと言ったけどこの方、やっぱり日本大好きですね?
おっと、この本気度は少し覚悟した方がいいかもしれません
なぜかと言うと、この方、嫉妬や執着心などの塊というもの少し裏目に出ることもあります
完璧主義というか…

『て、徹底的…』

「まずはこのあたりの利き茶とかどうです?
宇治の抹茶は今度にしましょう
それから市販の抹茶味のスイーツなどは入門ですね、あとは貴方の好きなデザートを抹茶フレーバーにアレンジしてみるのもアリですね
今度アフォガードの抹茶バージョンでもしてみます?
それからティラミスもいいですね」

…ダメだ、止まらん
しかもレシピシリーズとくるとかなりのストックが…
これは話がいつ終わることやら…

『あ、安室さん!』

「はい?」

『あ、あの、折角ですのでいただきましょう…
お茶も冷えるとよくありません』

半ば強引に試食会に話を引き戻しました。
それにしても、この道明寺とやらはシンプルなのに見れば見るほど美しいです。
思わずお皿を持ち上げて観察してしまいました。
それから端末でお写真を撮ろうとしたらスッと手が出てきました。

「すみません、お気持ちはわかりますが今度外で振る舞いますので」

『…ああ、こちらも気が回らす失礼しました』

「いえ、とんでもない
こんなに蛍さんが興味を持ってくださっていたなら、もっと買ってくればよかったと後悔しているところです」

背景に部屋が写っては何かと都合が悪い。
諜報員の基礎の基礎だ。
今日のところは肉眼に焼き付けて楽しむことにしよう。

『Très belle…』
(とても美しい…)

思わずうっとりしてしまう。
いただきます、とついに食べられる芸術品を口にした。

『……』

な、なんだ…これは…
や、やわらかくて…あん?が甘いのにお座布団の葉っぱがしょっぱくてなんだかとても甘さとしょっぱさのミルフィーユです…

「蛍さん…?」

ほこほこしながら、しょっぱさに思わず喉が渇いて湯呑みに手を伸ばして緑茶をいただいてしまいました。

『ん…?』

あれ…?
あれ?なんでだ…?
さっきはあんなに苦い感じがしたのに、このお茶、とってもクッション材のように包み込んでくれて温かくて、なんだかもう最高です…
そして桜の花、桜の色…これが日本の春なんですね…?

パタリとイケメンの肩に倒れ込んでおりました。
最高です。
いい匂いもします。

『C’est magnifique …comment on peut exprimer…』
(素晴らしい…どう表現したらいいのか…)

最高です。
幸せです。
こんなものがあっていいのでしょうか。
隣にはイケメン、目の保養しかありません。

「…こんな可愛らしいところ、僕以外の前ではしないでくださいね」

『え…?』

そっと顎を持ち上げられたかと思うと、さりげない柔らかタッチで唇がぶつかっていました。
心臓が死にそうです。
あ、なんか日本語がおかしい気がする。

『…春ですね』

すっかりポカポカ陽気のなか、おうちデートも最高です。
そして初めての彼氏の家での異文化体験はとても素敵です。
春です。
誰がなんと言おうと春です、これが日本の春!

「蛍さん」

『はい』

「今夜、時間はありますか?」

『ええ、まあ…恐らく仕事は一件途中で入るでしょうけど』

「こちらからですか?」

『ええ』

「そうですか
そしたらそれは僕の権限でどうにかしておきますので、その仕事前の貴方の貴重な時間、僕に少しください」

『…わ、わかりました』

この人また職権濫用です。
おまわりさん、この方は職権濫用です。

…あ、でも春だなあ
いいなあ、ゆっくりして
平和ボケなんて言われるかもしれないけどたまには言ってみたいよね
こんな時間が続いたら、とか
ママン…俺、初めてちゃんと和菓子食べられたよ
本当に美しくて、食べられて、美味しい素敵なものだった…

『ママンが日本のことを俺にたまに教えてくれて、良かったと思っています…
本当に素敵な国です、日本は』

「……」

『そんな国をこうして守るお仕事をする恋人がいることを誇りに思います
安室さん、貴方って人は本当に…』

「蛍さん、貴方って人は…」

本当にと言いかけて安室さんは口を止めた。
鍵がカチャリと音を立てる。
それが互いにとってのスイッチの切り替えだった。

「降谷さん…!
散歩が終わりました!今夜の仕事までに準備を整え…て…」

「風見、どこで合流すると伝えた?」

「あ…
す、すみません、散歩も無事に終えたのでつい…」

「全く…犬が苦手だからとお前に預けたものを…」

危険地帯になりました。
さっきまでのほんわかした空気は一瞬で内戦地帯です。
ピリピリしております。
原因はそのワンコ…降谷さんの部下さんの腕の中にいるお犬様です。

『ぅ…』

「ク、クロードさん…!?」

「クロードさんと事前準備があるからとあれだけ言っておいてどうしてこうなる…」

『ふ、ふ、降谷さん…か、か、かか帰ります…!』

「クロードさん、少し落ち着いてください!
あっ、そっちは…」

さようなら、初めての彼氏のお宅訪問…!
こんなにも素敵な時間は初めてでした…
やはり素敵な時間が永遠に続くことなどあり得ないのでした…こんな仕事だと…

「窓からなんてまた無茶を…
靴は風見のいる玄関にあるというだけで靴下のまま…」

「申し訳ありません、降谷さん」

「…クロードさんにはあそこのバームクーヘンの抹茶味を手土産に持っていくとするか
ハロは僕が預かる、助かった
それに関しては感謝しているが、事前に電話の1本でも寄越してくれても良かったんじゃないか?」





『…ど、どうしよう、靴、置いてきちゃった
それにしてもあんなに質素にしてて諜報員らしくて安心しちゃったな…
スコッチ…そっか…』

おうちに着くまで色々と考えながら少し感傷に浸ったのも本当です。
あの時の降谷さんは本物でした。
そしてあの時に言われた、構成員に関しては仕事に支障が出るのでやはりプライベート時間に記憶を無理やり復元したのでした。
たまにラムの干渉なのか精神汚染の後遺症が出ますが、仕事ができないよりマシです。
仕事の時はそんなことを知らないアンジュだからいいのです。
ジンではなくラムが弱みになってるのはなんか癪でした。

─ええ、ですがラムへ密告することくらいわけありませんよ

─っ……

─驚きました
まさかこんなにもアンジュにラムが脅威となっていたとは
そんなに顔が引き攣るほどの思いでもしましたか?調教室で

…バーボンは本当、嫌味なほどに痛いところを突いてくる
降谷さんは1番素の貴方らしい
我を忘れる辺り、人間味があっていいですよ
安室さんに関して、俺は1番警戒していますから
貴方がアンジュである俺を警戒するようにね…

工藤邸の門を抜け、足に痛みを感じながらもソファーでゆっくりとゴロゴロした。
夜にはやはり連絡があったし仕事は向かわねばと思ったけれど、靴がないことを思い出した。
そこへ謎の呼び鈴です。

『…こんばんは』

ドアを開けたらスーツ姿のイケメンがいらっしゃいました。

おスーツ!
速報です!スーツです!

『あの…』

「お迎えにあがりました、サンドリヨン」

え…

彼の手には、綺麗に磨かれた俺のオールデンの革靴。
仕事の準備はできていたので、差し出された靴を受け取ろうとしたらイケメンは屈んだ。

「貴方の足にはこれがないと締まりませんからね」

スッとオールデンの革靴を足に入れられる。

なになになに、本当にこれサンドリヨン…
何、俺、なんでこんな…

「本当に素敵だ…
貴方の足の形にしかピッタリとはまらないそのオールデン、まるで貴方にとってのガラスの靴そのもの
さあ行きますよ、僕のサンドリヨン
0時をすぎても猫には戻らないでくださいね」

せめて魔法が解けるまでは、貴方の熱に浮かされていたいのに
ねえ、わかってるんでしょう?
貴方こそ0時がすぎたら零(ゼロ)になってしまうのに

『ずるい人…』

玄関でそっと口付けて、そのまま素直にエスコートされてしまいました。
いつもの白いRX-7が馬車代わり。
今日は夜桜の道を抜けて夜のお仕事です。







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