想定外なことは大抵想定内

長い間眠っていたような気もする。
否、事実である。
目を覚ましてまず目に飛び込んできたのは、模様替えをして寝たままでも現在時刻がわかるように壁に掛けられた端末の画面だった。

…意識ぶっ飛んでたな
ていうか、頭痛い…

なんとなく鈍痛がして重い頭を持ち上げる気にはならず、端末に手を伸ばしてメールチェック。
それから電話をかけてみた。
相手は出なかったので諦めた瞬間、部屋のドアが開いたのでホラーかと思って一瞬本気で驚いた。

「おはようございます」

『……はあ』

「はあって、今電話されましたよね?
起きたという認識をしたのですが…」

『いや、確かに起きましたけど…
なんか頭が痛いので今日はどうしようかご相談しようかと思って連絡したんですが、まさか部屋にいらっしゃるとは思いもしませんでした…
あの、えっと…』

「…まさか記憶が飛んだんですか?」

『…いえ、そんな事は…ない、筈…
ですが、俺はなんでこんな昼過ぎまで寝てたんでしょうか?
何かご存知です?
俺、ベッドまでいつ行ったかな…』

あれ、なんだかおかしいです。
自分が昨日いつ寝たのかを全く覚えていません。
そしてなぜこんな時間まで寝ていたのかも全くわかりません。
すると安室さんはベッドの傍に来て目線を合わせるように膝をつき、額に触れてきた。

『風邪は引いてませんよ?』

「でしょうね…
まあ、脳震盪くらいは起こしていそうでしたし、あれを喰らってそのまま意識を失ってしまったので安静にとのことで…」

『…あれを喰らって?』

「ああ、無理に思い出さなくて構いません」

なんか嫌な予感がしてきたぞ。
次第に記憶が蘇ってきて、バッと起き上がりかけてベッドに逆戻りした。

「あ、安静にと言われてますので…」

『…Hé! Toru! Qu’est-ce t’as fait…!?
Merde...il faut que je répare encore l’entrée...』
(…ねえ!透…!一体何してくれたんだ…!?
最悪…また玄関の修理しなきゃ…)

「ああ、玄関でしたらもう業者は手配済みですし、更に言えば昨日の夕方から作業されてもう元の状態に戻っていますよ」

『…え?』

「業者を呼べと仰ったのは蛍さんじゃないですか」

『え、あ、そう、でしたか…』

「それと修繕費はあの男が自分の非を認めたようで全額支払いました」

ああ…秀一が…?
あれ、なんで秀一…ああ、そもそもは秀一が原因なんだっけ…
ん?なんだかよくわからないぞ…
まあ、いっか…

『あの、それでですね、頭が鈍痛というか…』

「あ、脳震盪だと伺っております
なので安静にということで…」

『あの、いつのまに医者でも呼んだんですか?』

「僕の権限で来ていただきました
いつもの警察病院の…」

職権濫用…!

「呼び掛けても反応がなかったので相当なダメージだと思いまして病院に電話を…」

そういうの、救急車じゃないの!?

「とにかく蛍さんは目を離すとすぐに仕事をしたがる傾向がありますので、いくら療養中と言えど模様替えをしたばかりでリハビリがてら端末に触りたいと思っていた矢先でしょうし…」

だからなんでそこまでわかるんですか…!?
エスパー!?

「しばらく端末にはロックをかけておきました
勿論組織の方の仕事の通知などは封鎖していませんが、暫くは僕がきちんと責任を持って看病しますから」

いや、看病じゃなくて…監視ですよね?最早

引きつった笑いしか出てこなかった。
確かに起き上がるのも怠いし安静にというのは間違っていない指示なんだろう。
それでも何故こうも毎度毎度あの2人には巻き込まれなければならないのだろうか。
いや、事件に巻き込まれるのも嫌である。

『……なんだか疲れました
あの、お仕事行ってくださって大丈夫ですよ?
恐らく今日はベッドから動けませんし、ちょっと怠いので何もしたくないですし…』

少し考えて、安室さんは端末で色々とチェックしていた。

「…わかりました
でしたら今日は仕事に行きますね」

え、仕事に行くか行かないかって選べるんですか?

「では早速ポアロに電話を…」

仕事ってそっちかー!
てっきり降谷さんのお仕事かと思ってたよ!
ねえ!

「あ、もしもし、安室です
今朝シフトの件で連絡したかと思うんですが…」

おい、朝電話してたの?
まさか今日休むとか言ってたの?

「はい、わかりました
色々と変更があってすみません」

なんて人だ…
警察病院の医者まで職権濫用して連行するわバイトを休んだり急に出れますとか言ってみたり…

「蛍さん」

『あ、はい』

「少しゆっくりしてください
夕食は冷蔵庫に作り置きがあるので、キッチンに行かれる際は気をつけて歩いてくださいね」

こんな時でも食事を用意してくださってたんですね、貴方…
完敗です

それから安室さんをベッドで見送って、壁の端末で家主に一応報告をしておきました。

『あ、もしもし、コナン君?
突然ごめんね…』

[雪白さん?
なんか随分元気なさそうだけど…]

『その件についてなんですがね…
本当にすみません…あの、また、お二人が玄関で乱闘騒ぎを起こしまして…
一応業者の修理済と聞いております…』

[またかよ…
ていうか、聞いてるって…]

『…あのですね、実はその、2人の乱闘騒ぎに気付いて玄関に向かったんですが…
傘立てらしきものが飛んできまして…その、お恥ずかしい話吹っ飛んで脳震盪を起こしたようで先程まで意識がありませんでした…』

[……]

『それで、安静にということで…
まあ、起き上がった所でまだ眩暈も残ってて怠いし、さっいポアロに向かって行った安室さんから全部聞いた話です
俺はベッドから動けない状態になっておりまして…』

[…雪白さん]

『な、なんでしょう…?』

[雪白さん、本当に諜報員なの?
組織の人間としても、運動神経……]

『いやいやいやいや、だって突然傘立て飛んでくるとか意味わかんなくない?
俺、状況よくわからないまま意識失っていったことだけ覚えてるよ
反射神経別に悪くないから…!

あ、ていうか、そうそう
DGSEを退職しまして、フリーランスの情報屋になったんだよね
これでより質の良い情報提供ができるかと思いますので、家賃も払えるかと思います』

[え?退職…?]

『ま、そういうことで
じゃあ、ちょっと申し訳ないけれど少しお休みしたいのでとりあえずの報告だけさせていただきました
ごめんね、詳しいことはまた今度話すね』

失礼します、と電話を切って溜息を吐き出す。
最悪だ。
こんな日はもう寝るしかない。

『今度あの2人の遭遇を回避するようにしなきゃな…
それから哀ちゃんに報告しなきゃ…
あ、あとまだ…なんでこんなに考え事あるわけ…?』

ぼそぼそ独り言を言っていたのですが、ふと気付きました。
部屋に盗聴器が仕掛けられているようです。
はあ、と溜息を吐き出してから、大体の検討は付いていたので少し顔を近づけました。

『いいからちゃんと仕事してください!
コナン君にポアロで説教されると思うので覚悟しておいてください!』

それだけ言い放ってもう寝ることにした。
翌朝、昨日は散々でしたというタイトルのメールが届いたので流石に苦笑したけれど同情はしません。
そして秀一からも謝罪と振り込み金の確認の連絡があったので俺が直々に長ったらしい説教メールを送りつけました。

…あれ、コナン君に疑われたけど、俺って反射神経悪いの…?

考えてみればいつもあの2人の乱闘騒ぎでは何かしらぶつかってきて、飛来物を躱した記憶がありません。

え…もしかして俺、運動神経悪いのかな…

『…明日から運動するか』

ぽつりと呟いた後にメールが入ってきました。

[要安静です、運動は完治してからにしてください]

…いつまで盗聴してるんですか!

なんて日だろうと思いながらゆっくりと起き上がり、用意されていたサンドイッチを冷蔵庫から取り出してボーッとした朝を迎えて溜息を吐き出した。

『…やるせない』

人生、何事も想定外です。





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