拘置所での接触

『…今日はいつまで居座るの?』

「そうだな、お前の仕事が終わるまでとでも言っておこうか」

『じゃあ徹夜かなあ…?』

「ほう、俺を一晩中ここに居させるつもりか」

『それもややこしい事になりそうだなあ…』

ソファーに座って煙草を咥えている秀一に向かって声を飛ばし、モニターを監視しながらお仕事をしていました。
何故か今日昼ごはんをねだりに来た人生の先輩イケメンはそれからずっと居座っている。
もう少ししたら夜ごはんサービスのイケメンも来てしまうので鉢合わせは避けたいところです。

「蛍」

『んー?』

「電話だ」

『え?』

バイブで震えていた携帯を取りにリビングに行ったらまさかの飼い主からの電話でした。

ぎゃー!
2コール超えてるー!
ヤバい、これじゃまた監禁生活が…

テーブルに突っ込みながら慌てて通話に出た。

『も、も、もしもしジン様…!ごめんなさい!』

テーブルにあったティーカップなどがガチャガチャと音を立て、秀一はちゃっかり灰皿だけ避難させていたので苦笑した。

[アンジュ、二度はねえと言った筈だ]

『…は、い』

[言い訳があるなら聞いてやってもいいぜ?]

『…お仕事、してました
携帯を別室に置いていて…マナーモードにして…』

[常に音が出る状態にしておけと言った筈だ]

『…はい、すみませんでした』

[フン…馬鹿な猫だ、外界に野放しにし過ぎたか…]

まさか…本当に…

[一週間、帰ってこい]

『……』

[聞いてるのか?]

『はい…』

[1時間後に拾いに行ってやる、せいぜい毛並みでも整えて餌を待ってるんだな]

プツリと電話が切れて立ち尽くした。

…参った、本当にこうなるとは

「どうした、蛍」

『…恐れていたことが起きてしまった』

「何だ?」

『電話…3コールだったみたい、ギリギリアウト…』

それから電話をかけた。

『もしもし、哀ちゃん?
悪いんだけどコナン君に一週間家空けること話しといてくれる…?

…わかるだろ、その意味くらい
一週間俺が餓死しなかったらちゃんと話すから…また晩餐会にでも誘ってちょうだい』

それからもう一人にも電話を掛けた。

『もしもし、雪白です
お仕事中にすみません、バイトでした?

…そうですか、わかりました
一週間夜ごはんサービスは不要です、事情は察してください
ベルモットにでも聞けば、彼女は楽しそうに話してくださるでしょうから…
上手くやってください、こちらに打つ手は今の所ありませんので貴方の実力次第といったところでしょうか…

…一週間後にお会いしましょう』

電話を切ってから仕事道具一式を鞄に纏める。
秀一は煙草を灰皿に押し付けて立ち上がり、俺の頭をコツンと叩いた。

『秀一…』

「奴への最後の言葉がそれで良かったのか?」

『別に最後なんて…』

「お前が生きて戻ってくる保証もない」

『あるある、大丈夫だって
本部にもさっきメールしたし、情報屋のページも一週間休業にしといたし
まあ、俺が廃人にでもなったら起こしにきてちょうだい
ちゃんと檻に戻って餌食って猫らしくゴロゴロしてきまーす』

仕事道具を持ってイケメンと一緒に工藤邸を出る。
車に乗って煙草を咥えた秀一は俺に何かを放ったので、咄嗟に受け取ったらキッチンに置いてきたバゲットだった。

『…最後の人間食ってわけね、ありがと』

笑顔でマスタングを見送って、バゲットを齧りながら歩いて隣町まで向かった。
メールが入ったので確認したらヒッチハイク場所の指定。
交差点を渡ってとあるビルの前のガードレールに座っていたら、エンジン音が聞こえてピクリとした。

250m先…近づいてくる…
本当、飼い主の足音って忘れないもんだね

背筋を伸ばして横をずっと見つめる。
視界に捉えた車の助手席を見て、覚悟は決まった。
目の前に停まった漆黒のポルシェの窓が開いた。

「…餌をもらえる時には5分前行動か」

『…ジン様に会えるならいつでも早く行きますけど?』

「フン、まあいい」

後部座席に乗り込む。
車が発進してからコテンと横になり、ジンの髪に手を伸ばしてそっと指に絡める。

『ねえ、ジン様』

「何だ」

『…どうして、そう思ったの?』

「心当たりはねえのか」

『…今ところは
定期報告だってしてましたし、外部の情報も出してましたし…変わった事と言えば…?』

「問題はそこじゃねえ、遊んでるんだろ」

『え…?』

「俺以外の誰とジャレついてんだ?」

『……』

「吐け」

ベレッタを向けられた。

「俺以外と喋るなと言った筈だ」

『ええ…そうでしたね…』

髪から手を離し、ベレッタを掴むジンの手に自分のを重ねて引き金に指を掛けた。

「で、誰だ」

『嫉妬ですか?』

「嫉妬?そんな可愛いことを俺がすると思ってんのか?アンジュ
飼い主の言うことが聞けねえ飼い猫を捨てるか捨てねえかの問題だ、契約違反に当たるって言ってるんだぜ?」

『…契約違反、ですか
それじゃあ仕方ありませんね…
最近餌を頂けるもので、食という三大欲求に負けてつい遊んでしまってただけなんですけどね…』

引き金は引けなかった。

あ、あれ…?
セーフティー…外してなかったの?
…ただの脅しのためのベレッタだったのか、それとも口を割るまでは殺さないって…?

「吐けと言ってるんだ」

『…バーボン』

「バーボン、だと?」

声をワントーン落としたジンはベレッタをしまった。

『…彼とも取引はしていたので外の事を嗅ぎ回るのに丁度いいかと思って利用させていただいていたんですけどね』

「お前が外を徘徊するのにバーボンが必要か?」

『…多少は
彼のことですから、使えるものは使っておきたかったんです』

「…随分とバーボンに肩入れしてるな
この前手抜きをしたかと思っていたがそういう事だったのか」

『手抜きなんて言わないでくださいよ、あれは俺の落ち度です
後で聞いたら俺を監視していたみたいで俺が構築したプログラムも全部見られていたみたいです
先手を打たれていました』

「お前の鼻が鈍ったのも、奴の仕業か
ウォッカ、ベルモットに連絡を入れておけ」

「へ、へい…」

『ジン様、そういうの、嫉妬って言うんじゃないんですか?』

「黙れ、アンジュ」

ムッとして口を閉じた。

ていうか独占欲だっけ?
もう、俺様なんだから…飼い主がこれだから餌を与えてくれる彼氏の所にだって行っちゃいますよ

アンプルを放られてため息。

『またラムからですか?
てことは…ジン様と一緒じゃなくて?』

「言った筈だ、調教室にぶち込んでやると」

『…本当にまたあの部屋でしたか
折角ジン様と24時間一緒の監視生活だと思ってたのに…』

「それも悪くねえな
だがラムがそれを寄越したことの意味くらいわかるだろ?」

『わかってますよ…一週間ジン様の傍にも置いてくださらないなんて…』

随分と疑われたものだ。
ジンがまだ俺を手元に置いていてくれてるのに、ラムは警戒しすぎだ。
ここまで疑うのには裏があるのかないのか、それとも思い過ごしか。
いや、ラムにだって猫みたいな俺のような存在がいた。

『ラムが俺にここまでするってことは…
ねえ、ジン様、あの人は俺のことを知ってるんですか?』

「…恐らくな
奴がお前の動向記録を調べ上げて遺していった可能性が高い」

『動きにくいと思ったら…キュラソーめ…』

舌打ちをしてアンプルを歯で折ってそのまま液体を流し込んだ。
目覚めたら5年前と同じ部屋だった。
モニターの置かれた最低限のものしかない監獄。
のっそり起き上がって目をこすり、部屋を見回したら以前よりも設備が整っていて、大型モニターも3個あるし小型端末も一台。
それから戸口へ目をやった。

…最悪の一週間の始まりか
戸口に届いたご飯は冷えきってる、大方2時間くらい前から放置されてたんだろう
幕開けにはふさわしい朝食だね

戸口の窓から朝食の皿を取ってモニターの前の椅子に座り、冷たい朝食を手掴みで食べて皿を舐め取る。

フォークすら用意してくれないなんて、本当、変わらないね…

手を洗ってから皿をドアの窓から外へ出しておき、俺が寝ていた間の組織内の情報網をチェック。
監視モードに設定してから外部へのアクセスをしようとしたら、画面が真っ暗になった。

『……落ちた?』

[こうして直接連絡を取るのは初めてですね、アンジュ]

『……ラ、ム?』

モニターに表示されたナンバーとコードネーム。
初めての接触だった。
いつもはジンが仲介に入るので絶対にこんな風に会話をする日が来るとは思っていなかった。

[ジンに忠誠を誓う猫である貴方が此処に呼び戻された理由はわかっていますね?]

『…ジン様にはバーボンと接触したのが、契約違反だと…』

[それは個人的な契約でしょう]

『…キュラソーが遺したデータに俺が接触した各諜報機関との履歴があったらしいじゃないですか』

[外回りは貴方の仕事です]

…ん?
ジン様との契約違反でもなくてキュラソーが俺をNOC疑惑をかけたんじゃないかという話でもなさそうだな…
何故だ…?

首を捻ってから記憶を手繰り寄せる。

…そういえば3日くらい前に、組織の情報網を徘徊してたら不審なルートを見つけたからそれかな…?
職務怠慢?

『あの、組織内の未確認ルートのことですかね…』

[やっと正解に辿り着きましたね]

『今まであのルートの存在には気付きませんでしたけど、職務怠慢とでも仰るんですか…?
でもあのルートだけ、何故か監視下に置けないんですよ?
これじゃ仕事になりません…』

[忘れたのですか、ジンの命令を]

『ジン様からの、命令…?』

[言われていた筈ですよ、絶対に手を出してはいけないルートがあると]

『……』

そう、言われればそうだったような…
組織内には絶対に手を出してはいけないルートがあって、それは確かラムとあの方が握っているっていう…

『あああっ!
も、もしかして、あのルートは…ラムとあの方の…』

[中身は見ましたか?]

『いえ、あんな厳重なセキュリティーは流石に解除できませんし、下手にハッキングでもしてあの型のウイルスを自分の端末に感染させるわけにはいきませんから…
ジン様に報告だけして対処法を待つ予定でした』

[もうあのルートは廃線させました
貴方の近付けない所に移動させ、次貴方が近付くような事があれば貴方の処分も考えないといけません
貴方が寝ている間にジンにも報告はしておきました
内部の徘徊とはいえ、くれぐれも我々の領域には近寄らせないようにと]

クソ…あれはラムとあの方の情報網だったか…
やっと中枢部まで近付いたってのに、また遠ざけられた…
やっと、やっと辿り着いた情報網だったのに…あと1歩でまた逃げられた…

『…それで俺が万が一中身を見た時のためにと監禁ですか
大丈夫ですよ、処理法のわからない起爆装置には近付かないようにしているので』

[わかりました、そういうことにしておきましょう
1週間ジンは貴方を監視していますが、此処には足を運ばないと思っておきなさい
その起爆装置に近付いた罰です]

…ジン様が、来ない?
どうして…本当に俺を廃人にさせる気か…
まあ、1週間くらい耐えてやるけど…

[ジンに会えないというだけで貴方には多少効果があるようですから、どれだけその状況下で仕事をしてもらえるか試させていただきますよ、アンジュ]

『……』

言葉が出なかった。
この監禁生活ではジンがいないと俺は耐えられなかったのが過去の事実だ。
1週間くらい耐えてみせるけれど、絶対の自信はなかった。
いつの間にかモニターは元の画面に戻っていて、暫くボーッと画面を見つめることしか出来なかった。





阿笠邸。

「で、雪白さんがなんでお前にそんな電話寄越したんだよ
俺に直接言ってくれればいいじゃねーか」

「彼、私には滅多に使わない仕事用の携帯で電話してきたのよ、最初は誰かと思ったけれど…
いつもの携帯が使えない状況で1週間家を空けると…私から工藤君に言うということは貴方に直接連絡を取る事が危険だと思ったから
最近危ないから組織に残るなら飼い主の言うことを聞いておきなさいとあれだけ言っておいたのに…先日、見慣れない情報ルートを組織内で見つけたそうよ
彼曰く、監視下に置けないし接触すれば即端末にウイルスが感染する仕組みになっているみたいで手が出せないルート
蛍、いつも言ってたわ
たった1つだけ、ジンから手を出すなと言われていたルートが存在すると」

「組織の一部の人間、雪白さんクラスでも手の出せない情報ルートか
とすると幹部クラスの…」

「一応蛍も幹部よ、裏の存在ではあるけれど
それよりも上の情報、ジンも詳しいことは知らないって言ってたわ
つまりジン以上の組織の人間が使えるルート…」

「まさか…」

「ええ、彼、ついにラムとあの人に近付く道が見えたと言ってたわ
だけどそれをラムに勘付かれた…そして彼が信頼してるっていうバーボンと頻繁に接触していることがジンに知られているとしたら?」

「バーボンとの接触はアウトなのかよ?」

「彼がジンの猫になった時、組織内でジン以外の誰とも口を利くなと命令されてるのよ
まあ、ラムやあの方は別なんでしょうけど」

「じゃ、じゃあ1週間家を空けるって言ったのは…」

「ええ、恐れていた事が起きたわね
組織への強制送還、外界から切り離されて再び調教室に入れられたってことよ
1週間なんて言ったけれど組織のことだから、彼から曜日感覚を奪った頃にしか出さないでしょうね
蛍がどこまで計算して組織に染まるフリが出来るのかわからないけれど、組織内でジンだけではなくラムの監視下にまで置かれたということよ」

「…それ、他に誰か知ってるのか!?」

「さあ
私には電話してきたけれど、恐らく信頼しているのならバーボンにも連絡はしているでしょうね
それからその場に誰かいたみたいよ
私と電話しながら身支度でもして、何か物を受け取ってありがとうって小声で答えていたから
彼の家に出入り出来て、組織のことを私に連絡できるならその人も組織の事を知っている人間…」

「…あの人か、多分あの人なら大丈夫だ
だけど雪白さんが戻ってこれないって可能性は…」

「あるわ
それに、もし戻って来られたとしても、ジンに忠実な組織の人間として戻ってくるでしょうね
前の調教で彼、順応性の高さのせいで度々魘されることもあったわ
弱みに付け込まれて再調教となったら…どうなるかなんて私にはわからないわ」

「…とりあえず俺は雪白さんが灰原に電話した時一緒にいたらしい人物に連絡をしてみる
灰原、ありがとな」

「ちょっと…!
下手に手を出したら貴方だってどうなるか…」

「わかってるよ
だから話してくるんだよ、その人と」

「え…?」

「作戦会議、してくるんだよ」






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