帰路

ふあ、と欠伸を落として3日分の日記を書き終えた。
日記というよりは行動記録である。
そして同僚とも遊んで、荷物を纏めてホテルを出た。

あとは空港までタクシーを拾っていけばいいだけなんだけど…

スーツケースを引きずってメトロに乗り込んで、マレ地区へと向かった。
お店の並ぶ通りの手前、広場を横切ってからとあるアパルトマンのブザーを鳴らした。

『Bonsoir, c'est Louis.』
(こんばんは、ルイです)

ロックは外れて中に入り、階段を登って3階の部屋の呼び鈴を鳴らした。
カチャリと鍵が外れてドアを開けたのはママンだった。

「蛍、私もうすぐ出るから
今日夜勤なの」

『…パパは?』

「リビング」

『5分だけ中入れて
そしたら俺ももう行くから』

ママンに中に入れてもらい、リビングに行ったら先日のイケオジがソファーに座っておられました。

『…Ah...papa? Ça fait longtemps...』
(あ…あの、パパ?久しぶり…)

ど、どうしよう、超イケオジなんだけど…
おかしい…同じ遺伝子だとは思えない…
自分の父親だとは思えないくらいイケオジなんですけど、俺、将来こんな風に歳取れるんですか?

「Qu'est-ce que tu fais ici?」
(ここで何してる?)

『Ah...bah, je...je vais partir au Japon donc je voudrais parler un peu avec toi...』
(あ…その、俺…これから日本に行くからちょっと話したくて…)

「Je n'ai aucune raison de te discuter.」
(お前と話す理由は何もない)

『5 minutes, svp.』
(5分だけ、お願いします)

パパはやっと顔を上げた。

『…Papa?
Ah...tu sais que je travaille au DGSE maintenant et j'suis à Tokyo en travail.
Bien sûr je peux pas te dire des choses que je fais en travail, mais je me débrouille grâce à toi.
...Merci beaucoup.
Je t'aime, papa. Je ne sais pas si tu m'aimes, mais moi, je t'aimerai parce que j'suis ton son.
Merci de ne rien dire.
Un jour, je trouverai un clé certainement...』
(…パパ?
あの…今俺がDGSEで働いて、日本にいるのも知ってるよね
勿論仕事の内容は言えないけど、パパのおかげでなんとかやってるから…本当にありがとう
好きだよ、パパ
パパは俺のこと好きなのかわからないけど、パパのことはきっとずっと好きだよ、息子だからね
何も言わないでいてくれてありがとう
いつか、必ず鍵となるものを見つけて…)

パパは突然立ち上がって俺の腕を掴んできたのでビクッとした。
思ったよりも力が強い。
流石は現役の警察だ。

「...Tu restes encore dans "l'obscurité" ?」
(…お前はまだ"闇"の中にいるのか?)

目と目が合った。

まさか…バレて…

「Je savais que c'est pour ça que tu travailles là.
C'est pour ça que je t'arrêtais plusieurs fois, car l'état de ton oreille n'est pas assez bien.
T'es vraiment bête.
Échappé-toi tout de suite! Ne fouille pas "l'obscurité"! 」
(だからお前があそこで働いてるのも知っていた
だから何度も止めたんだ、お前の耳だっていい状態じゃないのに
お前は本当に馬鹿な奴だ
すぐに抜けるんだ!"闇"を詮索するな!)

まさか…組織のことも、俺が組織に潜入してるのも知ってて…
それでいつも怒って…

「5 minutes a passé. C'est fini.」
(5分経った、話は終わりだ)

腕を乱暴に離され、パパは俺を玄関に追いやってスーツケースも投げつけてきた。

「Hé, attention, mon chéri!
On y vas Louis, on part ensemble.」
(ちょっと気をつけてよ、貴方!
行くわよ、ルイ、一緒に出ましょう)

ママンとアパルトマンを出てため息を吐き出した。

「蛍、あの人の前で仕事の話なんてしたらどうなるか貴方だってわかってるじゃないの」

『…うん』

「馬鹿ね
パパは貴方が自分の未解決事件を貴方にさせるのが嫌なのよ
本来なら自分がやるべきだったのに、貴方がDGSEに入ってまで組織に入り込んでるのだから貴方に手を引けって言うのは当然よ
組織の闇をあの人だってよくよくわかってる
だからこそずっと反対してるのよ、組織に入るのも、DGSEに入るのも」

パパは、どこまで組織の事を知ってるの?
俺はもう十分わかってるよ?
パパが組織にいた時よりもずっと、事件のことはわかってきてるんだよ?
絶対に事件のことは…

「蛍、パパは貴方を失くしたくないの
それだけはわかってちょうだい」

ママンとメトロの駅まで一緒に行って、反対側のホームに立った。
風が吹いて車体がホームに滑り込み、乗り込んだらママンは俺に向かって手を動かした。

「"愛してる"」

ママン…久しぶりだね、俺に手話使ってくれたの
まだ、日本の手話覚えてたんだ…
もうすっかり忘れてるかと思ってたよ…

『"俺もだよ、またね"』

…たまには実家に帰ってみるもんだね

そう思って空港に向かい、夜のシャルル・ド・ゴール空港で飛行機に乗り込んだ。
先ほど書き終えた日記を取り出して、ホテルを出てからの動向を書き足して機内では珍しく仕事をせずに寝ることにした。
映画も観たし、ゆっくり寝たし、機内食もちゃんといただいてなかなか満たされたフライトでした。
1週間ぶりの日本ですが、なんとなく肌寒くなってきました。

うーん、仕事をしなかったからバカンスみたいなものだったなあ…

入国審査を受けて到着ロビーの自動ドアを抜ける。
さて、どうやって帰ろうか。
いい天気だなあ、と呑気に思ったりして電車にでも乗ろうかとスーツケースを掴み直した時だった。

『…あれ?』

「…また素通りですか」

あ、あ、イケメンです…
お仕事じゃないんですかね、私服ですけど
バイトとかどうされたんでしょうか…

「蛍さん、何か言うことあるんじゃないんですか?」

『…た、ただいま戻りました』

「おかえりなさい」

う、うわあ、イケメンだー…
安室さんだよね、降谷さんじゃないよね?
なんで空港まで来ちゃったの?
俺、確かに便名は言ったけどちゃんとした到着時間言ってないよね…?

久しぶりのイケメンです。
これはもう我慢のしようがないですね。
えいっと抱き着いてみたら、ちょっと驚かれましたが受け止めていただきました。

「公の場ですよ」

『空港ってそういうの許されないんですか?』

「…今日はそれでいいですよ」

スーツケースをサッと取られたので体を離した。
連れていかれたのはまた駐車場。

「どうでした?久しぶりのパリは」

『そうですねえ…うーん…』

「珍しいですね、この前は意気揚々と帰ってきたじゃないですか」

『ちょっと、実家に帰ったもので…』

スーツケースをトランクに入れられ、久しぶりのRX-7の助手席に乗り込む。

「あれだけ嫌がっていたのに、またどうして…」

鞄から日記を取り出して、運転席の安室さんにそれを渡す。

『貴方に依頼されたものです』

降谷さんからいただいた依頼の件です。
依頼をいただいてからの行動、時間と場所を全て記録したもの。
それからその時に口にした食べ物と飲み物、夜に飲んだ酒の種類まで全部書き漏らすことなく記録していた。

『安室さんが知りたがっていたフランスの猫の生態記録です』

「とても細かいですね
あ、これですね…蛍さん、二度も実家に戻られたんですか?
ちょっと待ってください、これ、どういう事です?
貴方のお父さん、やはり組織に関わっていたんですか?」

『…ええ
それからそこには書いていませんが、ママンは日本にいた頃、警視庁捜査2課の刑事でした』

「…このノート、僕が預かっても構いませんか?」

『貴方が依頼したものですよ?』

「わかりました
報酬をまだ払っていませんでしたね、どうしましょうか…」

『貴方の、この1週間分の生態と好物と行動記録を要求します…』

「僕の情報なんて、貴方、すぐ調べ上げるじゃないですか」

キーが差し込まれ、エンジンが掛かる。

『貴方の口から聞くことが大事な事かと思います
それから1つ言っておきたいんですけど…』

「はい、何でしょう?」

『夕食の件です』

車がゆっくりと発進し、空港の駐車場から出てから口を開いた。

『あの、夜ごはんは契約解除します』

「…どういうことですか?」

『安室さんのごはんを食べるのは、好きです
でも、それに対する報酬がキスだったりそういう事なのは嫌です
俺は、好きでキスしたいです
報酬のためだけにキスなんかしたくないです…』

キュッと唇を噛み締める。
ふと赤信号で車が止まって手を引っ張られた。

『あ、安室さ…ん…?』

「どうして僕が録音できない状態の時に貴方は大事な事を仰るんですか…!
日本に戻ったら何度でも言ってくださると約束したこと、話していただけますか?」

『……い、今ですか?』

「何度でもと仰いましたよね?」

『そ、そうですけど今は…』

「今は?」

『あ、青信号に変わってしまいました…』

小さく舌打ちをした安室さんはそっと唇を押し付けてきて、すぐにアクセルを踏み込んだ。

え、え、何今の…
ちょっと待って、理解が追いつきません…
しかも本人、何事もなかったかのように運転してますけど…俺、混乱しまくりですよ…?

「…契約は解除です
その代わり、僕もしたい時に貴方にそういう事はしますから
それから貴方の食生活を管理することは僕の趣味でもあるので契約以前にしていきますよ
今までは自然に貴方の食事に同席する理由が欲しかっただけですから、蛍さんの許可があるのでしたら無償で食事は提供させていただきます」

え…?
理由、だったの…?

「散々僕に馬鹿と言ったんですから、同じだけ告白していただきますよ
貴方、いつも寝言でしか僕に好きと言ってくださいませんし、この前みたいに長期間会えなかったり貴方の中で何らかの感情が上限まで溜まらないと僕にちゃんと好きって言ってくださいませんからね」

『ね、寝言って…仕事の話じゃなかったんですか!?』

「いいえ、違いますよ」

『俺、ちゃんと安室さんに好きって言ったことありますよ!?』

「貴方が発情期だった時です」

『え、ちゃ、ちゃんといつも…』

「僕は貴方が寝ている時にしか聞いたことがありません
それから先日だって直接ではなく画面越しでしたよね?」

『……』

そ、そうでしたっけ…
俺いつもそんなだったかな…
だって好き好き好きって思った時はちゃんと言ってるけど…
口が勝手に言っちゃうっていうか…

「あれだけ僕に馬鹿と言えるんですから、同じだけ言えますよね?」

あ…馬鹿と連呼した事をちょっと怒ってらっしゃいます…
これは…やってしまいましたね

『い、言わなくたってわかるじゃないですか』

「わかりませんよ」

ほら、楽しそうな顔してる…
絶対楽しんでるよ…

『……』

は、恥ずかし過ぎる…

黙り込んでいたら工藤邸に着いてしまった。
それからシートベルトを外したら顎をグイッと掴まれて正面を向かされた。

「僕は1週間貴方に会えなくて寂しかったですよ?」

『…はい』

「それから連絡も取れなかったので退屈でした」

『…はい』

「それだけですか?」

『…俺も、会いたかったですし、その、寂しかったですよ…?』

「それから?」

『そ、それから…寂しかったです』

「それはもう聞きました」

『……』

「…言わせるまでですね」

もう…車の中ってだけで密室だしなかなかのムードです…
ほら、もう体温上がってきちゃった…
ふわってしてきて…

これでディープなんてされたらもうまた腰が抜けます。
わかってるのにしてしまうのがなんか罪悪感を感じるというか変な気持ちになります。

もうダメです…
もうもう、溢れ出てきますね

そっと唇を離されて、ポロッと一言零れ落ちた。

『…好き、です』

「やっと聴けましたね、ちゃんと録音できました」

『えっ!』

なんて人だ…
なんでこういう時だけ用意周到なんですか…!
普通流れに任せて浸りますよね?
そういうのないんですか!?

「さあ、今日の夕食のレシピも考えてありますから行きましょう」

いや、貴方普通にしてますけどね、相当なダメージですよ、こっちは…
なんでそういうのを録音されなきゃいけないんでしょうか…

「蛍さん?」

助手席のドアを開けられて安室さんの肩を掴んだ。

『あ、あの、腰が抜けるのでああいうことをするのは事前に言ってください…』

「貴方こそ、そんなレベルで毎度腰を抜かしていたらどうにもなりませんよ
早く順応してください」

いや、イケメンに順応しろってどういう意味ですか?
無理ですから…!

イケメンの腕に掴まってヨタヨタ歩き、スーツケースを転がして工藤邸に戻ってきました。
やっとまた平和な日常へ戻ることでしょう。







[ 8/40 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -