余り物には福しかない

いいお天気です。
今日は安室さん…というよりかは降谷さんが勝手に入れていた警察病院での検査を受けてきまして、一応脳震盪は大丈夫だそうです。
とはいえ。

『…嫌な予感はしてたけど、こうも続くもんかねえ』

病院で受けた検査で、やはり前回耳鼻科にかかっていたことを思い出したのかそちらに回され、検査の結果がつい先ほど出ました。
左耳まで基準値ギリギリまで聴力が低下しているらしい。
いや、自覚症状がないわけではなかった。
しかし人間慣れてしまうと危機感を持たなくなるのか、またかで済んでしまっていたようです。

…流石にここまでくるとこのお約束のゼリー薬やら処方箋も出されますかね
うーん…そう、なんか最近耳遠いなあと思ってた矢先なんだよねえ…

溜息を吐き出して薬局を後にし、帰路、何故かここへ来てしまいました。
警察庁。

…どうしよ、ノリで来ちゃいましたなんて言えないし、今は表面上退職したからDGSEの登録証も返納しちゃったしなあ

ぼんやりと警察庁を眺めていたところ、左肩を叩かれてビクリとした。

「クロードさんじゃないですか、どうされたんです?
話しかけても返答がないので人違いか、もしくはそんなに考え込むほどの案件でも抱え込まれているのかと…」

あ…あ…ふ、降谷さん…
なんてグッドタイミング…!
しかしその後ろに何かが見えます…あの、眼鏡が見えます…

『Ah...ça fait longtemps, monsieur Furuya...
Ah, est-ce que vous avez un peu de temps pour discuter avec toi...?』
(あ…お久しぶりですね、降谷さん…
あー…その、2人で少しお話する時間、ございますか…?)

降谷さんは少し考えた後で後ろのワンコに車のキーを投げた。
見事にキャッチする辺り、まるとフリスビーを捕まえるワンコですね、貴方。

「D’accord, je prends du temps. Vous savez votre visage est tristesse?
Je me sens que vous avez quelque chose de m’informer, n’est-ce pas?」
(わかりました、少し時間を取りますよ。貴方、ご自分が悲しそうな顔をされているのわかってます?
僕に報告することでもあるんじゃないですか?)

悲しそうな顔、ね…

苦笑してから小さく頷いた。

「風見、車を戻してきてくれないか?
少しクロードさんと仕事の話をしたい、さっきの件については先に報告書を纏めておいてくれ」

「は、はい…!」

タッタッと走って車へ向かい、ワンコは言われた通り車を戻しに行った。
そして降谷さんの許可で警察庁に入り、久しぶりの部屋に向かえば、ご無沙汰していた警察庁の方々に挨拶をされたので愛想笑いで返しておく。
そして今日は応接室のような部屋に通され、向かい合ってソファーに座った。
一応今日は仕事の取引ではなく、ゲスト扱いで入庁しているからかもしれない。

「…どうしたんですか、ずっと警察庁を眺めてボーッとされてましたけど
病院、ちゃんと行きました?」

『あ、はい、脳震盪の方はもう大丈夫と…検査もオールグリーンでした』

「そうですか、それは何よりです
それにしては随分と…」

薬局でいただいた薬の袋を取り出してテーブルに置き、それから聴力検査の結果をスッと置いた。
それを見た瞬間に降谷さんは顔色というか、目付きが変わったので察したのでしょう。

「…検査結果の詳細、拝見しても?」

小さく頷く。
降谷さんは顔色を変えずに紙を眺め、それから頷いた。

「そうでしたか…」

『少し…その、いつものあれか、という気持ちで油断して放置してしまったんだと思います
とりあえず薬は処方されたので1週間飲んで快方に向かわなければ少し問題かもしれません
あ、あの、ごめんなさい
勤務中に突然…なんだか、気付いたら此処に来てしまって…
もう登録証も持っていないのに、登庁できるわけでもないのに…』

「確かにメールで連絡していただいてもよかったんですが…」

『あの、今端末は誰かさんの権限でロックされています』

「…そうでした」

『電話だと自信なかったので…』

「今夜伺う予定だったのですが、その顔を見る限りは誰かに話さないと貴方もやりきれなかったでしょうから…」

この検査結果でまたメンタルがやられるとは思っていなかったのだが、降谷さん曰く少し整理がついていないようだから心配、らしい。
降谷さんが入れてくださった紅茶をいただいて、少し仕事の話はちゃんとしてから家に帰ることにした。

『お邪魔しました…』

一礼して部屋を出て、ゲスト用の許可証も返却して駅へ向かっていたら今度はどうしたことか、警視庁のいつもの2人組に出会ってしまった。

「あ、ルイさん…!」

『ああ、マダム佐藤にムッシュ高木…
お久しぶりですね、お元気そうで何よりです』

「ええ、おかげさまで
目暮警部から体調不良で仕事を減らしてたって聞いていたけれど、ちゃんと寝られてるの?
あまり元気そうには見えないわ」

『あー…今丁度警察病院に行ってきた帰りでして…
ぼちぼち、ですかね』

「そう…
何かあったらいつでも相談に乗るわ、これでも一応人生の先輩よ?」

『ありがとうございます、心強いです
あ、それから一件ご報告でして、先日所属先の機関を退職しました
それで、フリーランスの情報屋としてやっていくので、特別仕事内容は今までと変わりません
体調が良い時はリハビリとして仕事を少しずつ再開してますので、もし必要な時は今まで通りご連絡くださればいつでも情報提供します』

「えっ、退職?
というか、情報屋にフリーランスってあるんですか…?」

「あのねえ、高木君、人それぞれなのよ
ま、私としては一々警視庁って介さずに気軽にルイさんに仕事を依頼できるようになったって思うと気が楽だわ
色々あると思うけれど、これからもよろしくね」

『こちらこそよろしくお願いします』

マダム佐藤は本当になんというか、カッコいい。
捜査一課のマドンナとも聞いたことがあるけれど、それもそうだなと思ってしまう。
仕事行くわよ、とこれまたワンコ属性のムッシュ高木を連れて行ったマダム佐藤は、笑顔で手を振って赤い車に乗りこんだ。

…これで警視庁との連携もオッケーだし、警察庁は降谷さん経由で多分大丈夫
まあ、日本での活動では大丈夫そうかな
早く今日は降谷さんに端末のロックを解いてもらわないと…

米花町まで戻ってきて、遅めの昼食も兼ねてポアロに行けば梓さんが出迎えてくれるし、端末で秀一とテレビ電話をして先日の話の続きをしたりした。

「蛍さん、少しお疲れですか?」

ふと梓さんに聞かれ、運ばれてきたデザートに目を落とす。

『そうですねえ…そうかもしれません
十分に休んだつもりなんですが…』

「疲れた時には甘いもの、です!
蛍さんは仕事熱心ですから、糖分を摂取しないと疲れてしまいますよ
まあ、これも安室さんの受け売りなんですけどね」

へらりと笑った梓さんは可愛いのだけれど、俺はデザートを頼んでいないしなんならこのティラミスは今まで見たことがない。

『えっと、あの、これは…』

「実は…まかないみたいなもので申し訳ないんですけど、ランチのパスタのクリームに使ったチーズが余っていたのでちょっと試作品じゃないですけど作ってみました
良かったら召し上がってください
美味しかったらメニュー化しちゃおうかな、なんて思ったり…」

梓さんはいつでも前向きというか、ポジティブだしとても魅力的である。

『俺が味見していいんですか?』

「はい!」

『ありがとうございます』

なんてサービス精神なんだろう…
本当ポアロってなんていうか、喫茶店として居心地の良さとかメニューとか完璧やしないか…?

『……』

「…あ、あの…不味かったですか…?」

一口食べて驚いた。
動きが止まってしまい、それに驚いたのか、梓さんは急に心配そうな顔をした。

『あ、あの、これ…本当に有り合わせというか、残りで作ったんです?』

「え、ええ…
コーヒーも今日あんまり出ないアイスコーヒーが残っていたので…」

『余り物だなんて言われなければわからないですよ…
おいしいですね、これ、すごいです』

すごいな、作り方でこんなに変わるものか…

梓さんと握手を交わした程だ。
今日はちょっと落ち込んでいたけれど、やはりおいしいものを食べると元気になるのは本当かもしれない。
だって安室さんの夜ご飯もそうだ。
美味しくて満たされるところがある。
それを彼氏が作ってくれるのだから、心も満たされる。
それと同じ原理かもしれない。

「梓さん、すみません、ご連絡いただいて…」

「いえ、安室さん、思っていたより早くて驚きました…
蛍さん、さっき薬飲んでから寝てしまって…」

「確か今日は病院をハシゴするとか何とか言ってましたから、少し疲れが出たんでしょうね
いつも蛍さんのことで連絡をさせてしまってすみません」

「いえ、それだけ安室さんのこと信頼されてるんですね
さっきも蛍さん、寝言で安室さんの名前呟いてましたよ
パンケーキとかサンドイッチとかも言ってましたけど…」

「…一体何の夢を見てるんでしょうかね」

溜息を吐き出して苦笑した安室さんの足音も知らなかった。
トン、と肩を優しく叩かれて寝落ちしていた事実を知り、目の前に安室さんがいることに驚いて首を傾げた。

『"…今日、バイトだったんですか…!?"』

「いえ、梓さんから貴方がポアロで寝落ちしたと連絡をいただきました
どうせ近くに立ち寄ったところだったので、ついでにピックアップしに来ました」

手を動かしながら話してくれたので唇を読めたしなんとなく話を合わせているのもわかった。
仕事の真っ最中だった筈だ。
またお迎えをさせてしまった、と思って謝ったら時計を指差された。

ん…?
20時…とは…

はあ、と長い溜息を吐き出してテーブルに突っ伏す。

『"なんて…寝坊を…"』

顔を上げるように肩を叩かれ、安室さんから手と口の両方の言語を介して慰められた。

「今日はお疲れだったんですよ
ついでに何か夕食でも食べません?
有り合わせのものとかで作りますよ、何かあります?」

『"…確か、冷蔵庫に色々あった気がします
野菜もありますし…ああ、先日買ったローストビーフがあります"』

「いいですね、何か作れそうです」

まあ、俺よりも多分安室さんの方が冷蔵庫の中身を把握しているだろう。
お会計をしてから梓さんにお礼をして、それから安室さんと一緒に家に戻ってきた。

「今日はお疲れ様です、すぐ作りますね」

『"あの、何かお手伝い…"』

「いえ、リビングでボーッとしているのが今日の蛍さんの仕事です」

なんだ、その仕事は。
とりあえず追い返されてしまったので仕方なくリビングにいて、時々キッチンを覗いては安室さんにキスをされた。

『"…すごい"』

「スタミナ満点ですよ、しっかり体力つけてくださいね」

冷蔵庫にあったもので作ったとは思えないくらい、豪華なスタミナメニューが出てきました。
ローストビーフもブロックで買っていたので厚めにカットされているし、所々にちゃんと野菜も入っているし栄養バランスは正三角形を描かそうな肉料理だった。

『"…!これは…お、美味しいです…!
プロですか…!ポアロの店員さんは、残り物をリサイクルする天才なんですか!?"』

「その解釈はどうかと思いますけど…」

苦笑した安室さんは、俺の頭を撫でてから優しく笑い、視線を料理に落とした。

「残り物でも素材の良さに変わりはありませんから、アレンジや考え方次第ですよ
あまり、考え込まないでくださいね」

安室さん…

小さく頷いてから、ちょっとだけ泣きそうになりながら美味しい料理をいただいた。
今日はなんだか昼寝もしたのにゆっくり寝てしまいそうだ。
食後、ベッドで少しお互いリラックスタイムを満喫していたのだが、だんだんと眠くなってきて布団に潜り込んだ。

「蛍さん」

手をひらっとされたので目を向ける。

「端末のロックは解除しましたが、まだリハビリ中だということを忘れないでくださいね」

『"はいはい、大丈夫です"』

「そう言ってガンガン仕事しかねないから言ってるんですよ」

見事に論破されたので参りました。
もう寝ます。
最近また新しい日本語を覚えました。
残り物には福がある、というやつです。
今日は有り合わせで沢山の幸せをもらったので、こんな言葉を考えた日本人はすごいです。

『…しああせ』

ぽつんとそんなような事を呟いたようで、ムニャムニャと睡魔に襲われて寝てしまった。
今日はなんだかんだいい一日だったのかもしれない。
終わり良ければ全てよしというやつかもしれない。
あ、これも最近覚えた日本語です。





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