猫の目は夜に光る

『それにしても久しぶりだったね、こんな風に会うなんて』

「…貴方と一緒にいるところを組織の人間に見られたくないのよ」

『まあ、そうだね
でもいつも阿笠さんにお世話になってるから』

「あら、そう言うわりにいつも楽しそうにして遠慮の欠片もないじゃない」

21:30。
米花町で最近見つけた、完全個室の隠れ家フレンチレストランで今日はデート。
いや、ビジネストークか。
しかもこんな時間に子供を連れ出すとなると、少しは怪しまれるんだろうけど昔はジンの目を盗んでシェリーと夜ご飯をこっそり食べに行ったものだ。

「それで、順調そうで何よりね」

『そうでもないかな』

「そうは見えないけれど
いかにも毎日が楽しそうって顔してるわ」

『誤解は良くないよ、シェリー
腐っても諜報員の端くれなんで』

「その呼び方、いくら個室だからってやめてくれない?」

『ピリピリしてるの、本当にあの時と同じ』

「そうやって貴方の腹黒い部分を見るのも久しぶりね、アンジュ」

穏やかな口調で話し懐かしみつつも、互いの目だけは笑っていない。
これがかつての俺とシェリーの関係だった。

「いつになったらこんな本性を彼に見せるのかしら?
折角捕まえた彼氏に逃げられたくないとか思って、また自分に嘘を重ねるの?」

ふっと鼻で笑って赤ワインを一口飲んだ。

『俺が嘘を?
冗談、全部本当の俺なんだから』

「じゃあ聞くけど、私だって伊達に貴方を長く見てないわ
今の貴方、完全に組織の人間に成り下がったようには見えないわ」

『組織の人間てのはどうしてこんなに皆洞察力がいいのやら…
じゃあどう見えるわけ?』

「…地下牢にある自分だけのネズミの巣を隠して野良猫のフリをする飼い猫、てとこかしら」

『へえ…ネズミの独り占めねえ…』

グラスを回してからテーブルに置いた。
メイン料理も終えて、デザートを待ちながらゆっくりシェリーへと手を伸ばす。
頭を掴んで目をまっすぐ見据えた。

『…久しぶりだね、こんな風に俺に何か吐かせようとワインを勧めてはひっきりなしに俺の目線を追って話すの
俺、シェリーのそういう不器用なとこ好きだよ?
ほんっと、不器用過ぎて可愛い…
そんなに俺を怖がってくれんの、久しぶりだね』

失礼します、と声を掛けられたので手を離し、何事もなかったかのように、運ばれてきたデザートに手をつけた。

「……」

『何、今日もいつも通り俺の奢りだって言ってんじゃん
遠慮なく食べれば?』

「…貴方って、相変わらずね」

『…そう、相変わらずっていうのは褒め言葉と受け取っておくよ』

デザートを完食してから、皿を持ち上げて残っていたクランベリーの赤いソースを舌で綺麗に舐めとってやった。

「そういうとこ、相変わらず猫っぽい…」

『…組織での生活ってこういうのさせんの得意なのかな』

「貴方が根っからの猫か、マナーのなってない人って言ってるのよ」

『やだな、フランスでみっちりテーブルマナーくらい叩き込まれてるっての
シェリーと話す時の俺、アンジュだってわかってんの?』

皿を置いてから会計を呼んで、シェリーのグラスを取って水を一息で飲み、唇をつけた部分を舌でゆっくりと舐めとる。

『俺のこと、ナメないでね』

「舐めたくもないわ」

『じゃ、一生俺にヘコヘコしとく?』

「それも癪だわ」

『じゃ、どうする?』

「…試してるの?」

『そう』

「なら言わせてもらうけど、貴方も気を付けた方がいいわよ
所詮貴方のいる世界も狭いってこと
敏腕クラッカーでも、完璧なことなんてできないわ」

『…ふーん、それがシェリーの見解ね
ま、いいや
今日は色々とシェリーの話を聞けたし、こうやって2人で出掛けられたのは俺にとってはすっごく嬉しかったから
ありがと、志保』

「ロリコンもいいとこね」

値段を見ずに会計をカードで済ませ、店を出てからタクシーで阿笠邸に向かう。
タクシーを降りてからも顔は合わせず、互いの居候先の方へ目を向けていた。

「…貴方の本音じゃないってこと、私、わかってるから」

『…俺はいつでも本気で志保に向き合ってるつもりだから、悪いけど』

「ロリコン」

『なんとでも』

「…せいぜい過労死しないことね」

『それだけは気をつけないと』

おやすみ、と2人で同時に足を地面から離した。
工藤邸に戻ってきて、シャツのボタンを外して溜息を吐き出す。

…あの緊張感、久しぶりだったな
まあ、あれくらいしないとシェリーは俺のことをまだ疑ってるみたいだし、話も聞き出せないし
ホント、何年前みたいなことしたかな…

『…酒、飲み過ぎた』

キッチンで水を飲んでからその場に座り込み、音を立てた端末を掴んだ。

『もしもし…』

[お疲れ様です、今夜のディナーはいかがでした?]

『…ああ、バーボン…
お疲れ様です、上々…いや、まずまずと言ったところでしょうか…』

[そうですか、随分と疲れた声をされてますね
撹乱させようと自ら飲酒でもしたのでしょうけど
貴方、今、薬を服用しているんですから…]

『…あ』

[行く前に再三確認しましたよね?
ノンアルコールか、飲むとしても少量でと]

『そんなの忘れますって
まあ、まだ暫くはハッキングされそうな気もしてますが、数日で諦めてくれるでしょうね
…それで?今夜はディナーと言ったのがダメでした?
また嫉妬でもしてるんです?』

[何の話ですか、アンジュ
30分後に伺いますから、それまでにリセットしておいてください
それからこの通話履歴の削除も忘れずに]

『特に報告する事はありませんので
記憶と共にリセットしておきますね、では』

通話を切ってからデータを削除。
一度目を閉じてから、ゆっくりと目を開けたら少し眩暈がした。

あ…目、回りそう

堅苦しいお出掛け用のシャツもパンツも脱いで部屋着に着替え、ソファーで欠伸を落とす。
光った端末を見て、ゆっくりと立ち上がって玄関に向かった。

「蛍さん、こんばんは」

『安室さん…こんばんは
今日は外食って言いませんでしたっけ…ちょっと今日はお付き合いで酒飲んじゃったんで…』

「ええ、外食とは聞いてますよ
それに仕事の都合とも聞いています
飲酒するだろうと僕は予測していましたし…」

『なんでもいいから入ってください、とりあえず』

家に引っ張り込んで抱きつき、嗅ぎ慣れた匂いを吸い込んで呼吸を整えた。

『安室さん…嬉しい、来てくださって』

「そんなに歓迎してくださるなんて、嬉しいですね
酔っ払ってます?」

『ちょっと』

へへ、と笑ったら抱き上げられてソファーにゆっくり下ろされた。
暫くしたらほかほかの味噌汁が運ばれてきていただいていた。

しかしまあ、哀ちゃんも相変わらず俺の裏の裏ばっかり見て…
仕方ないか
フリーの情報屋って伝えたけど、多分まだDGSEにいるかもって思われてるし…
ハッキングしてきてるし、その辺りもちゃんとわからせるための話し合いだったんだけど…

「…さん、蛍さん」

『あ、はい、すみません』

「いえ、ボーッとされていたので気分が優れないのかと…」

『いえ、そういうわけでは…』

「でしたら尚更嫉妬しますよ
目の前に彼氏がいて、一体誰が貴方の頭を悩ませているんです?」

…さらっと凄いこと言いましたよ、この人
また仕事の嫉妬みたいなやつなんでしょうか…
なんだろう…さりげなく今近付いたよね…?

『えっと…』

「あ、そうだ、今日は色々あったんですけど…
飼い主から連絡は来ました?」

『いえ、何かありました?』

「いえ、貴方が仕事と仰ったので」

『ああ…別件です』

お味噌汁を完食してお椀をテーブルに置いたら、そっと頭を撫でられたのでなんだか嬉しくなって安室さんの胸元に潜り込む。
そしたら思いっきり撫でられたので暫くじゃれあっていたのだが、端末が音を立てたので慌てて通話に出た。

『も、もしもし…』

[アンジュ、仕事だ]

『…い、今から…ですか?』

[…データを確認してから来い
それとも、毛玉でも吐いてんのか?]

『……』

[アンジュ、バックアップに回れ]

『は、はい
すみません…ありがとうございます』

ジンもよくわかったものだ。
電話を切ったら、同時に安室さんも電話を切っていたので恐らくベルモットからだろう。

そういう事なら…

『…俺はバックアップで此処から指示出しはします』

「そうですか、生憎僕は現場待機ですので今夜はお預けですね」

『ええ、そのようで』

「久しぶりに組織として貴方と仕事するんですね」

『トリプルフェイスと言われる貴方と組織の仕事は確かに久しぶりですね』

「…最近の貴方は本当に恐ろしい
僕は猫を見失いそうで恐ろしいですよ」

『…猫はまた元の場所に戻ってきますから
では、また後で』

「貴方のサポートがあると思うと、心強いですよ」

『あんまりハードル上げないでくださいよ
お酒入ってるんで』

「しじみ汁でリセット出来ましたでしょう?」

仕事を見越しての味噌汁なのか、計算尽くめのこの男は恐ろしい。
恐ろしいと言いたいのは俺の方だ。
玄関まで見送り、靴を履いた"彼"と唇を交わす。

『気をつけて』

「貴方こそ
今日は仕事が終わったらすぐに休んでくださいね」

小さく頷いたら頭を一撫でして、彼は颯爽と家を去っていく。
家の前に止まっていた白いRX-7を見送ってから仕事部屋に入り、無線のイヤホンを左耳にセットしてデータを全て確認する。
それから今回の案件についてジンと連絡をとりながら段取りを確認し、早速現場が動けるようにデータを揃えておく。

『ジン様、データは全て送りました
いつでも行けます、ジン様のタイミングで』

何も言われなかったから、今日はわりと仕事が速いと捉える。
暫くやり取りを聞いていたが、イヤホンに低い声が入ってきた。

[アンジュ、始める]

『了解』

さて、今日は夜のお仕事です。






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