デス

目をゆっくりと開けて、視界が次第にハッキリとしてきた。

あー…俺、死んだんだっけ
なんか煙草のパッケージが沢山見える…
死んでも煙草に囲まれてるなんて、ヘビースモーカーの俺にとっては極楽浄土だね
てことは俺も無事に地獄じゃなくて天国にでも行けたってことか
神様、アンタ、案外いい人じゃねーの

ふっと笑みを零してから、横に目をやり、それから見慣れた冷蔵庫や酒瓶を見つけてハッとした。

『…え?』

体を起こした。

『…何、待って、俺、生きてる…?』

え、生きてるの?
どういうこと?
あれって毒薬で俺、殺されたんじゃ…

パンッと頬を叩いてみたが痛い。
どうやら現実らしい。

『…生きてる、俺』

なんだ、生きてるじゃん。
ビビッて損した。
はあっとため息を吐き出して、そういえば意識がなくなる寸前に秀一に電話をしていたのを思い出してスマホを探す。

あった、あった…
まさかまだ通話中になってるんじゃないだろうね…

スマホに手を伸ばしてみて、違和感に気付いた。

『…ん?』

服の袖が長い。
そしてスマホがデカい。

『…え?』

あれあれあれ。
何かがおかしい。
そしたら丁度電話がかかってきてビクッとし、画面を見たら秀一だった。

『も、も、もしもし…!』

[ニカ、やっと出たか
3日も音信不通で店も開いていないからそろそろ強行突破でもしようとしていたところだ]

『…3日?
ちょっと待てよ、俺、3日も寝てねーよ
あのさ、なんか…』

[ニカ]

『何だよ』

[お前、いつもより声が高くないか?]

『…そうか?
あ、そんなのはどうでもよくて…なんか目がおかしいんだよ
スマホがやけにデカく見えたり服の袖が長いっていうか、ダボッとしてるっていうか…』

[店の前で3日も待っていたんだ、鍵を開けてくれ]

『いいけど…
3日も店の前で待ってたなんて仕事はいいのかよ、暇人か?』

[お前がちゃんと連絡してくれた所までは良かったが、奴を捕らえ損ねた
電話越しのお前も尋常ではなかったし、奴が何かをやらかしたのはわかっていたが…
電話は切られて何度掛け直しても出ない、店も営業していない
お前が無断で店を閉め続ける事はしないだろう?]

『んな事言われても…
とりあえず今店開けるか、ら…』

立ち上がって、唖然とした。
視線が違う。

おいおい、勘弁してくれ
なんの冗談だ、これは…

思わず愕然として床に崩れ落ちた。

[どうした?]

『…わ、悪いんだけど、脚立買ってきてくれ』

[脚立か…?]

電話を片手に匍匐前進。
そしたらダボダボになっていたズボンが脱げてしまうし、たまたま着ていた半袖のTシャツの裾は膝上くらいだ。
ガラスの向こうには人影が見えて、店の鍵をカチャリと開けた。
とてつもなく嫌な予感がする。
ドアがゆっくりと開き、店に入ってきた秀一を見上げる。

「……」

『……』

「驚いたな、ニカに隠し子がいたとは…」

『おい、見てわかんねーか
電話持ってんだろ、お前の相手してんの俺だろ』

「悪い冗談なら止せ
ニカはどこだ?まだベッドにいるのか?」

脇の下から掬い上げられて立たされたわけだが、恐ろしいことになった。
服はワンピース状態。
目の前が秀一の腰よりも下だ。
おかしい。

「ニカ、まだ寝てるなら…」

店の奥の二階へ足を向けた秀一のジャケットを引っ掴む。
カウンターを指差して、それから俺はカウンターに入り戸棚からグラスを出して水を入れた。
秀一の前にそれを置いてレジの椅子によじ登り、秀一の煙草をスッとカウンターに置いた。

「いつニカは父親になったんだ?」

『話聞いてなかったのか?
電話持ってたのは俺だろ、それに袖の話もしただろ!
お前FBIで頭いいんじゃなかったのか!?
わかんねーのか!?
電話の主は俺で、なんかわかんねーけど起きたらこうなってたんだよ!』

「顔立ちも目の色もニカと同じだな」

『わっかんねー奴だな…』

「服もニカのを借りてきたのか?」

『だから起きたらこうなってて…』

あああ、もう話が進まない…!
もういい!

『とりあえず1週間分の俺の服と仕事用の脚立を買ってこい!
こんなんじゃ外出られねーのわかるだろ!?』

「…自分の服がないのか?」

『さっきからそう言ってるだろ!』

「ニカは自分の子供に服も買ってやらんのか」

『だからそのニカが俺だっつってんだよ、この野郎…!』

レジから一万円札を取り出して秀一の前にバシッと叩きつけるように置いた。

『服と脚立!買ってこい!今すぐにだ!』

「横暴な所までニカそっくりだな」

『脚立がなきゃ商品も取れねーし、仕事になんねーんだよ!』

こんな平行線な会話は初めてだ。
流石にイラッとした。
秀一を追い出してやっと1人になり、店内を見渡してみる。
これは困った。
2階に上がり寝室の全身鏡を見て頭を抱えた。

…これは、時間が逆戻りしたのか?
あり得ねー…これ何年前の俺だよ…?
あの薬は一体何だったんだ…?
あの言い方じゃ俺を殺すための毒薬みたいな言い方だったが…現に俺は生きてる
大きさは変わったけど

『…どうすんの、これ』

あ、そうだ
まずは俺の情報網を駆使して同じような症状になった人がいないか洗い出せばいいんだ…!
そうだ、それで何か解決策を聞き出そう、そうしよう

1階の店に降りてパソコンを開き、調べ上げてみたがそんな症状の人間はいなかった。
薬の情報もなし。
解決策はなし。
ため息を吐き出して煙草を掴んでいつものように咥えてジッポーで火をつけた。

『…けほっ』

噎せた。
久しぶりのデス。
メンソールにしておけば良かったと思いながらも吸っていたら、だんだん視界がゆらりとしてきた。

『…おいおい、ヘビースモーカーの俺がヤニクラとかふざけんなよ』

体が小さくなった分、機能まで子供に戻ってしまったのだろうか。
煙草を吸うのも一苦労だ。
一本吸ってグダグダしてもう投げやりになっていたら、秀一がやっと帰ってきた。

「脚立と…とりあえずニカの服の好みで選んだ
まあ、父親の趣味だと思うんだな」

『だから俺のことだってば
とりあえずありがとう、本当に助かりました』

袋を開けたら、俺の好みというか寧ろ秀一の服選び感が全開でした。
が、まあシンプルで俺も好きな感じの服だったのでよしとしよう。
脚立も秀一なりの配慮なのか、店に合うような木でできた脚立を買ってきてくれていて、これには本当に感動した。

「着替えてきたらどうだ?」

『ん、そうする』

「こんな子供にまで煙草を吸わせるとは…
ニカに説教でもしてやろう」

説教ってなんだよ…

2階に上がってから子供服に着替え、少しは気が軽くなって安堵した。
いや、安堵している場合じゃない。
これは早急に対応しなければならない。
1階に戻ってため息を吐き出し、椅子によじ登ってレジ周りの整理をしていたらドアが開いてしまった。

え、こんな時に客かよ…

「よう、やってるか?」

『札見ろ、札
今日は閉店だ、閉まってる』

「…ニカの子供か?
アイツ、父親だったのか?」

常連客までこの始末。
一体どうしてくれよう。
するとカウンターで煙草を吸っていた秀一が常連客に目を向けた。

「どうやらニカは煙草の買い付けに暫く世界を回ってくるらしい」

「ああ、そういう事情か…
いつもの…つってもこのお嬢ちゃんにはわかんねーか」

答え終わる前に常連客の煙草を1箱出してやっていたのだが、最後の一言にカチンときた。

『お嬢ちゃん…?』

「なんだ、姫のが良かったか?」

『ふざけんな!俺は男だしお前の煙草のことならよく知ってる!』

「…男だったのか、それにしてもニカ譲りの性格だな」

本人だよ!

「それにしてもよく銘柄わかったな
ニカの留守を任されたのか、3日も休業なんて珍しいと思ったら世界一周の準備でもしてたのか」

今日は煙草だけ買っていった常連客を見送り、秀一をチラッと見る。

「なんだ、いい言い訳だとは思ったんだが」

『…どうも、ありがとうございました』

「で、名前は?」

『え?』

あれ、俺だと理解したからそんな言い訳してくれたんじゃなかったの?

「ずっとニカの子供と呼ぶわけにはいかんだろう」

『だから俺はニカで…』

「…そうか」

お、やっとわかってくれたか!

「確かロシアは父親の名前をもらうんだったな、それでニカと名乗ってたのか」

『いや…父称とかじゃなくて…』

「だがこんな子供が店番を任されたら危険だ
ニカが戻ってくるまで定期的に様子を見に来てやろう」

『……』

ごめん、本人目の前にいるから

「今日の買い出しの料金はニカに割増にしといてくれと言付けを頼む
すまん、仕事が入った」

わしっと俺の頭を一撫ですると、秀一はまた来ると言って店を出て行った。

…あれ、結局誤解したまま?
結局俺ってマジで俺のガキだと思われてるわけ?

もう白目を剥きそうだ。
デスを一本取り出して火をつけパソコンでハッキングを再開。
どうやら俺の存在がなくなって、俺のガキだということになってしまいそうだ。

『なんのイジメだよ、これ…』

ため息を吐き出した時だった。

『…ん?』

ずっと昔に関係があった知人のネットワークを洗っていたらとある組織に辿り着き、その線で調べていったら一人の人物に辿り着いた。
そして特定できた端末をハッキングをしたら俺が飲まされた薬と似た写真が入っていたので確信した。

『…灰原哀、か』

どうやらようやく自分と同じ症状の人間が見つかったようだ。
たくさんの地下ルートを使ってしまったのでかなりヤバい人間なんだろうとは覚悟したものの、この人にコンタクトを取らないとまず何も起こらなさそうだ。
しかも更に調べていったら同じ米花町にいるらしい。

これは会いに行くしかねーな…
俺と同じ症状ってことは相手も子供ってことだし、いくらヤバい人でも子供だったらまだなんとかなりそうだし

情報を洗っていた時に見つけた、俺を襲った男の写真を一応印刷。
それからパソコンをパタンと閉じて裏稼業用の名刺も持って椅子から降りる。
さあ、特攻だ。
吸いきったデスの吸い殻は灰皿に残したまま、店の鍵を閉めて米花町2丁目へと足を向けた。




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