年上彼氏と猫の朝

お、今日はいい感じの目覚めです。
あったかくて安定感もあって、何より落ち着く。
欠伸を落として抱き枕にしていたものから離れた瞬間に体を後ろから引っ張られた。

『うわっ、え?』

「おはようございます」

うん、左耳の聴力も回復、感度良好。

感度、良好…?
えっ?

振り向いた瞬間、視界に飛び込んできたのはイケメン。
朝から刺激が強いですね。
実はこの人が彼氏になって1週間で仕事の都合上3週間のブランク、まだ付き合って一ヶ月と正式に言えるほどの時間を過ごせていないのが実状です。

「蛍さん、昨日僕が泊まる理由を理解していると言ったくせに貴方が入眠するまでに要した時間はたったの3分43秒ですよ?
何をどう考えたらそういう解釈になるんですか?
案の定僕は貴方に拘束されて身動きが取れずに一晩を明かす羽目になりましたよ」

え…なんで朝からお説教されてんの、俺…

体の向きを変えて体を起こしたらイケメンも起き上がってジリジリ迫ってきました。

『えっと…』

イケメンに迫られるという超トキメキ系イベント真っ最中なのですが、それにしてはあまりに不機嫌そうなので思わず後ずさりしてしまいました。

『あのー…』

トン、と背中が壁にぶつかった。
万事休す。
どうしたものか。

「僕達、一応付き合ってるんですよね?」

『は、はい…』

「その語彙の説明もちゃんとしましたよね?」

『ええ…
大変説明するのが面倒臭いといった表情で半分怒られたような説明をされたので、あまりの剣幕に驚いてしまいましたけど…』

「やっと仕事を終えた貴方とこうして共に過ごせる時間が出来たのに、僕が泊まった理由も理解せずに爆睡するなんて本当に鈍感の極みですよ」

ど、鈍感の極み…!
新しい罵り言葉です…!

心にグッサリですよ。
ガーンと壁に凭れて魂が口から抜け落ちそうになっていたら両手首を掴まれて壁に押し付けられました。

「…確かに時間が経っていないと言えばそうなります
実質的にはまだ付き合って一週間くらいですし」

『仕事入っちゃったんですから仕方ないじゃないですか…』

「ですからこうして僕も泊まって貴方と過ごす時間を取ったというのに…」

『朝から刺激が強いです、まだ午前の8時ですよ?
こういうのって夜中にすることじゃないんですか…?』

「…こういうことをするために泊まると言ったんですよ!馬鹿ですか!」

『…馬鹿でした』

なぜ朝から怒られたのか、ようやく理解しました。
お忙しい彼がわざわざ家に泊まってくださったのに俺はゆっくりベッドトークをする間もなく爆睡したというわけですね。
しかしこの体勢もどうなんでしょう。
拷問ですか。

『安室さん』

「はい」

『あの、磔の刑か何かですか?
俺、いつまで壁に磔状態にされていたらいいんですか?』

イケメンが小さくため息を吐き出しました。
ですがこの距離感はもうわかります。
朝から壁に追い詰められてキスされるなんてとてもすごい朝です。
フランスにいた時には考えられなかったような朝です。

「僕が蛍さんにキスをし終わるまでです」

HPが0に到達しました。
こんなの朝からすることではありません。
手を離されてそのままベッドにパタリと倒れこみました。

「朝ごはん、すぐに用意しますね
蛍さんもシャワー浴びてきたらどうです?」

『あ…はい…そうします…』

イケメンは俺の頭を一撫でして部屋を出て行きました。

…ねえ、これなんて恋愛ゲーム?
フランス女子もドキドキのジャポンのゲームですか…
ていうか年上のイケメンてなんで俺の頭すぐ撫でるの?
そんなに子供っぽいんですか?
俺もうガキとか言われる年じゃないんだけど…

ゆっくり起き上がって部屋着を脱ぎながらシャワーを浴びに向かう。
さて、今日はやっと普段通りのお仕事が出来るので普段の生活リズムを取り戻そうと思います。
それからポアロに行って昼食を食べると。
我ながら良いプランだと思う。

んー…組織の仕事はとりあえず常時監視してればいいし、本部の仕事も今はとりあえずこの前の報告書を完成させればいいし…
それはポアロでやるか

シャワー上がりに鼻歌を歌いながら部屋に戻ってTシャツとズボンを履いてからダイニングに行ったら、そこにはカフェで出てくるようなバゲットのサンドイッチが置かれていました。

『Ahhh, c'est un sandwich poulet curry!
Pourquoi tu sais que je l'aime bien? C'est pas vrai...!』
(あー!鶏肉とカレーのサンドイッチ…!
なんで俺が好きなのご存知なんです?信じられない…!)

「Je pensais que tu aimais le sandwich parisien, mais quand tu as lu un gourmand magazine, tu as regardé son page.
Il semble que mon raisonnement était juste. 」
(貴方はハムとチーズのバゲットサンドイッチがお好きなのかと思っていましたが、貴方がグルメ雑誌を読んでいた時にそのサンドイッチのページを凝視していましたから…
僕の推理も合っていたようですね)

なんて人だ。
俺が雑誌を読んでた時なんて限られてるのに。
恐らく夜ごはんを待ってる時かポアロにいる時だ。
この人の洞察力には度々驚かされてきたけれど今回は本当に驚いた。
サンドイッチをいただいていたら、半分濡れていた髪をわしゃわしゃとタオルで拭かれた。

『んー』

「貴方もまだまだ猫ですね
ちゃんと髪乾かしてきてくださいよ、ドライヤーかけましょうか?」

『これ美味しいですー
ヨーロッパでもフランス以外で食べられなかったんですよね、本当に感動です』

「話を聞いていないのでしたら勝手にしますからね」

『カフェも最高です、昨日調味料と一緒にコーヒー豆を買っておいて正解でしたね』

一人で感想を言いながら食べていたら突然髪に熱風が当たって驚いて振り向いた。

『なんなんですか!』

「僕はちゃんと断りましたからね、ドライヤーをかけますと
ちゃんと髪を乾かしてください」

『自然乾燥で十分です…!』

椅子から降りて逃げた。

「そうやってドライヤーを嫌がるのも猫と一緒なんですね…」

諦めてくれたのか安室さんはドライヤーの電源を切った。
それを確認してから椅子に戻ってカフェを飲んだ。

『食事の邪魔しないでください』

「僕にドライヤーをされたくなければ、ちゃんと髪を乾かしてから食事にしてください」

カフェを飲み干して皿とマグカップをキッチンに持っていった。
洗い物をパッとしてからリビングに行ったら安室さんはいなかった。

…また俺の部屋で端末でも弄ってんのかな
仕事道具だし、それだけは勘弁してほしいんだけど…

「蛍さん」

『あ、はい』

部屋から出てきた安室さんはちょっと急いでいたのでお仕事だろうか。

『お仕事です?』

「ええ、今日は夕方何時に来れるかまだ断言できないのでまた連絡します」

『あの、時間のことは全然気にしないでくださいね
お仕事のことは勿論承知していますから…俺の時もそうでしたしお互い様です』

玄関に見送りに行ったらまた頭を撫でられました。
もしかしてまだ猫扱いされているということなのでしょうか。

「気を付けてくださいね」

『それ、こっちのセリフなんですけど…』

「貴方はすぐにどこかに行ってしまいそうなので」

『仕事しかしないのでご心配なく』

「根詰めるのも悪い癖ですよ」

額に口付けられて一瞬怯んだ隙に安室さんは行ってしまいました。

『行ってらっしゃいも言わせてくださらないんですね、意地悪…』

ムッとしてから戸締りをして組織のデータバンクをチェックして監視モードに設定。
それから今日は朝のハッキング祭りの開始です。
久しぶりのハッキング祭りでバンバン情報を仕入れてそれを各諜報機関に売りつける。
情報屋としてもなかなか面白い情報がたくさん入ってきました。
最高です。
正午近くになってタブレット端末を持ってカバンに入れ、工藤邸を出た。

仕事の依頼も朝だけで3件、これは良い傾向ですね
いい、実にいい
やっぱりこういうお仕事が好きです…

ポアロに入ったら、久しぶりの梓さんがお出迎えしてくださいました。

「蛍さん…!」

『梓さん、お久しぶりですー!
お元気そうで何よりです、昨日は急な用事で来れなくて…ご心配をおかけしたようですみません』

「昨日いらっしゃると聞いていたので…
でもお店にいらっしゃるの本当に久しぶりですね」

『ええ、少し仕事が立て込んでいたもので…』

いつものソファー席に腰掛けてタブレット端末を取り出して報告書の作成を開始。

「今日はどうされます?」

『カフェと…サンドイッチか何か軽食をお願いします
梓さんセレクトで』

「コーヒーは濃いめ、でしたよね?」

『ええ』

流石梓さんである。
報告書を書き進めていたらカフェが運ばれてきて、いただいたらいつもの味だったので大満足である。

「蛍さん、安室さんにはお会いしました?」

『え?まあ、はい』

今朝まで一緒でしたけどね…

「最近会っていないからって心配されてたので…」

『え、安室さんが?』

そんなこと一言も言ってなかったよね…
ただひたすら梓さんに嫉妬してたことしか聞いてませんけど…

「蛍さんのことだからてっきり安室さんにお話してるのかと思ってたんですけど、珍しいですね」

『一応仕事が立て込むとは言ったんですけど…
まあ、多分仕事の期間を知らせてなかったからですかね
そんなに心配してたんですか?どうもそういう風には見えませんでしたよ?』

「連絡が取れないとか、電話しても出ないとか…」

…安室さん、貴方そんなに過保護だったんですか

「定期的に蛍さんの声を聞いておかないと心配になるみたいですよ」

『えっ…』

「本当に仲良しですね、もしかして昨日安室さんの機嫌が良かったのは蛍さんに会えたからとか…?
あ、サンドイッチ今お持ちしますね」

『え、梓さん、それどういう…』

梓さんはカウンターに戻っていってしまった。

えー…昨日ポアロでバイトだったの?
ていうか機嫌が良かったって…

なんだか第三者にそう言われるとちょっと照れます。
もうソファー席に倒れ込みかけました。

な、なんだろう…急に恥ずかしくなってきた
ていうか俺、何、これ、愛されてるって考えていいの…?
自惚れそうなんだけどいいんですかね…

「蛍さん、お待たせしました
サンドイッチを…蛍さん?」

『なんかもうお腹いっぱいになってしまいました…
あの、ご馳走様です…』

「えっ…?」

ねえ、安室さん、これが大人の恋愛なんですか?
俺の声たった3週間聞かないだけで心配になるものなんです?
あ、でも3週間安室さんに会わなかっただけで癒しを感じられなかったから、それと同じことなんでしょうか…?

「サンドイッチ、要らないんですか…?」

『あ、欲しいです、お昼ごはんいただきます』

「どっちなんですか…」

『すみません、なんか心理的にお腹がいっぱいになっただけなので物理的にはお腹空いてます』

今夜どんな顔して彼と会えばいいのかわかりません。
まあ、なるようにはなるでしょう。
こんなこと初めてなのでどうしたらいいのかわからないのですが、その…素直に嬉しいです。
大人の世界ってすごいです。
寧ろ年上ってすごい破壊力です。





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