マリリン・ピンク

「たっだいまー!ニカー!」

二日後、本当にゆきちゃんが日本に戻ってきて、なんと店にやってきた。
言ってくれれば俺がいつでも工藤邸に行くんだけど。
店に入ってくるなり、煙草を選んでいる客の目も気にせずレジの椅子に座っていた俺に駆け寄ってきて抱きついてきた。
恐ろしい。

『…おい、燃える、ゆきちゃんの髪が燃える』

「やだっ、洋服焼いたら弁償してよー?」

『いや、服より髪を大事にしろよ』

仕方ないので煙草を灰皿に置いた。
そしたらゆきちゃんはわしゃわしゃ頭を撫でてきたので、ふうと一息ついた。

「相変わらず可愛くて一安心!
お店も変わらずって感じかしら、新ちゃんが好きそうだわー」

『高校生相手に煙草なんか売らねーから連れてきたっていいよ、別に』

「ホント!?じゃあいつか紹介するわね!」

『つっても、彼には昔から俺の写真とか見せてたんだろ?
向こうは俺のこと知ってるんだろうし今更紹介されることねーだろ…』

「…それもそうね!」

灰皿に置いていた煙草を掴んで口に咥え、コーヒーをカウンターに置く。
席に座ったゆきちゃんは店を見渡し、それからコーヒーに手をつけた。

「それで、あれからどうなったの?」

『どうも何も音信不通
一回きりの使い捨てのアドレスだったみたいで、俺からシャロンには連絡ができなかった
俺、昼下がりで寝惚けてたのかな…』

ふーっと長めに煙を吐き出して、レジに来た客に煙草を一箱出して450円を徴収。
前にも一度来た一般客だった。

『どうも、またご贔屓に』

常連客になる気もないなら値上げしないこともある。
常連になりたい奴の雰囲気は大体わかる。
小さい頃から大人に囲まれて仕事をしていたので大人を見る目というか、勘というやつかもしれない。
その気があれば値段高めに設定してみて試す。
それでもまた店に来るようなら常連まではいつも買っていく銘柄を覚えてやる。

「大した記憶力ね、あの人何も言わなかったじゃない」

『あの人は前にも来てる、常連候補だから』

「そう…
ニカ、前より可愛くなった?」

『愚問だな』

「あら、そーお?
こんなに美人になっちゃって…」

『何、ゆきちゃん、妻子持ちで俺のこと口説いてんの?』

「そんなんじゃないわよー」

やーね、と言って笑ったゆきちゃんも相変わらずだ。
店の電話が鳴ったので椅子から下りて受話器を取った。

『はい、バローナです

ああ、どうも、世話んなってるね』

これはまた面倒な事になったな…

『で、何、俺が出張しろと…今大事な来客中でね、あと1時間は待ってもらわないと…

え?緊急?
いや、俺の都合ってもんが…

わかったわかった、覚えとけよ、この野郎…
でいつもの2カートンでいいんだな?
ったく…』

電話を切ってから戸棚のハイライトを2カートン卸して金庫に入れておいたメモリーカードを取り出す。

「あら、お仕事?」

『警視庁に出張する羽目になった
ゆきちゃんがいるから後回しにしろって言ったんだが、どうも人命が懸かってるだのなんだの言われてね…聞き入れてくれなかった
ゆきちゃん、ディナーくらいなら誘われるぜ
今日はもうこのまま店閉めるから』

「ニカとディナーなんて最高じゃない
夜、空けとくわね」

『交差点まで一緒に行く』

воронаと印字された紙袋を持ってレジを閉めてから、空になったマグカップやグラスをシンクに置いてカウンターを出た。
本日の煙草、マリリンのピンクをポケットに忍ばせてゆきちゃんと店を出て戸締まりをし、臨時休業にしておいた。
裏路地を歩いて煙草をふかし、三丁目の交差点に出る。

『ゆきちゃん、これからどうすんの?』

「んー、新ちゃんの様子見てからちょっと家にも寄って適当に時間潰すわ
終わったら連絡してちょうだい」

『りょーかい、じゃまた後で』

ゆきちゃんと別れて米花駅に向かう途中、見た事のある車が走ってきたのでいいこと考えたとばかりにヒッチハイク。
まさか米花町でヒッチハイクをするとは思わなかったけれど、俺の読みが正しければ進行方向は同じ筈だ。
キッと真横に停まった白いRX-7の運転席の窓が開いた。

「…なんですか」

『タクシー代なら払うぜ、警視庁まで送ってくれ』

「僕は貴方の運転手でもありませんよ」

『行き先一緒だろ?』

「…確かに隣に戻る途中でしたけど」

『だったらいいじゃねーか
人命が懸かってるって緊急召集されたんだ、電車を待ってる時間はねーな』

「でしたら早く乗ってください、飛ばしますから」

『どうも』

助手席に乗り込んでシートベルトを閉める。
なんてグッドタイミングだろう。

「梓さんは貴方がご利益のある人と言っていましたが、どうも僕にはそうは見えませんよ…」

『悪いな、俺もそんな都市伝説なんか知らなかったもんで』

「それでなんで警視庁に?
貴方、ただの情報屋じゃなかったんですか?」

『顧客は色々いるもんでね、警視庁の人間もいるんだよ
たまに要請があるおかげで変な勧誘もある、どうやら俺を…』

「特別捜査官に引き抜きしたい…という話ですか」

チラリと横目で安室さんを見る。
首都高速に乗って一気に車が加速した。
確かに飛ばすとは言ったけど、かなりスピード出してるしケーサツの人間がこれでいいのかと疑ってしまいそうだ。

『なんで知ってる』

「今自分で言ったじゃないですか、顧客が色々いると
貴方の常連客に僕の部下がいたとしたら?」

『まさかアイツ…
アンタ、前々から俺の店を知ってたのか?』

「ええ、彼から腕の立つ情報屋という事も聞いてましたから
まさか警視庁ともコネがあったとは驚きましたけど」

『俺の情報もアンタにダダ漏れだったわけか、クソ…
で、定期的に抜き打ちの視察してたわけ?』

「いえ、あれは彼の個人的な趣向でしょう
僕は腕の立つ情報屋としてしか紹介されませんでしたから」

『あ、そ…』

やっぱり食えねー奴…
絶対敵には回したくねーな

「警視庁相手に仕事もしているのでしたら、警察官とは縁があるのでは?
堅苦しいと言っていたのは警視庁の印象ですか?」

『そうなるのかな…スーツばっかで俺は好かねーな
取引相手は大体マル暴と…今回は珍しく捜査一課からの要請だ
誰かが俺のことを庁内で噂にでもしたのか、一課のサバサバした話しやすい知り合いが上に掛け合って俺に仕事を寄越したのか…
おい、120キロ超えてるけどいいのか?
アンタもケーサツだろ?』

「人命が懸かってると言ったじゃないですか」

『だからそれは誘い文句で…人命が懸かってるって言われたのは本当だけどスピード違反までしろなんて言ってねーんだけど』

はあ、とため息を吐き出す。
なんてむちゃくちゃなんだ、この人は。
いい人かと思ってたのにこの人の部下は潜り込んでいたし、高速ではスピード違反。
第一印象と全然違う。
話し相手としては面白いけどここまでペースが乱されそうになるのも初めてだ。

「ニカさん」

『…何?』

「もうヒッチハイクは受けませんからね」

『…わかった』

「意外と素直ですね」

『や、事前に連絡する
そしたら車が入れるぎりぎりの路地の入り口までは迎えに来てくれるんだろ?』

「僕はタクシーの運転手でもありませんからね」

『……』

「小さく舌打ちしないでください、聞こえてますよ」

『いいじゃねーか、少しくらい
それに俺は出張の移動時間の暇つぶしが出来るから丁度いいんだよ』

「…取引のことも含めての暇つぶしですよね?」

『ホント、頭回んの早くて困っちゃうなー…』

「貴方ほどでも
敵に回したくないですね、貴方は」

『俺も丁度同じこと思ってたとこだよ』

高速を下りてから警視庁まではお互い口を開かなかった。
警視庁の手前の路肩に車が停まり、煙草を取り出して火を付けた。

「着きましたよ
宣言通りタクシー代も請求しますから」

『いくら?』

「貴方が決めてください」

『…じゃあ、今後のことも含めて』

諭吉を3人渡した。

『タクシー代足りないなら次乗った時に割り増しで払うよ』

「そう言ってさりげなく次回の予約をしないでください」

『じゃあそういうことで、今度からはちゃんと電話一本入れるから』

助手席を下りてドアを閉める。
警視庁の前で一服してから紙袋を持ち直して中にお邪魔した。
パーカーのフードを被ってから、部屋の前で捜査一課の知り合いを待っていた。

「ニカー、悪いわね、急に呼び出しちゃって」

『…悪いってわかってんなら呼び出してんじゃねーよ、美和子』

廊下の向こう側から笑顔でやってきた女デカ。
マル暴の知り合いと仕事をしていた時に知り合って、後で警視庁の刑事だと告白されたので俺的には結構唖然としたんだけど話しやすくて俺の腕も買ってくれる物分かりのいい人だ。

「ごめんごめん、警部に事情説明するのに手間取っちゃって…」

『俺を待たせた事について謝れとは言ってねーんだよ』

「さ、佐藤さん…あのー、こちらの怪しげな方は…?」

「ああ、さっき警部に説明したじゃない
情報屋の彼よ、可愛い顔してるのに警視庁は苦手だっていつもフードすっぽり被っちゃって…」

「ええ、じゃあ、この人がその…」

美和子と一緒にいた刑事は部下なんだろうか。
とりあえず紙袋を渡す。

『ほら』

「ありがと
思ったよりも速く来てくれてちょっと驚いたわ」

『超速タクシーをヒッチハイクした
わざわざ呼び出したんだから缶コーヒーの一個くらい奢ってくれてもいいんじゃねーの?』

部下らしき男は紙袋の中を覗き込む。
中身を確認した美和子は煙草の箱の側面のメモリーカードを剥がした。

「ええ、ラウンジに行きましょ
高木君はこれを警部に渡してきてくれる?」

「は、はい…!」

美和子と少し開けた場所に行って缶コーヒーを奢ってもらった。
酒じゃないのでちょっと物足りないけど奢ってくれるなら文句は言わない。
壁を背にしゃがみこみ、缶コーヒーを飲む。

『何、美和子の男?』

「え、な、何言ってんのよ」

『見たらわかる
へえ、美和子、ああいうのタイプなんだ』

「ニカ…あのね…」

『いつも思ってたんだけど、お前が買った煙草どうしてんの?
美和子吸わねーだろ?』

「ああ、庁内の喫煙者にお裾分けしてるわよ
ちゃんと有効活用してるから安心して、捨てたりなんかしないわよ」

『そりゃそうだ、飽食社会なのに税率の高い煙草までそんな事されたら日本の秩序疑うぜ』

コーヒーを飲んでいたら携帯が鳴った。

『もしもし…

あー、秀一店来たの?
悪いな、今警視庁に出張してんだ、そのまま今日は店閉めてんだけど

んー、ディナーの先約はあるから…

え?いや、お前が気にしてる男は来てねーよ
気になる女は来たけどお前に話すようなことでもねーし…

明日付き合ってやるよ
じゃ、また明日』

電話を切ってからコーヒーを飲み干して立ち上がる。

「ねえ、警部に会わない?」

『やだ』

「そう言うとは思ったけど…」

『会っても意味ねーだろ
マル暴と美和子だけで警視庁の知り合いは十分だ』

「前も警部が貴方に挨拶しておこうかって言ってたから提案してみたけど、やっぱりダメみたいね」

『言っただろ、あくまで裏稼業、副業でやってんだ
それを公にするつもりは毛頭ねーよ』

「警部が貴方に挨拶できる日なんて来るのかしらね
下まで送るわ、帰りは電車?」

『ああ、行きにタクシー代をかなり使っちまったし丁度ディナーの約束もあるから六本木にでも出るかな』

美和子と警視庁の出入り口まで行って、とりあえず捜査頑張れよとは言っておいた。
社交辞令だ。
警視庁を出てからやっと一息つけた。

はー…警視庁は空気も堅苦しいな
やっと煙草が吸える…
まあ、久しぶりに美和子がテキパキ仕事してんの見れて良かったかな
いつも依頼は私服で来るから仕事モードの美和子も悪くねーな

これからゆきちゃんとディナーをして、今日は美和子に会って、珍しく華のある日だった。
いつもおっさん相手に商売をしている事が多いのでたまにはいいかなと思ってマリリンのピンクのパッケージを眺める。

…うん、悪くねーな

一本吸いながらゆきちゃんに取引が終わった旨を連絡して、今日は六本木の夜に繰り出すことにした。
美味しいディナーで締めるのもなかなかいい夜だ。







[ 5/14 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -