夢から醒めたら白雪姫は

結局一晩泊まっていった秀一は朝から煙草を吹かしていて、俺は夜中に戻ってきたという安室さんの朝ごはんをいただいていました。

「今日もスケジュール詰めてるんですか?」

『そうですね…朝一の仕事は彼とになりそうですけど』

俺の朝ごはんが終わるのを待っているお兄さんをチラッと見る。
安室さんはあからさまにイラッとした。
温和な安室さんをここまでイラつかせるとは、秀一も何かしでかしたのだろうか。

「それで…今日はいつになったら空き時間ができるんですか?」

『お昼休みとかですかね
クライアント次第なのでちょっと何時になるかは…
お昼前の取引先とは時差があるのでわからないですね…』

「仕事もほどほどにしてくださいと言ってますよね?」

『これが俺のワーキングスタイルです』

ところでこのイケメンはいつまでいるのだろうか。
仕事だってあるはずなのに。
また俺の食事シーンを満足そうに見てるし。
何が楽しいんだか。

「蛍」

『んー?』

リビングの方から飛んできた声に答える。

「今日はここで取引しようと思ったんだが、ジョディが会いたがってるようだから外でしよう」

『えー、ここでサクッと終わらせる予定じゃなかったの?
まあ、マダム・ジョディのお願いなら仕方ないけど…でも次予定入れちゃったからな…』

「無理なら構わん、お前が多忙なのはわかっているはずだ」

『…じゃあごめん、お断りします』

向かい側からの圧力がすごかったからだ。

なんだかこの人に仕事のスケジュールまで管理されそうなんですけど…
そうだ、昨日安室さんが言いかけてたことは結局聞けずじまいだったなあ

『安室さん』

「何ですか」

『昨日の夜言いかけてたことってなんですか?
ほら、丁度秀一が来た時に言いかけてた…』

「あの話は後日しましょう」

『え…?』

少し機嫌を損ねてしまったようだ。
気にはなったけど後日というのだから仕方ない。
納得しよう。
どうやら安室さんは取引を本物にしてくれたようで、昨日俺がぶっ倒れている間に一度本部に戻って安室さんが解析した音声データや色々なデータを消去してくれたらしい。
そして俺が容疑者として引っかからないように色々と改ざんしてくれたらしい。
どうしてそこまでしてくれるのかわからないけれど、一応信用出来るみたいだし俺もそれに応えなければならない。

…監視する、会う、愛でるって言ってたけどあの3番目は何?
愛でる?
愛でるって何、飼い猫に使う言葉使いじゃないの?

もう頭の中がはてなだらけだ。
それでもおいしい朝ごはんを平らげてカフェをいただき、待っていた秀一とサクッと仕事をして見送り、別の仕事をしてそれから今度は本部と連絡をとって、なんてしているうちにお昼になってしまった。

…なぜ、まだいるんですか?
お仕事はどうされたんですか?
ていうか楽しそうにお昼ごはん作ってますけど、当たり前のようにキッチンに立ってるのはどうしてでしょう?

「そんな所で覗き見してどうしたんです?
もう少しで出来ますから待っていてください」

『別に覗き見なんてしてません…
あの、お仕事はよろしいんですか?』

「今してるじゃないですか」

『いや、あの、料理がお仕事とかそういうことではなくてですね…』

「取引の1つ目です
僕はこれで貴方を堂々と監視する理由ができましたから監視しているだけですよ
それにデータを改ざんしたのは深夜ですから今日の本部は動くでしょうね、保護対象として貴方を監視しておこうと思いました
それから取引の2つ目、貴方に会うという行為ですね
週2回伺うという約束をしたにもかかわらず、僕は今週昨日まで伺えませんでしたしね」

お皿に何かが盛り付けられていく。
それをダイニングに持っていった安室さんは、立ち尽くしていた俺の真正面に立った。

「そして取引の3つ目」

『その謎の行為はなんですか』

「以前は理由などいらなかったのですが、今の貴方に対しては理由が必要になってしまいましたので」

イケメンの手がそっと髪に触れ、わしゃっと柔らかく頭を撫で付けられた。

「貴方を愛でること、それも僕のプライベートな仕事ですから」

…い、嫌な気がしない
しようと思えば他人なんて拒否できるのに、この人にはできない…
どうしてだろう、これは寧ろ…もっと、してほしいと思ってしまう…

一歩だけ近づいてしまった。

…この匂いは嗅ぎ覚えがある
うん、イケメンの匂いだ

『……』

どうしよう…
でも、してみたいことはある…
神様、どうかイケメンのその胸板に潜り込みたいというよこしまな感情を抱いてしまった俺をお許しくださいませ…!

ええい、とイケメンの胸板に頭を乗せてみました。

「蛍さん…?」

し、しまった…
あまりの欲求でイケメンを困らせてしまった…
頭を撫でるという行為からいきなり派生しすぎてしまった…!

慌てて後ろに下がろうとしたら腰をぐっと引き寄せられてしまって身動きがとれなくなってしまった。

うそうそうそ、ちょっと待って、なんで離してもらえないんですか…!
ねえ、驚かせたのはごめん、俺が悪かったけど、最初に頭撫でてきたのそっちだよね?
ですがこれは最高に…なんだか心地よいです…
不謹慎でごめんなさい、でもこの感じ…浸っていたいと、思ってしまいました…
神様ごめんなさい…

「…久しぶりですね、この距離は」

『ひ、久しぶりも何も、その、これは近すぎるのでは…ないでしょうか…』

「そんなこと言いながら僕の服を掴んで離さないのは誰ですか」

『これは、条件反射です…』

肩も引き寄せられ、完全にイケメンの中にしまい込まれました。
心臓が止まりそうです。
息ができません。
あったかいし、ごめんなさい、すごく落ち着きます。

「蛍さん」

気付いたら泣いていた。

『……』

「言葉で言うよりも、肌の方が伝わるんですね」

『あの、俺…』

口を塞がれた。
手ではなく、口だった。

…ダメだ、心臓が止まるよ
それに知ってるから、この感覚も
頭の中で走馬灯がぐるぐる駆け回ってるよ

そっと伺うように優しく唇を押してくる舌も、絡めてくる舌の熱さも、この胸板、筋肉の感じ、全部知ってる。
唇が離れ、目をそっと開いた時に見えた景色は前とは違っていた。

『安室さん』

「…さっきのような怯えがなくなりましたね」

『デート!』

「はい?」

『休みとってください!東北行くんですよ!』

「ちょっと待ってください、蛍さん、まさか貴方…」

『何日無駄にしたんだろう、もうやだなー…
今から準備しても宿取れるかなー…ていうか仕事入れるんじゃなかった、失敗だった』

「蛍さん」

『なんです?』

「貴方は白雪姫か何かですか!」

『はい?何言ってるんですか?』

「なんで今まで僕のことを散々ストーカー呼ばわりまでしていたというのに、キスの一つで目が覚めたように思い出すんですか!
そんなことならさっさと僕たちが付き合っていたことを言って押し倒してやれば良かったみたいですね」

『…や、野獣ですか?』

「僕がどれだけ貴方の記憶を取り戻そうと手を焼いたと思っているんですか!」

『すいません、手間をおかけしたようで…』

「もう思い出したということは、僕が手を出しても構わないということですよね?」

『え…?』

「久しぶりの二人の時間ですよ、じっくり過ごしましょう」

『あ、ちょっと…』

抱き上げられてベッドに連行。
部屋のドアまでしっかり閉められて真昼間から夜まで悲鳴をあげるほどに素晴らしい時間を過ごしてしまいました。
仕事は放り出してしまいました。
なんということでしょう。

『……全部搾り取られました』

「何日離れたと思ってるんですか、妥当でしょう?」

『いや、あの、仕事も放り出して…夜まで待ってくださっても良かったでしょう!?』

「待てませんよ、今までどれだけ待たされたと思ってるんですか?」

ギリギリを手首を握り締められて観念した。
監禁生活からだからもう2ヶ月くらいは安室さんのことがスポーンと抜けていたわけで。

『…申し訳ございませんでした』

「いいですよ、無事に記憶も戻ったことですし」

『それでですね、一点不可解なことが…』

「貴方にはムードというものはないんですか?
全裸で書類を取りに行くっていうのもどうかと思いますよ」

『これです』

机に乗せていた書類から例の構成員リストを引っ張りだしてベッドに戻る。
ベッドに座ってそのリストを渡す。

『ジン様が俺に構成員を思い出すように送ってきた顔写真付きのコードネーム級構成員のリストです
ラムの前では猫かぶってればいいんですが…
ないんですよ、貴方の情報が』

体を起こした安室さんは隣に座ってリストを眺める。
とても凛々しいです。
そして俺はこのイケメンを独り占めです。

「確かにないですね…
ジンが僕との関係を懸念しているのでしたら載せないのもわかります」

『ですがジンは仕事上…と漏らしていたので警戒してくださいね
ベルモットも事前に貴方に忠告くらいはするでしょうけど』

「ええ、肝に銘じておきますよ」

『お腹すきました』

「もう少しムードとか満喫できないんですか?」

『俺はもう体力切れなくらい堪能させていただきましたよ…』

「何言ってるんですか、夜はこれからですよ」

『…はい?』

「夜ごはんを食べて少し体力をつけて休憩したら第2ラウンドといきましょう」

『…あの、もう3ラウンドくらいかまされましたがあれが第1ラウンドだったんですか…』

「スタミナのつく夜ごはん作りますから少し休憩していてください」

『え、ちょっと…明日足腰立たなくなるんで…』

で、行っちゃうし。
俺の部屋着を借りて勝手にキッチンに向かっていったかと思うと、安室さんはすぐに戻ってきた。

「そういえば蛍さんが昼ごはんを食べる前に僕がベッドまで連れていってしまったので冷え切った昼ごはんが残っていましたがどうします?」

『ちなみにメニューは…』

「牛丼ですね、温め直したら時短ですけど」

…時間を無駄にしたくないのね、この人
わかりましたよ、もうそれいただきますよ、どうせ美味しいのわかってるんだから…

『いただきますよ、夜は長いんでしたよね?』

「ええ」

『仕事が入らなければの話でしょうけど』

はあっとため息を吐き出して立ち上がり、2人でダイニングに向かう。
安室さんはキッチンで温め直していたけれど、椅子の上で待っていた俺を見て絶句し、部屋から何かを投げつけてきた。

「せめて下着くらい履いたらどうなんですか!
貴方一応人間なんですから」

『前にも言ったじゃないですか、気心が知れてる人の前じゃなきゃこんな格好しませんよ
それに第2ラウンドがあるなら着替えるのも手間ですよね』

「…全裸でごはんなんて、僕以外の前では絶対にしないでくださいね…」

目の前に置かれた牛丼からは湯気が立ち上っていて、ご飯にはたっぷりとタレが染み込んでいる。
そして安室さんはまた向かい側に座って俺が食べるのを見てるだけ。
それで満足していただけるならこちらも嬉しいです。
イケメンが喜んでくださると俺も嬉しいです。
いいですね。
平和的です。

『美味しいです!
これは元気が出ますね、間違いありません!』

「それは何よりです、朝まで体力持ちそうですね」

『…朝までコースですか』

本当に懲りないですね。
まあ、久しぶりなので良しとしましょう。
大事な部分はちゃんと取り戻したので、これから組織の仕事もはかどることでしょう。
ひとまず一件落着です。

『安室さん』

「はい?」

口端についていたタレを指で拭われた。

『…大好き』

「…不意打ちですか、貴方が心臓に悪いと言っていた意味がわかりました」

『よし、これで第3ラウンドまで行けそうですね
今夜は寝ません!今日こそ安室さんを叩き起こします!』

「さっきだって一度僕が叩き起こしてるんですから、この調子ですとまた僕が叩き起こすことになりそうですね」

わしっと頭を撫でられて幸せごはんを完食。

『ここ最近食べたなかで一番美味しいごはんでした』

やっぱり恋人のごはんが一番です。
ごちそうさまでした。


一週間後。


「え、じゃあ本当にもう全部思い出せたの…?」

喫茶ポアロにてコナン君とテーブルを囲んでいました。
今日の3時のおやつは梓さんのカフェとパンケーキ。
いいことですね。

『まあねー、一番の特効薬は彼氏のごはんてとこかなー
あ、君は毎日食べてるんだろうけど』

「余計なお世話だよ」

『まあ、色々とその後がすごくて足腰立たなくて丸一日仕事お休みしてしまったけど…夜ごはんも週に2回じゃなくなったし、仕事ない日は来てくれるし…』

「ただの惚気なら聞かねーぞ」

『やだなあ、そんなんじゃないって
ほれ、今月の家賃纏めといたからさ、暫くフランスに戻ることになって…』

「え?本部に呼ばれたの?」

『うん、すぐ日本に戻ってくるけど
悪いけど、それまでまた宿確保しといてくれるかな、と思って』

「それはいいけど…
だからそんな荷物持ってたのか」

『じゃあ、そういうことでよろしくお願いします
掃除だけはしといたのでご安心を』

3時のおやつを食べきってからポアロを出て空港に向かい、久しぶりのパリが寒くてマフラーを巻いてコートのポケットに手を突っ込んだ。
本部へ戻って局長に挨拶をして部署に日本のお土産を置いておく。
それからパリをうろうろして実家にも帰って、きちんとパパに組織の情報を提供することにしました。

『Je pense que c'est la dernière fois de revenir ici.
Au revoir, papa. Je t'aimais.』
(ここに来るのは最後になると思うから
じゃあね、パパ、好きだったよ)

これでいい。
仕事をするために、俺と関わりのある人間を減らしていくしかなかった。
絶対に守りたい人と、縁を切った。
だから家族と手を切った。
これで、いい。

「Hé, Louis, t'était ici?
Le directeur te cherchais au bureau.」
(ルイ、ここにいたのか?
局長が本部で探し回っていたぞ)

『Ah bon? J'y vais.』
(マジで?すぐ行くよ)

マレ地区を歩いていたら同僚に見つかり、そんな伝言を受け取ったので一緒に本部に戻ることにした。
結局また日本行きの別の指令を受け取って一週間後にはパリをまた離れることになった。
羽田空港に戻ってきて入国審査をし、到着ゲートを出たらもう見慣れた景色が待っていた。

「また僕に内緒でフランスに帰ったんですね」

『すぐに戻ってくるんだからいいじゃないですか』

「貴方はすぐ勝手にどこかへ行って勝手に戻ってきますね」

スーツケースを転がして安室さんにそっと近付いて抱きついた。
首筋に小さく口付けたら肩を突かれた。

「車まで我慢してください」

『できなかったと言ったら?』

「仕方のない人ですね」

スーツケースを奪われて駐車場へと誘われる。
久しぶりの白いRX-7を見て安堵したのはなぜだろうか。

『そういえばなんでこの時間の便だってご存知だったんです?』

「貴方のパソコンの中身を見ればわかることです」

『またですか…』

助手席に乗り込んでシートベルトを締める。
運転席に座った安室さんに顎を捕まれ、思い切り口付けられた。

「お帰りなさい」

『…た、ただいま戻りました』

「日本食も久しぶりでしょうから、今日は懐石料理でも作りましょうかね
ゆっくりパリのお話でも聞かせていただきます」

『日本のお話もお聞かせ願えたらと思います』

夜の首都高は今日も綺麗です。
これからも、この景色は何度も見せてもらえるでしょう。
お仕事してて、良かった。





第二部完
お付き合いくださりありがとうございました。
2017.10.29 七戸てふ

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