イケメンに振り回される

15時半、上野。

『……』

「お気に召しませんでした?」

『…なんでただのお話が野外で、しかも動物園なんですかねえ
男2人で来るような場所じゃありませんよ
大体会って数回の方となんでこんな所に…』

はあ、とため息を吐き出す。
ベンチに座っていたのだけれど、背中合わせで立っていた組織の人間、安室透をチラリと見る。
なんで動物園なのかは謎だけれど、この人見れば見る程イケメンです。
なんかよくわからないけど、工藤邸に車で来た時からしてイケメンだった。

「あんなに行きたがっていたのに、そんな顔をされるなんて残念です」

『行きたがっていた?
ご冗談を…大体貴方にそんなプライベートな話をしたことなんてありませんよね?
…本当にストーカーですか?』

「僕は約束をちゃんと覚えていましたけどね」

『約束?取引か何かですか?』

「いえ、プライベートなお約束です」

手に持っていた動物園の入場券をキュッと握り締める。

何がプライベートだ…
大体こんな誘いに乗った俺が馬鹿だったのかも、組織の人間と外でこんな風に会うなんて…
もしもこんな所誰かに見られたら…

「蛍さん、お隣よろしいですか?』

『…勝手にしてください、他人のフリをします』

言った通り勝手に座ってきた安室透から目を逸らせる。

「…本当に忘れてしまったんですね」

『…何のことですか』

「他人のフリをされるのでは?」

『あっ、そうでした…』

「もう遅いですよ」

なんかこの論破される感じ、知ってるんだよな…
なんでだ?

「僕が貴方にどれだけ会いたかったかも知らないで…」

ボソッと落ちた声を左耳が拾っていた。
目の前の道を人が歩いていく。

『…貴方、何者ですか?』

「一度に情報を与えてしまうと貴方も困惑するでしょうから、少しずつ思い出していただければと思います」

『ただの組織の人間じゃありませんよね?
俺と同じ立場にあることは知っています
…まさか表仕事の際にもお会いしてました?』

「ええ、何度もお世話になりました」

『そうですか…』

彼の手が動いた。

「"一つだけ言っておきます
貴方の事を組織の中で誰よりも知っていると思います"」

『…どうしてそんな事が言えるんです?
それに手話なんて…貴方の身内に聾の方でもいらっしゃるんですか?』

「これは貴方に教えてもらったものです」

『あの、何を仰ってるんですか…』

「ですから今日はこれだけにしておきましょう、ゆっくりと紐解いていけばいい話です
折角入場券を買ったのに見ないなんて勿体無いですよ、貴方が行きたがっていた動物園なんですから」

立ち上がった彼に手を引っ張られ、だんだん頭が混乱してきた。
一方的に知られているなんて変な気分だ。

『あ、あの、安室さん…!』

「…蛍さん…?」

『あ…すみません、なんか勝手に…
なんででしょうね…』

「以前から貴方にはそう呼ばれていたので構いません」

『あ…はい…』

なんだ…?
違和感しかない…

しかし動物園なんて久しぶりだし、何故か安室さんがチケット代まで出してくださってるので今は仕事の休憩時間だと思って遊ぶことにした。

それにしてもイケメンですね、貴方…
こんなにイケメンなら俺の記憶に残っててもおかしくはないんですけど…

「まだ警戒されるのはわかりますけど、あからさまに距離を置かれると流石に僕も傷付きますよ」

『別に距離を置いているわけでは…』

「それとも水族館の方が良かったとか思ってません?」

『…水族館は好きですけど…
動物園は久しぶりでしたので…楽しめたらいいなと思っているところです』

「でしたらもっと楽しんでください」

『急にそんな事を言われましても…』

「…わかりました
僕ばかり蛍さんのことを知っているのはフェアではありませんからね
僕の事でもお話します?」

『多少のことは今朝調べました
あまり深追いすると無駄な接触と見なされるので…』

「本当に忠実な飼い猫なんですね…
まあ、今日は貴方を誘ったわけではなく蛍さんをお誘いしたので割り切っていただけませんか?
これは、仕事ではありませんよ」

仕事じゃ、ない…

そう思うと少しだけ肩の荷が下りたような気がした。

『はい、スイッチを切り替えました』

「では今日からまたお友達としてよろしくお願いします」

『…お友達、ですか』

「まだ仕事仲間としては覚えていただけないでしょうから」

『それは貴方の本業のことなのでしょうか?』

「ええ」

『…わかりました
では、日仏友好関係向上のためにもお友達からよろしくお願いします』

「そんな畏まったお友達のつもりではなかったんですが…」

一礼してから周りを見て看板を見上げる。
そしたら横からサッと地図を出された。

「どこから見ます?」

『…どこでも、いいです』

「では時計回りで行きましょうか」

なんか手際いいしイケメンだし、なんなんだ、この人。
ずっと俺の左側を歩いてるから会話できるし俺の耳の事もわかってるみたいだし。

『…可愛い』

初めてパンダを見た。

「初めてですか?」

『…はい、写真でしか見た事がありませんでした
本当に動いてるんですね』

あの巨体はもふもふしていて埋もれたら気持ち良さそうだ。

『…埋もれたい』

「蛍さん、暖かそうな物に埋もれるの好きですよね…」

『え…?』

「個人的な見解です、気にしないでください」

『…例えば何です?』

「え?」

『その、暖かそうな物の例えです…』

「そうですねえ…
今のパンダもそうですけど、布団とかもそうですよね
あと…」

『あと…?』

安室さんは言うのを一瞬躊躇った。

『あと、なんです?』

「…腕の中、とか」

ギョッとして一歩離れた。

『な、な、何なんですか…!
飼い主にには、その、飼い主なのでたまにはされますけど…だからといってそんな、は、は…』

「破廉恥とでも言いたいんですか?」

『それです!
破廉恥な、そんな事を考えたりはしません!』

「本当にそうでしょうか?」

『俺のこと何だと思ってるんですか…!』

なんて人だ。
もういい、知らん。
早足で歩いていたら分かれ道になってしまって足を止めた。

「貴方って目を離すとすぐいなくなってしまうんですから」

手首を掴まれて振り向く。

あれ、この構図…前にどこかで…
それに今の言葉も聞いた事が、あるような…ないような…

「…さん、蛍さん」

ハッとして瞬きをする。
時間が止まっていたような気がした。

『あ、はい…』

「大丈夫ですか?
少し歩き疲れました?」

『いえ…別に…』

夢か。
いや、手首掴まれてるから触覚はちゃんとしてるしこれは現実。
イケメンに手を掴まれました。

『あの』

「はい?」

『い、い、いつまで手掴んでるんですか…
あのですね、その、貴方みたいなイケメンにそんな事されると困るんですよ…!』

「…それはちょっと解釈に困るのですが…」

『あ…失言です、お気になさらず』

手を払ってから口籠った。
しまった。
なんて事を口走ってしまったんだ、俺は。

あああ、もう、なんか調子狂う…
この人なんでこんなに俺の事ぐちゃぐちゃにするの…

ため息を吐き出して適当に歩き出して、一通り見終わったらもう日が暮れていた。
流石にニットでは寒いと思い、腕を摩ったら肩に何かが乗っかった。

『あ…』

「東京も冷えるようになってきましたね」

安室さんのジャケットでした。

『あの、安室さん、寒くなりますよ…?』

「僕は寒くありませんから」

な、何これ…
イケメンてこんなに気が利くもんなんですか?
日本人て流石ですね…

「少しは仕事の息抜きになりましたか?」

『…あ、はい、そうですね』

腕を通して上着を素直にお借りした。

「次は美術館にでも行きます?」

『…日仏友好関係向上のためにもそれがいいかもしれません』

「あの、プライベートでのお誘いなんですけど…」

うん、それがいい。
そしたらイケメンとお出掛けできる機会も必然的にゲット。
これは大事件だぞ、イケメンとお出掛けできるなんて。

『…あ』

「どうされました?」

『…お腹すきました』

「魚でも食べます?」

『最近やっと食事もできるようになったので何でも食べれますけど、魚の指定ですか…?』

「いえ、貴方の好きそうな物を言っただけで…」

『なんで俺が魚が好きなの知ってるんです?』

「知ってたらいけませんか?」

『…今日は、なんだか貴方に振り回されっぱなしで変な気持ちです
なんか…上手く言えないんですけど…』

ていうか俺、どこでこの人と知り合ったの?
こんなイケメンと知り合ってたら絶対覚えてる自信あるもん…
今までのクソみたいな男達とは違うし…

「蛍さん…」

『と、とにかく、その…お腹がすいたんです!』

「あ…はい…」

『餌…』

「やっぱり魚なんですかね…」

『……サンドイッチ』

「はい?」

『貴方、確かサンドイッチ作るのお上手でしたよね?』

「上手かどうかはわかりませんが…一応ポアロでもお出ししているので…」

『家にバゲットがあります
それからツナ缶とレタスとトマト…』

「僕に作れって言ってます?」

『…魚よりも好きな食べ物があった筈なんです
あの、大変不躾ではありますが…作ってください』

「…わかりました
それで貴方が少しでも何か思い出してくださるのでしたら喜んで作りますよ」

…あれ、不躾過ぎててっきり怒られると思ったのに
ていうか…え、まさか、家に来ちゃうの?
え、イケメンが来てしまうの?

『え、え…?』

「なんです?頼んだのは貴方でしょう?」

『そ、そうですけど…
こんな唐突にお願いしたら誰だって断りますよね…?』

ただイケメンを引き止めようと思っただけだったのに…?
ただ気を引こうと思っただけなのに…?
ほ、本当に来てしまうの…?

『い、今家、散らかってて…』

「構いません、仕事中毒の貴方のことですからどうせ時間が勿体無くて服も脱ぎっぱなしにしているんでしょう
丁度閉園時間ですし、行きましょうか」

『えっ、ちょっ、ほんとに部屋汚くて…』

「貴方の言う汚いのレベルはわかっていますから今更驚きません
お腹すいてるんですよね?
高速も飛ばしてすぐに家まで送りますから」

『あ、あ、安全運転で…!』

「大丈夫ですよ、シートベルトをしっかり締めていただければ」

『そ、そうではなくて…!』

来た時と同じ白い車に乗せられ、シートベルトを締められ、あれよあれよという間に車が発進してしまいました。

『ちょっ、スピード違反に…!』

どんだけスピード出してるんですか、この人…!
た、確かに安全運転ではあるけれど法定速度は守ってください、お願いします…!







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