オフィスで休日

涼しくなってきました。
日本は寒いですが、まだパリの冬には及びません。
この前買ったゆったりめのニットが暖かいので平気です。
久しぶりにレザーパンツを卸しました。
今日は絶好の東京観光日和です。
マーチンの8ホール、ベレー帽でいつもよりも気合が入ってます。
何故ですかって?
そりゃもちろん、美術館とカフェ巡りです。

すごい…これは美味しい…
なんて美味しいサンドイッチ…!

そして今日の目当てはカフェだけではありません。
芸術の秋ですからね。
それに今上野で印象派の企画展が開催されているのもチェック済みです。
それから国立博物館も楽しみにしているのです、初めてです。

六本木から上野ってどうやって行くんだろう…
メトロかな…

サンドイッチを食べてからデザートも堪能。
食欲の秋でもあります。
六本木の美術館巡りも楽しかったし、お昼ご飯も食べて腹ごなしをしたので元気に上野に向かいました。
印象派の企画展を惚れ惚れしながら見ていたらポケットに入れていたスマホが震えて足を止めた。

……これは、お仕事でしょうか

『もしもし…』

展示室を出て通路の通話可能エリアに移動する。

[こんにちは、クロードさん]

『降谷さん…お仕事ですか?』

[ええ、今日は確かオフでしたよね?
昨晩貴方が嬉しそうにしていたので外出先でしょうけど]

『その通りですよ
わかってるんでしたら…申し訳ありませんが、そちらに向かうタクシーに乗るまであと20分は掛かりますけど?』

[用事ですか?]

『大事な用事です』

[わかりました、でしたらその用事が終わったらで構いません]

『どうして貴方って人は俺の出先での時間を奪うのがお上手なんですかね
終わり次第向かいますので…
あ、それから今日は完全にオフです、オフィスカジュアルでもございませんしパソコンも持っていません
せいぜいタブレット端末しか持っていないのでそう思っておいてください、では』

ちょっと乱暴に電話を切ってからため息を吐き出した。
まさかまたオフの時に仕事が入るとは思わなかったよ、しかも俺がこの秋一番楽しみにしていた行事の真っ最中に。

あー…ゆっくり堪能できると思ってたのに…!
あと20分くらいとか言っちゃったけど、これじっくり見てたら俺の場合50分は掛かるからね!?
随分と時間短縮してあげたんだから相応の埋め合わせはしていただきますよ?
悔しい…
折角平日で土日よりかは人が少ないと思ってたのに…!

展示室をちょっと早足で観ることにして、一応は全部鑑賞を終えた。
本当はミュージアムショップも見て図録とかポストカードとか見たかったのに、結局博物館も行けなくなってしまった。
駅前でタクシーを捕まえて警察庁に急いでもらった。

博物館…悔やまれる…
それにあんなサクサク鑑賞するなんて勿体なさすぎる…!
会期中、もう一回行ってやるからな…!

タブレット端末でメールを開き、仕事内容を見て舌打ち。
パソコンがないとできないお仕事に近いので、タブレット端末では限界がある。

…パソコンを借りれたとしても、俺の所にハッキングしたという履歴が残るのも嫌だし…
あ、降谷さんの端末なら借りてもいいか
どうせあの人の端末の中身は知ってるし、あの人の履歴からならすぐに俺のパソコンにハッキング出来るだろうし
しかしまあ、これは何か報酬を別途いただかないと俺の機嫌も直りそうにありませんから覚悟しといてくださいね、降谷さん…

警察庁について、クラッチバッグを抱えて警察庁の方にご挨拶。
いつもの階フロアでエレベーターを降りて部屋に向かうと途中で部下さんにお会いした。

「こんにちは、クロードさん」

『こんにちは、皆さん』

「降谷さんがお待ちです」

『でしょうね…
これでも時間をオマケしていただいたのでお怒りかもしれませんが』

では、といつもの部屋に向かった。

「…なんか今日のクロードさん、ちょっとご機嫌斜めでしたね」

「そうですね…でもオフだと聞きましたし、何か用事でもあったんでしょうね」

「完全に私服でしたし、降谷さんも緊急の呼び出しと仰ってましたから…」

「レザーパンツが履きこなせるっていうのも流石ですね…」

「あんなに気合入ってましたし、いい匂いもしましたし、デート中だったんですかね…なんか申し訳ないことをしてしまいましたね」

はあっとため息を吐き出してから部屋のドアをノックした。

『降谷さん、クロードです』

「どうぞ」

部屋に入ってドアを乱暴に閉める。
スーパーレアなスーツ姿の降谷さんです。
激レアです、素晴らしいですが俺はとてもご機嫌斜めでございます。
簡単には許せません。

「すみません、折角のオフを満喫されている時に」

『全くです』

クラッチバッグからタブレット端末を取り出してメールで送られてきた内容を確認する。

『先ほど申し上げた通りパソコンは持っていないのでお借りしたいのですが』

「ええ、構いませんよ」

『ですがここのパソコンから俺のパソコンにハッキングしたという履歴が残るのは癪ですから貴方の端末をお借りしたいのですが』

「そんなに信用できませんか?」

『ええ、腐っても諜報機関の端末…
俺のパソコンを特定されても困ります、警戒に警戒を重ねても損はありません
貴方の端末でしたら構いません、中身は知っていますので今更隠す程の物はないでしょう?
貴方だって散々俺の端末にハッキングしてるんですから履歴を洗えば少しは時間短縮にも繋がります』

「貴方も随分と我儘な方だ」

『もし貴方がフランスで同じような状況になった場合、同じことが言えますか?
DGSEで貴方の端末をハッキングする可能性は十分にあると思いますが』

「わかりましたよ、そこまで仰るのでしたら僕のを使ってください」

借りた端末で俺のパソコンにハッキングをする。
いくら自分で構築したハッキング対策のセキュリティーとはいえ、解除するのが非常に面倒だった。
それで10分くらいは無駄にしたけれど、無事に自分のパソコンには辿り着いてデータバンクから情報を抜き取ってきた。

「どこに行かれたんです?」

『仕事中です』

「随分と機嫌が悪いということは、貴方の好きなカフェか美術館か…」

『博物館には行けませんでしたよ』

「上野ですか
そういえば丁度印象派の企画展も上野で開催していましたね」

『六本木のカフェでは美味しいサンドイッチをいただいていました』

「貴方らしいですね」

『俺の折角の休暇をどうしてくれるんですかね
企画展の鑑賞中に呼び出されたおかげで展示室の半分はサッと観るだけで終わってしまいましたよ、それからミュージアムショップにも行き損ねました
楽しみにしていた博物館もです、それから動物園と…』

「そんな遅くまで動物園やってましたっけ?」

『今日は年に数回のナイトズーが開催される日でしたよ
もういいです、仕事ですから仕方ありません』

「……わかりました、埋め合わせはしますから」

『埋め合わせ云々の問題ではありません!
一体どうしてくれるんですか!
明日からまた仕事だっていうのに…俺が今日休みだってことくらい、昨日の時点でご存知でしたでしょう!?』

「ですから申し訳ありませんと…」

『謝ったって今日はそう簡単に許せませんから!』

カタカタとキーボードを打って情報を抜き取ってきては纏めて新しくファイルを作成してそこに投げ込んでいった。
肩に手が触れたので、反射的に立ち上がって回し蹴りを入れたら首筋ギリギリで受け止められた。

「蛍さん、そんなに怒らないでください」

『仕事中だと言ったはずです』

「失礼しました、クロードさん」

『そういう問題ではありません』

足を下ろして、伸ばされた手に噛み付いた。

「貴方って人は…全く、猫なんだか人間なんだかわかりませんね…」

フンと拗ねてエンターキーを押した。

『終わりました、帰ります』

「ああ、もう一件頼んだ筈ですが…」

『まだ何か用事ですか』

「どうせまた上野に戻られるんでしょう?」

『…いけませんか?』

「職務怠慢で貴方の飼い主にご報告させていただきます」

『……!仕事ってまさか…』

「組織のことです」

舌打ち。
まさか久しぶりにバーボンに連絡を入れられたんですかね、ジンは。
もしくはベルモットがバーボンに頼んだかな。
内容は至って普通だったけれど、仕方ないので仕事をすることにしました。
仕事が終わった頃にはすっかり日が暮れていた。
時計を見たけれど、これから上野に行ってもチケットが買えるかはわからないし。

もう今日は仕事で終わっちゃった…
全然休まった気がしないよ、折角の休日が台無し
スーツの降谷さんを堪能してる暇すらなかった
いや、俺が一方的にキレたのは確かだな…

支度を整えてから端末を返し、降谷さんにはもう一度帰りますと宣言した。

「お疲れ様でした」

『……』

確かにキレすぎたとは思ったけれど、折角おめかしまでしてきたのにこの始末だったんだからちょっとは怒ったっていいだろう。

「送りますよ」

『結構です』

「いい加減機嫌を直していただけませんか?」

『……』

ムスッとしてたら頬を撫でられたので、ブチギレて一発蹴りをかましたのは少し反省しました。
唇をそっと親指でなぞられ、その指を甘噛みした。
そのまま背中を一気に引き寄せられて腕の中に閉じ込められてしまった。

ちょっと…!公私混同です…!
こ、ここ、貴方の職場ですよ…!?

『ふ、降谷さん…!』

「これから上野に行きます?」

『行ったってどうせもう間に合いませんよ…』

胸元で文句を言ってやったら、不意に太腿辺りに手が触れたので息が漏れた。

『ぁ…ちょっと…!』

「貴方、またこんな格好で来て…
部下にナンパさせる気ですか?」

『セ、セクハラです…!』

ニットの裾から手が入り込んできてゾクッとしてきた。

『こ、これ以上手を進めたら叫びますよ、部下さん達呼びます…』

「余裕のない貴方を見るのも、悪くないですね」

口を塞がれて降谷さんのシャツを掴み、久しぶりに唇に舌先が触れたので少し隙間を開けて大人のキスです。
まさか職場でこんなことをするとは思いもしませんでした。
なんか背徳感があります。

『っ……』

「真っ赤ですね、熱でも出したんです?」

『よくもそんな事が言えますね…
もう帰ると言った筈です、では失礼します』

「下までご一緒しますよ」

『結構です』

部屋を出たら降谷さんが追いかけてきました。

「クロードさん、忘れ物ですよ」

『なんですか?』

俺は立ち止まる気もないのでそのままエレベーターのボタンを押した。
エレベーターがやってきてところで降谷さんに追いつかれてしまい、一緒に乗り込む羽目になった。

『忘れ物なんてしてません
何かと理由をつけて追いかけてきて、ストーカーですか?』

「失礼ですね、お送りすると言った筈です」

『送迎サービスはいらないと言いましたけど』

「まず上野まで送りますから、それでダメなら家までお送りします」

『もう上野は諦めたので行きません
帰って寝ます、明日から仕事なので』

1階に着いたのでエレベーターを降りて警察庁を出た。
腕を引かれて駐車場に連れてこられ、もうこのしつこさには負けたのでいつものRX-7の助手席に座ってシートベルトを締めた。

「蛍さん、首都高の夜景でも見て帰ります?」

『…そうやって時間稼ぎをしてどうしたいんですか?』

「僕だって貴方に文句の一つはありますよ」

『今さら文句です?』

「どうして僕を誘ってくださらなかったんです?」

『仕事だと仰ったのは貴方じゃないですか』

「僕とのデートでそんなに粧し込んだことありませんよね?」

『いつもきちんと着飾ってるつもりですけど』

「今日の服装の方が余程気合が入っているように見えますよ」

『皮肉を…』

窓の方を向いて首都高の夜景をぼーっと眺めていた。

…なんか、なんかどうしよう
降谷さんがスーツのまま運転してるって激レアだよね!?
今まで警察庁から送ってもらった時も安室さんに戻ってから送ってもらってたよね?
スーツ姿で運転て、ちょっと、物凄くレア過ぎて直視できないくらいには心臓がヤバいのですが…
それに職場であんな…オフィスラブっていうか…ほら、あんなこと滅多にないよね…?
セクハラされかけたのはちょっとびっくりしましたが…とても積極的な降谷さんも珍しいかと…

「蛍さん」

肩を叩かれたのでビクッとして振り返る。

「次の休みがわかったら連絡してください
一日中貴方にお付き合いします」

『…別に美術館なんて一人で行けますしいいですよ、そんなの』

「カフェの件、まだ残ってますよね?」

『一人でカフェに行き慣れてますから』

「でしたら…」

『……動物園』

「はい?」

『…流石に一人で動物園に行くのは気が引けますから』

「わかりました、約束ですよ
貴方こそ、仕事に埋もれて約束を忘れないでくださいね」

『忘れませんよ…』

イケメンとデートです。
動物園に付き合ってくださるみたいです。
結局工藤邸まで送ってくださった降谷さんは、やっぱりまた本部に戻るらしいので今日はこのままお別れです。
まあ、スーツのままで着たってことは仕事の途中だってことだしカフェの一杯もご馳走できる状態ではないだろうし。
車を降りてから運転席側に回ったら窓が開いた。

「今日は急にすみませんでした」

『…いえ、もういいですから』

「今日はゆっくり休んでください
明日から仕事だと言って、また根詰めないでくださいね」

『わ、わかってますよ…
降谷さんこそいつも仕事ばかりなんですから、少しは体に気をつけてくださいよね』

「貴方に心配されるなんて、案外嬉しいものですね」

なんなんだ、このイケメンは。
全く。
少し戸惑ってから窓枠に手をかけて、それから顔を近付けた。
長めのキスをしてから一歩下がる。

『お、おやすみなさい』

それだけ言って家に戻ってベッドにダイブ。

…ちょ、ちょっとレアな体験でしたよね
まあこれはこれで、うん、なかなかないことなのでよしとしましょう…
降谷さんの公私混同っぷりにはびっくりですが、あんなにドキドキさせられたのも久しぶりなのでいいです…許します…

今日も心臓の過活動でなかなか寝付けなかったものの、心が満たされたのでよい一日と認めます。
お仕事モードの彼にもめっきり弱いです。
まあ、仕方ありません。
惚れた弱みというやつですかね。




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