ゼロスタイル

コーヒーをカウンターに出してパソコンの画面を見ながら煙を吐き出す。
BGMも今日は控えめ。

『まさかアンタが組織に噛んでたとはな…
けど、よくもまあ俺にこんな構成員リストなんて渡す気になったじゃねーか』

「誤解しないでくださいね」

『え?』

画面を見ながらコードネーム、所属機関、そして名前を眺める。

「それは構成員リストではありませんよ」

『…まさか、これって…!』

「ええ、こちらが握っているNOCリストです」

『…マジかよ
てことは相当規模のでけー組織なわけで、各国の機関も関与してんのか…同時にこれだけ潜入捜査官がいてもおかしくねーくらいの組織で…
そんな規模で今までよく俺に気付かれなかったな…そこは褒めてやるぜ』

舌打ちを漏らす。
道理で俺に薬を盛った男がいないと思った。
てことは脱退者でも秀一はあくまでFBIとして潜入捜査をしていて、安室さんも当然シロ。
そしてBNDやMI6まで関わってくるとなれば相当だ。
安室さんがこれを俺に持ってきたということは、いくら口で言っても俺が組織を追うのをやめないからであるけれど、同時にこれを使って俺が組織に辿り着けるということまでは考えなかったのだろうか。
いや、用意周到なこの人のことだからそれは想定済みだろう。

『…何が目的?』

「取引内容を変更してもらおうと思っただけです」

『もう俺は保護対象から外してもらえんのか?』

「まさか、逆です」

『監視生活なんて御免だな』

「僕が貴方にこれだけの機密データを渡した、この意味くらいはわかるでしょう?」

『それだけの代償を背負えって言いたいのか』

「その口止め料として、僕とも仕事上でも取引相手になっていただきたいんです」

『だからわざわざこれを俺に渡したのか
これを渡せば俺が勝手に調べてくれるしな…
だがそれだけじゃそっちにメリットなんかねーだろ、これを元に情報を漁ったってアンタもハッキングは得意分野…せいぜい同じくらいの情報量しか得られないと思うけど?』

「貴方お得意のコネですよ」

『…俺のコネを買いに来たわけね、タチ悪ィー…』

「等価交換ですよ、僕は貴方の欲しいものを持ってきてあげたんですから
組織とのコネを」

ヘッと笑い飛ばして灰皿に煙草を押し付けた。

『断る』

「そう仰ると思いまして…」

安室さんが取り出したのはもう一枚のメモリーカード。

『おいおい、冗談だろ
いくら料金出されてもな…』

「これは僕だけが知っている組織の情報です」

『…組織内でもか?』

「ええ、組織内に知る者は僕だけ…そんな美味しい情報を貴方が見逃すわけがないと思いまして用意致しました」

相変わらずギリギリのラインを狙ってくる…
マジで敵には回したくねーな
けど俺の客まで売れって言ってるようなもんだ
その代わりに俺に何をしてくれる?
命の保証を完全にしてくれるわけじゃねーだろ?

『俺のメリットが小さいと思わねーか?』

「そうでしょうか?」

『こっちは顧客まで売れって脅されてるようなもんだ
それほどの価値があるのか?その切り札のメモリーカードは』

「まあ、使いようによってはあるでしょうね
貴方に関係のある方の話ですから」

『…誰だ?』

「聞いたら承諾していただけるという扱いになります」

『どこまでも汚え取引しやがる…』

戸棚に手を伸ばし、青いホルダーを取り出してからそれにカートリッジを差し込む。
青いカートリッジのイラストの描かれた煙草の箱をカウンターに置いてから吸い込んだ。
難航。
考えに考え抜いた。
安室さんは俺が降参するのを見越してここまでの情報を持ち出してきているのがものすごく癪だった。

『プラスアルファで何か条件つけろ、まだ等価交換には値しねーな』

「貴方の命まで保証しているというのにですか?」

『それは…含まれてたわけ?』

「ええ、ですから以前の取引内容の追加事項ということです」

『どういう手段でそこまで言い切れんのかわかんねーけど…
アンタの言いなりになってるようですげームカつくんだよな
だって俺がこの条件飲むこと前提で喋ってんじゃん、店の経営もまだ伏せてるってことでいいの?』

「勿論です」

はあっとため息を吐き出してその煙草の箱をスッと滑らせて安室さんに差し出した。
代わりに俺はメモリーカードを受け取る。
煙草の箱を手にした安室さんはパッケージを見るとふっと笑った。

「僕への当て付けのつもりですか」

『そう思ってくれて構わねーよ』

「これで僕も貴方とは今まで以上に仲良くなる必要がありますね」

『んな可愛い関係じゃねーだろ、俺ら』

「可愛いと思いますよ?僕は貴方の保護者ですし」

ほら、またすぐに切り替える。
だから怖いんだ、この人は。
俺以上の役者だぞ。

『吸うならホルダー貸してやるけど』

「いえ、結構です
それ以前に貴方が喫煙しているのを見逃していることも頭の片隅に置いておいてください」

『それもそうだ、ケーサツの前で堂々と喫煙できんのは気持ちがいいくらいだ』

「でしたら没収しますよ」

『冗談だよ』

返された煙草の箱をカウンターの隅にやる。
ゼロスタイル・スティックス・ブルーミント。
煙は出ないし強いミントのおかげで目が覚めてきたような気分だ。

「貴方こそ、僕のこと厄介者扱いしてますよね」

『実際そうだ』

「本当でしたら保護者として貴方のことを野放しにしておくわけにはいかないんですが、どうせ貴方もそんなことをしたら嫌がるでしょうから渋々一人暮らしを認めているだけです」

『だって今まで俺はそうやって生きてきた』

「少し前と今とでは状況が全然違うことをわかってくださいね」

『言われなくても十分わかってるよ』

「それからもう一つ警告しておきます」

『何』

見たら、安室さんは本気だった。

「噂で聞きましたが、近々本当に貴方が死んだかどうか確認しに来るそうですよ」

あの、男が…?
またここに来るってのか…?

「詳しい情報はまだわかっていません、あくまで噂でしか聞いたことがありませんし
ですが用心して損はありません、特に一人の時は気をつけてください
寝床を変えずに生活しているんですから、家の隅々まで探されて見つかりでもしたら大変なことになるでしょうね
たとえ幼児化したと知られていなくても、貴方がニカさんの関係者というだけで消される可能性だってありますから」

『……』

「…ニカさん?」

下を向いていたら覗き込まれた。
目線を逸らせて唇を噛む。

「…それほどの脅威でしたか」

『今更引っ越すわけにもいかねー…逃げ場なんかないってのに…』

「取引をしていただけたので当分その心配はないでしょう
僕が組織の方へ手を回しておきますから」

ちょっと癪ではあるけれど、今は彼の提案に乗った方が良さそうなの俺でもわかる。
頭をそっと撫でられたのでとても複雑な気分になった。

「ところで今日は宿題ないんですか?」

『え?
あー…なくはないけど…』

「見てあげますよ、バイトも終わりましたし取引も終わったことですし」

『いーよ、別に、そんなの自分でやるし』

「僕は保護者なんですから貴方の成績も把握しておかないと…」

『……』

「小テストとかしないんですか?」

『たまにはやるよ』

「プリントは?」

『もう捨てた』

ゴミ箱を指差す。
そしたら安室さんはなんとゴミ箱を漁ってしまった。

えええ…!
俺の小テストとか見てどうすんの?

「な、なんですか、これは…」

『え?何って、足し算』

「貴方、この店開いて何年ですか?」

『んー…日本で煙草が合法なのは20だから3年かな』

「3年も働いていて、どうして一桁の足し算を間違えるんですか!
貴方店番でレジもやってますよね!?」

安室さんが見ていたのは、先日の足し算の小テスト。
まあ、何がどうなったのかよくわからないけど30点しか取れなかったやつだ。

『…基本的に情報料乗っけてキリがいい数にしてるし、大抵情報もついでに買ってく奴はお釣りいらねーって言うから計算してないっちゃしてないかも
それに俺、ろくに小学校行ってなかったって話しただろ』

「…今更ながらニカさんを学校に行かせて正解でしたね」

『まあ、久しぶりに算数なんかやったらそうなるよな』

「50点」

『は?』

「欲は言いません
ですが、せめて半分の50点くらいは取ってきてください
貴方、23歳でこの点数なのはどうかと思いますよ」

『…自分がケーサツで頭いいからってさ、全人類が算数できると思わないでくれよ
あれ、安室さんていくつだっけ?』

「29です」

『えー、若…すげー、29には見えねーな
てことは俺と…えっと…7、いや…』

「6歳違いです」

『あ、それそれ、そうなんだ』

「貴方も23歳には見えませんからね」

『確かに』

「それから引き算まで出来ないとは驚きました」

『久しぶりに引き算したからだよ、一々文句つけやがって…』

「算数の宿題は出てるんですか?」

『うん、今日は2ページ』

「持ってきてください」

『えー?やだよ』

「いいから今すぐに持ってきてください…!」

もー、またなんかスイッチ入っちゃったよ…
つまんねー事で怒るんだもん…

ため息を吐き出して仕方なく2階に上がってランドセルから教科書とノートを持ってくる。
そしたらスパルタ教育が始まってしまいました。

「だからどうしてそうなるんですか!」

『知るかよ!俺の計算じゃこうなんだよ!』

「もっとマシな間違え方をしてください!」

『教え方が下手くそなんだよ!』

「こんなの説明する価値もありません!」

結局たった2ページを終わらせるのに1時間かかった。
そしてグッタリしていたら勝手に簡易キッチンを陣取られていたのでもう好きにやってくれ。
俺は疲れた。

『…やってらんねー』

振り向いた安室さんは俺を見て珍しく笑った。
いつもイライラしてるのに。

「小学生らしくていいじゃないですか
僕は今の貴方の方が、些か可愛いと思っていますけどね」

『…どうせ元から無愛想だよ』

「それもそうですが…
以前の貴方よりも放っておけない存在ですから」

何それ…
また安室さん流の飴と鞭の飴ですか?

「宿題、お疲れ様です」

頭に触れたその手がいつもよりも優しくて、温かくて、だから甘えてしまいそうになるんだよ。
俺だって甘えたくなんかない。
こんな歳にもなって。
だけど。

『……』

「……」

『もっと、褒めて』

安室さんの服の裾を引っ張ったまま吐き捨てるように言った。
少し意外そうな顔をされた。

「ニカさんはもっと素直になることを覚えてください」

コンロの火を消した安室さんは、少しだけ楽しそうにして俺を抱き上げてレジに座らせた。
これで目線の高さはさっきよりも近くなった。

「構って欲しいなら最初から言ってください」

『…構ってくれなんて、言ってねーよ』

俺は言葉を吐き捨てることしかできない。
それなのに、この人は全部見透かしてしまうんだ。
俺の演技力なんてこの人の前じゃ皆無。
意味をなさない。
盾にすらならない。
頬を滑る大人の手が、堪らなく恋しくなって自分の小さな手が憎かった。








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