ふりだしに戻った50日後

何週間が経っただろう。
俺の計算では今日は50日目。
7日目に、ラムからまた連絡が入ったのでもう1週間経ったんじゃないですかと聞いた所、まだ3日しか経っていないと返された。

まあ、こんな監禁生活なんだから俺の感覚を麻痺させないといけないってことか…
だったら手っ取り早く麻痺したフリして仕事に勤しんで徹夜してフラフラになってバッタリ倒れるのが一番…

と考えて仕事に勤しんで21日目、食べ物が食べられなくなりました。
そして耳も絶不調。
わかってはいるものの、かなりのストレスです。
ラムから連絡が入ったかと思えば質問責めされました。
勿論ジン様大好き大好き、と訴えたのですが、組織内で苦手だったり敵視している人はいますかと聞かれた時は流石に驚いた。
俺に何を求めているんだと。

『…ウォッカ』

と迷わず答えました。
俺が一番憎んでいるのはウォッカなのは事実です。
理由は流石にそのまま言えないので、ジンを一人占めし俺からジンを奪っているからと独占欲を剥き出しにしてやりました。
30日目、死にかけている所にまたラムから連絡が入ったのでジンを呼んでくださいと訴えてもダメでした。
流石にもう飼い主の愛がないと生きていけません。

こ、これは最早罰というよりも…精神汚染…
しかもジン様に会えないのがかなりデカい、前よりも酷い…

40日が経つと、悟り始めました。
食べ物を口にして戻すという単純作業をこなしても生きていけることがわかったからです。
仕事だけしていればいいような気がして、もうすぐ1週間経ちますか?なんて質問を投げかけてみました。
ラムは何も答えませんでした。

ど、どうなってるんだ一体…!
1週間の約束だっただろ!?
せめてジン様が来てくれればもう少し耐えられるんだけど…

そうやって迎えた50日目でしたが、起きていつものように朝食を食べて戻して倒れ込んだところ、部屋のドアが開いたので目を向けた。

「時間だ」

え…?

欲しかった声が聞こえて上体を起こす。
部屋に入ってきたジンは俺の手首を掴んで持ち上げた。

「大分痩せたな」

『ジン様…ジン様?
本当にジン様?あ、あの、本物…ねえ、ジン様…』

ジンに縋り付くようにして服を掴み、匂いを嗅いで体を擦り寄せてちょっとだけ泣いた。
そしたら煙草の匂いがしたので安心して深呼吸。

「行くぞ」

『い、行くってどこに…?』

「仕事だ」

頭をわしっと撫で付けられたので立ち上がったらフラついて抱きとめられた。

『あ…』

「お前が調べ上げたデータを元にネズミの駆除だ」

『表仕事、ですか…』

「いや、お前は俺の車で待機だ
組織の人間にもお前を晒すわけにはいかねぇ
どれだけお前が外に出ても靡かねぇか確かめる必要がある
5分で支度しろ」

慌てて身支度を整えて仕事道具を纏め、USPもセットして靴に足を入れる。
すると煙草を咥えていたジンに抱き上げられて、胸元に顔を押し付けられた。

…ジン様の匂い
ポルシェに乗せてくれるまではやっぱりこの部屋までの道順は教えてもらえないわけね…
でもやっと会えたからいいよ、なんかもう…

ポルシェに乗せられ、やっと視界が開けて久しぶりの太陽を見た気がする。

『…いい天気ですね、ジン様』

「呑気な奴ですね、アニキ
謹慎明けでこんなことを一番に口にするとは…」

「黙れ、ウォッカ
誰がアンジュに干渉しろと言った?」

「す、すいやせん…」

「フン…外に出て天気の話か
いいじゃねえか、無事にアンジュもリセットされたようだ、仕事と俺以外の事には無関心なくらいで丁度いい」

ぽけーっと外を眺めていたら車が発進したのでそのまま流れて行く景色を眺めていた。
驚く程に頭が働いていないような、何かがぽっかりと抜け落ちてしまったような気分だった。
そうしているうちに車が停まってしまったのでジンを見る。

「留守番の仕方はわかるな?」

『…はい』

「すぐに戻る」

小さく頷いたらジンはウォッカと一緒に車を出て行ってしまった。
俺は鞄から機器を取り出して妨害電波を発信し、パソコンで何かをキャッチしていないかを監視。

ジン様、またウォッカと出掛けてった…
なんでラムがあんな事を聞いてきたのかはわからないけれど、とりあえずジン様に執着している印象は少なからず与えられただろう…

暫くして戻ってきたジンはツナ缶を持っていた。
しかも3つ。

『…こんなに、いいんですか?』

「早く物を食べられる体にしろ
表仕事もまだ任せられねぇ、暫くはまたネズミの炙り出しに集中しろ
電話は必ず音の出る状態にしておけ
左耳が死んだ時には必ず連絡しろ」

『…はい』

そこでポルシェから降ろされてしまった。

『…ジン様と、もうお別れですか?』

ジンはツナ缶の上にいつもの煙草の箱を一箱乗せた。

「仕事を持って来ればいつでも会えるだろ」

『…はい』

「また連絡する」

それから走り去って行ってしまったポルシェを見ていた。

…此処、どこ?

とりあえず歩いてみて電車に乗ってみた。
自然と降りる駅はわかっていた。
米花駅の改札を抜けると、なんだか懐かしいような、昔から知っているような変な気分になった。

「雪白さん…!」

名前を呼ばれて振り返る。
左右を見てから、下を見た。

「雪白さん、戻ってこれたの…?
いつ此処に…?家なら空けてあるし宿の心配ならしなくていいよ」

『……誰?』

「え…?」

『君、どうして俺の名前知ってるの?』

「それは…」

『…俺の事知ってるなんて、いけない子』

ホルダーからサイレンサーを取り付けたUSPを取り出して少年の額に向ける。
それから、セーフティーを外して引き金を引いた。

『バイバイ』

弾は少年の足元、靴から5cm程離れた場所にめり込み、俺は襟の裏に取り付けられていた盗聴器を落としてもう一度発砲した。

『全くもう、組織から出されてすぐは発信器だの盗聴器だので監視されてるんだから気安く話しかけてくるなよー』

「え…も、もしかして今のって…」

『…俺の存在を知っていたガキ1人処分した設定で音声だけジン様にお届けしましたよ
いやー、長かった
2年には負けるけどジン様に会わせてくれないんだもん、どんだけ神経すり減らすつもりかっての…
で、まだ宿が空いてるってことは厄介になっても構わないってことなのかな?コナン君』

「いいけどまた壊すなよ」

『俺が壊してるんじゃないよ、いい歳した大人が2人して壊してるの
俺じゃありません』

「言ってくれるじゃないか」

おや。
コナン君の横にスッと出てきたのはイケメンでした。

『…あれ、どしたの』

「それはこっちのセリフだ、暫く見ない間に随分と痩せ細ったな」

『まあ…それなりに色々ありましたからね』

立ち話もなんなので、工藤邸に戻ることにしてリビングで久しぶりにカフェをいただくことにしました。

お、美味しい…
カフェってこんなに美味しかったんだねえ

「今日出所か?」

『そう、今朝ぶっ倒れてたとこにジン様がいらしてね
仕事だからってまあ、とりあえず一件付き合わされてから餌いただいて適当な場所でポルシェから降ろされて…
暫く表仕事もないし早く物食えるようにしろって言われちゃった
もう30日くらいは食べて戻すの繰り返しだったからねえ…精神的にはかなり参ってるけど、俺が密かに監禁日数カウントしてたのは正解だったかな

あ、そうそう、初めてラムと仲介無しに接触できたんだよね
これまたレアな体験でね…まあ、勿論モニター越しで声も加工されてるし会ったわけではないんだけど
ジン様は一回も来ないと思っておけって言われちゃって、本当に一回も来なかった
多分ジン様もラムからの命令ってことで来られなかったんだと思う』

じゃなきゃ来てくれてた…
独占欲の塊なジン様が俺の飼い主として放って置くわけがない…

『それで…なんで秀一とコナン君が一緒に?』

「感謝してほしいものだな
あらゆる手段を尽くしてお前を檻の外へ出させてやったというのに」

『…どういうこと?』

「ボウヤが監禁直前に俺と蛍が一緒にいたことを言い当ててな
お前が監禁されていた50日の間、外で組織が何をしたかわかるか?」

『…一番怪しいのはジン様伝いにベルモットからの尋問てところかな、バーボンの
誰と接触してるのか吐けってベレッタまで出されたから正直に答えちゃったんだよね
まあ、事前にバーボンには俺に打つ手がないとは伝えてあったからわかってたと思うけど…』

「それを出し抜いてくれたのがこのボウヤさ
実際に計画を実行したのはFBIだが…組織にも揺すりをかけた
勿論お前の言う彼も彼だ、自分で対策は練っていた
1週間という期限でお前が戻って来ないことは最初からわかっていた
だが最初の1週間はさておき、次の1週間はお前が故意的に延ばしただろう?」

『あ、よくご存知で』

「まあ、そうでもしないと最初にまだ自我があると印象付けられないからな
そこから後はお前が勝手に堕落していけばいいだけだ
そして組織の猫を失う前にお前の元へジンを誘導したのは彼だ」

『彼?』

「バーボンだよ
ちょっと協力してもらって、どうせジンと接触する機会があるのはわかってたし、上手く言いくるめてもらうようにしたんだ」

…バーボンがねえ
へえ、そんなに慈悲深い方だったかな…

『まあ、じゃあ結論としてはFBIにはまた大きな借りを作ってしまって、コナン君にもお世話になっちゃったわけね
そのバーボンは取引相手としてはよくやってくれたからいいとして…そんな役を買って出てくれるような人だったかな…?』

「当たり前だ
お前に対する奴の気持ちはわかっているだろう」

『…気持ち?』

「雪白さん、惚けないでよ
あんなに人ん家でイチャイチャしてたくせに…」

『……』

ちょっと考え込んだ。
首を捻る。
天井を仰いで、それから秀一とコナン君を見た。

『誰のこと?』

「え…?」

『バーボンでしょ?
会ったのは数回だし、そんな数回しか会ったことのないような組織の人間に対してそんな世話焼くかなあ?
俺と同じNOC対象者ってことはわかってるけど、そんな義理もないし…』

「蛍」

『ん?何?』

秀一は珍しく煙草を口にしなかった。

「まさか、監禁中に刷り込みでもされたんじゃないだろうな?」

『…まあ、毎日起きて仕事前に色々と書かれた資料は目を通させられたよ
結局はジン様が俺の飼い主って話しか書いてなかったし、ラムから他の構成員なんて皆忘れなさいって書いてあったから忘れただけだけど?』

「赤井さん…」

「これはどうしようもないな…」

『何か問題でも?』

「ああ、大問題だ」

「厄介な事になってきちゃったね…」

「彼にこれをどう伝えるかも考えものだな…」

急に考え込んでしまった2人を見てカフェを啜る。

『あ、そうだ
確かコナン君のいる毛利探偵事務所の下って喫茶店だったよね?
梓さん、元気?』

「え、あ、うん…
最近雪白さん来ないからって心配してたから仕事だって言っておいたけど…」

『そうか、それは助かった
梓さんのカフェと、それから……何か名物あったよね、あそこの喫茶店
何だっけ、やたら美味しかった気がするんだけど…』

「…ハムサンドじゃない?」

『ああ、それそれ
なんかそれなら食べられそうな気がするんだよね
てことで喫茶店に行こう、俺、まだご飯食べられてないし
秀一、行かない?』

「仕事が出来てしまったから遠慮しておこう」

『あ、そう、残念』

「ボウヤ、喫茶店の件は任せよう
その間にこちらでも何とか手を打ってみることにする」

「わかった…
安室さんが今日シフト入ってなければいいんだけど…」

秀一とは工藤邸の前で別れ、コナン君と毛利探偵事務所の方へ向かっていった。
喫茶ポアロ。
久しぶりの梓さんだなあ、と思いながらドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

『梓さん!お久しぶりです、お仕事が終わったので来ました!』

「蛍さん…!お久しぶりです
お元気そうで安心しましたけど…なんだか痩せました?」

『まあ…仕事が忙しかったので
カフェと…それから、サンドイッチお願いします
あとコナン君に何かオレンジジュースでも』

「わかりました
あ、蛍さん、今日カウンター席空いてますよ?」

『…はあ、でもソファー席好きなんで…』

「そ、そうなんですか…」

コナン君とソファー席に座ったら、梓さんは首を傾げていた。
変なの、と思いながらコナン君と最近外の世界であった出来事を聞いていたらカフェとサンドイッチ、それからオレンジジュースが運ばれてきた。

「お久しぶりですね、てっきりカウンター席にいらっしゃるのかと思いましたよ」

『え…?』

「あ、安室さん、ちょっと…」

コナン君は店員さんに何かヒソヒソ話していた。
それにしてもイケメンでした。
マスターは可愛い子を採用するだけでなくイケメンまでも採用するんですね。

『…新しいバイトの方です?』

「…ええ、まあ」

『そうなんですね、久しぶりに来たので知りませんでした』

「ここにはよく来られてたんですか?」

『ええ、それなりに…
梓さんがいつも丁度良い濃さのカフェを出してくださるので行きつけというか…それからここのサンドイッチが確か美味しいと聞いていたので
最近食欲不振だったんですけど、それなら食べられそうだと思ったんです
ああ、すみませんね、お仕事中なのに長話をしてしまって…』

「いえ、構いません
なんなら今度、僕と長話をしていただきたいのですが…ご都合いかがです?」

『…新手のナンパか何かですか?
どうも前にナンパには気をつけろと散々誰かに言われてきたもので、そういうのには乗りませんよ』

「そうきましたか、手強いですね
僕は貴方と話がしたいだけですよ、ルイ=クロードさん」

ハッとした。
何故俺の名前を知ってるんだ、この男は。

「気が向いたら連絡してください
これ、僕の連絡先です」

渡された紙に書いてある番号は、知っていた。

『……』

スマホで電話帳を検索したら一発で出た。

『…安室、透…?
おかしいですね、なんで登録されてるんでしょう…
以前どこかでお会いしました?』

「ええ、何度もお会いしていますよ」

ますます謎だ。

「ごゆっくりどうぞ」

カウンターに戻って行った店員を見てから、コナン君にそっと聞いてみた。

『ねえ、あの人、いつからバイトしてるの?』

「ずっと前だよ?」

『…どれくらい前?俺が監禁される前から?』

そしたらコナン君は頷いたから、確信した。
あの人は組織の人間だ。
帰ってデータベースを広げたら一発でわかる筈だ、素性も何もかも。
あの人は、ラムに忘れなさいと言われて忘れた構成員のうちの1人。

『…帰ってお仕事したくなってきた』

「雪白さん、相変わらず仕事ばっかりなんだね」

『まあね、お仕事してるのが楽しい人生ですから』

いただきます、と久しぶりにまともな食事を口にしたらすごく美味しかった。

『お、美味しい…
こんなの世の中に存在するんだねえ、もう50日も辺鄙な味ばかり口にしてたら慣れちゃったのかな
これすっごい美味しいね、なんか全然いけるよ、1皿じゃ足りないかもしれない』

「また3皿頼むの?」

『うん、それくらいいけそう……ってなんで3皿なの?』

「初めて雪白さんがここに来てそれ食べた時、同じようなこと言って結局3皿完食してたから」

『…あ、そうだったっけ
なんかこの味知ってるんだよね、懐かしいって言うか久しぶりって言うか
まあ、外出たのが久しぶりだからなんでも久しぶりか』

結局3皿平らげてコナン君とポアロを出た。
久しぶりのちゃんとした食事だったのでこれで仕事のモチベーションも上がる。
コナン君には若干心配そうな目で見られたけれど、工藤邸に戻ってからパソコンを立ち上げてデータベースを漁ってみた。

…安室透…あった、これだ
本名、降谷零……バーボン…?
え、あれ?ん?
彼がバーボンなら、確かに接触はしてますよねえ…
仕方ない、話の件は受けてやろう
あ、でもジン様に見つかったら今度はラムまで筒抜けだからなあ…

喫茶店で渡された連絡先の紙をデスクに置いたまま、とりあえず仕事をすることにした。

なんかあのサンドイッチ食べた時、不覚にも泣きそうになったんだよね…
なんでだろ、あれかな、お袋の味的なホームシックみたいになったのかなあ…俺、そんなホームシックするような人じゃないんだけどな…







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