禁断症状とファーストネーム

最近仕事を休んでいるというのに、だんだんと健康になってきまして、今まで仕事で英気を養っていた自分が嘘のようです。
後は恐らく、その、夜遊びに来る方がいらっしゃることもあるのでしょうが。

『……』

「蛍さん、お待たせしました
パンケーキとブレンドです」

『あ、ありがとうございます
ところで梓さん』

「はい、何ですか?」

『あの、今日安室さんてシフト入ってませんよね?
なんで彼、今日ポアロに15時に来るように指定したんでしょう…?』

「15時にポアロ、ですか?
待ち合わせでもしてたんですか?」

『いえ、これといって特に…
それにいつもポアロの時間を知らせる時はバイトのシフトの時間なので、てっきりバイトかと思ったんですがどうやら今日はいないみたいですし…』

「そうですね…
確かに今日安室さんでしたらオフの筈ですけど…」

何故だ。
確かに彼から毎日朝8時に送られてくるタスクリストのメールに、今日はポアロでの時間が記載されていたのでバイトかと思ったのだがどうもそうではないらしい。
来店してみれば姿はないし、待ち合わせの心当たりもない。
話し合うなら家でもいい筈だ。

『…梓さんも事情を知らないようでしたら、このまま待つしかありませんね
すみません、ありがとうございます』

「あ、いえ
でも私も不思議に思いました、いつもなら安室さんのシフトの時間に蛍さんがいらっしゃるので…」

『何かの罠ですかね』

「そ、そんな罠だなんて…」

2人で苦笑。
梓さんは相変わらず今日も可愛いし、こんな状態でも気負わずに話すことができる。
体調が悪かったピーク時の俺を見ているからなのかもしれない。

『15時まで少しありますし、カフェも温かいうちにいただきますね
ありがとうございます』

梓さんが持ってきてくれた、通常よりもミニサイズのパンケーキを切り分けようとナイフを掴む。
少しずつちゃんと食事もしているし経過良好、最近はトレーニングも再開した。

…安室さんは全く今日も何を考えてるんだか

そう思いながらパンケーキをちまちまと食べていたら、ふとカランとドアのベルが響いた。

「あ、ルイさん」

『…あれ、コナン君、久しぶりだね
今日…あ、もうこの時間にいるってことは学校終わったの?』

「まあね、今日は早く終わる日だから
それよりルイさん、今日はポアロに1人で来たの?」

『え?うん
なんか安室さんから15時にポアロに来るようにメールがあったんだけど、シフトが入ってるわけでもなさそうだし…』

「安室さんなら今上にいるけど…」

『え?』

立ち話もなんだから、とコナン君をとりあえず向かいに座らせる。

『で、なんでコナン君は俺が1人で来たのが珍しいの?』

「安室さんがポアロにいる時にいつもいるし…」

『梓さんと同じ事言うんだね…
まあ、結局そうだよね…俺もなんで呼ばれたか全く見当つかないし
とりあえず今日は車もないから散歩気分で来てみたし、最近調子いいから』

食べる?とパンケーキを差し出したら遠慮された。
まあいいか。

「あれ?
そのパンケーキ、いつものメニューより小さくない?」

『ああ…安室さんが作ってたからか、梓さんも気を利かせてこの大きさにしてくれてるんだよね
最近パンケーキも食べれるようになったし…』

「それは安心したけど…」

『あ、もしかして家賃?』

「それは安室さんから今立て替えてもらったので大丈夫だけど…」

『じゃあ何、その物欲しそうな顔は』

一口パンケーキを口に放る。
コナン君は、少し言いにくそうに切り出した。

「その、ルイさん今休職中…だよね?」

『そうだよ?
だからこんなにのんびりすることもなく仕事したくても何もない毎日を送ってるんだよ?』

「実は…」

コナン君に連行されたのは、毛利探偵事務所でした。
なんだか嫌な予感がする。

「あん?お前確か…」

「ルイさん…?」

「クロードさん、丁度良かった…!」

え、なんでしょうか。
コナン君は苦笑しています。

「実はおっちゃんが…」

あ…嫌な予感です…
か、帰りたい…
安室さんも何故か笑顔ですが、目の奥は笑っていないので恐らく表面上のものです…

『…で、またこんな仕事を…』

安室さんから渡された端末で情報屋として仕事をこなしましたが、なかなかに厄介なものです。
人間関係はいつだって複雑です。
容疑者の割り出しや候補、情報の引き出しまではやりますし、なんだかんだ事件なら犯人の特定までは仕事柄しますが、今休職中の身でやりたくはないですね。

『こんな感じですかね…』

「これでわりと絞り込めましたね…
あとは何かキーポイントになるものがあれば決定的なんですけれど…」

…あれ、なんかまた事件に巻き込まれていませんか?

思いっきり嫌な顔をしたら、安室さんに苦笑されました。

「すみません、あと少しだけ付き合っていただけます?
そしたら後でパンケーキ奢りますから」

『パンケーキは今食べたばかりです』

「あ、そうでしたか」

『…帰っていいですか?』

「あと少しだけ…」

仕方がない。
少し無理をしましたが、安室さんに免じて今回のこの事件の解決までかなりの誘導をしてあげました。
もう帰ります。

『では、俺は帰りますね』

「ルイさん、この後お時間あります?
夕食でも…」

あああ、蘭さん…
本当に貴方って天使ですね…

『…ご、ご一緒したいのは山々なのですが…』

「ルイさん、また仕事?」

『ま、まあね…』

フォローを入れてくれたコナン君に感謝しながらそう答え、とぼとぼと家まで歩いて帰ることにした。
何故今日俺はポアロに来たのかわからない。

「蛍」

目の前に赤い車が停まって窓が開いた。

『あ、秀一…
ごめん、今ちょっと疲れてるので帰宅途中で…』

「だろうな
先日の組織との接触の件だが…」

『ねえ、話聞いてた?』

「ジョディ達と合流する前に話が聞けたらと思ったんだが…」

『…そういう言い方をするってことは、ムッシュ・ジェイムズが急ぎで秀一を介して俺に話を聞いてこいということだよね?
もうなんで皆今日に限ってそう…』

溜息を吐き出してその場にしゃがみ込む。
俺はもう帰りたいです。
実はさっきので大分消耗しているのです。
回復してきた矢先にこれだけ仕事関係のことを続けられると、身体が元に戻ってきています。
困った。

「おい、蛍」

車から降りてきた秀一に体を支えられて立ち上がる。

『ちょっと、急ぎなら家にしてくれるかな…』

「後部座席で寝てろ」

そのまま車に引きずられて後部座席でぐったりしていた。
前より仕事も出来なくなったものだ、と思ったけれど、それも秀一から言わせれば今までが異常だったらしい。

「蛍、無事か?」

工藤邸に戻ってきて部屋に運ばれたものの、車の中で発作を起こしたため薬を掴んでベッドに横になっていた。
とりあえず手で端末に情報が入っている事を伝え、吐き気と眩暈と戦う。

「コピーしていく、報酬はいつもの口座に振り込んでおくから後で確認してくれ
蛍、少し寝て休め」

しゃがんで目を合わせた秀一に頭を撫でられる。
確かに寝たいのだが、今この状態で1人にされても俺は何をしでかすかわからないくらいとても混乱している。
とはいえ秀一も急ぎでこうして仕事をしに来たわけだから引き止めるわけにもいかない。

『……』

「そんな顔をするな
奴を呼び出しておく、来るまでは俺がいてやるから少し寝るんだ」

泣きそうになりながら頭を撫でられて、布団を掴んでは我慢をしていた。
暫くして落ち着いてきたのか、眠気と共に深呼吸をして体の力が抜けていく。

「ああ、来たか」

「お前がいるのは気に喰わないが連絡を入れてくれたことには礼を言ってやってもいい」

「今少し落ち着いた所だ
後は頼んだ、俺も急いでるんでな」

「言われなくても」

交わされた2人の言葉も知らず、少しの間寝ていたように思う。
実際には半日も寝ていたのだから驚いた。

『……』

まだ仕事に対して体が十分に適応できないことにショックを受けながらも、とりあえず動いたらパソコンの方から音がした。

「あ、起きたんですね、おはようございます」

『……え?』

「また記憶喪失だなんて言わないでくださいよ?」

『え、いや、そうじゃなくて…』

「組織の事でしたら問題ありません
それから貴方の知り合いの警視庁の方からの依頼もお断りしておきました
仕事は暫く入れないように……」

『なっ…なんてことしてくれるんですか!
仕事が…!俺の仕事を勝手に取り上げないでください!
どうして勝手に俺の仕事を…』

ほとんど反射的に体が動いていた。
パソコンに駆け込み縋り付くようにベッドから飛び出してフラつき、倒れかけた所を抱き止められた。

『……』

ちょっと、待って…
俺、何、今の…

『…Qu’est-ce que je t’ai dit...』
(俺、何言って…)

え?
なんでこんな、ヒステリックになって…

思考の整理がつかないまま、とりあえずその場にゆっくりと座らされる。

「蛍さん、少し何も考えないでください」

『あ、俺、その…』

「ですから、思考を止めてください」

反論を受け付けないようにと塞がれた唇。
酷く震えた体を優しく抱き締められて温められ、何度も角度を変えて口付けられる。

「今日は家から出しませんし、何もさせません」

『…零、さん』

「…今日は僕も非番です」

『…透さん』

「…たまに下の名前で呼ばれるのも悪くはないですね」

苦笑した安室さんに毛布を掛けられた。

「昨日は仕事を急に入れてしまってすみませんでした
あんな厄介なことになるとは思ってもいなかったので…それにまさかFBIからも依頼が来るなんて、本当に休職扱いってきちんと言ってます?」

『昨日…ああ…FBIから組織のことで少し情報の受け渡しだけだったので…
その前に少し、調子が悪くなったところを秀一に拾ってもらって送ってもらっただけなんです…』

「今はその男の話をしないでください、僕まで気分が悪くなります」

『…わかりました、じゃあ一緒に気分悪くなりましょう』

「はい?」

肩に掛けられていた毛布を安室さんの肩にも掛けて胸元にもたれ掛かる。

「…仕方のない人ですね
今日くらい、貴方のせいで身動きが取れないという文句を言わせてくださいよ?」

そのまま今日は床で2人して昼寝をして、恐らく安室さんは俺が寝た後にまた仕事をその場でしていたんだろうけれど。
また12時間程寝てしまった。

後日、AM11:00。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいま……蛍さん!」

『あ、梓さん、おはようございます』

「梓さんには挨拶があって僕にはないんです?」

『…朝ベッドで言いませんでしたっけ?』

「そういうことではなく…」

「えっ、安室さん、今朝蛍さんと一緒だったんです?
確か猫の世話って言ってませんでしたっけ…」

「ね、猫は猫なんですが…」

『安室さん、いつのまに犬も猫も飼うようになったんです?』

「そうではなくてですね…」

『もういいです、女性や職場の方だけでなく動物にまで好かれてさぞ気分がいいでしょうね、透さん』

ちょっとムッとしたのは嫉妬と言うのだろうか。
スタスタと2人の横を抜けていつものソファー席に座り、持ってきたフランスのファッション雑誌を取り出す。

「…あ、あ、安室さん、いつから蛍さんに名前で呼ばれるようになったんですか!?
えっ、どういう…」

「た、たまにしか呼ばれませんよ…
呼ばれ慣れていないのでなんだかむず痒い気もしますが」

「それに猫って…」

「以前お話しした、例の白猫のことですよ」

「ああ!
あれから元気にされてます?
大尉と会わせて一緒に遊ばせてみたいですね」

「そ、そうですね…」

注文を呼んでいくら待っても、2人共話し込んでしまって気付いてくれない。
痺れを切らして立ち上がり、雑誌で安室さんの頭を叩いてやった。

『Un sandwich du jambon et un café avec un peu de sucre, n’oublie pas l’eau, s’il te plaît!』
(ハムサンドイッチ1つ、微糖のカフェを1つ、水を忘れないずに!お願いしますよ!)

「そ、そんなに怒らないでくださいよ…」

『注文を呼んでも来ないからです』

フン、とまた席に戻って雑誌に目を落とす。

「そういえば、安室さん
シフトがないのに先日どうして蛍さんを15時にポアロで、とお約束したんです?」

「ああ、あれは約束というか…
僕がサプライズでお誘いをしたかったんですが、毛利先生の依頼が何時に終わるかわからなかったので近場で美味しいコーヒーでも飲みながら退屈せずに待っていて欲しかったんです」

「お誘い…ですか」

「ええ、たまには都内のドライブにでもと思ったんです
最近体調も回復してますし気分転換できたら良かったんですが、先日リハビリにと仕事をされたところ、まだそんなに本調子でないことがわかりました
今日も徒歩で来たみたいですが、少しお疲れみたいですね」

春服のコレクションを見ていたら、急な眠気で寝ていたらしく、舟を漕いだ勢いそのままにテーブルへ額が激突した。

『っ…』

「雑誌を読んだだけでお疲れですか、そういった情報収集もやめます?」

『これは情報屋の仕事ではありません!』

「でしたら今度の流行は何なんです?」

『今年のコレクションでは比較的ビビッドな色ですね、特に黄色や水色ですが黒いスキニーや、男性でしたらスニーカーや鞄などの小物などを合わせ…』

「十分情報屋として成り立つので没収しますね」

『ちょっ…!』

ついに雑誌まで制限されました。
さて、今度から俺はポアロで安室さんのバイトの時間何をして過ごせばいいんでしょうかね。
運ばれてきたハムサンドを咀嚼しながら、笑顔で愛想を振りまいている彼氏を睨みつけた。

「蛍さん、しかめ面ばかりしているとそんな顔になってしまいますよ」

『なりません』

梓さんはさっきから笑いを堪えてばかり。
なんて呑気なんだ。
今日のランチタイムもポアロは平和です。






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