誘い方、誘われ方

なんということでしょうか。
組織のお仕事は最近穏やかでないものが絶えません。
しかしまあ、ちゃんと顔を出せば飼い主に餌はもらえるのでよしとしましょう。

『…穏便ではない』

モニターの前で呟いてから溜息を吐き出した。
まあ、こんな時はイケメンを摂取するかカフェを飲んで落ち着くか、美味しいものを食べに行くかの3択に限ります。

…イケメンの摂取は用法容量を間違えないようにしないといけないな
でもカフェを家で飲むだけっていうのもなんとなくこの心境では味気ないし…
美味しいもの…美味しい夜ご飯はイケメンが作ってくださってるから…

「いらっしゃいませ
あ、蛍さん…!」

『こんにちは、梓さん
あの、美味しいカフェをいただきたいです…』

ここは間を取って素敵なマドモアゼルのカフェにしました。

「あれ、いらしてたんです?」

『え…それはこちらのセリフですが…』

おっと、なんとイケメンがいました。

おかしいな…
疲れて幻覚が見え始めたかな

『随分と久しぶりな気がします』

「また記憶喪失にでもなりましたか」

『いえ、エプロン姿が』

え、溜息を吐き出したよ。
呆れてもイケメンってなんなんですか。

「"…あまり外でそういった類の話はしないでくださいね"」

目が笑っていません。
これは組織や警察庁のお仕事のお話ですね。
わかりました。
しかしイケメンです。
怒っても呆れてもイケメンでした。

「メニューは梓さんからコーヒーと聞いてますが追加の注文はあります?」

『…そうですね、久しぶりに何か美味しいものを食べたいと思ってたところです』

「へえ、そうですか
久しぶりに、美味しいものですか
でしたらここでは軽食程度に留めておいて豪華なディナーでも食べに行った方がいいのでは?」

ちょっと待って、なんで久しぶりを強調してそんなに目が笑ってないんですか?
俺、安室さんのご飯大好きですよ?
美味しいと思ってますよ?
え、え…?

小さく溜息を吐き出した。
こうなると大体は思い当たる。

『"最近ハードな仕事ばかりだからってそんなにイライラしないでくださいよ
俺だって好きで貴方の目の届く範囲で飼い主に擦り寄ってるわけではありません
仕事です、公私混同はダメですよ?
それから治安の悪さはお察ししますが、諜報員なんですから…"」

もう手での会話も慣れたものである。
秀一同様、盗聴されたりする危険性や声にしたくない時にはもう普通に会話ができるので助かります。

「お見通しってわけですか、僕の今日のスケジュールが全て狂ってこんなことになったうえに貴方が僕のことを嫉妬させていることも」

し、嫉妬…?
あ、嫉妬…!?
そっちが強かったの?そっち!?
えー…お仕事じゃなかったの…?
確かに今日警察庁の方のお仕事、てんやわんやで結局解決しちゃってスケジュール乱されてるな、とか呑気に思ってましたけどね?
だからてっきり安室さんいらっしゃらないのかと思ってましたけどね?

『…し、心中お察し致します』

最近難しいビジネス用語も覚えたんですよ。
日常会話はもちろん、甲斐甲斐しくお世話してくださる誰かさんのおかげでメキメキと上達しました。
しかしビジネスとなると話は別です。
先日本庁という言葉でコナン君と哀ちゃんに蔑まれたような目で見られた時にはもう意地でも習得してやろうと覚悟しましたからね。

「それで、追加のご注文は?」

あ、折角のイケメンタイムを台無しにするところでした。

『そうですね…じゃあ、カフェに合いそうな…』

「ではおまかせスイーツにしておきます」

『…はい?』

聞き返したものの、説明を求める前にスタスタと行ってしまいましたよ。
本日のスイーツとかそんなものでしょうか。
そんな制度はいつからこのカフェにできたのでしょうか。

…いや、まあ、あれだけイライラされてると申し訳なくなってきたな
だってそのスケジュール乱した張本人、俺ですからねぇ
とはいえお仕事でしたし、各国の売り捌いて売り捌いて短時間でかなりの労働をしましたし、そのうえで早期解決をと警察庁に色々と全面協力した結果、仕事の早すぎる優秀な誰かさんが本当にやってのけてしまっただけだし…

『うん、俺は悪くないね』

納得しました。
何が出てくるのかはわかりませんが、いつもの濃いめの梓さんのコーヒーをいただけるのはありがたいです。

『え、薄い…?』

自分の味覚がおかしくなったのかと思ってカフェを二度見してしまいました。
そしたらカフェを持ってきてくださった梓さんがあっ、と口を押さえました。

「すみません、蛍さん…!
ここのところ薬を飲んでいらしたのでいつもより薄く淹れていたのを忘れてました」

『あ、なるほど、納得ですね
確かに最近はノンカフェインでお願いしていた気がしてきました
梓さんが謝ることではありません
えっと…まあ、今はもうそんなに支障が出るほどの薬を飲んでいるわけではありませんし、無事に仕事もできる体になってるので大丈夫です
その節はご心配をおかけしました』

「いえ、でも良かったです
仕事とはいえ外国でそういったことになると不安ですよね
蛍さんが元気になってくださって本当に良かったです
でしたらコーヒー淹れ直しますね」

『あ、いえ、これはこれで美味しいのでいただきます
梓さんのカフェを無駄にするわけにはいきません』

なんと…!
なんという慈悲深さ…
なぜこんなに日本人は優しいのか…

最近お仕事をバンバンやりまくっていたので、日本の過労にやられていた時期すら忘れておりました。
忘れたわけではありませんし、頓服薬はまだ家にあるのでたまにぐえぇ…となった時にはお世話になるといった程度です。

「お待たせしました、アフォガードです」

『…はい?』

イケメンが持ってきたくださったのはまさかのアフォガード。
パンケーキとかじゃなかったんだ。
それにこんなメニュー見たことありません。

「どうやら濃いめのコーヒーをご所望のようでしたので」

『い、いや…そんな、圧をかけて言うようなことでも…
それにこれは…と、特別メニュー…』

「はい、今日は暖かいのでアイスコーヒーの方が出てるんです
なのでホットコーヒーの余りを使わせていただきました」

『…ま、まかないというものでしょうか』

「いえ、余り物デザートです」

『客に対してそんなハッキリ言います!?』

「今日貴方がどれだけ僕をぐちゃぐちゃにしてると思っているのか、わかってるんですかね?
それから以前梓さんから余り物で作ったスイーツを食べて絶品だと仰ったそうじゃないですか
でしたらたまには僕の余り物スイーツもお出ししてもよろしいですよね?VIPとして」

いや、あの、VIPの称号と特別メニューという名の余り物は違いますよね?
VIPを貰えて喜ぶのと余り物メニューとの扱いは違いますよ?

『…VIPと言われて喜んで片付けようだなんて魂胆が見え見えですよ!』

「あ、バレました?」

ほら!ほらー!

「まあ、貴方は単純そうに見えて結構頭の回転も早いですしそういったことに対しては意外と敏感ですし
本当の特別メニューですよ
今日の僕と梓さんのまかないというか、試作品のシフォンケーキ、紅茶にも合いますがコーヒーにも合うようにアレンジしているので良かったら食べてください
どうせまた糖分が不足しているんでしょうから」

えええ!
本当に特別メニューあったんですか!

カンカンカンカン!と頭の中でゴングが鳴り響いています。
イケメンのさりげなさ、優しさ、ちょっと覗かせた嫉妬、完璧です、K.O.瞬殺です。
机に倒れ込みかけましたがスイーツがあるので流石に回避しました。

な、なんて国だ日本は…

「安室さん、本当にアフォガード余り物でしたけどよかったんですか?」

「ええ、あの分のコーヒー代は僕持ちですし、バニラアイスも今日は結構出た分変に余ってしまいましたし勿体無いので
僕が後で賄いでもと思ったのですが、あの様子だと相当お仕事されてきたようですし、これからまた仕事となると寝ないようにとカフェインを摂取されるでしょうから」

「確かにお店にいらした時、とても疲労を隠したような表情だったような…」

「今日は美味しい夜ご飯を食べるように勧めておきましょうかね
最近いい店を見つけたもので」

「安室さん、そう言ってちゃっかり周辺のお店の調査してますよね?」

「それも兼ねてます」

なんてことでしょう。
梓さんの優しさたっぷりの薄めのカフェにこの試作品だというシフォンケーキが、もう、それはもう、ハーモニーどころではないシンフォニーを奏でています。
交響楽団です。
そこへ安室さんのガツンと濃いめのカフェでのアフォガードなんて今日はもうなんで日だろうか。
こんなに頭が幸せになってしまっていいのだろうか。

あぁぁぁ、神様、またこうやって飴と鞭のようにご褒美をくださるんですね…
きっとこれから忙しくなるのを見越しておられるのですか!

スマホが震えたのでサッと出したら案の定取引先でした。
やはりそういうことだったか。
仕事か。

『……はい、まあ、そうですね、そうなります
先ほど送ったものですね…』

警視庁からの呼び出しでしたが、ここはちょっと我儘を言わせていただきました。
データのやり取りで確認をしたかったそうなのですか、俺が警視庁に出向く時間や交通費などがもったいなかったのでここでやってしまいました。
タブレット端末も持ってきてて良かったと思いながら、簡単に仕事を終わらせて再びこのスイーツフルコンボです。

『んー…美味しくないわけがない!』

「お気に召して頂けたようで何よりです」

『うわ、びっくりした、いつからそこにいらしたんですか!』

「…伝票を持ってきただけなので今しがたです」

『…そうですか』

「今日は美味しいディナーにでも、と僕が言い出したので行きますからね、強制参加ですよ
でないと仕事を詰め込んで倒れられても困りますし、どうやらこのところ美味しいものを食べていなかったそうですし」

『え、あの、美味しい夜ご飯は頂いてますのでそんなに怒らずとも…』

あれ…
あれ?
イケメンがなんか不貞腐れたぞ…!
なんか子供みたい…ツーンてちょっと呆れ顔だけど不貞腐れてませんか…?
ちょっとレアだぞ!

「…じゃあ今夜、僕とのデートはなかったことに…」

『…え?』

待て。
今デートと聞こえた。

『…もしかして今、デートにお誘いされました?』

「もしかしなくても誘っています
今度から一度で伝わるように僕もきちんと日本語を、外国人に伝わる日本語として勉強し直すことにします」

いや、十分通じてますよ…
日常会話できてません?
あ、で、行っちゃうし…

突然のイケメンからのデートのお誘いというのはちょっと心臓に悪い気がしてきました。
何故かと。
まあ、心臓がなんとなく過活動をしているからです。
しかもこの後になって誘われたことに気づくタイプの誘い方は危険です。
即効性ではないのでじわじわと、なんだか体が熱くなってくる感じです。

『…カフェ、つ、冷たいのもらおうかな…』

やはりイケメンは心臓に悪い生き物です。
自分の彼氏がこんなだと困ります。
いや、困るというのは語弊がありますが、もうどうしようもなくなるので顔を上げることができません。

こ、これが好きということなんですね…
わかりました、神様…
この試練を必ずや、いつの日か乗り越えて見せます…!
今夜のデート、楽しみです…







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