目に見えない言葉

太陽光を浴びて、ぬくぬくとしたいい昼下がりです。
仕事明けなので窓辺で昼寝をしていたのですが、端末が音を立てて手探りでスマホを掴んだ。

『もしもし…』

[蛍さん、安室です]

『どうしたんですー…?』

[貴方、また昼寝してました?]

『今日はいいお天気なので…』

[今から杯戸町に来れます?]

『お仕事ですか?』

[まあ、それに近いものですね]

『わかりました…
あ、でも公式でないので私服でいいですか?
今日スーツ着たくないんですよ』

[今昼寝してたくらいですからね…
大丈夫だと思います、私服で構いません]

『じゃあ今から支度するんで』

全く、お仕事が終わったと思ったらまたお仕事か…
無いよりいいけど昼寝の時間もないとは…
ん?あれ?今の電話、安室さんだったよね?
降谷さんからじゃないお仕事って一体何…?

とりあえずゆったりしたニットを着てスキニーパンツを履き、大好きなオールデンのローファーとお仕事道具を装備して外出。
タクシーを呼んだものの、杯戸町の何処かを聞きそびれたのでとりあえず駅の方に向かってもらったのだが。

あれ…なんか嫌な予感がしてきた…

3丁目を過ぎた辺りで見えたのは赤いランプ。
パトカーか救急車か。

まさかあれなのでは…
あれがお仕事なのではなかろうか…

ひええ、と思いながら駅で降り、とりあえず安室さんに連絡をしてみた。

『もしもし、今駅に着いたんですけど…』

[蛍さん、迎えに行くので待っていてください]

ほら、なんか背景騒がしいよ…
嫌な予感しかしない…

ため息を吐き出して電話を切った。
少し耳が遠い気がするのは気のせいだろうか。
繁忙期明けで疲れが溜まったんだろう。

あー、やだやだ
折角のお昼寝タイムが事件ですか…
しかも安室さんからのご用命なら断れないし、一体何がどうなってるんだ?
事件だったら目暮さんとか佐藤さんとかから連絡が来る筈だし…

ふあ、と欠伸を落として目を閉じる。
世界が静かになっていく。
どうやら気のせいじゃなさそうだ。
今立って寝られそうなくらい眠いし昼寝の続きでもしたいくらいだ。
肩をトンと叩かれたのでゆっくりと目を開ける。

あー、安室さんだ
今日もイケメンでいいことですね…

「蛍さん、聞こえてます?」

もわっとしていた。
言葉までは判別できず、唇でなんとか理解したつもりだけど合っているのかわからない。
何か言おうと思ったけれど、言葉が出てこなくて右手を上げた。

『"ごめんなさい"』

「"今日は調子が悪かったんですね…
さっきの電話、ちゃんと聞こえてました?"」

『"さっきまでは…少し遠く聞こえてました
今は安室さんが喋っているのはわかっているんですが、言葉まで判別できる状態ではありません…
あの、来る途中パトカーを見かけたんですが、まさか…"』

「"はい、そのまさかです"」

でしょうね。
そんな笑顔で言われてもこちらは心中穏やかではありませんよ。
俺の昼寝の時間どうしてくれるんですか。

『"…昼寝、してたんですけど"』

「"ええ、わかっています
叩き起こしたから機嫌が悪いんです?"」

『"機嫌が悪いというよりは、また事件に巻き込まれたのかとため息しか出てこない気持ちです"』

安室さんの後ろをトボトボ歩いてため息を吐き出す。
もうため息が止まらない。
連れてこられたのはさっきタクシーで見たパトカー達。
規制線をくぐった安室さんに手を引かれ、仕方なく足を踏み入れた。

「おお、クロードさん
急なお呼び立てで申し訳ない」

目暮さんでした。
何故だ。

何故目暮さんからではなく安室さんから連絡がきたんだ?

状況が読めません。
目暮さんと安室さんを交互に見ていたら安室さんが手を動かした。

「"警部、貴方の連絡先をど忘れしてしまったみたいです"」

『"…え?だって携帯とかに登録されてる筈じゃ…"』

「"その携帯を置いてきてしまったようです"」

なんておドジな…!
うっかりさん…!
警部ってそんなミスでもするんですか!
ていうかそれなら佐藤さんとか高木さんとか、他にも警視庁の人いたでしょ!

『"…だからってなんで安室さんなんです?
なんで貴方から連絡が来ることになったんですか…"』

「"たまたま居合わせたからです"」

『"たまたま?"』

信じられん、とため息。
今日何回目のため息だろうか。
絶対嘘だと思いながら目暮さんに一礼した。

「すみません、なんだか今日は体調が良くないようで機嫌が悪くて…」

「そんな時に呼んでしまって申し訳ない事を…」

鞄からパソコンを取り出す。
画面のメモに文章を入力していく。

『"手短に済ませましょう
全然仕事について事前の情報をいただいていないのですが、一体何事です?"』

画面を目暮さんに突き出し、ちょっとムッとしていたら苦笑された。

「この人物について調べていただきたい」

渡された3枚の写真を見てから安室さんを見る。

「"この方々についての情報が欲しいようですね"」

容疑者洗いか…

容疑者の名前を安室さんに指文字で教えてもらい、所属している会社のパソコンを割り出してハッキング。
サクサクお仕事をしてデータを纏め、人物の基本情報と補足のプライベート情報、それから人間関係も記載。
目暮さんに文書を送ろうとしたのだが、携帯を忘れたという話だったのを思い出して少し考えた。

『"ねえ…"』

安室さんを呼ぼうと手を出したのだが空を切るだけ。
おかしいと思って顔を上げたらイケメンはいなくなってました。
おい、また置いてきぼりですか。
目暮さんもいないし、恐らく2人でまた事件現場に行ってしまったんでしょう。
途方に暮れていたら視界に黒いパンプスが写った。

「ルイさん」

おおお、佐藤さん、素敵です…!
今日も凛々しいですね、本当に素敵なお姉さんです…!

手を伸ばしかけてやめた。
パソコンのメモに書いて画面を向けた。

『"目暮さんにお渡しするデータが揃ったんですけど…現場に戻られました?"』

「ええ、さっき彼と一緒に証拠探しに…あ、ルイさんのお友達の安室さんと」

申し訳ないのですが打ってください、とジェスチャーをしてパソコンを向けたら理解してくれたのかメモに回答をしてくれたので、その答を見て苦笑した。

『"でしたら佐藤さんにデータをお渡ししますね"』

佐藤さんの携帯に、1人分ずつの情報を送ってパソコンを閉じる。
メールを確認してくれた佐藤さんは、ありがとうと言って走っていったのでもう仕事は終わりだろう。

さて、帰って寝よう
今日は使い物にならないから外にいたって仕方ないし
あの探偵さんは放っておいていいか

『……』

いや、でも挨拶なしに帰るのはマズい
流石に日仏関係によろしくない…
せめて目暮さんには挨拶しないとマズいな

暫く待ってみたけど誰も現場から戻ってくる気配がない。
仕方がないので現場に行ってみることにした。
建物の階段を上がってすぐに感じたのは血の匂いで、やっぱり殺人事件ですかと思いながら安室さんを探していたら先に目暮さんにお会いしたので一礼した。

『"帰ります"』

メモを拝借して一言だけそう書いた。
それから現場を離れて建物を出る。
規制線をくぐって駅に向かい、切符を買っていたらスマホが震えて取り出した。

…電話?

とりあえず通話ボタンを押したらカメラが起動してテレビ電話になった。

『"帰るとお伝えした筈です、探偵さん"』

["送ろうと思ったんですけど、もう駅ですか?"]

買ったばかりの切符を画面に写す。
切符を口に挟んでから手を動かしてちょっと御機嫌斜めであることともう帰って寝ることだけを伝えて電話を切った。
仕事に呼び出しておいて放っておいたくせに。

なんかイライラしてる…
嫌だな、もう…

電車に乗り込んでため息。
こういう日は一駅ずつ確認しないと車内アナウンスが曖昧にしか聞こえないので降り損ねる危険がある。

警視庁とお仕事するのはいいんだけど、殺人事件ばっかりだし巻き込まれるのは御免だからなあ…

ぼけーっと油断していたら案の定2駅通り過ぎてしまってまた反対方面の電車に乗る羽目になってしまった。
そんなこんなで米花町まで戻ってきて歩いて工藤邸に戻ったら、家の前に白い車が停まっていました。

ん…?
いやいやいや、まさかね
安室さん、さっき電話してきたんだし流石に…

運転席から出てきたのは安室さんでした。

なんで…?
いや、え、瞬間移動?
それとも街中でどんだけスピード出して来たんですか?

「"こういう日は車で送りますから待っていてください
どうせ電車に乗っても駅を通り過ぎるだけなんですから"」

『"俺のこと放っておいてよくそんな事が言えますね…!
今日は仕事明けなんですし昼寝してたんですから時間を返してもらいます"』

「"それは申し訳ないと思っていますが、貴方の事ですから警視庁との仕事は断らないだろうと思ったんです
僕の電話でしたら素直に断るかと思って僕から連絡させていただいたんですが、断られなかったので呼び出してしまいました"」

………ん?
安室さんが電話してきたのは、断ってもいいよってことだったの?
待て待て待て、なんかよくわかんなくなってきた
確かに目暮さんからだったら絶対断らないし引き受けるけど…

『"…安室さんに頼まれると返って断れません"』

「"気を使ってるんです?"」

小さく頷く。

『"…好きな人に手伝ってくれと言われて手伝わない人がどこにいるんですか
断れるわけないじゃないですか"』

それだけ言い切って門を開けて工藤邸の鍵を開けた。
チラッと振り返る。

『"…好きにしてください、俺は寝ますけど"』

「"では好きにさせていただきます"」

そうして家に入ってきたイケメンは、玄関で俺を捕まえて後ろから抱き締めてきました。

うわああ、ちょっと待って、不意打ちだよね、これ
あ…後ろからなんて卑怯…
腰に手が当たってますよ…ねえ、なんかすごく近いですよ…

首筋に口付けられて心臓が過活動を始めてしまつて何も言えなくなってしまう。
ダメです。
もう、あの、何も言えないです。
頭を撫で付けられ、安室さんなりの謝罪だということはなんとなく理解しました。
体の向きを変えて安室さんの胸元に潜り込んだら覆い被さるように口付けられ、360°が安室さんという素晴らしいパノラマです。

…言葉がなくても伝わるってこういう事?
今日、なんかわかんないけど俺がこんな状態なのにいつもより安室さんにわかられてるし…

目と目が合う。

ほら、なんかわかるよ…
なんでだろ、今日は不思議センサー働いてるよ

額にそっとキスを落とされ、体が離れて背中を押されたのでもう寝ろって事なんだろう。
とりあえず靴を脱いで家に上がったら安室さんはそのまま帰る予定らしくそのままだった。
まあ、俺が寝るって言ったからそうなるよね。
そっと右手でキツネを作って差し出したら、キツネで返されました。

『"…おやすみなさい"』

「"ゆっくり休んでくださいね"」

安室さんが帰った後、鍵を掛けてからベッドに潜り込んでドキドキしてました。
なんか久しぶりにこんなにドキドキしたのは仕事に埋もれていたからでしょうか。

…なんかもう熱出そう
体もホカホカしてきた、イケメンの安眠効果ですね…

ふかふかの布団に包み込まれて幸せな気分で熟睡。
翌日、久しぶりに安室さんの端末にハッキングしてみたらフォルダが増えていた。
昨日俺が安室さんを待っている時に立ちながら寝ていたところやふてくされていたところを撮られていました。

盗撮してる暇があったならもっと早く迎えに来てよ!

やっぱりやる事は相変わらずでした。
ため息をつかざるを得ません。






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