キス・フレッシュアップル

[真相が知りたきゃバローナへ行け]

[バローナの地下は宝の山だ]

[答を求めるならバローナで煙草を買え]


裏社会で囁かれる噂は様々。
ぶっちゃけ俺にはそんな噂話なんざどうでもいい。

"табак ворона"(タバック バローナ)

今日はロシア産煙草のキスのカクテルフレーバー、キス・フレッシュアップルを咥えて店を開けた。
基本的に店は忙しくない。
ただ、ここに来る人は特殊な人が多い。
ただの煙草屋の店主なわけだが、客の話が面白いので副業をしていることもある。

…さて、今日は誰が来るかな

煙を吐き出してカウンターに入り、レジの椅子に座ってパソコンを立ち上げる。
普通の煙草屋の客としてやってくる一般人もいる。
いつも煙草の種類の多さに驚いて帰っていくのがほとんどだが、大体は二度と来ない。
俺の所で売っている煙草は割高だからだ。
コンビニでも手に入るような銘柄ならそっちの方が安いし、面白半分で来られても商売にならない。
まあ、おかげでマニアは来るからディープな煙草の話はできるしコネはできるし、そもそもこんな店に近づく一般人なんてそうそういない。
本当にコンビニが見当たらない緊急事態に煙草を買いに来るサラリーマンなら見たことがある。

「よう、やってるか?」

『店の外にOPENて書いてあるだろ』

「ロシア語で書かれてんだ、わかんねーだろ」

店を開けてから2時間でやっと最初のお客さんだ。
常連の客だったので銘柄はすぐにわかった。

「ウクライナのアレは手に入ったのか?」

『ああ、そろそろアンタが来る頃だと思って仕入れといた
一昨日届いたばっかりだよ、アークロイヤル』

「2カートン」

『はいよ』

立ち上がって棚からアークロイヤルを2カートン持ってくる。

『アンタも物好きだね』

「これだけの種類揃えてる店主に言われたくねーな」

『それもそうだ』

紙袋に煙草を入れてカウンターに置く。
数枚の札の間に一枚の紙が挟まれていた。
札の数を数えて紙をカウンターの下でチェックし、シュレッダーにかけた。

『…お釣りはナシだ、期限は?』

「明日」

『了解』

「いつも悪いな」

『こちらこそ、ご贔屓にしてくださってどうも』

客を見送ってからパソコンを開き、先程渡された紙に書いてあった依頼内容を思い出して欠伸を漏らす。

…雨、降りそうだな
今日は客足も悪そうだし、仕事もそんないにデカいものじゃないから今日中に片付けるか

静かな店内にはBGMだけが音を立てていて、新しく一本煙草を取り出し午前のクライアントにメールを出した。
ハッキングをして時間を潰していたら、不意にドアが開いたので目を向けた。

「久しぶりだな、ニカ」

『…あれ、いつ日本に?』

「昨日だ」

『あ、そう、じゃあ来日して一番に俺に会いに来てくれたって思い上がってもいいのかな』

煙草を指に挟んでカウンターから身を乗り出す。
そっと口付けるついでに煙を咥内に押し込んでやった。

「また甘いのばかり吸ってるのか、子供だな」

『たまたまだ
それに母国の煙草の宣伝でもある、キスのフレッシュアップル』

「いつもの2箱」

『何、カートンで買ってくれないのか、金なんてたんまり持ってるくせに』

「煙草はついでだ」

『俺の本業を何だと思ってんだよ』

紙幣と一緒に差し出された紙を受け取ってため息を吐き出す。

『ったく、一国の機関が煙草屋に頼るなんてのも妙な話だけどな…』

「それは俺の推薦だ」

『んな上手いこと言ったって俺はそうそうおちねーぞ、秀一』

「お前を落とそうだなんて、俺には100年早そうだ」

カウンターの一席に腰を下ろした秀一は常連客の一人。
とはいえアメリカ人でしかも国の機関に所属してるというのにわざわざ俺に依頼を寄越す。
どこで此処の噂を耳にしたのかは知らないが、初めて来た時も俺への仕事の依頼方法も知っていたしFBIだなんて言うからどんな冗談かと思ったが本当らしい。
まあ、ちゃんと煙草も買ってくれるので問題はないのだけれど。
煙草を咥えながら仕事をして、それから戸棚に手を伸ばす。

『秀一』

「何だ?」

『ウォッカとコーヒーどっちがいい?』

「スコッチはないのか?」

『あるにはあるけど』

「そっちにしてくれ」

『ここはバーじゃねーんだよ』

冷凍庫から氷を取り出してグラスに入れ、スコッチを開けてロックで一杯だけ提供してあげた。
俺はグラスにズブロッカを入れて一口飲んだ。

「最近変わったことはないのか?」

『ねーよ
常連も相変わらずだし、この前は大阪から話を聞きつけたっていうヤクザがわざわざ来てコネが出来た
まあ、店のこと知ってるマル暴の知り合いに横流ししたっていいんだけど…
あ、そういえば先月くらいか…秀一が知りたがってそうな男が来たぜ』

「先月?」

『ああ、ゴロワーズの10ミリ買ってったついでに一件依頼を受けたが…俺の勘だとどっかの組織の人間だな
裏社会の匂いがした
長髪で黒いコート着てさ…』

「…二人組か?」

『いや、一人だった
…もしかしたら店の外で一人立ってたかも』

「もしその男がもう一度この店に来たら俺に連絡してくれ」

『はあ、別にいいけど…』

酒を流し込んでパソコンを置く。
新しいのを一本取り出して口に挟んでカウンターに身を乗り出せば、スッとマッチ箱を差し出された。

『……』

そのまま待っていたら、ため息を吐き出した秀一はマッチを擦って火を付けてくれた。

『今メモリーにコピーしてるからもうちょっと待ってくれ』

煙を吐き出してレジ周りのライターを並べ直してまた酒を一口いただく。
無言の空間が続いているが、小さな隠れ家バーのようなこの雰囲気がたまらなく好きだ。
ドアが開いて顔を上げる。

「いやあ、こんなご時世にまだ煙草屋があるとは…凄い品揃えだな」

「俺も最近知ったんですけど、ほら、先輩ヘビースモーカーじゃないっすか
ここ、珍しい煙草とか輸入品置いてて穴場なんすよ」

見ない顔…
ご新規さんか

「ここは煙草バーか何かか?」

俺が酒を引っ掛けながら煙草を吸ってたもんだから、そう尋ねられた。

『や、れっきとした煙草屋だ』

「まるでバーじゃないか」

秀一も酒飲んでたらそう見えても仕方ない、か…

『ご新規さん?』

「まあ、コイツに教えてもらったんだが…米花町にこんなに渋い店があったとは知らなかったよ」

教えたという人物を見たら、前に2、3度店に来た覚えのあるサラリーマン。
夕方くらいになると仕事終わりのサラリーマンが来ることはあるし、まあ、ありえそうな話だ。

「今日のオススメは何です?」

顔を見たことのある男に尋ねられたので、レジ前の本日の煙草のポップを指差した。

「キス…フレッシュアップルって、フレーバー付きですか?どこのですか?」

『ロシア
スーパースリムだからリーマン向けじゃねーよ
ノンフレーバーがドリームとロマンティック、カクテルフレーバーはストロベリー、アップル、メンソ
ロマンティック以外は全部5ミリだ』

「へえ…
じゃあニカさんが今吸ってるのも?」

『フレッシュアップル』

吸いかけのを差し出したら、彼は素直に一口吸った。

「…本当にアップルだ」

『アンタ最近来るようになったから記憶は曖昧だけど…ラキストじゃなかった?』

「覚えててくださったんですか…!」

『で、そっちの上司は?』

「…これだけあると選び辛いな」

『じゃあこれを勧めとく、韓国産のボヘーム
さっきの会話からじゃアンタはヘビースモーカーらしいし…そろそろ煙草だけじゃなくて葉巻も楽しんでみたら?
これは6ミリだが葉巻が30%入ってる
そこそこの重さで味も濃厚、微量に入ってるバニラがクセになる』

ラッキーストライクとボヘームNo.6を一箱ずつカウンターにスッと差し出す。

『試すか試さないかはアンタの自由
それでもいつもの煙草が欲しけりゃ無難なのにするんだな、味が合わなくて俺のせいにされても困るんで』

「…面白い、じゃあそれをいただこう」

『どうも
今なら二箱同時購入で割引して1200円ジャスト』

「随分と割高だな…」

『"専門店"だからな
今は煙草税も跳ね上がってるご時世だ』

ただの一般客にはぼったくりだと言われ慣れてる。
少し訝しげに見てきた男から1200円を徴収。

「随分若いのに、詳しいじゃないか」

『母国がそういう国だったもんでね』

どうも、とレシートを渡したら客は帰っていった。
あの後輩サラリーマンは煙草だけが目的じゃなさそうだ。
まあ、秀一をチラチラ見てたから常連にはなりたいんだろう。
常連レベルになれば確かにコーヒーか酒の一杯くらいは出してやるが、秀一は特別だ。

『待たせたな』

データを入れたメモリーカードを目の前にチラつかせる。
顔を上げた秀一は受け取ったかと思うと俺の手首を引っ張った。

「さすが、商売上手だな」

『そりゃ商売だからな』

「常連でもない客でも見込みがあれば試供させるのか
あの男、お前が目当てだろう?」

『だろうな
コンビニで買わないでわざわざこんなトコまで来て…』

「あまり安売りしないことだ」

『しねーよ、秀一相手じゃねーんだし
忙しいのに接客が入って悪かったな、もう一箱サービスしとこうか』

「構わん」

手を離されてグラスを返されたのでカウンターの内側にあるシンクに置いた。

「暫く日本にいることになった」

『あ、そう』

「時々顔は出す」

小さく頷いてから酒を飲む。
秀一は煙草をしまい、それからメモリーカードも厳重にしまい込むとジャケットを整えて立ち上がった。

「ニカ」

『何?』

「もう一度言っておこう
長髪の黒い服の男が来たら俺に連絡してくれ、メールじゃなくてすぐに電話を寄越せ」

『…ああ、わかった』

珍しいな、電話で連絡しろだなんて…

じゃあ、と帰って行った秀一をレジの所で見送ってからパソコンを開く。
ふあ、と欠伸をしてからまたハッキングをしてお店番再開。
基本的に昼食も夕食もこのレジの椅子で済ませている。
このくらいのユルさの方がなんでも仕事がやりやすい。
夜は酒を飲みながら一服したい常連も来るので客足が増える。
そうして24時に店を閉めて、翌日は11時に店を開ける。

『…悪くない1日だった』

箱に残っていた最後の1本を取り出して、閉店後の薄暗い店内で煙草を吸う。

…秀一が日本に暫くいるなんて、こんなに嬉しいニュースはないね
暫く楽しい日々になりそうだ






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