ポンポンオペラ

はあっとため息を吐き出してランドセルを持ち上げた。
先週ズル休みをして保護者である安室さんと出掛けたのは結局都内で、俺の海のリクエストは受け入れられずただ安室さんに付き合わされただけだった。
まあ、多分仕事関係で俺の情報収集には持ってこいの場所ばっかりだったから久しぶりに外部への調査としてはなかなかの収穫だったし、深読みに深読みを重ねたら安室さんは俺に情報収集させるために連れ回したのかと思えてしまう。

…いや、考えすぎか
安室さんがそこまで考えるわけないか…本当にただ仕事に連れまわされただけで…

「ニカ」

帰ろうとしていたら呼び止められて振り返った。

『…えっと、江戸川君ね、どうしたの』

「あのさ、聞きてーことあるんだけど、お前んとこって店なんだっけ…」

『そうだけど…20歳未満お断りだから』

「だよな、だったら探偵事務所に…」

『やだ』

「え?」

『あそこ5丁目だろ』

「そ、そうだけど…即答することか?」

…別に探偵事務所に行くこと自体はいい
それは構わねーんだが、今日は生憎安室さんがバイト入れてるって言ってたからな…変に鉢合わせしたくねーし…

「じゃあ…」

「でしたらポアロはどうです?」

横から急に声がしたのでびっくりして一歩下がった。
先日俺にケチをつけてきたおませなそばかす君でした。

「み、光彦…?」

「コナン君、いつの間に彼と仲良くなったんですか?」

「いつの間にって…席近えし、ほら、俺だけじゃなくて灰原だって友達じゃねーかよ」

「だって彼、お休み多いじゃないですか…!
いつ仲良くなる時間があるって言うんですか?
灰原さんとは学校に通う前に友達になっているそうじゃないですか」

「だったら博士ん所でいいだろ、なんでポアロなんだよ」

「博士が灰原さんと一緒に住んでいるからです…!」

…悪いな、俺もう行ったことあるから
それに哀にお熱な君の嫉妬を買うような面倒事はしたくねーし

『…用事ねーなら帰るぜ』

「あ、おい、待てって」

「待ってください、コナン君が友達ということは僕たちとも友達になってください!」

『…悪いけど、余計な友達作る気ねーから』

「あっさり斬られてしまいました…」

「えーっ、折角お友達になれると思ったのに…」

「いいじゃねーかよ、そんなツンツンした奴」

後ろにいた二人も顔を覗かせる。
哀は意味深に笑っていたけれど俺はもう帰って店を開けたい。

「つーか、なんで俺がニカと友達ってだけでオメーらが…」

「それは…」

「私達が…」

「少年探偵団だからです!」

…はい?

「灰原さんから聞きました
ロシアでの生活と日本の生活とできっと、色々慣れないことがあって休みがちなんでしょう
何か困ったことがあれば僕たちにご相談を…」

…なんて都合の良い嘘を考えてくれたんだ、哀は
ありがたいね…

『困ったことならたくさんあるけど』

「でしたら僕たちに…」

『君たちに解決できるとは思わねーから
用事ねーなら俺帰るから』

で。
なんでこうなんですか。

「それでね…」

「僕は…」

「おい、あそこのパン屋に…」

『……』

仏頂面の俺の隣に工藤がいて、後ろに少年探偵団と名乗る三人、それから哀がいて米花町を歩いている。

「露骨に嫌そうな顔してんじゃねーよ
お前、子役だったんだろ?」

『何、俺に作り笑いでもしてろって言いたいわけ?
…友達作る気ねーのは事実だし』

「博士の所でケーキでも食ったら流石にお前も友達候補にするんじゃねーのか?」

『面倒な人間関係は作らねーようにしてんだよ
それにケーキで釣られるようなガキじゃねーんで』

パーカーのポケットから手を出した拍子に派手な黄色い箱がポロリと落ちた。

『あ…』

「「「……」」」

「不用心ね」

「おいおい…」

「「「あー!た、た、たば…」」」

『おっと、見間違いじゃねーのかな』

サッと煙草の箱を拾い上げてしまい込む。

『で、俺は結局阿笠さんの所でいいのか?』

「ダメです!灰原さんの生活領域に踏み込むなんて…」

「あら、私はいいけど
前にも一度来てるものね」

「そうなんです?」

「じゃあ…
あ、ニカ君はどこに住んでるの?
ニカ君のおうちは?」

『無理
うちの店は20歳未満立ち入り禁止だから』

「そ、そんなお店があるんですか…?」

「じゃあ…やっぱりポアロ?」

『それはやだ』

「嫌な理由でもあんのかよ?
あそこのホットケーキ美味いぜ?」

君は見るからに食べ物が好きそうだね…
けど今ポアロ行ったら絶対、絶対何か言われるから避けたい…

工藤をチラッと見たら、苦笑された。
この前の屋上での件で俺が安室さんと何らかの関係があるのは恐らくわかられている。
それに探偵事務所の下に工藤がそれなりに出入りしているなら俺のことを安室さんに直接聞き出したりしてるだろう。
面倒だ。
そんな事態は絶対に避けたい。

「何だよ、今日バイトのシフトが入ってんのか?」

『そうだよ、顔合わせたくねーんだよ…
それに梓ちゃ…梓さんも何か言ってくるだろうし…ノーリには友達は2人しかいねーって言ってある
絶対後で友達が出来たんですねとかネタにするんだぜ、やってらんねー…』

俺がこの姿になってから梓ちゃんには会っていない。
安室さんが俺の子供だって嘘を言ってくれたとしても、梓ちゃんのことだからまたわけのわからない都市伝説を延々と語られるかもしれない。

「とりあえず一先ず探偵事務所に行くか…」

『結局5丁目に行くのかよ…』

「なら私はパス」

「え?灰原さんいらっしゃらないんです?」

「ええ、用事を思い出したから」

なんて都合のいい…
俺もそんな言い訳して店に戻りてーよ…

「ニカ」

『ん?』

「…工藤君の話、後で私にも聞かせて」

『別にいいけど、あの顔じゃお前には関係ねー話だと思うぜ
それに、この子達がいるならまともに話し合いはできねーと思うけど』

「…それもそうね」

ふっと笑った哀はまた明日、と軽く手を上げて帰っていった。
で、結局俺は帰れないわけか。
探偵事務所にはいつか潜入捜査をしようとは思ってたからいいけれど。

「ではポアロに行きましょう!」

「俺、ホットケーキ食いてーな!」

「元太君、お財布持ってきたの?」

「あ、やっべ、忘れてた…」

おーい、食べたいのにお財布ないんじゃ食えねーぞー…
ま、小学生らしくてよし
それより気になるのは、工藤が欲しがってる情報ってやつだな
聞きたいことって言い方したけど、どうせ情報売ってくれって話だろう
だったら先に安室さんに頼んでくれよなー…

ため息を吐き出して歩いていたら、工藤にスッと何かを差し出された。

「ほら」

『あ、ありがと…』

「さっきポケットから一緒に落ちたぜ」

『全然気付かなかった…』

ライターを受け取ってそれもポケットに滑り込ませる。
毛利探偵事務所の下に来たはいいものの、この店の前も久しぶりだし探偵事務所も初めてだし、なんだか景色が変わって見える。

『……』

ふと物音がして目線を落とすと、猫が一匹ウロついていた。

『…猫』

「ああ、大尉じゃねーか」

『大尉?』

しゃがんでそっと手を伸ばしてみる。
三毛猫はすり寄ってきて、そっと一撫ですると指を舐めてきた。

「わー、大ちゃんだ」

「大尉も元気そうで何よりですね」

「おい、ホットケーキ食おうぜ」

「お、おい、行くのはポアロじゃなくて探偵事務所で…」

「あれ、皆学校帰りなの?」

カラン、と音がして梓ちゃんの声を久しぶりに聞いた。

「あら、見かけない子…」

猫がなかなか指を離してくれないので、そのままで顔を上げたら梓ちゃんはお盆を落とした。

「……」

『……』

「ニカ…さん…のお子さんとかですか?」

『…見てわかれよ』

「え、本当に…?
ちょっと…え、えっと、これは…その、ニカさんがお父さんだったってこと…?
あ、安室さん!大変です!」

え?
ちょっと、梓ちゃん、何事?

お盆を落としたまま、また店に戻ってしまった梓ちゃんの背中を見てやはり面倒なことになりそうだとため息を吐き出した。

「…どういうことですか?
ニカさん、お父さんと同じ名前なんですか?」

『…同じ名前っていうか、同じ呼び方ってだけで…
ほら、先生が黒板に長ったらしい俺の名前書いただろ
長ったらしいから俺はそう呼んでくれって言っただけ
ロシアでは父称ってのがあって、父親の名前をもらうんだよ
だから同じ呼び方されてるだけで…』

やっと猫が指を離したので立ち上がったら、ドアが開いた。

あーあ、面倒なことになった…

「皆、学校帰りなのかな?」

「あ、安室さん!」

「安室の兄ちゃん…!
なあなあ、ホットケーキ無料で食わせてくれねーのか?」

「それは…また難しいことを言うね」

ポケットから取り出した煙草の箱を投げ付けたら見事に頭に当たってくれた。
俺って安室さんの頭に物を当てるのが上手いのかもしれない。

「…なんですか、ニカさん」

笑顔で煙草の箱握り締めるのやめてくんねーかな…
それ、まだ中に4本くらい残ってるんだけど

『奢ってやったらどうなんだよ、金持ってるくせに』

「今日はお友達がたくさんいるんですね、いいことです」

『まだ友達じゃねーよ、同じクラスの奴らだ』

「ええっ、僕たちまだ友達じゃなかったんですか…!?」

『俺はなった覚えはねーぞ』

「相変わらずですね、ニカさん
そんな態度ばかりしているから友達ができないんですよ」

『余計なお世話だ
そんなに無愛想だってんなら、俺が奢ってやるからパンケーキくらい出してやれよな』

「領収書はお店につけときますよ」

『勝手にしろ、俺はコイツと上で話を…』

工藤を見たらまた苦笑された。
そしてその少年探偵団だという3人は俺から一歩引いていた。

『え、何…?』

「ニカさん…安室さんとお知り合いだったんですか?」

『知り合いっていうか…説明すんのがすげー面倒臭えから割愛ってことで
3人は中でパンケーキでも飲み物でも飲み食いしてたら?
俺は工…江戸川君と上で話でもしてくるから』

「コナン君だけニカさんと話すなんてズルいです…!」

「だったらお店の中でいいんじゃないかな…?」

口を挟んできた安室さんにライターを放ったら今度は避けられた。
あ、惜しい。

『お前はいいの?中で』

「…この話は今度にするか」

それは残念だが取引なら子供の前ですることじゃない。
仕方なくポアロで3時のおやつになってしまった。
店の開店時間も近付いてるからゆっくりしている暇もないんだけれど。

…なんでこんなことになったかな
俺がなんで4人分の飯代払ってんだよ、友達でもないのに…

「えー?安室さんご存知だったんですか?」

「ええ、まあ
前日に彼から連絡が来まして、今は商品の買い付けで世界一周にでも出かけてるみたいですけど…息子がロシアから帰ってくるから少し気にかけてやってくれと言付かっていました」

「それにしてもニカさんの子役時代に本当にそっくり…」

「面倒なことに態度までそっくりですよ」

本人ですからね、すいませんね
つーか本人の前でよくそんな事を言ってくれるじゃねーか、保護者の立場で

小さく舌打ちをしてコーヒーを飲む。

「それで…ニカさんはどこに住んでるんですか?
さっき結局聞きそびれてしまいましたけど…」

『そんなの知ってどうすんだよ』

「それは…」

「歩美たちだって遊びに行きたいし…」

『無理だな、20歳未満は入れない店だって言っただろ』

「なんだよ、店って」

『自営業だよ、そこに居候してんだ
悪いか?』

「い、いえ…悪いとかそういうわけではなく…」

「ニカ…お前もガキだな」

『お前に言われたくねーんだけど』

工藤をジロリと見てからポケットを漁ろうとしてやめた。
さっき彼に煙草の箱は投げつけてしまったので自分から没収させてしまった。
なんて馬鹿なことをしてしまったんだろうか。

「あまりそんな態度では、天才子役のお父さんの名が泣きますよ」

『うっせーな、一々嫌味しか言えねーくせに…』

何故か俺の前にパンケーキが置かれ、運んできた安室さんを睨み上げる。

『おい、俺は頼んでねーんだけど』

「僕の好意ですけど、何か?」

『…お前持ちなんだろうな?』

「……」

『…わーったよ!領収書につけとけ!この野郎!』

「わかりました」

『好意で金取るのかよ、タチの悪い大人だぜ、全く…』

ため息を吐き出して時計を見る。
ランドセルを背負ってから皿を持ち、椅子から降りた。

「あれ?ニカさんどこに行かれるんです?」

「ホットケーキ、今出来上がったばかりだよ?」

「食わねーなら俺が食うぜ?」

『帰る
これは店で食う、そろそろ店開ける時間だし
江戸川君さ、きちんとした話があるならアイツ通してからにして』

安室さんをチラッと見たら工藤は小さく頷いた。
それからカウンターに行って安室さんの袖を引っ張った。

『これ店で食うから後で皿取りに来て』

「…貴方、僕に店まで来いって言ってます?」

『どうせ来る羽目になると思うぜ
それからさっきの返してくれ』

工藤が本当に俺に話があるのなら、情報の取引の代理として安室さんが来ることにはなるだろう。

「僕に没収させたのは貴方ですよ」

『……』

「…17時過ぎに伺います」

『アイツらの食事代もその時払う、今は手持ちがねーんだ
じゃ、後でな』

「あ、ニカさん」

『何?』

皿を持ったまま店を出ようとしたら呼び止められた。
振り返ったら何かを放られたので慌てて片手でキャッチした。

『……』

メモリーカードだった。

お、これはもしや先日一緒に外回りさせられた時の情報なんじゃ…
えー、なんだよ、譲ってくれんなら先に言ってくれよー!
こんな事なら無駄にイライラすることなかったじゃねーか!

『マジ?マジで?
こんなことならこの前文句言わなきゃ良かったぜ』

「…こういう事が絡むと本当に楽しそうですね」

『17時前に来たっていいからな!待ってる!』

わーい、と店を出てパンケーキを持ったまま店へと急ぐ。
早く店に戻って情報開示するのが楽しみだ。

「…本当に帰っちゃいましたね」

「…とってもご機嫌だったね」

「アイツ、笑ったりするんだな
いつもツンツンしてる奴だと思ってたぜ」



3丁目の交差点から路地裏に入り、店の鍵を開けてから札を開店にしておく。
それからランドセルを置いてから1階のレジの椅子を陣取り、パンケーキをいただきながらパソコンを開いて早速メモリーカードを入れて、入っていたファイルを開いた。

…あれ、何だこれ

『……』

待て待て待て
俺のことはともかく、なんで俺が今調べてる組織の情報まで入ってるんだ?
前に哀が言ってたコードネームが酒の名前だって、そんな組織に狙われてるなんて一言も言った覚えはねーぞ?
なのになんで安室さんからのファイルに、コードネームの男達の名簿が…?

『…これ、何かあるな』

安室さんが俺を保護した理由、何か裏がありそうだな…
ということは、安室さんもあの組織に何か関係してるって考えて良さそうだ
…だけど、なんで?

「おい、やってるか?」

ドアの開く音がしてビクリとし、慌ててパソコンを閉じて顔を上げた。

『札見ろ、札
開店って書いてあんだろ』

「だからロシア語じゃわかんねーって
お、今日は3時のおやつか?」

『まーな、宿題のやりすぎで頭が疲れたから糖分を摂取しとかないとな』

脚立に登っていつもの煙草を3カートン持ってきてカウンターに置いた。
紙袋を用意して金庫からナンバリングされたメモリーカードを出していつもの手順で煙草に貼り付けておく。
代金もきちんと受け取ってお釣りはなし。
客を見送ってから暫くパンケーキを食べてとりあえず状況を整理した。

…俺はどこの組織に狙われているかなんて話してないのに、安室さんはそれを知っていて俺にわざわざその組織の名簿まで渡してきた
俺のことを保護するというのは本当らしい、それは警察庁の下でってことだと思う
それから店の営業も伏せておいてくれているしそこは信頼しているんだけど、なぜこのことを安室さんが知っているのかってことだな…
考えられることは、一つ

最後の一切れを食べてフォークをカランと皿に落として少し複雑な心境になった。

…安室さんが、あの組織に一枚噛んでるってことだな
でも狙われたりしてないってことは…

皿を洗ってから布巾で拭いてカウンターに置いておく。
パソコンを開いて名簿を見つめ、その中に見知った顔が二つあったから繋がった。

だよな…
組織の一員ってことで潜入してない限り、組織のことを知っていて野放し状態で殺されない…
バーボンに、ライか…
まさか秀一まで関与していたとは…いくら脱退者として書かれていても、FBIから潜入していたって可能性が高い
それで秀一と安室さんが知り合いだったわけね、納得だよ…
それにしては仲が悪かったけど

ドアが開いたので顔を上げた。
さて、何から聞き出そうか。

『待ってたよ、パパ』

「僕は貴方のお父さんではありませんからね」

黄色い箱を放られたので片手で受け取り、一本取り出してライターで火をつけた。

「それにしても何ですか、そのふざけた黄色いパッケージは」

『…俺に言うなよ、可愛い名前じゃねーか、ポンポンオペラなんて』

本日のオススメには派手な黄色い箱を立てておいた。

『で、聞きたいことがあるのは俺の方なんだけど?』

「でしょうね、僕を見てすぐに顔色を変えましたからもうそのファイルはご覧になったんでしょう?」

『勿論、すぐに情報はデータとして保存しておきたいしな
ねえ、パパの本職、俺は取り違えてないよな?』

安室さんはカウンター席に座ってから意味深に笑って小さく頷いた。

「この前僕が忠告したにも関らず調べようとするからです
それを見てもまだ、その組織を詮索することがどれほど危険か…貴方ほどの方ならおわかりですよね?」

へえ、最終警告ってわけね…

『やっぱり俺、アンタのこと利用できる手駒だと思ってて正解だったみたいだな
これだけの情報があれば俺にとっては十分
感謝してるぜ、パパ』

煙をふっと吐き出してパソコンをパタンと閉じた。





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