ラッキー・ストライク

米花町2丁目22番地。
阿笠と書かれた表札の前に立ち、深呼吸してから呼び鈴を押した。

「はい、阿笠です」

『…あの、灰原哀っていますか?』

「…あのー、どちら様で?」

『3丁目で煙草屋やってるニカ、煙草屋バローナの店主』

「煙草屋?」

『とりあえず灰原哀って人に会いたい』

「今彼女は学校じゃから家には…」

インターホン越しにそう言われた瞬間だった。

「誰」

振り向いたら、女の子が一人。
そして目が合った。
すると彼女は目を見開いた。
嫌な予感がして、逃げようかとも思った。

「あ…貴方…ニカ…?」

『…ハイ?どちら様?』

危険な匂いと思いきや、彼女は目をキラキラさせたのでこっちが驚いた。

「ほ、本物なの…?
前々から米花町にいるって噂は聞いていたけど、まさか本当にいたなんて
貴方の出演作は全て見てあげてたわ、大人顔負けの演技力に甘い声と…」

『…あの、昔の話はしないでいただきたいんだけど』

「昔?」

…しまった
今、俺、子供なんだった…てことは子役時代と同じ容姿ってこと?
だからこの子、俺のことを…?

「…どういうこと?
確かに言われてみれば貴方が子役やっていたのって…10年は前の話よね」

待てよ待てよ…
この子、此処に来たってことは阿笠って人と何か関係があるんじゃ…
それ以前にランドセルしょってるから学校帰り?
とすると、阿笠って人が言ってた学校から帰ってくる灰原哀って人がまさかこの…

『灰原哀…てアンタのこと?』

「…どこかで会ったかしら?」

そういうことだったか…
まあ、俺が名前を出した途端に警戒したってことは何かあるな
やっぱりあの組織が関係してるのか?

ポケットに入れていた写真を取り出す。

『この男、それからこの薬のこと、知ってるんじゃねーか?』

「……!」

『アンタに聞きたいことがある』

「…中に入って」

『え?でもこの家の人…』

「いいから入って!外でする話じゃないわ!」

手首を引っ張られて阿笠と書かれたところの家の中に連れ込まれた。
なんだかわからないけど、幸運なことに灰原哀との接触には成功した。
リビングに通されて、阿笠という人にも一礼。
阿笠さんも俺を見て少し驚いたものの、灰原哀を見て彼女はそれに頷いた。

「貴方、この男とどこで知り合ったの?」

『知り合ったっていうか俺の店に来て…あ、俺、3丁目で煙草屋やってんだけど…
そんで新規の客として来たこの男が俺に仕事を依頼してきた』

名刺を灰原哀に渡す。

「…情報屋?
貴方、芸能界からいなくなったと思ったら煙草屋で、情報屋なんてやってたの?」

『業界のコネから裏社会のコネまで色々あるからそれを利用して副業としてやってる
煙草屋は一応俺の趣味で世界中の煙草を揃えてた流れで店を開いたら、これまたマニアとか色んな人がやって来るもんだからまたコネが出来て…』

「3丁目にそんなディープな人が集まる場所ってあったかしら…」

『これでも一応そこそこ知名度はあって警視庁にも情報提供してるくらいだ、裏社会だけが取引先じゃない
まあ、その話は今いいんだけど、その男からの仕事は片付けたんだが後日また来たんだ
今度は煙草だけを買いにきて、俺の仕事にケチつけやがった
俺の仕事っていうか情報源についてだけど、どうやら俺が使ってたネットワークがその男の組織だかグループだかわかんねーけど、そこに関係していたらしくて情報を漏らしたのは誰かって迫られて…
ハッキリ言って何百人と仕事してたら誰からの情報かなんて忘れるし、抵抗しても意味なさそうだったし、正直に俺に情報を渡した奴の名前は知らないと答えたらこの薬を飲まされた
それでかなり地下ルート使ったけど俺と同じような人間がいるんじゃないかって探ってったらある組織が出てきて…そしたら灰原哀って人に辿り着いたってわけ
調べたら住所も米花町になってたからとりあえず会いに行けば何かわかるかもしれないと思って』

「その情報ルート、組織は関与してないでしょうね?」

『ああ、全然別の所のだ』

「…組織の存在までは掴んでるのね
彼の組織内でのコードネームはジン
組織内では仲間同士を酒の名前で呼び合ってるの
そして私のコードネームはシェリー、組織を裏切って貴方が飲まされた薬を飲んで逃げてきたのよ」

『…その組織についての情報だと科学者だったんじゃ?』

「ええ、その薬を作ったのは私よ」

……はい?
いきなり核心に迫ってしまった…
ていうかヤバい人っていうのはこっちの意味のヤバいだったの?

「組織の命令で作らされていたの
そして組織に不信感を抱いて反発した私は監禁されて、こっそり持っていたこの薬で死のうと思ったら幼児化して手錠から運良く手が抜けたわ」

『…それで、今その組織との関係は?』

「裏切り者よ?
血眼になって探してるでしょうね」

『じゃあ組織はこの薬で幼児化したってことを知らずに?』

「そうみたいね
ジンが貴方にそれを飲ませたってことは、貴方も本当に殺す気だったんだわ」

『え、じゃあもし俺がまだ生きてるってわかったら…』

「今度こそ確実に殺されるでしょうね
でも変ね、ジンのことだから確実に頭を狙ってきてもおかしくなかったのに…どうして貴方に薬を使ったのかしら…」

あの男、本気でヤバい人だったのか
抵抗しなくて正解だったけど、これはこれで厄介なことになったな…

『頭を狙うって…』

「言葉通りよ、彼の愛用のベレッタでその脳天に穴が空けられてたかもしれないわ」

なんだよそれ、どこのアクション映画だよ
いや、ハードボイルド映画か

『あ、そういやなんか言ってたな…
あの女に免じて顔だけは汚さないでおいてやるって』

「あの女?」

『仲間じゃねーかな…
これから死ぬ奴に教える義理なんかねえって言われたからわかんねーけど…
あの店に元々女はあんまり来ねーから、心当たりがあるとすれば…変な話なんだが昔ちょっとだけ世話になったアメリカの女優がいてさ、何故か日本にいて俺の居場所も知っててババアのくせに煙草買ってったんだよ
ついでに俺を試すとか言って簡単な仕事依頼してきて…
俺のこと知ってるなら知ってると思うんだけど…ほら、あの大女優、シャロン・ヴィンヤード
俺の情報屋仲間からはもう死んだって聞いてたんだけどガセだったみたいだな、ピンピンしてたぜ』

「シャロン・ヴィンヤード…?」

彼女は少し驚いてから考え込んだ。

「千の顔を持つ魔女よ
彼女が店に来たってことは…どうやら貴方と面識があったことを利用してその簡単な仕事で何かを確認させたんでしょうね
彼女のコードネームはベルモット…変装術を得意とする組織の一員」

『え…』

シャロンが…?
あの男の仲間…?

だんだんと理解が追いつかなくなってきた。
そしてもしかしたらシャロンのおかげというかせいというか、それで拳銃ではなく薬を使って殺されかけたと。

「哀くん、いいのかね、彼にこんな事を話して…」

「ええ、彼も私を探し当てたんだし、警視庁が肩を持つくらいの情報屋ならまず組織側に横流しはしないでしょうね
私と同じ、追われる立場になったってことは理解しているみたいだから」

困ったことになった。
まさかこんな厄介ごとに巻き込まれることになろうとは。
俺はただ煙草に囲まれてのんびりやってそこそこ仕事して、それで満足した生活だったのに。
どうしたことか、とある組織に殺害されかけて幼児化し、挙句命を狙われる羽目になったのだ。

さあ、どうする…

「それで私に会いに来た理由は?」

『同じ境遇のアンタなら何か解決策があるかと思った
それから俺はこの薬のことについてサッパリだった、情報屋の俺でも知らないなんて相当な案件だ
俺にとっちゃ大問題、それからこれからの業務に関しても』

「…解決策はないわ」

『え…?
だ、だって薬作ってたのはアンタだろ?』

「確かにそうだけど、組織の命令って言ったでしょ
今はここに居候しながら解毒薬を研究してるわ、この町にもう一人貴方と同じような被害者がいるのよ」

「おい、哀くん…」

「あら、いいんじゃない?
彼も有名人なんだからニカの存在を知ったら食いつくでしょうね、情報屋なんてやってるみたいだし」

『腐っても情報屋だ、米花町のことならある程度把握してる
誰だ?その被害者って』

「江戸川コナン」

灰原哀は静かにその名を口にして、それから俺の目を見た。

「ていう名前で今は一緒に学校に行く羽目になっているけれど、情報屋なら知ってるわよね?
あの有名な高校生探偵、工藤新一くらいは」

『工藤、新一…?』

って…工藤って…おーい…

はあーっと長いため息を吐き出してうな垂れた。

『嘘だろ、ゆきちゃんの息子かよ…』

「あら、知り合い?」

『母親の工藤有希子は業界時代からの友達で今でも連絡取り合ってる
ついこの前も店に遊びに来てくれたくらいだ
そんでもってゆきちゃんは多分俺との写真とか見せてるから、向こうは俺のこと知ってるだろうね…お互い直接会ったことはないんだけど』

「それもコネなのね…」

小さくため息を吐き出した灰原哀は突然立ち上がったかと思うと、地下へと続く階段を降りていった。

『…あ、アンタにも挨拶しとかないといけねーのかな』

「ああ、申し遅れたのう、阿笠博士じゃ」

『知ってる
煙草屋バローナの店長、ニカだ』

「わしもその名はよく知っておるぞ
世間を騒がせた名子役じゃったろう、わしもドラマを見ておったぞ」

『あ…それはどうも』

つい癖で煙草の箱を取り出す。

『あの、ここ禁煙?』

「喫煙は構わんが…その容姿じゃと怪しまれるじゃろう」

『外じゃ吸えねーから』

気分転換にと店から掴んで来たのはラッキー・ストライク。
火を点けたら灰皿を出してくれたのだが、やっぱりヤニクラがして少し頭を押さえた。

『どうもこの体じゃ11ミリは重いな…
ヘビースモーカーの名が泣くぜ、どうにかしねーと店も営業の危機だな
20歳未満は出禁にしてるんだ』

「まあ、煙草専門店じゃったらそうなるじゃろうなあ…」

『今は知り合いが、俺が世界中の煙草の買い付けに出かけたと気の利いた理由を考えてくれた
店番をする店長のガキ扱いされた』

「じゃがその容姿じゃ目立たんかのう?」

『…子役の時と全く同じに戻ったからなあ』

「それにその歳の子が昼間うろうろしとったら怪しまれるじゃろう
学校はどうするんじゃ?」

『が、学校…?
行かない行かない、店に篭ってるに決まってる』

「じゃが…」

「あら、意外と楽しいわよ、小学校に通い直すのも」

『通うほど通ってなかったよ、仕事忙しかったし』

「流石、売れっ子は違うのね
それに今の小学生は貴方が子役をやっていたなんて知らないから問題ないんじゃない?」

戻ってきた灰原哀の手には何故か色紙。
それからサインペン。

「…サイン、頂戴」

『え?』

「わ、私だって貴方に情報提供してあげたわよね…?
情報屋なら、それ相応の対価は払ってくれてもいいんじゃないの?」

…情報の対価がサイン?
あんだけ情報くれておきながら俺のサイン1つでチャラになるわけ?
お釣りは?

『そんくらい別にいいけど…マジで等価交換になんのかね…』

煙草を灰皿に置き、色紙を左手に持ってサインペンの蓋を口で開けた。
何年かぶりに書いたものの、10年前には山ほど書いていたせいか手は感覚を覚えていたので、迷いなく色紙にサインをしてそれを渡した。
サインペンも返して再び煙草を咥える。

『それにしても安心したよ、灰原哀が思ったよりヤバい奴じゃなくて』

「どういう意味よ」

『あんだけのルート通って見つけ出したんだから相当ヤバい組織に関与してるだろうと思ったし、科学者だって知って何されるかと思って警戒してた
まさか灰原哀が同じ米花町にいたとは、俺もラッキーだな』

「まさかあのニカがあの頃と同じ姿で私の目の前に現れるなんて思いもしなかったわ、本当にラッキーよ
それからフルネームで呼ぶの、やめてくれる?」

『…哀?』

「……」

『…哀ちゃん?』

「……」

『何がいいんだよ!?』

「さ、最初のでいいわよ…」

『だったら黙ってねーでちゃんと答えろよ、わかんねーだろ…!』

「う、うるさいわね!
どうせ貴方が私より年上だから呼び捨てでもいいってだけよ!
まあ…あの天才子役に名前を呼ばれるのも悪くないわね…」

『…なんなんだよ、全く』

「哀くんはツンデレなんじゃよ」

『…わっかんねー』

はあっとため息を煙と一緒に吐き出してから灰皿に煙草を押し付ける。

『じゃあ、情報提供ありがとな
名刺も渡したし、何かあったら俺を使ってくれ
その代わり解毒剤とか元に戻る方法が見つかったらすぐにとは言わねーから教えてくれ』

「貴方こそ、何か情報があったら提供してくれても構わないのよ?
顔を合わせる理由にもなるし…」

『わかった』

「今度工藤君紹介するわ」

『…実際会うとなるとなんか複雑だな
ゆきちゃんの息子だし俺のことは知られてるから尚更』

「彼も貴方の事を必要とするだろうし、知り合っていても損はないと思うわ
彼もコネをたくさん持ってるみたいだし」

『それは興味深い話だ
さて、3日ぶりのご飯でも食べるか…』

立ち上がってから阿笠さんにも挨拶をして、玄関まで見送りにきてくれた哀にお礼はちゃんと言ってお暇した。

「…博士」

「なんじゃ?」

「レンタルショップでドラマ全部借りてこようかしら…」

「久しぶりにわしも見たいのう
どうじゃ哀くん、2人で鑑賞会でも…」

「…一人で見るわ」

3丁目に戻ろうとしたが、ご飯はどこかで済ませるか材料を買って帰ろうか迷いながらとりあえず商店街に向かって歩いた。

現時点では十分な収穫だった…
まだ解毒薬がないのは痛手だが、下手に大人に戻っても変な組織に狙われるだけ…
組織が幼児化していることを知らないのは有益な情報だったし、哀もそこまで変な奴じゃなかった
組織に関しては、元メンバーなら俺より詳しいだろうし十分すぎる情報源だ…

商店街のパン屋を横目に歩き回り、結局レストランの前を通って色々悩んでいるうちに5丁目まで来てしまった。

『…しまった、考え事をしすぎた』

ふと目に入ったのは喫茶ポアロの看板。

…いやいやいや、今の状態で行ったら梓ちゃんが騒ぎそうだ
厄介ごとはやめよう
やっぱり食材を買ってきて飯作るか…

ポアロの目の前を通った瞬間、丁度ドアが開いて人が出てきたのだが。

『……』

「……」

あ…これはまた厄介なことになりそうだ…

「…ニカさんのお子さんですか?」

『……』

「ああ、ごめんね、知り合いにとてもよく似ていたから…」

『そうだって言ったらどうするんだよ』

「…なんだか態度までそっくりだね」

『だから、俺がニカだって言ったらどうすんのって聞いてんの、安室さん』

「…ごめん、聞き間違いかな?」

『聞き間違いでもなんでもねーよ
金出すから飯、ほら、サンドイッチ
3日間飯食ってねーんだよ、詳しいことは店で話すから…』

「…ニカさんと同じような頼み方するんだね」

『ったく、使えねーな…
FBIにケーサツに、揃いも揃って頭働いてねーのかよ
アンタに言って信じてもらえると思ってた俺が馬鹿だったよ
もう飯はどうでもいいわ、自分でなんとかする
じゃーな、暫く此処にも顔出さねーから…』

「ちょっと待ってください」

肩を掴まれた。

「ニカさんでもニカさんのお子さんでも、今のはちょっと聞き捨てなりませんね…
FBIと同等にしないでいただけます?」

あれ、なんか地雷踏んだ気がする…
急に敬語になって殺気立ってるんだけど、この人…

「話だけでも聞いてあげることにしますから、食事でもしながら穏便な話し合いでもしましょうか」

意外にも釣れました。
ケーサツも案外簡単なものでした。
これでご飯を作る必要はなくなったし、久しぶりのご飯が美味しいサンドイッチなら文句はない。
今日は本当にラッキーかもしれない。
具材だけ買います、と言った安室さんとスーパーに立ち寄った後、3丁目の店まで帰ってきた。






翌日、帝丹小学校。

「灰原さん、今日はご機嫌ですね…」

「確かに哀ちゃん、今日なんだか嬉しそう…!」

「うな重でも食ってきたんじゃねーのか?」

「元太君の頭の中はうな重しかないんですか…?」

「灰原、お前、なんかあったのか?」

「別に?」

「灰原さん!放課後皆でサッカーしませんか?」

「私パス
昨日借りてきたドラマ全部見るから」

「ドラマ…ですか」

「ええ、少し前のだけれど久しぶりに見たくなって昨日から見てるのよ
じゃあまた明日」







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